「涼様、どうなさいました?」  
「あ、うん……ちょっとな」  
 
 西守歌は涼のあいまいな返事を聞きながら心の中でため息をつく。涼が自分を選んでくれたことは素直に嬉し  
いし、今こうして涼の傍に居られることも幸せに思っている。  
 ただ、最近涼が何かに思い悩んでいることは気になっていた。しかし、こうして涼に聞いてみればあいまいな  
返事しか返ってこない。  
 だが、涼が何を悩んでいるかには西守歌はすでに気づいていた。  
 
 涼が何よりも大事に思っている妹の明鐘と、一時期涼と交際していたクラスメイトの笑穂のことだ。  
 
 西守歌が気づいたのは簡単なことで、涼と一緒にいると視線を感じてしまうのだ。教室にいるとき、プラーヴ  
ィにいるとき、武道に通じている西守歌が相手に気づかれないように気配を探れば、その視線の先には明鐘と笑  
穂がいた。  
 そして、その視線の意味にもすぐ気がついた。二人ともその視線には敵意は一切ない、その視線にあったもの  
は……涼となんの障害もなく傍にいることのできる西守歌への羨望だった。  
 
 明鐘も笑穂も、西守歌と比べて涼を想う気持ちに大きな差があったわけではない。ただ、明鐘には血の繋がり、  
笑穂には家族の幸せという、西守歌にはなかった障害があっただけだ。  
 だから、明鐘は兄妹としての繋がりさえも切れてしまうかもしれない恐怖に勝てず涼の胸に飛び込むことがで  
きなかったし、笑穂は涼から伸ばされた手に応えることができたのに、家族の幸せを考えて伸ばしかけていた手  
をひっこめてしまった。  
 そう、西守歌が涼と思いを遂げる前に、二人には涼と共に歩くことのできるチャンスはあった。しかし、結果  
は今こうして涼の腕に抱かれているのは西守歌だ。  
 明鐘と笑穂は、今になって何もかもを捨てて涼と共に歩くことを選ばなかったことを後悔しているのだ。  
 
 西守歌は小さくため息をつく。二人が西守歌にとって、大したことのない存在であれば、そんな想いを向けら  
れても無視できただろう。しかし、西守歌は明鐘も笑穂も、もちろん美紀も百合佳も……涼を通して知り合った  
人たちはみんな大好きだった。  
 だから、なんとかしてあげたい……西守歌にその方法がないわけではない。  
 涼を譲ってあげることはできないけど……涼の想いを涼に想いを寄せる彼女たちに分けてあげることはできる。  
 
 西守歌本人のものではないが、西守歌には使える権力も金もある。  
 西守歌にとっての問題は当事者の気持ちの問題だけだ。西守歌は今も思い悩んでいる涼を見上げて考える。  
 
 まぁ、私は涼様に言わせれば『腹黒』ですし、いろいろと考えさせていただきましょう。それに涼様には、好  
意を寄せてくれる女性たち数人を幸せにできるだけの甲斐性をもっていただきませんとね……と。  
 
 西守歌は久しぶりににっこりと、涼と初めて会った頃の笑みを浮かべていた。  
 
 そして……。  
 
 
「兄さん、私……兄さんのモノになりたいの……初めてだからうまくできないかもしれないけど……」  
「お、おい、明鐘、一体何を!」  
「ごめんなさい、兄さん。でも……見てるだけなんて、傍にいるだけなんて、イヤなのっ!」  
 
 
「今さらだと言われるかもしれない……あのとき、お前の手を取ることができなかったくせに、と」  
「お嬢……泣かないでくれよ。怒ってなんかいないから」  
「水原、もし今でも私のことを嫌いじゃなかったら……抱いてくれ。私に家族と戦う勇気をくれないか……」  
 
 
「か、鐘ちゃん、笑りん、西守歌ちゃん、な、なんで三人とも裸なの?」  
「みぃちゃんも私たちと一緒に兄さんと幸せになろ?」  
「守屋、おまえも水原のことを見てたのは知ってる……想いを諦めるのは、辛いことだぞ」  
「そうですよ、美紀様。これから私たちと一緒に楽しい毎日を過ごしましょう」  
 
 
「あやめちゃん、涼くんのこと好きなんでしょ?」  
「うふふ、あやめさんが涼様のことを頬を染めてじっと見てたの気づいてましたよ」  
「あ、でも、こんないきなり……し、西守歌さんもお姉ちゃんも止めてぇ」  
「だぁめ、私には春希さんがいるから、その分あやめちゃんが涼くんに尽くしてあげてね」  
 
 
「先輩、兄さんと私……あれから結ばれたんです」  
「あ、明鐘ちゃん?」  
「先輩のおかげです。だから、先輩にも兄さんの良さを知って欲しいんです」  
 
 
 こうして、西守歌の『水原家後宮化計画』が始まる……。  
 
 
《予告編、おわり》  
 

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