RTP推進委員会が解散することになった、だから自分は帰らなければいけない、  
と西守歌は言った。ただ、こう付け加えた。まだ結論は出ていない、帰る必要はないと言って  
ほしい。そうすれば婚約者として残ることが出来るから、と。  
 懇願する西守歌の瞳に嘘はなかった。  
 少なくとも俺はそう思った。  
(馬鹿々々しい。なら何でお前はこんなところにいる?)  
 西守歌は、本気を嘘で覆い隠すような女じゃない。一緒に過ごしたのは三週間弱という  
短い期間だったけど、それぐらいのことは判るようになった。俺が見ていて気づいたこと、  
あいつがアピールしてきて知ったこと、周囲の人々たちとの会話で教えられたこと、  
この三週間は良くも悪くもあいつが俺の中心だった。だから。  
 
 認めてくださいとまでは申しません、わからない、とだけ……。  
 
 最後にあいつが望んだこと。多分、初めて見せた真剣な表情。  
(フェイクだったんだよ、全部)  
 違うっ! そんな筈はない!  
(今お前が両手両足の自由を奪われた状態で寝っ転がっている高そうな絨毯は水原家の  
秘蔵のお宝かい? 目を惹く彫りに目を奪われる装飾を施したベッド、灯る火を  
綺羅々々しく仕立て上げるランプ、ああ、初めて見るんだったけ、お前の視線の先に  
見えるのが噂に聞く天蓋だ。それらはお前の所有物なの? 違うよねえ)  
 それが何だって言うんだ!  
(本当は判っているんじゃないの? 答えは一つしかない)  
 
 最初あいつが現れた時、何て綺麗な女の子なんだろうと思った。でも、その印象はすぐに  
改変されることになる。唐突な訪問、意味不明な要求、脅迫も辞さない姿勢。第二印象は  
殆ど最悪だった。確かに見目は良い。勉強も向こうの学校の問題集やらプリントを  
やっているのを見る限りは悪くない、寧ろ出来る方だ。料理に掃除など、家事全般も  
そつなくこなす。超高性能型の大和撫子というふれこみは伊達じゃない。  
 俺はあいつのことをバカだとか腹黒だとか呼んだ。それは明鐘や百合佳さんなんかに  
向かってなんて絶対に言えない言葉だ。それを何度も投げかけたんだ、辛くない筈なんて  
ないだろう。  
 
 理屈では判ってた。あいつが悪いばっかりじゃないことなんて。でも、感情が  
納得しなかった。  
 バイトの後輩とか学校に転校してくるとか普通にあり得そうなシチュエーションだったら、  
こんな反感を持つこともなかった。もしかして付き合うとかそんなことも  
あり得たかもしれない。でも、現実は違う。現れた瞬間に婚約を強要したあいつを俺は  
許容することなんて出来なかった。反感を持ってしまった。だけど、一緒に暮らしていく中で、  
俺はあいつの評価を大きく変えた。だから期限付きとは言え、居候することを許した。  
だから名前で呼ぶことにした。なのに……。  
(油断大敵、騙すなら先ず自分から、そして最後まで騙されるなってね)  
 …………。  
(黙りなさんなよ。折角嘲ってやってるのに。しかし、お前も訳の判んない奴だよねえ。  
気がついた当初は怒りに打ち震えていたってのに、少しすると突然相手を庇いだすんだもん。  
何? 罪悪感? それともやられて感じちゃうタイプなの、お前)  
 ……言ってろ。  
(まあ、いいや。そろそろ西守歌姫のご登場だ。道化は引っ込みますよ)  
 その言葉に操られるように視線を向けた先に。電燈の光に縁取られた、これまた高そうな扉。  
それがゆっくりとそろそろと開く。  
 この上なくにこやかな。  
 それでいて背筋を強ばらせずにはいられない。  
 そんな笑み。  
 思わず立ち上がろうとして今の自分が置かれている状況を思い出した。後ろ手にされ、  
手錠らしきもので拘束された両手、そして両足も同じように自由を奪われていた。  
 じゃらり、という音。  
「まあまあ涼様、お気づきになられたのならすぐに呼んでくださればよろしいのに」  
 俺に視線を向けるやいなや、おいたわしいという表情に切り替え、ぱたぱたと寄ってくる。  
 伸ばされた手を、  
「盛ったのか」  
 言葉で止める。  
「また、盛ったのか。答えろ、西守歌!」  
「現状をご覧になられて、他にどんな可能性が? あの時料理を作ったのは私、  
涼様にも明鐘さんにもテーブルで待っていただいてましたから、  
それ以外の可能性はちょっと考えられませんわ」  
 
「明鐘……、明鐘はどうした!」  
「ご自分のことより先に明鐘さんのご心配ですか? 私、嫉妬してしまいそうです」  
「無事なんだろうな」  
「ご安心を。明鐘さんに与えられた役割を涼様がきちんとご高察いただけるのであれば、  
何ら危害を加えないことをお約束いたしますわ」  
「明鐘に与えられた役割を、俺が?」  
「そうですわ」  
 西守歌はしゃがみこんで俺の顔を覗き込むようにした。スカートが一瞬ふわっと浮き上がる。  
西守歌は制服を着ていた。ウチの、じゃない。多分、山葉女子の。  
「明鐘さんにはご寛恕いただきたいところですけど、私にとって重要なのは涼様ただお一人です。  
ご友人としてであれば兎も角、明鐘さん自身に価値はありません。ですが、  
涼様にとって明鐘さんは大切な妹君。その一点において明鐘さんは……」  
「俺を、脅す気か」  
「ええ、端的に言ってしまえばそうですわね。言うことを聞かないと明鐘さんの安全は  
保証しませんよ、私はそう申し上げているのです」  
 頭が熱い。脳が焦げそうだ。何で、何で、俺は、あの時……。  
「……望みは何だ。……俺と、婚約することか」  
「それも望みと言えば望みですけど……」  
 西守歌は笑った。氷柱を背中に突っ込まれたような、そんな感じを受ける笑み。  
「私が欲するのは……」  
 頭から熱が急速に減退する。代わりにぐわんぐわんと音が聞こえてくる。  
「涼様の、心ですわ」  
 この上なく、嫌な気分。  
「言葉だけでなく、心から私を受け入れ、婚約を認めていただきます。円満な家庭を  
築くには両者の絶えることのない愛が必要不可欠なのですけど、今の涼様にはそれが  
欠けておいでなのです。残念なことに。言っていて自分で悲しくなってしまいます。  
くすん。ですから、今一度のチャンスを差し上げますので、今度こそ私のことを  
認めていただき、愛情をしっかりと注いでいただこうと、そういう訳なのです」  
「ふざけるな! 誰がお前なんかを!」  
「涼様、ご自分の立場を受け入れなさいませ。頭の悪い方は嫌われますわよ」  
「望むところだ。存分に嫌ってくれ」  
 
「これは、ご冗談を。私が涼様を嫌うなどあり得ませんわ」  
「お前が言ったんじゃないか、くそっ」  
 罵りながらも、ようやく鈍痛が引き始めていることを確認する。加えて、  
現実を受け入れられるだけの冷静さも戻ってきた。何がどうであれ、  
ここまできてしまった以上、西守歌は敵だ。それに間違いはない。  
ここで俺が考えなければならないのは、どうすれば俺が望むような結果を  
導きだせるのか、ということ。簡単に言えば、俺と明鐘が無事に解放されるには  
どうすれば良いのか、その一点に尽きる。俺を見下ろすこのバカにも制裁を  
加えてやりたいが、それは二の次三の次だ。まずは俺たちが無事にここから  
脱出しなければ話にならない。  
 ふと、思った。  
「本当に、明鐘はお前に捕まってるのか?」  
 俺がこうして囚われの身になっている以上、同じ条件下にあった明鐘も  
同様に囚われていると考えるのが妥当だ。西守歌も捕らえているみたいなことを  
言っていた。それでも、問わずにはいられなかった。  
「勿論です。どこかに駆け込まれても厄介ですし、ちゃんと別室にて  
お休みいただいておりますわ」  
「なら、明鐘に逢わせろ」  
 それを言い終わって、最悪の予想が頭の中を駆け抜ける。  
「お、お前、明鐘に手っ、出してないだろうな!」  
 西守歌は微笑んだだけで何も言わない。  
「どうなんだよっ!」  
「お静かに。私は先ほど涼様が現状を受け入れてくださるのなら手は  
出さないと約束しましたわ。ガッカリさせないでください」  
 西守歌がガッカリするとかそんなことはどうでも良かった。明鐘、明鐘、明鐘。  
ただそれだけが心配だった。西守歌は緩慢な動作でリモコンを触っている。  
俺を焦らすようなその態度に憎しみが募る。くそっ、この手錠さえ何とかなれば……。  
 
「早く!」  
 声とともに、壁に掛けられているテレビの画面が揺らいだ。  
 焦る気持ちを抑えつつ、目を凝らす。  
「明鐘!」  
 ベッドに横たわる明鐘の姿が浮かび上がった。表情は穏やかで、服装も  
最後に見た制服のまま。特に何かされた形跡はない。  
「まだお目覚めにはなっておられませんけど、ご覧の通り、こちらで何かした、  
ということはございません。拘束しているわけでもありませんし、暴行を  
加える積もりもありません。明鐘さんにはこちらでごゆっくりしていただくだけを  
期待したいところですわ」  
 西守歌が挑むような視線を俺に向けていた。  
「全ては涼様次第、ですけれど」  
「……どうすればいい」  
 冷静になった、その筈だった。だけど、最悪の想像が一瞬でも頭をよぎり、  
そして実際に明鐘が西守歌の手に落ちている、それを見せられて、自分を  
保つなんてことが出来る筈もなかった。  
 どうしようもないんじゃないのか。  
 早くも諦めの気持ちがよぎる。いや、と首を振る。それにはまだ早い。でも。  
黒と白、コーヒーにミルクを垂らした時のように相反する二つの感情が胸の中で  
ぐるぐると渦を巻く。  
「水」  
「えっ」  
「水を持って参りましたの。涼様に。喉が渇いてらっしゃるかと思って」  
 思わず身が強ばった。無理ないと思う。一度目は家に来てすぐ、二度目は今の事態を  
招いた直因。過去に二度、クスリを盛られている。今回もまた、と思うのは  
至極当然のことだ。  
「涼様、そんなに怯えなくても何も入れておりません。グラスに入っているのは  
益田家が常用している信州の山奥の湧き水、ただそれだけですわ」  
 信じられるわけがない。  
「ふう、疑り深くなってしまわれて」  
 誰のせいだ、そう思っていると、西守歌はおもむろにグラスに唇を当て、  
喉を鳴らした。青白い静脈が幾筋か浮かび上がる細い首の真ん中がこくっと僅かに動く。  
 
「ご覧の通り、普通の水です」  
 グラスが机の上に置かれる。小さく、音が鳴った。  
 本当に何も入っていないのだろうか。猜疑心に駆られる。  
 だけど。  
 俺は、これを、飲むしかないんだ。  
「判った」  
 ちらり、と西守歌の顔を見て、すぐに目を逸らす。  
「……飲むから。手錠を外してくれ」  
「面白い冗談ですわ。アドバンテージを自ら手放すほど愚かではない積もりなのですけど?」  
「言ってみただけだ。でも俺は後ろ手に両手を塞がれてるんだぞ、どうやって飲むんだ、  
……まさか口移しとか言うんじゃないだ…………」  
 その時の俺の衝撃は筆舌に尽くしがたい。  
 とにかく。 それは。  
 絶対に演技だった。  
 両手を胸の前に持ってきて、もじもじと絡ませあう。大切な何かを握っているかのように  
優しく柔らかく。頬を赤く染めて、俯きがち。  
 桜舞う中で、そうやって逢うことがあったなら、一瞬で恋に落ちたかもしれない。  
 だけど。  
 今はただひたすらに怖い。  
 その恥じらったような姿は、演技に違いなかった。絶対に。  
「……涼様、お早く。目を瞑ってください。マナーですわ」  
 か細く消えるように言う。  
「何の!」  
「花も恥じらう乙女にそれを言わせるお積もりですか?」  
 言いながらにじり寄る。  
「誰が乙女だ! 誰が!」  
 言いながら後ずさる。  
「誰って……、涼様ひどい!」  
「お前な、いい加減に―――」  
「涼様! 無粋とは思いますが、申し上げておきます。ご自分の、置かれている状況を、  
良くお考えなさいませ」  
 効果は絶大だった。たったそれだけの言葉で。俺は身動きできなくなってしまった。  
 
「最初は、ですね、こほん。こほん。涼様から優しく口づけてください(はぁと)」  
 西守歌の手が俺の頬に添えられる。相変わらず俺は絨毯の上に寝転がっていて、  
西守歌は肢をぺたっと付けて座っている。何で、何でこんなことになったんだろう。  
西守歌のことは好きとは言えないまでも嫌いじゃなかった。RTP委員会解散と関係して  
帰らなければならない、ついてはせめてもの償いに料理を振る舞ってからにしたい、  
そう言うから。食べた。またもや盛られていることなど考えもせず。  
それがいけなかったというのか。  
 気づいた時には頬から西守歌の手は消え失せていた。  
「よいしょっと」  
 そう声を出して西守歌が抱えたのはテーブルに配置されている二つの内、大きい方の椅子。  
「これは、涼様の為に設えた椅子ですのよ。さあ、お座りください」  
 俺の、為に? 良くは判らないが、内装から考えてここは恐らく西守歌の自室だろう。  
だとすれば何ゆえに俺の椅子があるというのか。  
「父は兎も角、祖父は偶にこの部屋を訪れます。益田家は巨大ですから、私には  
従兄弟が沢山います。その人たちも、また、この部屋にやって来るのですが、  
私はどちらかと言うと自分の領分を侵されたくない性分ですので、やはり早々に  
ご退場頂きたいと思うこともあるわけです」  
 脇に手を通され、体を持ち上げられる。割と軽々と。華奢な外見からはちょっと  
想像できない。  
「そこに机と椅子が揃っていると具合が悪いのです。立ち話もなんですから、  
と言わないわけにいきません。ですからこれまでこの部屋には私の分の椅子しか  
なかったのです」  
 背もたれの後ろに両手をやられた瞬間、痛みが走った。小さく呻いた俺を気遣って、  
西守歌が声を掛けてくる。大丈夫ですか、と。  
「……だけど、お前の部屋に来る積もりなんてなかったし、これからもその積もりはない」  
「……それでも、置きたかったのです」  
 
 何とか椅子に座った俺を見て、西守歌は微笑んだ。  
 それでは失礼して、と、西守歌は俺の太ももの上に座った。  
 勿論というか、横向きに、だ。お互い向かい合ってというのは流石にヤバい。  
 そのまま倒れ込んできて、耳を胸に当ててくる。探るようにしているところを見ると、  
心音を聴こうとしているのかもしれない。  
「どきどきします」  
「俺はしない」  
「つれない涼様」  
 そう口にして。  
 西守歌は、瞳を閉じた。  
 控えめに突き出された唇。  
 キスをしろ、ということなのだろう、要するに。  
 それを目の前にして浮かんでくるのは、何故、俺が、こんな甘ったるい恋人同士が  
やるような格好をしながら口づけなくてはならないのか、という当然の疑問。  
 意味が判らない。  
 一服盛られて捕まって手錠されて床に転がされて変な話をされてキスをせがまれてる。  
なんだそりゃって感じだ。全部夢なんじゃないだろか。あいつが帰宅して  
何やかんやでホッとして、その反動で見ている悪夢。  
 目を閉じてキスを待つ姿はやっぱり可愛かった。それは認める。だけど、俺は  
誰かに命令されてってのがどうしても許容できない。普通の、普通の恋愛じゃ  
駄目だったのかよ。それならどうなったか判らなかったのに……。  
 
 西守歌が目を開けた。  
 宿るのは自分に背く一切を許さないという意志。  
 俺には逃げることなんてできないんだということを思い知らされた。  
 
 体を傾けて、西守歌の唇に迫る。嬉しそうな表情。少し、胸が痛かった。  
 そして。  
 柔らかい感触、冷たい感覚。  
 余韻も何もなくすぐに離した。  
 これで終わり……違うんだった、まだグラス一杯の水が残ってる。  
「……涼様、最初の一口はどうぞ、そのままお飲み下さい。軟水ですので口当たりも良く、  
飲みやすいですわ。私の唾液の混じっていない素のままの味を一回ぐらいは味わって  
おかなくては勿体ないです」  
 顎にハンカチを当てられ、水を流し込まれる。  
 意外に、と言うべきか、普通にうまい。ゆっくりと胃の腑に染みていくのが判る。  
「いかがですか?」  
 ああ、うまいな、と答えようとして、  
 
 異変が起きた。  
 
「あ、あれ? な、何で?」  
 西守歌がくすくすと笑っている。口元を手で隠し、体を折るようにして。  
そのくせ視線は俺のある一点を捉えて放さない。  
「本当に、涼様は。二度あることは三度あると申しますでしょう。ご用心なさらないと。  
しかし、初めて拝見させていただきますけど、逞しいです、涼様の」  
「何で? お前も飲んだのに」  
 わき上がる疑惑。  
「私は一緒に中和剤を飲用しましたので」  
「くそっ、ずるいぞ」  
 息を吐いて、吸い込む。ちょっとでも西守歌のことを信じた俺が馬鹿だったという気持ちと  
どっちにしてもああするより他なかったという気持ちがせめぎ合う。  
いや、そんなことよりどうにかしなければならない現実。  
 量的にはそんなに多くない、時間も経過したのは僅か。  
 なのに。  
 俺のモノはしっかりと勃起していた。  
 困惑する俺を余所に、さっき違う姿勢、つまり真っ正面向かい合って座る西守歌。  
勃起したモノに、西守歌の秘所が触れる。間にあるのは何枚かの薄い布のみ。  
 
 西守歌はお互いが擦れるようにしながらすり寄って、俺を抱きしめる。髪や首筋から  
立ち上る甘い匂い。触れ合った所々から広がる柔らかい感触。そういった様々な刺激の  
せいで股間のモノは益々固くいきりたっていく。  
 違うっ、これは……、その、薬、薬のせいなんだ。西守歌が抱きついてきたこととか  
匂いとか……その当たってるとかそんなことは関係ない。俺がこいつに欲情する筈がない、  
絶対にそれとこれとは、  
「大変ですわ、私が魅力的なばっかりに涼様のコレが、」  
 ジィイィィィィ、とファスナーを下ろす音、屹立したモノを容赦なく握られ、  
パンツの窓からさらけ出される。  
「こんなことになってしまって……」  
 ひんやりと冷たい手。二度三度の上下運動。  
「涼様はなんてえっちなんでしょう。先ほど初キッスを済ませたばかりの乙女に自らの  
怒張をしごかせるなんて。私……、恥ずかしくて死んでしまいそう……」  
 一気に顔が火照っていくのが判る。今の言葉で俺と西守歌が絡み合ってセックスの  
前準備みたいなことをしているって知覚してしまったから。言おうとする傍から刺激を  
加えられて、全部お前が勝手にやってることだと反論することは、ついに出来なかった。  
「本当にご立派。ねえ、涼様。コレは、まだ未使用ですよね? 私以外の誰かに対して  
使ったなんてこと、ないですよね?」  
 クスリか、西守歌か。それはもうどっちでもいい。だけど、あの水を飲むのだけは  
冗談抜きで拙い。それだけはどうあっても回避しなければならない。  
「強情なお方」  
 笑いながら、西守歌はグラスを傾けて水を咥内に含む。  
 制止の声を上げようとした唇はそれを達成することなく西守歌の唇によって封じられた。  
水が流れ込んでくる。半分ぐらいはこぼれ落ちたと思う。それでも西守歌は口づけを  
止めようとしなかった。残っている水を俺の咥内に流し込み、後を追うように舌を  
差し入れてきた。  
「んんっ? んぅっんんっ!」  
 突然の侵入に驚き抵抗しようとしたが、左手で体を、右手で頭を固定され、  
動くに動けず為すがままにされる。  
 
 匂いと音と感触と。  
「ちゅぱっ、ちゅっぱっ…ふむぅ、」  
 脳が溶ける……。  
「ちゅ……んちゅんんんぷはあっはあっはぁぁっ」  
 ようやく解放された口を一杯に広げて新鮮な空気を吸い込む。どこかおかしなとこに  
水が入ったのか、時折激しく咳き込んでしまう。苦しい。いくら肺の空気を交換しても  
ちっとも楽にならない。体全体が熱くなってきた。何だよ、コレ。くそっ、くそっ。  
はあっ、げほげほげほ。視界が歪む。たったあれだけのことで。冗談だろう?  
「苦しいですか? すぐにお救いしてさしあげますから」  
「はあっはあ、誰のせいだと思ってやがる……」  
 西守歌の顔が近づいてくる。ぐっと身を強ばらせた俺の気持ちをほぐすように  
ぺろぺろと唇を舐める。何度も何度も。口が自然とゆるむまで時間を掛けて。  
 そして、俺たちは、睦み合う恋人のように唇を重ねた。  
 甘い匂いが鼻先をくすぐり、唾液を吸われていることに気づく。かと思うと一転して  
今度は向こうから唾液が送り込まれてくる。舌は絡み合いっぱなしで、気まぐれに  
歯茎の裏を擦られるのには何故かペニスをしゃぶられているかのような気持ちよさを感じた。  
 それでも。俺は受け身のままだった。自分からキスをするわけでもなく、  
体をすり寄せるわけでもなく、ましてや舌を絡めに行くなんてことは絶対にやらなかった。  
 今、ここで、求めるわけにはいかない。それはこれまでの西守歌を否定することであり、  
俺自身を否定することでもあるからだ。  
 その馬鹿みたいな思い込みが、最後の砦だった。負けるわけにはいかない。  
攻略されるわけにはいかない。敗亡して、たまるか。  
「りょう、さま……」  
 熱っぽい声だった。脳が痺れた。状況は悪化の一途を辿るばかりだった。  
この上なく拙い展開だと思った。  
 
 大きいと言わないまでもちゃんと女の子であることを主張するふくらみが腹の  
上辺りに押しつけられていることに加えて、剥き出しにされたペニスに西守歌の  
秘所がしっかりと宛がわれているのだ。ぱんつ越しとはいえ、体を揺らされると、  
それが擦り合うことになるのだから、それはもうとんでもなく拙い。  
そして、最悪なことに、西守歌のぱんつは湿り気を帯び始めてた。  
何でとかそれがどういうことなのかとか考えたらダメになる。間違いなく。  
濡れているとかそういう単語もアウト。にちっにちっという幻聴が聞こえだしたら  
状況はいよいよ絶望的だ。  
 正直なところ、ペニスは精液を吐き出すことしか考えていなかった。  
 だけど。  
 今は耐える他なかった。俺が度し難い意地っ張りであることに賭けるしかない。  
地上で最も頑固であっても構わない。寧ろ、それを望もう。だから、今は耐える力を。  
 おもむろに体を起こした西守歌は肩で息をしていた。清楚さの象徴である白を基調とした制服が、  
ただひたすらエロティックに見える。ふと、脱ぐのかと思った。ひたすらエロいことを  
していて何なのだが、西守歌の裸が見たいとかそういうことではない。抱き合って体が  
火照るようなことをしていたせいで俺も西守歌も汗でびしょびしょだったのだ。  
鬱陶しくて服を脱ぐのは少しもおかしいことではない。  
 俺のペニスを何度か擦り上げた手がブレザーのボタンを一つ一つ外していく。  
汗で体に張り付いたカッターシャツ。  
 驚愕の事実。  
 西守歌はノーブラだった。乳首が透けて見える。  
「涼様の、えっち」  
 今日何度聞いただろう。その言葉を。そして同時に思う。いつ以来だろう西守歌の  
こんな優しい声を聞いたのは。  
「本当に、強情なお方。そこまで意地を張らなくてもいいのにとは思いますけど、  
それが涼様のパーソナリティなのでしょうし、仕方のないことかも知れませんわね」  
「……思い知ったか、さっさとあ」  
「そこで、ちょっと趣向を変えることにしました」  
 
 一瞬だけ、沈黙が下りる。  
「この瞬間から、涼様がイクことを禁止します。密着プレイとかそのごにょごにょなことは  
一杯しますけど、涼様がイクのはダメです。どうしてもイキたければ、私の中でイってください」  
 あまりの馬鹿さ加減に頭が真っ白になってしまった。何てことを口走るのだろうコイツは。  
「禁止事項ですから破れば勿論罰を受けていただきます。そうですね、ここはやはり  
明鐘さんに同じようなことを体験していただく、という」  
「西守歌っ! そんなことをしてみろ、俺はお前を絶対に許さない」  
 全てに先行して返答を叩きつける。  
「大丈夫ですわ、涼様が耐えるか、私の中に出すか、そのどちらかにしてくだされば  
いいことなのですから」  
 笑顔だった。全く堪えてない。  
「私の全ては涼様のもの。処女を捧げることに何の否応もありません。しかし、一人の女として  
愛する人に愛されたいと思うのも事実。そこで、心から愛し求めてくださるまで、  
処女を捧げないことにしました。―――涼様、」  
 萎えかけていたペニスに唾液を落とされる。柔らかく小さい手でしごかれ、  
たちまちに固さを取り戻してしまう。  
「がんばってくださいね?」  
 もう悪態すら出てこない。  
 さっきと同じように座位そのものの姿勢で抱きついてきた西守歌の手にはまだ半分ほどの  
水が残っているグラスが握られていた。  
 
 ―――――  
 ――――――――――  
 ―――――――――――――――  
 何回達しそうになっただろう。唇をねぶられ、ペニスをしごかれ(何度秘所で擦り上げられたことか)。  
あいつ自身は何回か達していたみたいで、  
「はあっ、うああっ……あぁはっぁあ……んん……」とか  
「もう、わた、くしっ、いってしまいっますぅっ」とか  
「んんっはあはああああああああぁぁぁ――――――――」とか  
それはもう官能を刺激するような喘ぎ声を吐きまくってくれた。俺もその度に到達しそうになり、  
それを堪える為にタマの下辺りに力を込めたりしてやり過ごすなどの悲しい真似を余儀なくされた。  
 無限に思える時間を経て、グラスは空になった。俺に体を預けて激しく呼吸していた西守歌は  
少し遅れてそれに気づいた。そして何故か嬉しそうに笑った。  
 
「それはもう少しの間私主導で涼様と睦み合えるからですわ。涼様を解放してしまった後は私が  
一方的に突かれ責められ嬲られ辱められるに決まってますから。すぐに手放してしまうのは  
やっぱり惜しいものなのです。もう一つあるとすれば……」  
 声の間を縫うようにしてシュルシュルという衣擦れの音が断続的に聞こえてくる。  
「すれば?」  
 白いカーテンの向こうに浮かぶシルエット。  
「……明鐘さんに酷いことをしなくて済んだということもあります」  
 西守歌が普段着に着替えているのだ。何もここで着替える必要はないだろと言ったのだが、  
ここが良いと言って聞かない。  
「私はまだ友人だと思っていますから。我ながら虫がいいとはおもいますけど」  
「そうだな、もう一度友人としてやり直したいならさっさと解放しろ」  
「それはダメです」  
 監禁される側とする側なのに、空気は馬鹿みたいに穏やかだった。  
 
「七時頃に夕食を持って参ります。腕によりを掛けた料理、残さず食べてくださいね? 涼様」  
 という去り際の一言さえなければ。  
 

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