「お待たせ」  
テーブルにタオルを引くと、美子は医療器具をその上に並べた。  
「はい、これが私の仕事道具よ」  
「ありがとうございます」  
火鳥はお礼をさっそく器具を覗き込む。  
研究所の中は珍しく(地下で眠っているガードバロンを別にすれば)美子と火鳥の二人し  
かいない。ハルカとケンタは学校、博士は同窓生の講演の手伝いとやらで街へ出かけて  
いる。  
ちなみに事件が起こらない限り毎日が夏休みみたいな火鳥はおいといて、平日の朝だとい  
うのに美子が研究所にいるのは休日出勤の振替休日だからだ。  
どうせなので火鳥の研究を進めようかとも思ったが、博士のいない間に差し出がましい真  
似をするのは居候としては気が引けるし、何よりハルカの嫉妬が怖い。  
白衣を脱いでショッピングにでも行こうか、しかし火鳥ひとりを置いて出かけるのも  
なんだか怖い・・・・・と思っていたところ、同じように暇だったらしい火鳥が美子の  
仕事道具を見てみたいと言い出した。  
もちろん美子は快く承諾し、こうして普段持ち歩いている器具類を居間に運ぶとテーブル  
に広げて見せたというわけだ。  
「随分原始的なんですね」  
「作りはそうでも材質には最新の技術が使われているのよ」  
並べられた器具を興味深そうに火鳥は眺めていたが、やがてひとつの器具に目を留めた。  
 
「これはなんですか?」  
「聴診器よ。これで鼓動・・・・・・心臓という器官の動く音を確認をするの」  
美子は心臓の場所をトントンと指で示した。成熟した女性らしい豊かな胸に指がくぼみを  
作る。人間の男なら釘付けになるところだが、火鳥はもちろんそんなことには気がつかない。  
「へえ、ちょっとお借りしていいですか?どう使うんです?」  
「こことここを両耳に入れて、ここを胸に当てます」  
火鳥は聴診器を耳にはめてみせた。めがねと白衣のせいかなかなか様になっている。  
といっても、過疎地の町医者といった感じだが。  
「こうですか?」  
火鳥は服の上から自分の胸に聴診器を当てた。  
「あ、服はめくって肌に直接当てます」  
言われたとおりシャツをめくりもう一度当てたが、火鳥は首をかしげた。  
「・・・・・・ジーっという音がします。これが心臓の音ですか?モーターの音に似てい  
ますね」  
火鳥の言葉に美子は苦笑した。  
「違います。それはモーターの音でしょうね」  
火鳥自身はエネルギー生命体とはいえ、彼が憑依しているボディは天野博士の作り出した  
アンドロイドである。血液は人間のものを模した博士も心音までは手が回らなかったのだ  
ろう。  
「火鳥さんには多分心臓がないのではないかしら。鼓動はもっと違う音ですよ」  
「心臓じゃないんですか・・・・・」  
火鳥は残念そうに聴診器を胸からはずしたが、すぐに無邪気な顔になると美子を見やった。  
美子はいやな予感がした。  
「じゃあ、先生のを聞いてみてもいいですか?」  
 
「だめです」  
火鳥の言葉は思ったとおりのものだったが、生真面目な美子は顔を赤くして首を振った。  
「だめですか?」  
「絶対にだめです」  
どうして?と首をかしげる火鳥に美子はしどろもどろながらも説明する。  
「地球人の成体は他人にあまり体を触れさせないものなんです、特に異性に対しては」  
ようは恥ずかしいからなのだが、そんなことを知らない火鳥は容赦なく突っ込みを入れる。  
「でも先生はいつもされているのでしょう?」  
「私はそれが仕事なんです」  
「でも」  
「とにかくだめ!だめです」  
美子の強い拒絶に勇太郎は残念そうに聴診器をはずした。  
「先生のされているお仕事に興味があったのですが、仕方ないですね」  
美子の胸がうしろめたさにずきっと痛む。なにしろ普段自分は研究と称して博士とともに  
彼のデータを収集している。どんなに時間が長くなろうとも、火鳥はいつも文句も言わず  
こちらの要望に応じてくれるのだ。その自分がただ恥ずかしいというだけで彼の希望を  
はねつけてしまってもいいものだろうか。  
それに火鳥には性欲と言う概念がない。  
人間の男性の姿をしてはいるが、もともと火鳥は肉体を持たないエネルギー生命体なのだ。  
なのに警戒しすぎなのじゃないかしら・・・・・・。  
考えれば考えるほど頑なに拒む自分が意識しすぎのように思え、罪悪感が膨らんでいく。  
 
「誰にも・・・・・・」  
とうとう美子は口を開いた。  
「誰にも言いませんか?」  
「?言ってはいけないことなんですか」  
「そうです」  
美子は力強く頷いた。  
「誰にも言わないと約束してくださるなら、いいですよ」  
美子の言葉に火鳥の顔がぱっと輝いた。  
「はい、約束します!」  
いそいそと火鳥はソファから立ち上がると、美子の隣に座りなおした。  
火鳥が白衣を身に着けていることもあり、立場が逆転して自分が患者になったようだ。  
火鳥は期待に満ちた目で美子を見つめている。美子はその視線に一瞬ひるんだが、一度  
許可してしまったものは仕方がない。  
普通は服のすそから手をいれ、なるべく患者の体に触れることなくすばやく心音を確認  
するが、火鳥には多分無理だろう。  
思い切って美子は上着をめくり上げた。ゆったりとした上着の下から、パステルグリーン  
のブラにつつまれた乳房が現れる。普段は白衣で隠しているマシュマロみたいに白く柔ら  
かい胸は、美子にとっては頭痛の種であると同時にささやかな自慢でもある。  
もちろんそれを周囲に強調したりする美子ではないので、今のところは自分だけの秘密に  
なっているのだが。  
その自慢の胸に、後ろめたさが再びずきずきと突き刺さる。  
 
(・・・・・・これってお医者さんごっこになるのかしら)  
白衣プレイしようなどと女性を口説く同僚の医師達や、美子の白衣姿や看護婦に尋常で  
ない興味を示す患者たちを美子は心の底から軽蔑していた。まして医療器具を使ったお  
医者さんごっこなど、医師という仕事、そして人の命まで茶化されているようで、怒りで  
卒倒しそうになるほどだ。  
その自分がよりによって、医師でもない男性にの前で胸をはだけ、しかも聴診器を当てさせようと  
している。  
−−火鳥さんの向学心に付き合っているだけだもの。  
心の中で美子は弁解した。火鳥さんは他の男の人みたいにいやらしい考えはないわ。  
しかし、今度は自分を責め始める声が聞こえてくる。  
−−でも、自分はどうなのよ?胸が高鳴らせたりして。  
本当にいやらしいのはどちらなの?  
そんな美子の葛藤をよそに、火鳥は興味津々といった表情で身を乗り出して美子の体を  
見つめている。  
 

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