一陣の風がバラの咲き誇る庭園を撫でてゆく。  
赤や薄紅、色とりどりの花びらが風に巻かれて天高く空を飛んでいる。  
その様子をかつて天使と呼ばれた女性が愛おしそうに眺めていた。  
「どうしたんだい。私の天使様?」  
金髪の青年が庭園のアーチ門をくぐる。  
声を掛けられた女性は彼の方へ振り向く。  
「お帰りなさい。私の旦那様」  
くすくすと笑って庭園の女主人は彼の帰宅を出迎える。  
 
 
優雅な所作で女性の手をとりもう一方の手を彼女の腰にあて堅い床を滑るように  
ステップを踏む。  
「だいぶ、上手に踊れるようになったんじゃないかな」  
彼女をリードしていた青年が満足そうに呟く。  
「まだまだです。貴方の、シーヴァス・フォルクガングの妻として  
地上の貴婦人の嗜みというものをきちんと身につけなくては…」  
そういった彼女の顔がふと少し曇る。  
「どうかしたのか…?」  
彼女の微妙な変化にシーヴァスは顎を掬いあげ乙女の顔を真摯に見つめる。  
「いいえ…」  
彼女は瞳を半分伏せ、シーヴァスの視線から逃れようとする。  
いつになく悲しげなその表情にシーヴァスは眉を寄せる。  
「御祖父様に何か言われたのか…?」  
彼女は首だけで否定を表すが、反対にきゅっと唇を噛み何かをこらえているように見える。  
シーヴァスの祖父はいまだ出自の判らぬ彼女を良く思っていないのだ。  
その身ひとつで彼の元に降り立った彼女には何も身を証せるものなど持っていない。  
かといってシーヴァスが彼女を祖父に天使だったと言って信じてもらえるとは到底思えない。  
自然と彼女に対する祖父の風当たりもきつくなることは想像に難くない…。  
特に…シーヴァスのいない時はよりいっそうにそれを強く感じるはずなのだ…。  
「……すまない。君にいらぬ心労を私は懸けてしまっているのだな。」  
彼女が唇を震わす  
「なぜ、謝るんです…。私は自分の意志でここに残ったんです。あなたに気を使わせているのは私なんです」  
潤みを帯びた瞳からは熱い涙が一筋のつたう。  
シーヴァスはいたたまれなくなり震える唇に己のそれを重ねる。  
「君に贈り物があるんだ」  
優しく妻を抱えあげ寝室に運ぶ。  
 
「まぁ…」  
彼女は感嘆の声をあげる。  
部屋一面に飾られたバラ。部屋を一杯に満たすバラの香り。  
花瓶にいけられたバラはもちろん壁にも、床にいたるまで花びらがいくつも舞い散らせている。  
そして寝台は光沢の眩しい朱色に染められた絹の織物の上に純白に輝く。  
バラの花びらが所狭しと敷きつめられている。  
「君の庭園のバラを少し戴いたよ。いかがかな?」  
「……シーヴァス」  
「気に入らなかったか?…君はバラが好きだから喜べばと思ったんだが  
あぁ、君の庭園を荒らしてしまったかな…」  
彼女はシーヴァスを降り仰ぐ  
「いいえ、いいえ。あの庭園はあなたから戴いたものです。…これは、全てあなたひとりで…?」  
「ああ、君以外の人間をこの寝室に入れたりしないよ」  
そっと彼女はシーヴァスの手をとる。小さな傷が幾つもついている胸が熱くなる。  
そっと彼の指先にキスをする。  
「…ありがとうございます。嬉しい…、とても」  
シーヴァスは指先にくすぐったさをおぼえながら  
「メインはこれからだ…さぁ、おいで」  
彼は妻の手を引き花びらの舞う寝台へと誘う。  
彼女はドレスを落とし彼の胸に身を預ける。  
 
 
バラの寝台の上で二つの身体が重なりもつれ合う。  
「…ぁあん…あっ…はぁん…」  
とろけるような甘い鳴き声。  
シーヴァスの上に跨りひっきりなしに腰を振るう。  
豊かな二つの乳房が上下に踊るように弾んでいる。  
くるりと身体を回転させ今度は彼が妻に刺激を与える。  
甘く香る髪はとうに乱れてバラのしとねに広がる。  
「…ひゃうっ…あん…はっ…」  
動作ひとつのたびに彼女は官能的に喘ぎ、シーヴァスの理性を奪っていく。  
より深いつながりを求めてより高みを目指す。  
「…君を…っ…離しはしない…」  
低く掠れた声が彼女の耳朶を震わす。  
根本まで引き抜いた情欲の塊を華奢な腰に叩き付ける。  
「…ぁあ…くぅ……シーヴァスっっ…」  
瞬間、彼女は彼の名前を呼ぶと同時に背中を弓なりに反らす。  
藻掻くようにシーツを握り、純白無垢の花びらが宙に舞い上がる。  
それは…乙女のかつて天使だったころの羽根を思わせた。  
「…くっ…」  
そのまま飛び去ってしまわぬよう強く強くしがみつくように抱きしめる。  
白濁の熱を彼女の内側、最奥へとぶつけながら…  
 
 
バラの花びらが一枚、彼女の頬にキスをする。  
乙女は小さな寝息をたててシーヴァスの胸をくすぐる。  
華奢な身体を引き寄せて額に口付ける。  
もう何度その身体に自分の滾る熱情を叩きこんだことだろう。  
どれほどその柔らかな体に身も心もそそいでも尽きることを知らず貪欲なまでに求めあう。  
「…シーヴァス…」  
目蓋の奥に瞳を隠し眠ったままの呼び声はどこかあどけない。  
心許なく呼ばれればいまだ燻り続ける炎を自覚せずにはいられない。  
「ここにいるよ…」  
耳元で囁く。  
「ずっとそばにいる…何があろうと、君を守ろう…君は何も心配しなくていい」  
貴族の血がなんだというのだ。自分には彼女しかもういらない。  
御祖父様からも世間からも自分が守っていこう…なぜなら  
「私は貴女の勇者なのだから…」  
瞳を閉じると濃厚なバラのにおいと彼女のぬくもりだけを感じる。  
二人だけの空間。  
ここは彼らだけの秘密の庭。  
 
 
fin  
 
 

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