天から降りそそぐ涙のような雨が音をなく石畳の通りを濡らしていく。  
宿の扉の前にひとりの若い女が佇んでいる。  
雨に濡れるのも構わず穏やかな表情で濡れる街を眺めている。  
行き交う人々には見えてはいなかったが女は背中に白い見事な翼を生やしていた――  
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寝台一つきりの狭く薄暗いその部屋には昨晩から焚かれていた香が燃え切れずに燻っている。  
「…雨が降ってるのか」  
短い眠りから覚めた霞んだ声。  
隣りに横たわっていた女がその声を受けて気だるげに半身を起こす。  
掛布が滑り落ち女の艶めかしい肩が露わになる。  
「…もう少し眠っていらしたら?次期教皇様…?」  
女の揶揄する響きに男は横目で見やり眉を顰める。  
「いや、行くよ。…生憎これでも忙しい身でね」  
彼は寝台から身を起こし女に背を向けて脱ぎ散らかした祭服を纏う。  
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外は相変わらず小雨が降っている。  
顔に垂れた髪が重く濡れて鬱陶しい。ロクスは面倒そうに湿った髪を掻き上げる。  
先日から借りていた一室がある宿の前に女が立っている。  
遠目に見ても誰だろうかが純白の眩しい翼が目を惹きつけるためすぐに知れる。  
いつからそこに居たのか天使は翼から髪の先まですっぽりと濡れそぼっていた。  
ロクスは呆れたようにため息を吐く。  
近くまで寄り声を掛けると彼女は嬉しそうに微笑んだ。  
「ロクス!おかえりなさい。貴方を待っていたんですよ」  
彼の方へ振り返った拍子に小さな水滴が幾つか天使から落ちた。  
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ぱちっと暖炉の薪が弾けた。  
ロクスは濡れた頭を乾いた布で拭いて、天使にも同じのを渡す。  
「ほら、拭けよ。あちこちに雫が落ちて迷惑だ」  
天使は困ったような表情を作ったが素直にそれを受け取る。  
受け渡した時、天使の冷たくなった肌がロクスの指に触れた。  
ロクスは顔を顰める。ぐいっと天使の腕をひっ掴み暖炉の前に座らせる。  
天使の手から先ほど渡した布をもぎ取るとやや手荒く彼女の髪をふいてやる。  
「あ、ありがとうロクス。でも私は天使だから寒いのは平気なんですよ」  
天使は感謝の念を伝えてきたがロクスはそれを無視して布を持つ手を動かす。  
「まったく職務熱心なことだな。用事があるなら宿の中で待っていれば良かっただろう」  
「いえ、勝手に部屋の中に入ったら、以前ロクス怒ったでしょう」  
「宿の中に入るなとは言ってないだろ。部屋の外で待つなり…」  
直接会いに来るなり…と言おうとして口を遮る。昨晩にかけて来られても…彼には困るところがあるのを思い出したからだ  
髪を大体拭き終わったら水をたっぷり含んで重そうな翼を拭く。  
沈黙を破って躊躇いがちに天使が口を開く。  
「……あの、ロクス。ロクスは…どうしていつも女の人といるんですか?」  
「どうだっていいだろ。別に」  
面倒そうに答える。  
「…そういうのって子供がほしいからですか?」  
「はぁ?!」  
思いもよらない天使の言葉に思わず素っ頓狂な声をあげる。  
天使はさっと顔を赤らめてまくしたてる。  
「だ、だって、そのロクスは、つまりそういうことをしてるのでしょう!?お、女の人と…その…、…、」  
最後まで言えないらしく言葉は不自然に途切れてしまう。天使はすでに首付近まで顔を紅潮させている。  
「私達天使とは違って人間は、男性と女性の血を混じらせて新たな命を育むのは知っています。それはつまり…ロクスのしていることですよね…?」  
天使は至極真面目な顔をして問うてくる。  
ロクスは口を開いたまま固まってしまう、がすぐに憮然として、  
「…まったくいい趣味だな。天使様は。もしかして前にも見ていたのか?」  
「ご、ごめんなさい!…でも」  
「子どもが欲しくてするんじゃない。…大体、これでも一応聖職者だしな。必要ない」  
「じゃあ、なんで…?」  
特にその馴れ初めや行動を責める風でもなく純粋な疑問のように問われれば、流石のロクスも毒気が抜かれてしまう。  
「なんでって…気持ちいいからじゃないのか?」  
「気持ち…いいんですか?」  
天使は首を傾ける。あからさまな会話をしても至って無邪気な様子の天使に呆れてロクスは今日二度目のため息を吐く。  
水気を吸って重くなった布を脇に置く。  
「もしかして興味あるのか?」  
まさかと思い聞いてみる。天使は少し考えこんで「はい」と返してきたロクスは目を丸くする。  
本当に意味を解って言っているのか疑問が沸いてしまう。  
じっと天使の目を見つめていると気持ちが座ってくる。  
「…ためしてみるか?――俺とで」  
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:  
 
まだ日が出ている時刻だ。だれも覗く者などいないとは思うが窓のカーテンをひく。  
天使の手をひいて寝台に座らせる。  
顎を持ち上げ顔を近づけても抵抗されないのを確認して唇を重ねる。  
そしてやわらかい唇を思う存分に堪能する。  
背中を支える腕に彼女の翼の付け根部分の関節がぶつかった。  
一旦、唇を離して「翼しまえるならしまっておけよ」と忠告する。  
天使は言われたとおりに翼を(何処にしまう場所があるのかわからぬが)隠す。  
ゆっくりと押し倒していき天使の唇を再度味わう。  
天使の唇はとろけるようにやわらかい。合わさった口の中で天使の舌を探すと天使はけなげにそれをさしだしてきた。  
乱れた呼吸も整えながら天使の衣をはぎ取る。はじめて彼女は動揺をしめした。  
「ロクス!」  
「何だよ?いまさら。言っておくが僕は女の裸なんて見慣れている」  
こんなことぐらいで恥ずかしがるな、と窘める。  
胸の膨らみに唇を寄せてなおかつ手は天使の身体の線をなぞっていく。  
へそのあたりをくすぐればそこが弱点だったのか身を捩る。  
「…っ」  
何かをこらえたような息を呑む音を聞いた。  
ロクスはにやりと笑う。  
「へぇ…暑さや寒さには平気なのにこんな所は敏感なんだな、君は」  
天使の肌に唇を滑らし時に舐めて時には口付けの跡を残す。  
天使の唇から火照った息が吐かれた。ロクスはほとんど無意識に咽を鳴らした。  
:  
彼の髪から微かに香のにおいがした。  
天使は手早く取りさらわれた衣服に目をやる。  
その手際の良さに今までの彼の経験の数がなんとなく知れて息を吐く。  
「…ん」  
熱い唇が肌にふれるたびむずがゆいような何とも言えない感覚が走る。  
白い肌に残された口付けの跡がじんと痺れて思わず指をあてて撫でた。  
:  
てのひらに天使の乳房をすっぽり包み、もう片方の乳房を舌で愛撫する。  
「…はぁっ…あ…ん」  
しだいに大きくなる天使の甘い吐息にロクスの欲望はかき乱される。  
さらに天使を追いつめたい衝動にかられる。  
だがふと頭によぎった疑問があった。  
 
 『ためしてみるか?』  
 
同じセリフを他の男に言われたらやはり彼女はその男に身を預けるのだろうか、  
こんなふうに…  
「…ん、ぁ…ロクス…」  
切なげに名を呼ばれればその唇を性急に奪って塞いでしまう。  
:  
天使は突然、荒々しく唇を奪われ驚いたように目をしばたたく。  
熱に酔った唇を急に離されたと思ったら今度は首筋をきつく吸う。  
「っぅ…」急な変化に天使は困惑を隠せない。  
迷いながら首筋に埋めた頭を天使は優しく撫でた。それにロクスが顔を上げる。  
天使は困ったような表情をつくる。  
「…どうしたんですか?ロクス…怖い顔してます」  
「…どうもしないさ」  
彼はふてくされたように天使から顔を背けた。  
天使は切なく目を伏せる。  
 
:  
ロクスは天使の両足を掴み開かせる。太股の裏側に手をつき顔を埋める。  
「…っあ…ん…んっぅ」  
既にそこは蜜を溢れさせ、香しい花のように男を誘っている。  
ロクスは迷いもせずにそこに舌を這わす。  
「ひゃあっ…あぁ…あ…あっ…」  
ふるふると花弁が震えて蜜を零す酷く淫らな光景が目の前にある。  
舌を花芯にねじこみさらに奥の蜜を掻き出すように蠢かしたら…  
「……っああああ」  
手で抑えていた天使の両足がきつく突っ張るのを感じた。  
そしてすぐにそこから緊張がきれたように力がぬけた。  
「…イッたみだいだな」  
いまだ絶頂の余韻から抜け出せないようにみえる彼女を引き寄せる。  
膝裏に手を掛け彼女の足の間に身体を割り込ませた。  
今から起こることに気づいていない彼女の花芯に己の分身をあてがう。  
「力、抜けよ。天使様」  
蜜をたっぷり絡ませ一気に貫く。  
「…っぅうあああっっ」  
そこでようやく意識がはっきりしたのだろう。  
突然、自身の身体に起きた異変に彼女は涙を零しのたうつ。  
「いた…い…」  
「…っ…力、抜いとけ…ていったろ」  
だがロクスは彼女の柔腰を掴んで離さず最奥まで深く貫く。  
「はっ…あ…ロ、クスっっっ」  
男根を埋め込まれた彼女は抗うこともできずきつく内部を収縮させロクスを締め付ける。  
「…っ!」  
ロクスは息をのんでそのまま動き出したくなるのをこらえた。  
天使は胸を荒く上下させ、痛みに必死で耐えているのがわかった。  
涙でたっぷり潤んだ瞳と目があう。どんな顔をするだろうと思ってみていたら。  
彼女は起こるでもなく泣くでもなく、震える唇に笑みを刻んだ。  
「……君は、――ばかだな」  
精一杯の微笑みを浮かべる様に胸が愛おしさに溢れる。  
きつくシーツを掴んだ彼女の拳を開かせて、指を絡めて確かめるように握りしめて  
ゆっくりと動きだす。  
:  
「…っ、…っく…っぅ」  
痛みが走るたびに天使はロクスの手を強く強く握った。  
ロクスもそのたびに握りかえしてくる。  
本当は男女の行為そのものに興味なんてなかった。  
ただ、彼のことが知りたかった。なぜだか、とても…  
とめどなく熱い涙が頬をつたう。  
…彼が好きなんだと思う。  
意地悪されて、傷つけられてでもどこか憎めなくて、愛おしかった。  
だから彼のことをもっと知りたかった。いつかこの戦いが終わる前にもっと…  
「あっ…んっ…あぁっ、はぅっ…ぅんんっ…」  
「…は…すごい淫乱天使様だな…」  
荒い呼吸の中で天使を言葉で責める。そんな彼にちょっとだけ腹が立つ。  
「ひど…ぁああん…」  
ロクスの動きが速くなる。  
手を押さえつけられて身動きがとれなくてただただ翻弄されるだけなのが歯がゆい。  
言葉にできない感情が一杯に満ちて声となって溢れ出す。  
「あぁ…あ……ぅぁああぁぁ…」  
「…っく」  
ロクスが短く呻く。ふいに強い圧迫感が消える。  
天使の腹の上に白い花が散った。  
:  
:  
:  
 
雨音が優しく耳に聞こえる。ロクスは目を開ける。  
ずいぶん懐かしい夢を見ていた。  
宿の軒下でずぶぬれになって空を見上げていた彼女。  
あの時の彼女を昨日のことのようにはっきりと覚えている。  
ロクスを見て嬉しそうに微笑んだ。  
あの時の抱きしめたくなった衝動がまざまざと蘇る。  
腕の中で震えながらも一生懸命笑顔をくれたひと…  
「…ロクス」  
優しい声がかかる。  
とうに耳に馴染んだその声にロクスは苦笑する。  
「本当に…ばかだな君は」  
記憶の中の天使を切り取ったように彼女は現れた。  
ただ違うのは純白の翼があったはずの場所にはなくて…  
彼女は困ったようにその場に佇んでいる。  
「濡れ鼠だな、来いよ。拭いてやる」  
自然と口から笑みが零れる。  
その時、彼女はこれまでのどんな笑顔よりも美しく微笑んだ。  
 
 
fin  
 

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