「え…?」  
一見少女にも見えてしまいそうな少年の声が青い空に溶ける  
今しがたの目の前の女性の言葉を頭のなかで反芻する  
“こちらは元勇者ヤルル・ウィリングです。”  
朗らかに女性は彼を紹介する  
“私は今彼と一緒に暮らしているんです”  
紹介された彼は無邪気な笑顔をこちらに向けてくる  
「こんにちは!はじめまして、フェリミさん。あ、こっちはラッシュていうんだ。僕の親友だよ!」  
小さな彼のうしろの影から収まりきれない大きな犬?が覗いている  
「ひさしぶりですね…」  
元天使の彼女はそういって僕に笑顔を向けてくる。以前と変わらないその笑顔に胸が締め付けられる  
「ええ、まさか地上に降りていたなんて」  
自分が勇者だった頃のことを思い出す  
あの頃、いくらでも彼女と話す機会はあったのだが結局、自分のために残ってくれとは言えずに別れた苦い記憶を思い出す  
ああ、まさか先をこされていたとは…あぁ、しかもしかも、まさかこんな幼子に!!  
思わず妬みの視線を飛ばしてしまいそうになり目をつぶる  
しかしなぜこんな幼子と…。目をつぶったままあれこれ考える  
 
「おねえちゃん…」  
暗闇で元天使を呼ぶ声  
「どうしたの?ヤルル。眠れないの?」  
「うん。一緒に寝てもいい?」  
そっと布団を持ち上げる元天使  
「ええ、いらっしゃい…」  
布団のなかで一つになる影…  
 
「フェリミさん?」  
思わず歯ぎしりをしてしまいヤルルに不審な顔をされる  
「いえ!なんでもないんです!すみません!」  
あわてて弁明する  
「そっか、家に上がっていってよ。たいしたおもてなしもできないけど」  
彼は愛想よくフェリミの手をひいて自分の家に招待する  
 
「どうぞ」  
目の前に果実水が置かれる。簡単な礼を言ってそれをすする  
見覚えのある木彫りの人形を見つける  
「ああ、それはヤルルが造った物よ。彼すごい器用でね、このほかにもいろん道具が作れるのよ。」  
「へへ」  
ヤルルは元天使にほめられて上機嫌に鼻をこする  
フェリミは二人のやり取りから顔を背け目をつぶる  
 
「…あっ…だめ…ヤルル」  
闇に浮かぶ白い肌  
「しぃ、静かにしないとお母さんに聞かれちゃうよ」  
幼い手に握られた木彫りの人形  
人形は頭からぐっちょりと濡れて月明かりに光っている  
「だってそんなところに、…ぁあン」  
 
「フェリミ?どうしたの?…もしかして気分が悪いの?」  
口元を抑えて鼻血をこらえていると元天使が慌てて駆け寄ってくる  
「い、いえ…!な、なんでもないんです。心配しないで」  
「…そう」  
いつまでも心配そうな天使の表情に頭の中に駆けめぐった己の想像を恥じる  
「今日はもうそろそろ日が暮れてきたみたいだし泊まっていってね」  
にっこりと彼女が笑むと自分もそれにつられる  
 
なごやかでささやかなその日の晩餐。  
「…とてもおいしかったです。ごちそうさまでした」  
「そう、良かったわ。喜んでもらえたみたいで」  
そういうのはヤルルの母親、だいぶ若いようだ  
「お義母さん。私も手伝います」  
元天使とも仲良くやっているようで今も肩を並べて食器を洗っている  
いすに背をあずけ目をつむり会話に耳をすませる  
 
「…あ、そんなに強くこすっちゃだめ、優しく…そう…」  
柔らかな二つの肉体  
惜しげもなくそれをさらして…  
「…もう…濡れちゃってるわ…こんなとこ」  
「…あ…」  
 
ガターン!!  
背に走る強い衝撃  
泡のついた髪の毛を手からぽろりと落として彼女達は振り向く  
「ど、どうしたの!?大丈夫?頭うってない?」  
「いいえ!!大丈夫ですから!放っておいてください!」  
空気を吸いにばたばたと外へでる  
 
「はぁ…僕って、未練がましいなぁ」  
うしろに気配を感じて振り向く  
ヤルルの連れていたラッシュとかいう大きな犬  
元天使がこっそり教えてこれたかれは神獣・ジャックハウンドなのだという  
様子のおかしいフェリミを心配してくれているのか鼻先をつけてきた  
「ありがとう…」  
なかなか知的で深い眼差しをしている  
犬の姿でなければきっと彼女とも釣り合いがとれるだろう落ち着き。  
 
「ひゃ…はぁ…あぁん」  
乙女の肌を長い舌が丹念になめてゆく  
「やっ…そこは…!!」  
犬の頭が白いなよやかな二本の足の間に…  
 
「うわーーーーー!!僕は最低だーーーー!!」  
驚きに目を丸くする大犬。  
泣きながら全力疾走する。  
「お風呂沸いたよー!」背中に声が追いかけてくるが今は無視だ  
 
カポーン  
「…湯加減どうかな?」  
「あっ、うん。ちょうどいいよ」  
ヤルルが火の調節をしてくれた湯にすっぽりとつかる  
全身の疲労が抜けていく  
「ね、一緒にお風呂入っていいかな?男同士だしいいよね」  
「ああ、うん。いいよ」  
 
「…そして僕は見てしまったのです。自分の…と彼の…を。」  
酒場で曲の調べにのせて僕はうたう。己の物語を…。  
「そう、先を越されたとか、そういうものではなかったのだとその時初めて確信したのです。」  
彼は目元に涙を浮かべる。  
「潔く負けを認めます…完敗でした。」  
酒場のマスターが励ますように僕の肩を叩いたのだった  
 
 
えんど  
 

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