カノーアのとある街の宿。夜風にまぎれてかすかな羽音をナーサディアの耳は捕らえた。  
彼女はふと表情をやわらげて若い天使を出迎える。  
「こんばんは、天使様。どうぞ入ってきて。」  
ふわりと空気が舞ったかと思うと何もなかった空間に純白の羽根を背中から生やした乙女が  
出現する。  
「こんばんは、ナーサディア」  
天使の乙女は可憐な唇をほころばせる。  
 
ナーサディアはかつて今では遠い昔、天上の世界から降りてきた天使に仕える勇者であった。  
そしてその時の天使ラスエルこそがナーサディアのかつて唯一の最愛の恋人でもあった。  
 
しかし再会もむなしく今からひとつきほど前、彼は堕天使の罠にかかり長い苦しみの中ついに  
息を引き取った。  
ナーサディアはこの新しくやってきた若き天使の命をうけて勇者として  
堕天使として戦っている。  
 
…ラスエルではない天使。しかしナーサディアは天使のみずから光を放つような白き翼をみて否応なく  
ラスエルを思い出してしまう。  
 
「ナーサディア?」  
白い翼に眼を向け物思いに浸っていると天使からきづかわしげな声がかかる。  
「天使様…」  
天使が言葉にしなくてもその表情で彼女が自分を心配してくれているのがわかる。  
そういえばラスエルが死んだときしばらく泣きくずれていたナーサディアを天使は  
何もいわず温かな腕に包み込みやわらかな胸でだきしめてくれていた。  
 
ナーサディアは気丈に笑ってみせる。  
「天使様と初めてあった時のことを思いだしていたの。最近のあなたをみていると  
どことなく雰囲気が変わったように思えるから」  
 
「変わった…?それはどのようにでしょう?」  
小首をかしげて天使がたずねる。  
 
はじめて出会った時、眼に映ったのはその真白き光りの翼。  
ラスエルの幻を見ているのだと思った。ひどく飲んでいたから彼に会いたくて、会いたくて  
夢を見ているのだと思った。  
若い女性の声が天使から発せられて突然夢から起こされたようで落胆した。  
彼女の話す言葉はどこか遠く感じられた。真面目な性格故の堅い話し方なのだと思う。  
断ってもしつこく来られたから仕方なく了承したのだ。  
 
今の天使はあの時感じなかったやわらかさや穏やかさのようなものを感じる。真面目さ  
堅さは依然感じるがもう不快とは感じない。  
一緒にいる時間がそう感じさせるのか。それとも彼女が他者達との出会いで育んだ成長の  
証しなのか。  
 
「ふふ、そうねぇ。女らしくなったと思うわ。色気づいたっていうべきかしら」  
さきほどの質問にそう答えると天使の頬にわずかに赤みがさす。  
こころあたりがあるとみえた。  
「天使様はこの戦いが終わったらどうするの?」  
天使は少し間をおいて、約束をした勇者のために地上に残るとうちあけてくれた。  
ナーサディアはなんとかこの天使の恋に応援してあげたい気持ちになる。  
「ねぇ、あなた。その勇者とはどこまでいったの?」  
意味ありげなまなざしで問う。  
「キス?……それとも、」  
「え、あの、」  
天使はたちまちしどろもどろになり顔を耳まで赤くし困惑している。  
その様子は非常に愛らしくナーサディアにうつった。  
おもむろに天使の頬に細く長い指をのばす。  
「ナーサディア!?」  
「なぁに?」  
「どうして顔を近づけるんですか?」  
「…どうしてって…、天使様何も知らなさそうだから恋の先輩としていろいろ教えてあげたいのよ。」  
天使のやわらかい髪を指にからませながら拗ねたように紅い艶やかな唇をとがらせる。  
困った顔をして天使はいつか別の機会に教えて下さいと応えた。  
「あら、それならきっと早いほうがいいわ。」  
言うが早いか天使の首にしなやかな腕をまきつける。  
 
首に腕を絡ませたまま「ね、」と天使の耳もとに唇をよせ囁いたその時視界に彼女の白い翼がうつった。  
…ふいに胸が痛んだ。  
「ラスエル」  
思わずつぶやいた名前に『はっ』と耳もとで天使の息をのむ音が聞こえた。  
 
(ナーサディア…)  
切ないつぶやきは天使のこころも痛ませた。  
そっとナーサディアの背中に手を回す。すん、鼻をならしてナーサディアは天使の  
首筋に顔をうめる。  
「ようやく会えたのに…、また一緒に歩いていけたかもいれなかったのに…。」  
細い肩が小刻みに揺れている。  
「ずっと会いたかった。なのにどうして彼は私を残して逝ってしまったの?  
どうして彼が苦しんでいるのに私は気づきもしなかった…!」  
苦い涙が頬をつたう。  
彼女を慰めたい…。天使は思った。  
(でも…私には何がしてあげられるの?)  
彼女のこころの傷があまりにも深くて天使はただ抱きしめることでしか  
癒すすべがみつからなかった。  
 
ずいぶんと長いこと抱きしめられいた。  
ナーサディアは寝台に腰掛けていた。  
傍らには天使が、宿の女将から借りてきたらしき水に濡れた布で、ナーサディアの泣いて  
腫れぼったいまぶたを冷やしていた。  
 
「もう大丈夫よ。」  
だいぶ気分が落ち着いてきた。もう涙は流れていない。  
天使がいたわるようにナーサディアのまぶたや頬をなでる。  
ナーサディアは気丈にに気持ちを切り替えようとする。  
 
「ねぇ…」  
頬をなでる天使の手をとり妖しく微笑んでみせる。  
さっと天使の頬に腕を伸ばす。ぎょっとする天使。  
「さぁ、さっきの続きをしましょう。」  
「さっきって…待って下さい!私、まだ」  
「往生際が悪いわね。男と女が将来の約束までして『まだ』?なおさら訓練が  
必要ね。」  
「そんなの強引です!」  
 
口論をしているうちに二人の距離、唇と唇の距離が縮まっていき…  
…吐息が絡み合う。  
とっさに気づいて身を退こうとしたが『くん』と髪を引っ張られてしまって逃げられない。  
桃色の唇に紅くいろどられた唇が優しく触れる。  
 
「ん…、ふ」  
やわらかく口づけてゆく。ナーサディアの舌が天使の唇を割り舌を絡めて吸いだす。  
尚も抵抗しようとする天使を抑えるために口づけあったまま後に押し倒す。  
どうにか天使の身体を体重を掛けて抑えこむことに成功する。  
 
ちゅ、と音をたてて唇が離される。  
覆い被さったナーサディアの背中からさらりと長い髪が流れて天使の胸の上に  
散らばって落ちる。  
その感覚に天使は身体を震わせた。  
「や、…だめ…ナー…」  
うわごとのように天使はつぶやく。その唇に再度、ナーサディアの唇がかぶさる。  
ちからが思うように入らなくて、天使は耐えるかのように眼をつむった。  
 
「…、んぅ」  
ナーサディアは咽を鳴らして唾液を嚥下する。  
薄く眼を開いて天使の様子をながめる。天使は固く眼をつむっていた。  
愛おしそうに天使の輪郭を細い指でなぞっていく。眼をつむったままの彼女の肩が  
ぴくっとかすかに痙攣する。  
そのまま指を滑らせて首筋をたどり鎖骨をなぞれば、翼がびくんとゆれる。  
唇を離すと、はぁっはぁっと天使は大きく呼吸をする。  
胸の双丘が呼吸のたびに上下する。  
すっと天使のまなじりから涙がこぼれる。  
 
天使はぼんやりと眼を開く。その反動でまぶたの下に溜まっていた涙がこぼれる。  
(苦しい…)  
左側の乳房をナーサディアの手が圧迫している。天使が眉根をよせると、その手が  
天使の乳房をやわらかくつつみこみ円をかくようにこねまわす。  
「あっ…」  
未知の感覚が背中を走って抜けてゆく。  
つぅ…と紅く染められた爪先で乳房の頂を擦られると再度、背中を痺れにも似た  
奇妙な感覚が走る。  
今度は強くそれを感じた。  
「ひああ…!」  
「…可愛い…天使様…」  
ナーサディアの唇からそんなつぶやきがもれる。  
かぁっと身体が熱くなった。  
熱い体を細い指が丹念にたどってそのたびに可憐な声が桃色の唇を割って  
部屋の空気にとける。  
 
「はぁ…、んぅ、…あっ、」  
すでに衣服はあられもなく乱れ、天使はしっとりと汗ばんだ白い肌を濃厚な空気にさらしている。  
幾度も熱い息がとめどもなく吐かれる。  
 
「んっぅ、ナーサ…ディアぁ…」  
身体のあちこちにナーサディアの唇や指が滑っていくのを感じる。  
(…どうして…なのかしら…)  
身体を走る感覚とは別に天使にはそれとは違う感覚の気配を感じとっていた。  
(熱い、これはナーサディアの熱さ…)  
ナーサディアの衣服は天使ほどまだ乱れていない。それでももともとスカートの脇が  
大きく開いているなど露出の高い服は、直に肌と肌が触れ合う箇所を多くする。  
現に天使のなよやかな白い腿はナーサディアのしなやかな脚にからみあうように  
挟まった状態にある。  
生の肌を通して互いの身体の熱さを感じる。  
 
(熱いけど…)  
乳房の固くなった頂を口に含まれて舌で転がされる。  
「ああん!」  
天使はすでにならされつつある快感に泣き声のような悲鳴をあげる。  
(だめ)  
流されまいと頭で意識しても身体にもたらされる感覚がそれを阻む。  
分散される意識を必死でつなぎとめる。  
直に触れあった肌を通して熱と彼女の秘めた想いのようなものが流れてくる。  
形のないなにかが天使のこころのうちにふれてくる。  
その正体を、  
ナーサディアの中の隠された想いを知りたい…  
彼女が気丈な姿の裏に懸命に隠そうとしている…  
熱さの中に何を求めているような…  
まるでどこかにぽっかりと開いた空洞を埋めようとするようなそれは…  
(そう、これは彼女の寂しさ…)  
天使はようやくその正体を知った。  
 
ふとナーサディアが気づくと、天使はどこか遠くをみているようだった。  
愛撫にすら抵抗もなく強張ることもなく手足を弛緩させている。  
「…?」  
「…ナーサディア」  
とうとつに名を呼ばれてナーサディアは天使をみつめる。  
「私は…、私はラスエルではありません…」  
天使はそっと身を起こす。背中にしかれて苦しそうだった翼が解放されて天使は息をつく。  
瞳は静かにナーサディアをみつめる。  
ナーサディアは顔を凍りついたようにかたまらせる。  
「あなたは私のなかに、ラスエルを…みている…」  
「なにを言っているの…?」  
動揺したようにナーサディアは声を震わせる。  
天使は悲しげに目を伏せる。  
「あなたはラスエルを…同じ天使である私のなかにみているんです。」  
「…」  
「だから…私のなかにはあなたの求めるものはありません…。私はラスエルに  
なることはできないんです…。」  
「…」  
「ナーサディア…?」  
ナーサディアは長い髪で顔を隠している。  
はらりと涙が落ちて寝台の敷布に染みをつくる。  
 
天使のいうとおりなのだと思う。自分はいなくなってしまったラスエルを  
無意識のうち彼女のなかにみていた。たぶんもうずっと前から。  
天使の存在があまり優しかったから。彼女の胸があまりにも心地よかったから…。  
甘い幻をみていたかったのだ。  
「…あなたのいうとおりね。…きっと。」  
寝台の上に抜け落ちた天使の羽根を拾いみつめる。  
 
気づくと夜は白々としていた。山間から太陽が昇ろうとしている。  
「ごめんなさい…ナーサディア。もういかなくては。妖精達が心配しているでしょう…。」  
あれから結局なにも言わず、静かに夜はすぎた。  
「ええ」  
天使は飛び立つために翼をひろげる。  
「ナーサディア、私はラスエルにはなれないといいました。」  
「でも私は『私』としてあなたを想うことができます。いえ、想ってるんです。  
…私はあなたの天使ですから。」  
しっかりとナーサディアをみつめる。  
はっとナーサディアは天使をみつめる。  
「戦いが終わって人として地上に残った後も…あなたのことを想い祈ります。  
ずっとあなたにいつか癒しがあることを信じています。」  
天使は真摯な想いを言葉にして伝える。  
ナーサディアはふっと笑む。  
「まるで愛の告白ね。…幸せになってね。」  
“私とラスエルの分まで”  
最後の言葉は口に出さずこころの中で囁く。  
こくりと天使はうなずいて飛び立つ。  
翼の合間から太陽のひかりが零れる。  
 
「私も…あなただったから…きっと」  
ひとり残されて口を開く。  
天使が触れなかった彼女のもうひとつの想い。  
彼女にラスエルの幻影を重ねていたのは否定できない。それも本当だけど、  
ナーサディアは天使にも確かに愛おしさのようなものを感じていた。  
それは嘘ではない。身体の熱さには本物だった。  
胸は微かに痛みを残して、それでも…  
“私は『私』としてあなたを想うことができます。”  
そう語った天使の言葉を思いだす。  
拒絶されてはいない。  
彼女は彼女の愛し方でナーサディアを愛してくれている。  
それがわかったから。  
(私は孤独じゃない…あなたがいてくれるから)  
ナーサディアはまぶしそうに目を細めて天使を見送った。  
 
 
end  
 
 

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