【LOOK ME……】  
 
 曲が止む。  
 祭壇の中央の女性は目を開けると、ゆっくりと立ち上がった。肌の表面の水滴が篝火に照らされて光り、彼女の姿を一層神秘的にしているような気がする。  
 楽器を手にしている人々と短く言葉を交わし、彼女は神殿の外で、こちらに背を向ける青年の方へと歩み寄った。  
 「……お待たせ」  
 肩に手を置く。彼は剣を収め、自分の義母を振り向いた。  
 「…どうだった?」  
 質問の意味が分からず、アーレスは首を傾げる。  
 「また……見てくれてなかったの?」  
 「警備中だ」  
 ふぅ…と、マーサは小さく溜息を吐いた。  
 「ちょっとくらいは……」  
 「その“ちょっと”の間に、何かあっては取り返しが付かない」  
 大事な儀式の最中である。彼が過剰なまでに周囲を警戒するのは分かるが、それでも予想していたのと寸分違わぬ返答に、マーサは再び溜息を吐いた。  
 「……ちょっと……散歩して行かない?」  
 
 
 村の外れの小川。草むらにマーサが座ると、アーレスも彼女の隣に腰を下ろす。  
 「……もうちょっとこっちに来たら?」  
 一瞬…ほんの一瞬だったが、彼は戸惑いを見せてから、僅かに腰をずらした。  
 (……どうしたのかしら…)  
 嬉しそうに走ってきて、自分の膝に腰掛けていた頃を思い出す。立ち上がってアーレスの直ぐ傍に腰を下ろし、彼の顔を見た。肩が触れ合い、アーレスはビクンと震えてそっぽを向く。  
 「……ねぇ、アーレス?」  
 「ん…?」  
 「何か隠してない?」  
 「いや」  
 彼のこれ程の即答は珍しい。明らかに何かを隠している……そう思ったが、マーサはそれ以上追求しなかった。  
 「………綺麗な月ね」  
 「…ああ」  
 そう言ったきり、二人とも言葉を止める。アーレスは目を動かして、義母の横顔を盗み見た。  
 
 この世で一番美しい人は?  
 
 もし、そう問われたなら…。  
 (やはり……マーサだな…)  
 彼女しか考えられなかった。自分が記憶する一番古いマーサの顔と、今こうして自分が見ているマーサの顔。確かに違ってはいるが、不思議と歳は取っていない。いや、年を重ねる毎に、ますます美しくなっていると感じられた。  
 
 (………最低だっ!)  
 自分が、である。  
 豊満な胸  
 綺麗な瞳  
 いつも潤っている唇  
 滑らかな身体のライン  
 そして……繊細で、赤子のように白い肌。  
 自慰の妄想の中で、自分は何度育ての親である彼女を汚してきただろうか。そして朝起きて笑顔で挨拶する彼女を見て、何度、心が爆ぜるような罪悪感に苛まれてきただろうか。  
 「……ねぇ、アーレス」  
 不意にマーサは立ち上がり、歩き出した。ある程度アーレスから離れると、くるりと振り向く。  
 「今なら…いいでしょう?」  
 「………ああ」  
 二,三度深呼吸を繰り返すと、彼女の足は地面から離れた。  
 
 
 私は彼を愛している。  
 自分が育ててきた彼を。  
 それも……親としてではなく、一人の女として。  
 (私を……見て)  
 あの時。彼が初めて、一緒に風呂に入るのを嫌がった時。自分の気持ちに気付き、愕然とした。  
 母さんではなく、マーサと…名前で呼ばせていた。確かに、血は繋がっていない。  
 (……アブラーム……)  
 あなたは何故、彼を私に預けたの…?  
 いくら名前で呼んでも、アーレスは自分を母として見ているだろう。しかし、それでも…。  
 (私を……見て)  
 私を記憶に刻んで。私をあなたの中に居させて。  
 (アーレス……)  
 踊り終わったとき、不意に抱き締められた。  
 
 
 妖精……いや、精霊。そう見えた。  
 大いなる使命を負う女性。“神の杖の紋章”を持つ、“神の唄”のマーサ。  
 遠すぎる存在。  
 近寄りがたい存在。  
 まるで自分の手の届かない存在のような気がして  
 気付いたら、彼女を抱き締めていた。  
 「…アーレス…?」  
 マーサは少し驚いたように呟く。彼女の声を聞いて、彼はやっと安心した。  
 (ここに…いる。……手が……届く)  
 だが、うっかりすれば消えてしまうような気がして、アーレスは更に義母を強く抱き締める。  
 「アーレス……」  
 マーサは目を閉じ、そっと彼の背に手を回した。  
 
 
 
 間違いない。男の…一人の男の手だ。  
 (あっという間に……大きくなってしまったわね)  
 まるで、少しでも早く自分に追い付こうとするように。  
 
 
 
 「……マーサ…」  
 「いいの」  
 彼女は静かに首を振り、男の手に自分の掌を重ね合わせた。  
 「何も……言わないで」  
 男は自分の上に被さる。そして顔を近付けてきた。  
 秘め事の始まり…接吻の瞬間を隠すように、アーレスの銀色の髪が垂れ、二人を覆う。月も全てを理解しているかのように、厚い雲の中へと隠れた。  
 「…んぁっ……」  
 閉じていた唇から、少しだけ声が漏れる。アーレスは片手で胸の双丘を撫で回しながら、もう片方の手を下に移動させ、ローブをはだけ、下腹部の茂みに指を這わせた。マーサは顔をやや赤くして、彼の服を掴む。  
 「………マーサ……」  
 耳元で囁き、首筋に口付けた。マーサの身体が強張り、震える手でアーレスを抱き締める。  
 「アーレス…私は……あなたを…」  
 目を閉じる事が出来なかった。閉じれば、きっと涙が溢れてしまうだろう。  
 「愛してる……マーサ…」  
 「…………」  
 アーレスはぎこちない手つきで自分の服をはだけると、さっきから硬くなりっぱなしだった彼自身を取り出す。それを、頬を染めている彼女の足の付け根に近付けた。  
 「……もうちょっと下よ…」  
 戸惑っている彼にそう言うと、手を伸ばし、彼自身を掴む。  
 
 「ぅっ…!?」  
 「まだ…子供なのね」  
 出来るだけ優しく微笑み、それを自分の中へと迎え入れた。  
 「ん…ん……ぅふあっ……」  
 「うぁ……!?」  
 ズブズブという微かな音を立て、二人の下半身はゆっくりと一つになっていく。そして完全に彼自身が包まれたとき、アーレスは腰を動かし始めた。  
 「やっ……そんないきなりっ…」  
 声は続かなかった。腰を動かしながら、アーレスの舌は勃起した乳首を撫で、手は膨らみを揉みほぐす。  
 「はぁあぁああっ、いっ、あっ……ふっぅっ…」  
 一つ。一つになっている。  
 ここには二人だけ。二人だけしかいない。  
 「………綺麗だ…」  
 そう言って、アーレスは自分の下で息を荒くする彼女に口付け、互いの指を組み合わせた。  
 「マーサ……マーサッ…!!」  
 「アーレス……!」  
 絶頂を迎え、マーサはアーレスを強く抱き締める。同じく達し、体を痙攣させたアーレスは、荒い息を吐いた。  
 
 
 
 「マーサぁぁっ!!」  
 彼が自分の名を呼ぶ。  
 「『コズミック・フレア』!」  
 灼熱の炎が、自分に向かって放たれる。  
 全てがゆっくりだった。  
 (アーレス……)  
 そんな顔をしないで…。これは……仕方のない事。  
 息子同然のあなたを愛した事を、私は後悔していない。  
 幸せだった。  
 (…さようなら…)  
 世界で一番大切な人。  
 私が愛するあなた。私を愛してくれたあなた。  
 (もし……生まれ変われるのなら……)  
 視界が真っ赤になる。自分がこの世から消えていくのが、手に取るように分かった。  
 (もう一度……あなたと……)  
 一瞬、彼の姿が見えた。その彼に向かって、最後に精一杯の微笑を見せる。  
 
 さようなら…………私を見てくれた人……  
 

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