【MASK】
「はあっ!」
しなやかな身体が旋回し、鋭い蹴りが放たれる。が、仮面の男はそれを緩慢とも思えるような動きで避けた。
藍色の髪の女性は歯を食いしばると、ベルトに装備していたナイフを引き抜き、空振りの勢いを利用して、そのまま男の首に突き刺そうとした。
しかし、それも男の長剣の柄で弾き飛ばされる。金色の仮面の男はラーライラの腕を掴むと、自分の方に引き寄せ、彼女の首に銀色の刃を擬した。
「動クナ……」
地の底から染み出したように暗く、そして凍みるような冷たい声。
(格が……違いすぎる…!!)
「スィー」
ザザンは仮面の下から、金髪の女性を見つめた。
「ライリーを離しなさい!」
「デハ……フィフス・セラフィーを脱ゲ」
「いけませんっ、スィー様!」
ラーライラが叫ぶ。フィフス・セラフィーは、スィーを護る絶対防御の聖衣。ザザンの攻撃さえ防ぐ、旧世界の遺産。
「…分かったわ」
「スィーさん……」
ティティが力無く呟いた。
(もう……諦めるしかなかとですか…)
「縛リ上げロ」
配下の兵士達にそう命じると、ザザンは漆黒のマントを翻した。
「申し訳御座いませんでした…スィー様。私がついていながら……」
ラーライラは檻越しに、自分が仕える女性に頭を下げる。
「止めてよ、ライリー。あなたはよくやってくれたわ」
「でも……これからどないするとですか?」
ティティは眼鏡を上げた。本来彼女は部外者なのだが、こうして巻き込まれてしまっても、案外あっけらかんとしている。それでもやはり、現在の事態を憂いずにはいられなかった。
レイルルも鳥籠のような小さな檻の中で、情けない鳴き声を出す。
と、その時不意に扉が開き、牢獄の中に二人の兵士が入ってきた。
「スィー、ラーライラ、ティティ。お前等の身柄は明日、ジーナ・イー城に運ばれることになった。……伝える事はそれだけだ」
そう言って立ち去ろうとした兵士を、もう一人の兵士が引き留め、何か耳打ちする。
「……!? バカッ、殺されたいのか!」
「バレやしねぇって。どうせ団長、自分が噂通り不能なもんだから、俺等にまで手を出させねぇだけだろ」
腰から鍵束を外し、スィーの入っている檻を開けた。もう一人の兵士の制止も聞かず、剣を引き抜き、乱暴に彼女を押し倒す。
「ちょっ……何すんのよ!」
「スィー様!」
兵士は手錠でスィーを綰ね上げた。そして馬乗りになり、彼女の服をゆっくりと左右に切り開いていく。
「貴様! スィー様に手を出すな!」
「五月蠅ぇよ。焦らなくても、じっくりと順に相手してやる」
檻の鉄格子を掴むラーライラを鼻で嗤い、露わになった白い肌に舌を這わせた。赤い服をはだけ、豊満な乳房を直に掴もうとする。
「いっ…イヤッ」
「イヤよイヤよも好きの内……最近ご無沙汰なんでな、たっぷりと可愛がってやるぜ」
顔を歪ませ、手を伸ばした時。
不意にその兵士の体は冷たい床から離れ、大きな音を立てて鉄格子に叩きつけられた。
「なっ…!?」
闇からこちらを見る金色の仮面に愕然とする。
「……連れテ行ケ」
いつの間にか現れていたザザンが、背後の数人の兵士に命じた。
「だっ…団長! 待ってください! つい出来心で……だっ団長ぉぉぉ……」
凄惨な絶叫を残して、兵士は牢獄から引き出される。そして部屋の隅で震えている兵士を立たせると、あの兵士の処刑を命じた。
ザザンは胸の前で服を押さえ、こちらを睨んでいるスィーを振り向く。
「ぶっ…部下の統率がなってないじゃない……」
「……そンな身体をしテいるからデモあル」
「なっ…!」
怒鳴ろうとしたスィーだったが、何かが身体を覆った。ザザンが羽織っていた、漆黒のマント。
「明日は早イ。さッサと寝るこトだナ」
「………」
スィーは無言で、彼のマントにくるまった。
翌朝。予定通り、スィー、ラーライラ、ティティの三人を収容した三台の檻車は、ジーナ・イー城へ向け出発した。檻は外から見えないように、小窓以外は殆ど密閉されているのだが、沿道の住民達は物珍しそうに見物している。
「……コの辺りで休ムぞ」
「はっ」
リリーヌは頷き、兵士達に休息を命じた。
人気のない荒れ地。崖から殺風景な景色が見渡せた。崖の反対側の山も、同じく殺風景である。崖の下に微かに枯れ木の森が見え、つい最近まで緑があったことが想像出来る。
ザザンはスィーの檻に近付くと、しきりを外した。
「……大丈夫か?」
「……ヤケに優しいじゃない」
彼の目的は、自分の持つウィルの鍵の筈だ。まあ正当な王位継承者である自分が捕らえられるのは分かるが、それでも何故、こう自分に気を遣うのだろうか。
「困ル……」
「え……?」
「今……お前に何カアっては……」
「それって…一体どういう…」
思わず尋ねかけたスィーを、ザザンは手を挙げて制する。暫く山を見ていたが、突然剣を抜いて怒鳴った。
「全員陣を組メ!」
「なっ何なのよ!?」
「盗賊ダ……」
「……え……」
地響きや雄叫びが、どんどんと大きくなってくる。山肌に土煙が上がり、馬に乗った百人ほどの男達が見えてきた。
一方的だった。騎士団でも盗賊でもない。
ザザン唯一人。唯一人が、圧倒的だったのだ。必要最小限の動きで長剣を振るい、忽ち屍の山が築かれる。殺していると言うよりは、一撃で命を奪っている……そう見えた。集中的に浴びせられる矢さえ、マントを翻して絡め取る。
不意に馬の嘶きが聞こえた。恐らく流れ矢が当たったのだろう、スィーの檻車を牽いていた馬が突然走り出す。
「スィー様!」
ラーライラの叫びで、ザザンも事態を悟った。恐慌をきたした馬は、崖に向かって一直線に走っている。
「きゃあああっ!?」
直ぐに地面が途切れた。馬の足が空を切る。
(え……?)
視界が黒で覆われた。檻の天井が飛び、中で呆然とするスィーを引き上げると、ザザンは彼女を自分の胸に引き寄せた。
「ザザン様ァ!!」
微かに遙か上の方から、リリーヌの叫び声が聞こえた。
(……ん……?)
パチパチと、何かが弾ける音が聞こえる。目を開けると、オレンジと赤の光が踊っていた。少し経って、それが火である事に気付く。
(……私…?)
「……気が付いたカ?」
「!!?」
焚き火の向こうに男が座っていた。炎で金色の仮面が照らされている。
「……ここは?」
「崖の下ダ」
体を起こすと、何かがずり落ちた。漆黒のマント。急拵えの寝床から出て、彼女は焚き火を挟んでザザンの向かいに座る。
「……お礼なんて言わないからね」
「………」
「あなたは……ネーネを殺した」
自分の義母を。ラーライラの実母を。
だが、その言葉が秘めている色は、怒りでも恐怖でもなかった。
(……何だって言うのよ、一体…)
胸の辺りでモヤモヤしているものを振り払うかのように、二,三度頬を叩く。すると、目の前に何かの肉が差し出された。
「……鳥ノ肉だ」
警戒するスィーにそう教える。
「……お腹なんて減ってないわよ」
その言葉を否定するかのように、彼女の腹部から奇妙な音が響いた。
「………」
「食え。お前ニ死なれテハ困る」
今逃亡するのは諦めよう。辺りを覆う濃霧にウンザリしながら、スィーは焙った肉を口に運んだ。
「霧は嫌いカ?」
彼女の考えを見透かしたかのように、ザザンが尋ねる。
「少なくとも“今は”ね」
「私ハ好きダ。あの……あノ空を見ズに済ム」
「空どころか、2メートル先も見えないわよ」
「………そウだな」
「笑ってるの……!?」
「イヤ…」
首を軽く振ると、ザザンは背後の大岩に凭れた。
「……私が寝てる間に、変な事しなかったでしょうね?」
自分の身体を見回しながら、スィーが言う。仮面の下からは返事がなかった。
「……ちょっと…」
「………」
溜息を吐いて立ち上がると、焚き火を回り、ザザンの前に仁王立ちする。
「聞こえてるんでしょ? 返事ぐらいしなさいよ」
「………」
業を煮やして、肩を掴んだ。
……が。
ザザンの身体が揺れ、上体が地面に倒れた。
「え……?」
凭れていた岩肌に、赤黒い染みが広がっている。
「ちょっ……」
動かないザザンの身体を回した。背中のプロテクターが砕け、そこから血が流れ出している。
「……!!」
酷い傷だった。手を伸ばそうとして、ふとスィーはその手を止める。
(……ネーネ…)
目の前のこの男…。この男が、ネーネを…。
傍らに立てかけている長剣。それに、無意識に手が伸びた。ずしりと重い、銀色に光る剣を両手で持ち上げ、逆手に構える。
「………」
が、剣は下降し、元の場所に戻った。スィーは胸を押さえ、暫く呼吸を整える。そしてザザンを仰向けに寝かせると、今度は仮面に手を伸ばした。
頭の後ろの留め金を外す。彼が起きる様子はなかった。そこで更に呼吸を整え、仮面を両手で掴む。
「……っ…」
目を瞑って、一気に仮面を持ち上げた。それは何の抵抗もなく持ち上がり、手から離れて地面に落ち、乾いた音を立てる。
ゆっくりと目を開けた。
「……!」
想像していた顔と全く違う。ほぼ自分と同じか、少し上くらいの年齢だろう。
先ず、左頬の三本の古傷が目に入る。刃物などではなく、もっと切れ味の悪い……獣か何かの爪で付けられた傷だ。汗を滲ませている、整った顔。何だか異世界の人間のような……そんな雰囲気を纏っていた。
「ザザン……」
力無い呟きが、その顔の上に落ちた。
うっすらと目を開ける。
「……気が付いた?」
女の顔が見えた。漆黒のマントを羽織い、こちらを覗き込んでいる。
「マントじゃ合わなかったから、私の服を使ってあげたわ。……感謝しなさい」
そう言って、身体に巻かれている赤い布を叩いた。痛みが走り、顔を少し歪める。
「あ、痛かった?」
「………マーサ…」
「え…?」
いきなりザザンはスィーの腕を掴むと、その身体を強く抱き締めた。
「なっ…ちょっ…」
「………」
「ねぇってば! なっ何すんのよ!」
顔が暖かい。……暖かい?
忘れていた感触に戸惑い、ザザンはスィーを離すと、顔に手を当てた。
「……これのこと?」
声の主はそっと、金色の仮面を差し出す。
「……スィー…?」
「そうよ、スィーよ」
「…そうか」
大きく息を吐き出すと、彼は再びその場に寝転がった。
「……ねぇ、マーサって?」
少しはっとした顔で、ザザンはスィーを見る。
「寝言で言ってたわよ」
「…………」
「あと…フレアとも」
「……!!」
(あれ?)
ザザンがそっぽを向いた。僅かに見える頬が赤い。
(ひょっとして……照れてるの?)
身体をずらして、彼の顔を真正面から見ようとした。するとザザンも首を回し、そっぽを向き続ける。暫くぐるぐると回っていたが、やがて彼女の方が諦めた。
「……割とフツーの顔なのね」
「……………」
「………傷の手当てしてあげたんだから。これで貸しはチャラよ?」
「……分かっている」
「ならいいわ」
と、ザザンの腹から妙な音が聞こえる。それにつられたように、スィーの腹も空腹の合図を出した。
「…………」
「俺は…どのくらい眠っていた?」
「丸一日よ。待ってて、肉はまだ残っているから……」
そう言って、彼女は拳ほどの大きさの肉を差し出す。
「……いらん」
「何言ってるのよ」
「お前が食べるんだ。お前だけは、何としても生き延びろ」
「……私を殺したかったんじゃないの?」
「いいや…。……スィー」
真剣な表情で、ザザンはスィーを見上げた。
「お前が最後の希望なんだ…お前こそが…」
「……ワケわかんないこと言わないの」
肉を引きちぎると、やや乱暴に彼の口に押し込む。突然の事に咳き込みながらも、ザザンは無言でそれを噛み切った。
「……何故殺さなかった?」
「へ?」
「憎いのだろう? 俺が。お前の義母を殺した俺が…」
「……確かにね」
咀嚼していた肉を飲み込む。
「一旦は剣を手に取ったわ。……でも止めた」
「止めた……何故だ?」
「何となくよ…」
突然ザザンは笑い出した。口を開けて大声で笑う。咳き込むまで笑った。
「な…何よ…」
「いや……俺も、お前と同じ事を言ったことがある」
「え……?」
「丁度……今みたいに崖から落ちてな。…その時、立場は逆だったが」
「逆って……ひょっとして、あなたも……」
「ああ………」
ふと遠い目になる。暫くどこかを見ていたが、やがて再び口を開いた。
「マーサ…俺の母だ。血は繋がっていないが…。マーサは、跡形もなく焼き殺された」
「誰に……?」
「………フレア…俺の…妻だ」
「え…ええええっっ!?」
今度はスィーが大声を上げる。
「結婚してたの!? その若さで!?」
「……ああ」
「妻って……結婚した後に、何かあったの?」
「いや、マーサが死んだのは、結婚する前だ」
「えええっっ!? それってつまり……母親の仇と結婚したの!?」
「そうだ」
「何で!?」
「フレアも……苦しんでいたんだ」
上体を起こした。
「人間を忌み嫌っていた。顔に火傷を負わされ、顔には布を巻いていたが……丁度今のようになったとき、彼女の素顔を見た。……火傷なんてなかった。あったのは、美しい女の顔だった」
「……………」
「スィーよ…この世界をどう思う?」
「どうって……大災厄によって滅びちゃった後の…」
「いいや」
静かに首を振る。
「大災厄は、旧世界の人間が引き起こした」
「…!?」
「文明が進みすぎ、自然を軽視した。……驕り高ぶった人間が、自ら招いてしまったことなんだ。……スィー。お前が必要だ」
「どうしてよ…?」
「お前の背中にある紋章…それは、“神の杖”の紋章だ」
「……あ! やっぱり何か…」
「見なくても分かる。……マーサにもあったんだ」
「え…?」
「神の杖と悪魔の杖が交わるとき…世界は破滅する…古い伝承だ」
「悪魔の杖……?」
「この星を汚したのは悪魔などではなく、人間自身だ。……お前ともう一人…悪魔の杖が揃えば、星は癒される。破滅などない。
文明を手放すのを拒んだ人間が、勝手に作ったものなんだ。………お前は…病んだ星の文明か、あの暖かな自然……どちらを選ぶ…?」
少し喋りすぎた……そう思って、ザザンはまた寝転んだ。
「………」
「混乱するのも無理はない。……少し休む。煮るなり焼くなり……好きにしろ」
目を閉じた。暫くしてから、地面にポツポツと小さな染みが出来る。
「……何で…私が泣いてるのよ………何で…」
微かに自嘲した。
「バカッ……何なのよ、一体……」
一体…何故だろうか。
「殺せなく…なっちゃったじゃない……」
霧が少しだけ晴れた。
(……池があったんだ)
池と言うよりは温泉である。少し自分の体を嗅いで、思わずしかめっ面になった。
(ザザンは……まだ寝てるわよね…)
傷は深い。
(……流石に、この臭いはね…)
マントを外し、ビリビリになった服を脱ぎ捨てた。水不足のこのご時世で、こんな風呂は贅沢すぎるかも知れない。
「……ふぃぃい……」
思わずそんな溜息が漏れた。
「あ〜、ライリーにも教えてあげよっ」
既に自分が囚われの身であることさえ忘れかけている。
ジャリッ……
「……え?」
「まだ…自然があったのか」
ゆっくりと振り返る。ザザンが温泉を見つめ、顔を綻ばせていた。
「きゃあああっ!!」
「自然は…死に絶えたわけではない」
「きゃあああぁぁぁ!!」
「こうして…たくましく生き残っている。人間如きに、自然を思い通りにする事など出来はしないのだな」
「きゃあああぁぁぁ!!」
「まだ希望はある。母なる心を癒し…病を治す事は可能だ」
「いやああぁぁぁあ!!」
「また……あの青空を…」
「いやああぁぁぁあ!!」
「碧の海を…」
「きゃあああぁぁぁ!!」
「花々や、木の…」
「いやああぁぁぁ!!」
「…………」
「きゃあああぁぁぁ!!」
「……五月蠅い」
多少苛ついたように、ザザンが言う。
「変態!助平!強姦魔!」
「……最後のは取り消せ。襲ったりはしない」
溜息を吐いて立ち上がり、その場から離れようとした。が、足首を掴まれる。
「何か…別の意味で失礼ね」
「ふんっ……」
「あ! 鼻で嗤った!」
「子供に興味はない」
そう言った次の瞬間、景色がぐるりと回転し、ザザンは温泉の中に突っ込んだ。
「……何をする」
「誰が子供ですってェェ!? マザコンザザンちゃぁぁん?!」
「……本気で怒るぞ」
「おーおー、やって見せなさいよ! イ○ポめ!」
ラーライラが聞けば、卒倒してしまいそうな言葉遣いだ。突然ザザンは彼女の背後に回った。
「……え?」
胸に手が伸びる。
「ひあっ…!?」
が、それだけだった。ザザンは彼女の耳元に口を寄せ、そっと囁く。
「もう…止めてくれ。……このままでは…」
背中の紋章。男の手がそれを撫でた。肩に、明らかにお湯ではない、暖かい液体が落ちる。
「このままでは……本当に…襲ってしまうぞ…」
「…………いいじゃない」
「……?」
スィーは身体を回した。顔を背けるザザンの頬に掌を添える。
「ねぇ…一つ聞いても良い? ………その…フレアさんを好きになったとき……どんな気分だった?」
涙の跡を、そっと指先で撫でた。彼は目を閉じる。
「……罪悪感だ。恨む事しかしようとしなかった……自分の未熟さ故の…」
「それなら…同じ体験をしたあなたなら……変だとは思わないでしょ?」
「………」
「私が今…抱いてる気持ちも…」
「………アーレスだ」
「?」
「ザザンではない。俺の名前は………アーレスだ」
「そう…。アーレス……」
掌に力を入れ、顔をこちらに向かせる。
(綺麗な瞳……)
哀しさ。寂しさ。そんな色を秘めている気がした。スィーはそっと顔を近付け、彼の唇に口付ける。
「アーレス…」
そっと…まるで心に刻むかのように呟き、彼女はアーレスの胸に身体を預けた。
「……ん……」
指が胸の上を這う。アーレスはスィーの腰に手を回すと、彼女を抱き上げ、桜色の突起を唇で挟んだ。
「ぁうっ…」
豊満な乳房を押し上げるようにして揉みほぐし、唇で挟んでいた突起を舌で転がす。
「っぐ……ぅぁ……」
(やだ…変な声が出ちゃう……)
スィーの身体が仰け反る。長い髪が、水滴を飛ばして揺れた。体の中がだんだんと熱くなる。
アーレスは掌を広げ、乳房を包み込んだ。そしてゆっくりと、掌全体を使うようにして揉む。頭の上から喘ぎ声が聞こえてきた。
「ふぁっ……ぁぁあっ……うっんっ…ひっあああっ」
身体が水面から離れた。広げてあったマントの上に寝かされ、スィーは荒くなった息を整えようとする。しかし、アーレスの指が下腹部を這った。
「あっんっ…」
金色の、湿り気を帯びた茂みを掻き分け、彼女の一番敏感なところへ至る。
「やあっ…!」
身体がひくひくと痙攣する。頭の中に電気が走ったような気がして、自分が快楽を感じているのが分かった。本当にこのまま溶解して、自分の肉体が消えてしまいそうな錯覚を覚える。
(……!? あっ…ひょっとして…!?)
「あ…あの、ちょ……ひゃんっ……ア…アーレス……!」
掠れ声しか出なかった。アーレスは頭を下げると、舌先を下腹部から割れ目まで這わせる。
(…や…やばっ……この感覚……早く…!)
何とか手を伸ばし、アーレスの頭を引き上げた。
「……どうかしたのか?」
「ア…アノ……デスネ。ソノ……実ハ…デスネ……」
顔をこれ以上ないくらい真っ赤にして、しどろもどろになる。
(ううっ……折角いい雰囲気だったのに……何で…)
黙り込んでしまった。アーレスが愛撫を再開しようとすると、首を振って止める。
「…大丈夫か? ……無理をしなくても…」
「……私に恥かかせるつもり?」
「いや。……しかし……」
何か葛藤があるらしい。
「………」
スィーは相変わらず顔を背け、もじもじと悩んでいた。
(一分でいい。一分でいいから……時間を止めたい……)
と、アーレスは突然彼女を抱き上げる。声を上げるスィーには構わず、地面の上に座らせ、背後から抱き締めた。
「……我慢しなくてもいい」
バレてる。
「手伝おう」
彼のこれ程悪戯っぽい声は、初めて聞いた。アーレスは片手で胸をまさぐり、もう片方の手を下腹部に這わせ、足の付け根をさする。
「あっ、イヤっ…そんな……」
我慢の限界を感じた。
「………あ………」
びくんと、身体が大きく痙攣した。やがて下半身の一点が暖かくなり、足の付け根から琥珀色の液体が、放物線を描いて噴出する。地面に音が響いた。
「………!!!」
もはや頬を染めるどころではない。
(初Hしてる最中に……オシッコなんて……!!)
王位継承者である自分が。
王位継承者である自分が。
ごめんなさいネーネ。
ごめんなさいライリー。
「……え? ちょっと…」
再び愛撫を始めようとしたアーレスを止めた。
「や……こんな…臭いのに…」
「気にはならない」
「私が気にするの!」
そうか…と呟き、アーレスはスィーを抱き上げると、また温泉の中に入る。
「これでいいか?」
「ん……」
男に小用を足す場面を見られた女性は、この世に何人ほどいるのだろうか。分からないが、極めて少ない事は確かだ。マントの上に寝転がり、スィーは自分と目の前の男からたち上る湯気を見る。
恥ずかしさで目を合わせようとしなかったが、アーレスが頬に唇を当てると、やがて首を回して自分の唇を触れ合わせた。
「んっ…」
舌が入ってくる。一つになった口腔で、二つの舌が絡み合った。
「……むっ……んん…んっ………」
頭の中が、酔ったようにぼうっとなる。唇が離れた。そしてアーレスの指が、また割れ目を攻める。
「ん…ああっ!」
ジュグジュグと濡れた音を立てながら、膣内が掻き回されていく。どうしようもないほど下半身が疼き、スィーは何度も身体をくねらせた。汗で湿り気を帯びてきた胸に接吻を受け、その疼きは更に激しくなる。
彼の頭を抱き寄せ、震える声で男の名前を呼んだ。男も女の名を呼ぶ。
「ふんぁっ…ア……レス…!」
「スィー……」
すっかり硬くなった薄紅色の突起を指で挟まれた時、体中に電気が走ったように大きく震えた。
「ひあんんっ、はっ……ぃう…くあ…ぁああ…ぁぁっっ」
スィーは彼の白銀の髪に口付ける。アーレスは顔を上げ、また唇を合わせ、舌で彼女の口腔を掻き回した。下方に伸びた指の動きも、一層激しくなっていく。
指が離れた。
「……行くぞ」
荒い息で声が出ず、コクンと小さく頷く。
アーレスは下着ごとズボンを下ろし、片手で何とか自分自身を取り出した。既に充分な大きさと硬度になっている。そしてその先端をゆっくりと、肥大したクリトリスに当てた。
「ぃあっっ!?」
こんなに大きなものなのだろうか。
「ちょ…ちょっと……」
「どうした?」
「その…ソレってどんな……もの…なの……?」
少し戸惑いの色を見せたアーレスだが、彼女の背中に手を回すと、ゆっくりと上体を起こさせた。スィーは目線を下げて、初めて見る成人男性のソレに見入る。
「みんな……こういうもんなの…?」
「だろうな。………もういいか?」
しげしげと眺められ、彼の顔は久し振りに朱に染まった。が、スィーの手が自身に触れる。
「っ!?」
「まぁ……いい…じゃない。私ばっかり……変な声出してさ……」
触れていた竿を指で包み、少し握ってみると、初めてアーレスの顔が歪んだ。
「ねぇ…どうするもんなの…?」
噂で聞いた通りに、握ったまま手首をピストンのように動かし、彼の唯一の弱点をしごき始める。
「ぅぁ……」
僅かに開かれた唇から、小さく声が漏れた。暫くすると、手の中の彼自身は微妙な蠢動を始める。
「……ああ。……そうそう……こうするんだった…」
腰を曲げ、身体の上下を逆転させると、手で握っているモノにそっと唇を付けた。そのまま口を開いていき、彼自身をゆっくりと口の中に収める。収めきれなかった男根を手でしごきながら、舌を動かして小さな口に含んだモノを何度も撫でた。
「ぅ……くぁっ…」
自分の肩に置かれた手を通じて、彼の痙攣を感じる。
「! ……出…る……?」
口の中で、男根は一度大きく躍動した。そして次の瞬間、喉の奥に熱いものがぶつかる。
「……!? ごほっ!」
堪らず口を離し、咽せ込んだ。
「…ゥ……苦ぁい…」
唇の端から白い液体が垂れる。
「…だ…大丈夫か?」
アーレスは明らかに動揺していた。その様子を見ていると、だんだん彼が可愛い男の子に見えてくる。
「……気持ちよかった?」
微笑を見せたことで、やっとからかわれていることに気付いた。少々憮然としながら、アーレスはスィーの腰を掴む。
「あ。怒った?」
「いや…」
「ウソ」
「怒ってなどない」
そう言いながら、未だ硬度を失っていない男根を再び彼女の洞窟にあてがった。
「え? いや、ちょ…やっぱりそんなの入るワケな……」
が、先端が僅かに彼女の膣内に侵入し始める。
「!? ぃあぁっっ…!」
「く……」
「は……入らないってバ! そんぁ…ひ……っ」
ゆっくりと…だんだんと、男根は彼女の中に入っていく。
「…掴んだ方がいい」
アーレスの肩を握った。
「ぅあっっ……ぁぁあぁあぁっっ! ひぐあっ!?」
鋭い痛みが全身に走る。スィーは歯を食いしばり、指に力を入れ、必死でその痛みに耐えようとした。
(こ…こんなに痛いもんなの!? みんなこんなに痛いの!? 本当にこういうもんなの!?)
頭の中はそれだけだった。食器棚の角に足の薬指をぶつけたときの、それの何百倍も痛い。いや、比べようがない。身を裂くような激痛に、思わずアーレスの身体を強く抱き締める。
彼の動きが止まった。
「……全部入った」
「ウソ……」
「本当だ」
確かに、自分の中に自分のモノではないモノがある。そう感じた。痛みに慣れてきて、密着していた上半身を離すと、下を向く。
アーレスと自分の下半身の一部が、すっかりと一体化していた。結合部から一筋の血が流れていて、膣内の膜が破られた事を確認させられる。
「…大丈夫か?」
本当にあの巨大な男根を全て収めてしまったことに、ただただ驚くしかないスィーに向かって、アーレスはそっと尋ねた。
「ん。……大丈夫…。痛みも、もう……そんなには……」
「……始めはゆっくり行くぞ」
そう言うと、彼は腰を前後に動かし始める。
(え!? ちょっ……)
「あああああっっ、ふぁっ…!? ひんっ」
痛みと反比例して、表現出来ないような快感が大きくなっていった。
多分、あの“かえし”のような出っ張りだろう。それと肉の壁が擦れ、彼女の声が色気を帯びた。
「ぁはあぁぁぅっ、はくあ……んんっふぅ…」
臀部の肉とアーレスの腰が打ち合わされ、湿り気を帯びた音が耳に届く。
(ほんと……に……パンパンとか……鳴るんだ…?)
そんな思考も、快楽の波によってどこかへ流された。互いの指を組み合わせ、二人で同じ時間を味わう。動きは更に激しくなり、スィーは見えない何かが体内を動き回るのを感じた。それはやがて、暴れながら身体を這い上がる。
「やはぁっ…ん…な……んか……変……な気分…ぁっ…」
「俺もだ…。くっ……そろそろか…」
それぞれ絶頂を予感し、腰の動きは極限まで速くなった。彼女はアーレスに抱き付くと、また唇を合わせる。
自分の中に入っているアーレス自身が、更に大きくなった。次の瞬間、膣内がカァッと熱くなる。
「ふぁあぁぁあっっっ…!!」
スィーは背を反らした。自分の中でビクビクと痙攣する男根は、体内に熱すぎるものを注ぐ。
全てが終わって、彼女はアーレスの肩に顎を乗せ、何度も深呼吸した。アーレスは首を回すと、そっとスィーの頬に口付ける。
彼女は目を閉じて、そして一度、大きく息を吐き出した。
(……子供みたい…)
自分の膝の上ですぅすぅと寝息を立てる青年の長髪を撫でながら、スィーはそっと微笑んだ。
(起きたら……どんな顔するんだろう…)
狼狽えるだろうか。
拗ねてしまうだろうか。
一人クスクス笑い、アーレスの髪をかき上げ、額に口付ける。
「………?」
何かが聞こえた気がした。少しの間首を傾げていたが、急いで膝の上の彼を揺り起こす。寝起き顔も子供みたい……などと言っている場合ではなかった。
「何か…聞こえない…!?」
「………」
耳を澄ますと、微かに声がこだましている。霧はすっかり晴れていた。
「…捜索部隊のようだ。よかったな、これで……」
そう言い掛けたアーレスの首を、スィーは両手で掴む。
「逃げるわよ!」
「逃げる……?」
「私は今立てないの!」
一晩明けると、あの痛みはまた甦っていた。
「……何故逃げる?」
「ライリーに知られちゃうでしょ! 早くっ」
アーレスは首を振り、やれやれと言うように溜息を吐くと、彼女に背中を差し出す。
「……いつまで逃げるつもりだ?」
「痛みが引くまでっ!」
困ったお姫様だ。
「……何よ、それ……」
「早く背中に乗れ」
「………ヤダ」
「は……?」
「お姫様を抱っこするんだから、もっと相応しいやり方があるでしょ?」
彼は苦笑を浮かべるしかない。
「……よっ…と」
「きゃっ……」
膝の裏と背中に手を回すと、一気に立ち上がった。スィーはアーレスの首に掴まる。
「さあ、急いで頂けるかしら? 王侯騎士団団長サン?」
「……了解」
リリーヌ率いる捜索部隊が二人を見つけるのは、それから二日後のことだった。