【叶えられた想い〜2034年・小町月海視点〜】  
 
「大丈夫…?」  
 
 外界の喧騒から完全に隔絶された様な部屋で、私は「彼」の顔を覗きこんだ。  
寝台に横たわっていた彼の瞳がゆっくりと開き、私を捕らえる。  
 
 深い漆黒の瞳に映る自分自身の姿。  
「彼」の瞳が真っ直ぐに私を捕らえている。  
その感覚に、不思議な懐かしさを…安堵感を感じながら、私は言葉を繋げた。  
 
「気分は、どう?」  
「愚問だな」  
 
 私の質問に「彼」は僅かに眉を潜めた。少しだけ不満げな表情が浮かぶ。  
 
「良いから聞かせてよ。…気分は?」  
「最悪に決まっとるだろーがっ!!」  
 
 がばっと上体を起こして「彼」――武が喚き声を上げた。その剣幕に、私は何度か瞬きを繰り返す。  
 
「うるさいわね。大声出さないでよ」  
「誰のせいだと思っとるんだ、誰のっ」  
「……何よ、武が悪いんじゃない」  
 
 詰め寄る武に、私はふぅっと大きな溜息をついた。  
 
(―――そう。だって、武が悪いんじゃない)  
 
 2034年5月。船は特に問題も無く、穏やかな航海を続けていた。  
Lemuから本土へ向う船。長かった逃亡生活の終わりを告げる旅。  
武を待ち続けた…永い永い時間の終わりを告げる船。  
 
(そう…私は待ち続けていた。武はもう死んでしまったんだって。  
 どんなに待っていても、もう決して帰って来ないんだって。  
 そう思い知らされながらも――  
 それでもやっぱり、何時か貴方が帰ってくるんじゃないかって。  
 あの笑顔で、まるで何事も無かった様に帰って来てくれるんじゃないかって。  
 ずっとずっと、心の何処かでそう信じて待ち続けて来た)  
 
 武が最後に残した言葉。  
 
『だったら、生きろ。生きている限り生きろ。  
 大丈夫だ。俺は―――俺は、死なない』  
 
 この言葉を信じていたからこそ、きっと…私は生き続けてこれたのだ。  
あの子達と引き離された時も、抜け殻の様になって彷徨って来た時も。  
【生きていれば、きっと良い事がある】  
…そんな武の言葉を信じて、生きて来る事が出来たのだ。  
 
(なのに、武ときたら)  
 
 私がどれだけの想いを込めて「お帰りなさい」って伝えたのかも  
分かってくれないし。チャミの事を茶化してまたからかうし。  
逃げ出したかと思えば…挙句の果てには、  
空や優の所に行ってヘラヘラ笑っているんだから……。  
 
「………」  
「つぐみ?」  
「ねぇ、武…」  
「ん?――――――ぐはぁっ!?」  
 
 思い出すと、何だかまた腹が立ってきた。  
怒りの衝動にかられて突き出した右の拳が、  
めりっとイヤな音を立てて武の脇腹に吸いこまれる。  
 
「ぐっ……相変らず…イイパンチだったぜ…ぐふっ」  
「―――バカ」  
 
 大仰にがくり、と音を立てて項垂れながら、武は再び寝台に倒れ臥した。  
 
(相変らずバカなんだから…)  
 
 当たり前といえば当たり前なのかもしれない。  
けれど、17年前と全く変わらない武の様子に呆れながらも、  
何故だか自然に笑みが込み上げてくるのを、私は止める事が出来なかった。  
 
「ほら、何時までやってるのよ」  
 
 寝台に倒れ臥したまま、ぐったりとうずくまる武に視線を向ける。  
 
「武。いい加減に起きなさいよ」  
「…………」  
 
 けれど、武からの返事は無い。  
 
「―――武?」  
「………………」  
「武?ねぇ、ちょっと………武、武っ!」  
 
 全く反応を示さない武の姿に、急に不安が込み上げてくる。  
武がいなかった、一人ぼっちの孤独な時間。  
凍える様なあの感覚が不意に蘇えって、  
私は思わず、その体に覆い被さる様にして武の顔を覗き込んでいた。  
 
 と、次の瞬間…  
 
「あ――た、武…?」  
「おう、なんじゃい」  
 
 きゅうっと、私の体は武の腕の中に、強く強く抱き締められていた。  
騙されたと言う考えよりも先に、  
逞しい武の腕に包まれたまま、私の思考は停止してしまう。  
 
 武のぬくもり…武の匂い。  
17年経った今でも全く変わっていない…全身から伝わる武の温もりが。  
確かに耳へ響いてくる武の鼓動の音が。  
頑なになっていた心をすぅっと包みこんでくれる…  
 
「相変らず、良い匂いがするな…」  
「た…たけし…」  
「本当に可愛いやっちゃなぁ、お前」  
「何よ…また、チャミ…?」  
「チャミは今いないだろうが」  
 
 耳元で、呆れた様に武が口にする。  
熱を含んだ武の吐息が、私の耳朶を擽った。  
びくん、と少しだけ大きく心臓が跳ねあがるのが分かってしまう。  
 
 チャミは今はいない。今頃はずっと以前…子供たちが赤ん坊だった頃の様に、沙羅の良い遊び相手を務めてくれている筈だった。  
 
「大体だなぁ、何が原因でこんな事になったと思ってるんだ」  
「武」  
「くっ…即答かよ」  
 
 俺が一体何をしたと言うんだ、とブツブツと呟く声が聞こえる。  
私は答えない。白い室内を、再び沈黙が支配する。  
 
「…くだらない質問だったか?」  
「そうよ。知ってるでしょ?私は、意味の無い質問には答えないの」  
「俺にとっちゃ意味が無くはないんだが…」  
 
 抱き締めてくれていた腕に込められた力が少し緩んだので、  
私は少し武から身体を離して顔を上げた。  
拗ねた様な、呆れた様な、そんな表情が其処にはあった。  
悔しいけれど、そんな武を、少しだけ可愛いなんて思ってしまう。  
 
「大体、俺は一応病み上がりだったりする訳で…  
 いやまあ半分以上は自分で選んだ事ではあるし、  
 自業自得と云えない事もあったりなかったりする訳なのだが。」  
「……」  
「だが、眠って目が覚めて2〜3時間かと思えば17年で。  
 17年ぶりに命を掛けて守ろうとした相手に逢えたかと思ったら  
 …その相手にボコボコに殴られて、いきなり救護室送りだぞ?」  
 
 白い救護室をわざとらしく見渡しながら武がぼやく。…そう、此処は救護室。  
あの後、ぐったりとしていた武を看かねて、  
優が船内の救護室まで私達を連れてきてくれたのだった。  
 
「此処ではケンカはするんじゃないわよ」  
 
 と困った様に睨む優も、  
武がこうなった原因と言えば原因だったりするのだけれど…  
 
「だって…武が悪いのよ」  
「俺が何したって云うんだよ」  
「――――っ」  
「つぐみ?」  
 
 思わず口を噤んでしまった私の顔を、武が覗き込んで来た。  
顔がかぁっと熱くなるのが分かってしまう。  
恥かしいから…余り、見ないで欲しいのに…  
 
「武が………から…」  
「だから、んな小声じゃ聞えないって」  
「武が…武が空や優に…鼻の下伸ばしてるから…」  
「ふえっ?」  
 
 ぼそぼそと呟いた私の言葉に、武は間の抜けた声を上げた。  
さっき以上に気まずい沈黙が周囲を支配する。  
 
「その…つまり、なんだ。――つぐみよ」  
 
 ごほん、とわざとらしく咳払いを一つしてから、武が口を開いた。  
 
「ひょっとして……ヤキモチ、か?」  
「ッ!……イチイチ確認しないでよ、バカっ」  
「ぷっ――――あはははははははっ」  
 
 瞬間、弾けた様に武が笑い声を上げた。  
 
「そ、そ、そいつはスマンかった。そうかぁ〜、ヤキモチかぁ〜つぐみがなぁ…  
 ぷっ…まさか、ヤキモチ妬いて拗ねてたとはなぁ」  
「――――――くっ」  
「うわっ、そいつはもう勘弁してくれ」  
 
 もう一度叩き込もうとしたボディブローは、  
残念ながら繰り出される前に、武の掌に受け止められてしまう。  
 
「もう…武のバカ!知らないんだからッ!」  
 
 その事も悔しくて、私は彼から離れ様とした。  
けれど…それより早く、再び力の込められた腕によって、  
私の身体は武の胸の中に強く抱き締められてしまっていた。  
 
「本当に……可愛い奴だよな、お前…」  
「―――知らない」  
 
 優しく耳元へ囁かれてくる武の声。  
吐き出された息が耳を擽ると、  
身体の奥がじんっと痺れる様な甘い熱に包まれた。  
その感覚から意識を反らす様に、私は少しだけ顔を反らせた。  
そのまま、武の指が私の髪の毛を梳ってくれる。  
 
 僅かな沈黙。  
ひょっとしたら、何か云うべき言葉を捜しているのかもしれない。  
うまく言葉には出来ないんだが…と。  
そう、頭につけてから、武がゆっくりと口を開いた。  
 
「確かに空や優の事は大事に思うぞ。当たり前だろ?  
 少年やココだってそうだ。大切な仲間なんだからな。  
 大事だって思うし感謝もしてる。  
 あいつらが居なかったら、こうやってつぐみともう一度逢う事も  
 出来なかったかもしれん訳だからなぁ…お前だって同じだろ?」  
「うん。私だって二人には…皆には感謝してる」  
 
 だろ?と、頭のすぐ上で武が嬉しそうに笑うのが分かった。  
 
「でも、つぐみは違う」  
「私?」  
 
 その言葉に、私は思わず顔を上げた。  
目の前に、想像していた以上に嬉しそうな武の笑顔がある。  
そんな武に、私は少し首を傾げた。  
 
「私は…私だって、武の仲間なんじゃなかった?」  
「ああ。つぐみは俺の掛け替えのない仲間でさ。  
 でも、それ以上に…ずっと傍にいて欲しい相手で、  
 これからも言葉を聞いていたい相手で…  
 俺が守ってやらなくちゃならない、か弱い女の子で」  
「武…」  
「まぁ、つまり、そう云う事だ」  
 
 武の言葉に小さく頷く。すると、武もにっこりと笑みを浮かべた。  
その笑顔に、心の中がすぅっと温かな気持ちで満たされる。…確かな満足感。  
武の笑顔と温もりが、私を温めてくれるのが分かって、それがとても嬉しかった。  
 
「ごめんね、武…」  
「だから謝るなって…謝られたら、こっちが反応に困るだろうが」  
「ふふっ、それもそうね」  
 
 困った様に鼻の頭をかく武に、私は笑った。  
   
「それに、やっぱり…元はと言えば鼻の下を伸ばしてた武が悪い訳だし」  
「むぅ。其処まで開き直られると、何だか逆に複雑な気持ちになるんだが…」  
「じゃあ、どうすればいいのよ」  
「うむ」  
 
 複雑な表情を浮かべる武に、私も少し困って尋ね返す。  
すると武は、我が意を得たり、とでも云うかの様に大きく頷いた。  
一瞬、イヤな予感が胸を過る。  
 
「なぁ、つぐみよ」  
「…な、なによ?」  
「俺は一応、病み上がりである訳で、にも関わらず、  
 愛するべき女に逢えたかと思ったら、  
 当のその相手にボコボコに殴られていきなり救護室送りにされた訳で」  
「それは、さっきも聞いた」  
「…少しは、スマンかったと思ってるか?」  
「うっ…」  
 
 じっと、私の意を探る様に顔を覗きこんでくる武の瞳に、  
思わず言葉に詰まってしまった。そのまま、仕方が無く小さく頷く。  
すると、ぱぁっと武がまた笑みを浮かべた。  
 
「じゃあ、つぐみ…病み上がりで多少弱っている俺としては、  
 是非とも薬が欲しい訳なんだが」  
「薬?」  
「うむ」  
 
 武がうんうんと頷く。そんな仕草に、私は少し苦笑を浮かべた。  
 
(仕方が無いわね…)  
 
 本当はもう少しこうして、武に抱き締められていたかったのだけれど…  
私はその腕を逃れて、立ちあがろうと腰を上げた。  
 
「分かったわ、薬ね。今すぐ優に言って貰って来てあげるから…」  
「いや、そうじゃない…つぐみ」  
「え……っ?んっ!…ん、んん…あ…んむ…あ、ぁ…」  
 
 けれど、そんな私の身体を…武の腕がぐい、と強く引き戻した。  
掌が私の右腕を掴んで抱き寄せる。  
急に引き寄せられてバランスを崩した身体は、  
抵抗する事も出来ずに武の胸の中に倒れこんでしまった。  
 
 そのまま武の大きな右の掌が頬に触れたかと思うと…  
次の瞬間には、驚きの声を上げようとした私の唇は、  
武の唇に綺麗に塞がれてしまっていた。  
 
「ん……」  
「あ、ふぁ…ん、んむ…あぁ…ふ、ん、ん…」  
 
 唇に重ねられてくる武の唇。  
その温かさと柔らかさを感じて、身体の芯がきゅうと熱くなる。  
一杯に鼻腔を満たす武の匂いに抵抗する事が出来ない。  
出来ないまま…武の火照った舌先が私の唇を突ついた。  
 
(あ……)  
 
 ダメ…と抗いの言葉が脳裏を過るよりも早く、  
にゅるり、と私の唇をこじ開けて、武の舌が口内に滑り込んでくる。  
ぬめぬめと…まるで、其処だけが別の意思を持っている生物の様に…  
侵入した私の口の中を…思うままに探ってくる…  
 
「んッ…あ、あふ…ん、んむっ…んあ、ぁ…あ!あ…」  
「ん…んむ…」  
 
 じんじんとお腹の中が熱く痺れてしまう。  
頭の中が霧が掛かった様にぼんやりとしか考えられなくなってしまう…。  
 
 激しい…深い深い…武のキス。  
唾液を絡めながら、武の舌が私の歯と歯茎をなぞり、何度も其処をノックする。  
その奥にある私の舌もまた、  
17年ぶりの愛した男の存在を求めている事が分かった。だが…  
 
(んっ…だ、ダメ…)  
「ふ…あ、んん…ダ、ダメ…あふっ…んむ…ちゅる…あ、あぁ…」  
 
 これ以上の激しいキスを武にされてしまったら…  
体中をジンジンと包む熱に流されてしまう気がする…。  
 
 17年ぶりに感じる武の温もり。全身を包み込む武の匂い。  
ずっと眠っていた筈の…17年前に武に思い知らされた  
自分の中の「女」の部分が性急に目覚め始めているのが私には分かった。  
 
 けれど、外には沙羅やホクトもいる。  
Lemuを脱出した皆だって外の甲板にはいるのだ。  
そのまま、この衝動に流されてしまう訳にはいかない。  
いかない筈なのに…なのに…  
 
―――ちゅっ…ちゅく、ちゅるっ…くちゅ、くちゅっ…  
 
 私の抵抗は、あっさりと武にこじ開けられ…  
口内の奥の方にまで、その侵入を許してしまっていた。  
何とか逃れ様と最後の抵抗をしていた舌は、  
狭い口内の中では為す術も無く、武の舌に絡め取られる。  
 
 捕らえられた私に…甘くて熱い武の唾液が…ねっとりと絡みついて来る…  
 
「あっ、ふあ…あぁ…んぅ…た…けしぃ…」  
「つぐみ…」  
 
 唇と唇を押し重ね、舌と舌を絡め合わせながら、  
吐息と共にお互いの名前を吐き出す。  
にゅるにゅると2匹の蛇の様に、私の口の中で舌先が溶け合っていく…。  
 
 気が付くと私は、何時の間にかその両手を  
しっかりと武の背中に回してしまっていた。  
ダメだと分かっているのに…抵抗する事が出来ない。  
 
「んっ!?・・・う、あぅ…ふあ、んく…んん…ふぁ…ん、こくっ・・・」  
 
 こくん…こくん。  
 
 喉が、自分でも驚くくらいに大きな音を立てて、  
注ぎこまれてきた武の唾液を飲み干すのが分かった。  
体内を伝い落ちて行く武の唾液が、溜まらなく熱い。  
 
 注ぎ込まれた熱い液体が身体の内側から私を支配して、  
抵抗する力も意思も奪い取って行ってしまうのが…分かってしまう…。  
じんじんと疼くその感覚が、私に「流されてしまえ」と強く訴えてくる。  
 
「ん…ふはっ。はぁ…はぁ…たけし…きゃっ!?」  
「ん…」  
「な、何を…ダメ、ダメよちょっと…あっ、あ、あん」  
 
 息苦しさに顔を背け、一度武の口付けから逃れる。  
つぅ、と絡み合った舌先が唾液の透明な橋を創り出すのが視界に移り、  
恥かしさで頬に血が上るのが自分でも分かった。  
 
 そんな私に武は笑みを浮かべると、もう一度強く唇を押しつけてきた。  
今度は唇じゃない。…今度は、私の首筋へ。  
 
「やっ、あっ、武…あん、あぁ!んっ………い、いやぁ…」  
「ん、イヤか?あんまりイヤがってる様には見えんぞ?」  
「あっ…そ、そん…あ、く、擽った…あぁん」  
 
 武の唇が私のうなじを、ツ・・・と口付けながら這い降りる。  
きゅうっと下腹部に切ないような焦れた感覚が走り、背筋に甘い快感が駆けた。  
 
 そのまま強く唇を押しつけられ皮膚を吸われてしまう。  
武の意図に気付いて、私は慌てて彼の身体を押し返そうとした。  
 
「ダ、ダメよ…跡が…あん…の、残っちゃうじゃない…ん、んんぅっ!」  
「うむ。まぁ、意図して残そうとしている訳だが」  
「跡が残ったら皆に分かっちゃうじゃない!  
 …きゃっ、あ、イヤ…あん、や、止めなさい…  
 あ、あ!あ!あっ…きゃ、んぅっ」  
 
 私が抗おうとすると、武はその舌先でぬめぬめとうなじの辺りを舐め始めた。  
ついさっきまで私の舌と絡んでいた…熱を持ったままの、武の舌。  
 
 蘇えるさっきまでのキスの感覚と、愛する男の唾液が首筋を濡らす感触に、  
脳裏が痺れる様な快感が私を包みこむ。  
 
(ダメ…あ、アツ…い…)  
「んっ、んぅ…あ、はぁ、あぁ…ひゃうっ、あ、あぁぁん…ダメぇ…」  
「可愛いぞ、つぐみ」  
「やっ…バ、バカッ…大バカ…ひ、ひゃんっ」  
 
 何とか殺そうとしても、殺しきる事が出来ずに漏れてしまう自分の声。  
それが恥かしくて溜まらないのに…武が、更に恥かしい事を口にする。  
掌で必死に武の頭を押し返そうとするのに、何だか上手く力が入らない。  
 
 入らないまま、武の行為に身を任せてしまっていると…  
ゆっくりと、大きな掌が私の胸元に這わされてくるのが分かった。  
 
「あ………」  
「つぐみ…」  
 
 武の左掌の温もりが、私の膨らみを包み込む。  
其処から伝わる武の温かさに、心臓が大きく跳ねあがった。  
下腹部だけじゃない。胸の奥が切なくて苦しい。  
 
 ゆっくりと感触を確かめる様に…  
武の掌が衣服ごしに私の膨らみを優しく覆ってくる…。  
 
「んっ!あ、あぁ…うン…ん、あぁ、アッ…!あぁ…ッ!」  
「すげぇ柔らかくて…あったかいな…」  
「バ、バカ…んぅ!は、恥かしいこと…あっ、い、言わないで…よ…あぁッ!?」  
 
 やわやわと、最初は感触を確かめる様に蠢いていた武の指先に…  
少しずつ少しずつ力が篭り始める。  
 
 覆い包まれた武の掌の中で、  
自分の乳房の先端が甘い感覚に目覚めて…固く尖り始めるのが分かる。  
 
 こんなはしたない自分を認めてしまうのがイヤで、  
何とか逃れ様と懸命に身体を捩らせるけれど、もう一方の武の腕に  
しっかりと引き寄せられて、何処にも逃れる事が出来ない。  
 
「あっ、あっ…あぁ、イヤ…あん!あぁ、あぅ…あん…たけ…しぃ…ッ!」  
「本当に…可愛いやっちゃなぁ」  
「あ…バ、バカ…んッ…………あ、あぁッ!あぁ、あぁ…武、たけし…」  
 
 膨らみから、首筋から、私を侵して支配して行ってしまう武の感覚。  
武の温もりに、武の臭いに…その全てに、  
私の中の最後の牙城が崩壊しようとしていたその時……  
 
「倉成、つぐみ。入るわよ?」  
 
 不意に、武のものでも自分のものでも無い誰かの声が聞こえた。  
その声が、急速に私に理性を引き戻す。  
 
 そして、その理性が引き戻されるのと同時に…  
私の腕は、全力で武を突き飛ばしていた。  
 
「――――――――――――――ふぐぉっ!?」  
 
 寝台の下で、武が潰れたカエルの様な声を上げるのが聞こえた。  
 
「って〜〜な!……いきなり何すんだよ、つぐみっ」  
「……一体何をやってるのよ、アンタたち」  
 
 そして、その後に起きあがった武の抗議の声。  
その声に、呆れた様な優の声が綺麗に重なる。  
その時になって、武もようやく優に気付いた様だった。  
よぅ、と片手を挙げて彼女に応える。  
 
「…どう、倉成?体調はよくなった?」  
「良さそうに見えるか?」  
「まぁ、目覚めた直後よりはね」  
「―――――――そいつは良かった」  
   
 顔にいかにも「不満です」と書いたかの様な表情を浮かべる武に、  
優も苦笑を浮かべる。なんだかバツが悪くなって、私は話題を変える事にした。  
 
「それよりも優、どうしたの?ひょっとして上で何かあった?」  
「あ、いいえ。特に何かがあった訳じゃないのよ。  
 ただ、もう数時間足らずで上陸だから。  
 倉成の体調が良くなったかどうかを見に来ただけ」  
「おう、ありがとな。  
 まぁ、多少問題も無くは無いが、さっきよりは随分と楽になったと思う」  
「まぁ、それだけ言えるのなら充分元気そうよね」  
   
 武の言葉に、優が笑みを浮かべる。  
それから、少し考えるような表情を浮かべた後で、もう一度口を開いた。  
 
「皆はまだ甲板にいるわ。  
 ユウと沙羅がホクトを取り合って…何だか大変な事になってるみたいよ」  
「はっはっは、流石は我が息子。  
 まぁ、モテル男の試練と思って耐えろと伝えておいてくれや」  
「………倉成が言うと何だか洒落になってない気がするわね…」  
「へ?」  
 
 何気ない武の言葉に、優が少しだけ複雑な笑みを浮かべた。  
多分…私の顔にも、似たような表情が浮かんでいるに違いない。  
 
「まぁ良いわ。とにかく後少しで上陸だから。  
 仲が良いのは良いけれど、倉成もつぐみも程々にしておきなさいよ」  
「なッ…ゆ、優」  
「それはそっちのヤツに言っておいてくれ」  
「武っ!」  
「ふふふ…じゃあ、また後でね」  
 
 私が反論を口にするよりも早く、優はさっさと救護室を出て行ってしまった。  
再び白い部屋の中には、武と私と…私達を取り巻く静寂だけがとり残される。  
 
「暫くは誰も近付きそうにないかな?」  
「そうね…」  
 
 ぽつり、と武が呟いた言葉に小さく頷く。  
微かに薬品の臭いのする白い室内。  
こうして取り残されていると…まるで、この世界に  
二人きりになってしまったかの様な不安が込み上げてくる。  
 
(そう…まるであの時みたいに…)  
 
 17年前のあの時。海底の研究室に取り残されたあの時の様に。  
その後に訪れた長い別れを思い出すと…言い様の無い痛みと不安が胸を満たした。  
 
 気が付けば何時の間にか戻って来た武が、再び寝台にその身を降ろしている。  
自分の中の不安を払拭する様に、私はそっとその手を握り、  
武の顔を覗きこんだ。……伝わる温もりが嬉しい。  
 
「なんか、さ」  
「……?」  
「なんだか、あの時の事を思い出しちまうな」  
「……あの時って?」  
 
 ぽつり、と武がそんな言葉を口にする。  
けれど私はわざと、武の言葉の意味が分からない振りをした。  
答を焦らされると、武は少しだけ頬を膨らませる。  
 
「分かってるんだろ。……IBFだよ」  
 
 武の言葉に小さく頷いて、私は武に自分の身を寄せた。  
胸の中に頭を添わせると、そっと両腕で肩を抱き締めてくれる。  
ふと顔を上げると、武もまた、瞳に昔を懐かしむ様な光を浮かべていた。  
あの時の出来事。それは、武にとっては、  
ほんの数時間前の出来事に過ぎないのかもしれない。  
けれど、私にとっては……私にとっては、もう随分と遠い昔の事の筈だった。  
 
(それでも、まるでついさっきの出来事の様に思い出すことが出来る)  
 
 あの時の武の言葉を。武に教えてもらった事を。  
 
『生き物は生きてる限り、生きていいと思う。  
生きてさえいれば、きっといい事あると思う。  
いや…生きていることそのものが、いい事なんだから』  
 
 …それはきっと、この時の武の言葉が、  
私をずっと支えてくれていたからなのだと思った。  
 
真っ直ぐに武の瞳を覗き込む。  
其処には、17年前と同じ強い意思を感じさせる真っ直ぐな光が浮かんでいた。  
そのまま自然に瞼が閉じられ…私達はもう一度そっと唇を重ねた。  
 
「ん…んん………っ」  
 
 もう一度侵入して来た武の舌を、今度は躊躇う事無く内側に迎え入れる。  
ねっとりと…私の口内で、もう一度武と私の舌が絡み合った。  
 
 くちゅ、くちゅと、舌と舌が解け合う音が室内の静寂を破り、  
ますます体が痺れた様に動かなくなってしまう。  
 
「んぅ…ん、あふっ…あ、あぁ、あ…ぁ…」  
「――――つぐみ…」  
「ふはっ…はぁ…ん…はぁ、はぁ…」  
 
 解け合った唇をようやく離されて、私は武の胸の中に倒れこんでしまった。  
とくとくと、確かに脈を打つ武の鼓動が聴覚を刺激する。  
その音を聞いていると、やっと…武は戻って来たんだって。  
此処にいて、私を抱き締めてくれているんだって。そう実感する事が出来る。  
それが、今の私には溜まらなく嬉しかった。  
 
「つぐみ…長い間、待たせちまったな…スマンかった」  
「―――いいわよ。だって、きちんと武は、  
 こうして戻って来てくれたんだから」  
「俺は、約束は守る男だからな」  
「…・その割には、随分遅刻したみたいだけどね」  
 
 私はそう言って、もう一度武の瞳を覗きこむ。  
そして、二人して同時に小さな笑い声を洩らした。  
私が身を委ねると、武はきゅっと抱き寄せる腕に力をこめてくれる。  
すると、其処から温かな武の掌の感覚が伝わって来た。  
   
(あの時と同じ、か…)  
 
 取り残された様な真っ白い部屋に二人だけで。  
聞えるのは、優しい武の声と確かな鼓動だけ。  
感じられるのは、安堵感を呼び起こす武の匂いと  
体を包みこんでくれる温もりだけ。  
 
 ……其処まで思い出して、私はまた身体がきゅうっと熱くなるのを感じた。  
17年前のIBF。あの時に武にされた事を、  
心と身体が同時に思い出してしまったから……  
 
『つぐみがいい匂いなんだ。いい匂い…甘い匂いだ』  
『ちょっとでいい。食わせてくれ…』  
『責任…取ってくれる?』  
 
 あの時のやり取りを思い出した途端に、  
身体と頬がかぁっと火照るのが分かった。  
 
 17年ぶりの身体が熱くなる感覚が、  
溜まらなく恥かしい物に感じられてしまう。  
17年前…武と引き離されてからずっと、  
こんな感覚を感じたことは無かったのに。  
 
 …誰かに触れられたいと云う事。  
誰かにこの身体を委ねてしまいたいと云う事。  
その想いに、優が現れる直前まで流されてしまっていた自分を思い出して、  
私はなんだか、今こうして武に抱き締められていると云う事が  
とても恥かしくなってしまった。  
 
「つぐみは、あったかいな」  
 
 その時、不意に武が口を開いた。  
吐き出された息が熱を保ったまま耳朶を擽る。  
 
「…武の身体が冷えてるのよ」  
「まぁ、17年間冷凍保存されていた訳ではあるが…な」  
「ふふふ、冷凍マグロみたいにね」  
「マグロって云うなよ…」  
 
 ふっと、Lemuにあった例のマグロの事を連想して笑いが漏れてしまった。  
けれど、私の言葉に何故か武は複雑そうな表情を浮かべる。  
どうしてそんな表情を浮かべるのか、怪訝に想った私が口を開こうとすると、  
バツが悪そうな表情を浮べたまま「何でもない」と  
ヒラヒラと軽く掌を振ってしまった。  
 
 けれど、そんな表情を浮かべられると逆に気になってしまう。  
 
「武、それって一体どう云うい…きゃッ?」  
「だから聞き返すなっての…ほれ」  
「んッ…あん、んん…んむ…あぁ…ふぁ…」  
 
―――ちゅるっ、くちゅ、くちゅ、ちゅっぬちゅっ、ちゅる…  
 
 私が尋ね様とすると、それを制する様に  
武は私の唇を自分の唇で塞いでしまった。  
半分開いたままだった唇の隙をぬって、にゅるっと舌が押し入ってくる。  
舌で口内を這い回りながら、掌で私の身体を撫で回してくる。  
熱を持った武の指先から、其処に宿る武の意図を確かに感じる事が出来た。  
私を責める様に焦らす様に…抱きすくめた身体を武の掌が這いずり回る。  
 
「んっ、うん…ふあっ!あぁ、だ、ダメよ武…人が、人が来たら…っ」  
「暫くは誰も近寄りそうにないんじゃなかったっけ…?」  
「それはそうだけど…あっ、や、やめッ…ちょっと止めなさい!」  
 
 何とか執拗な口付けから逃れて、制止の言葉を口にする。  
けれど、武はそれには取り合ってくれずに、  
ますます掌の動きを活発な物にして来た。  
 
「ひゃんッ!?やッ…だ、ダメ、あふ…あ!あぁ…っ」  
「ん?ダメじゃないだろ?」  
「だ、ダメに決まってるじゃな…あ、あん…や!あ、あぁッ!」  
 
 はむ、と武の唇が私の耳朶を甘噛みする。  
唇で挟みこまれて…優しく歯を立てられて…。  
耳たぶを為すが侭に愛撫されると、  
ますます全身が痺れて抵抗出来なくなってしまった。  
 
 じんじんと下腹部が疼く感覚に、全身に力が入らない。  
武に支えられていないと、そのまま其処に倒れこんでしまいそうだった。  
 
「あっ…はぁ、はぁ…んくっ……―――あ!あぁ!あっ…アッ、あぁ!」  
「感じるか?つぐみ…」  
「あ…う、うん。ふぁ…  
 は、恥かしい事…聞かないでよ…ッ、ん、んんっ…!」  
 
 胸元に這わされてくる武の掌の温もりを感じる。意外に長い武の指。  
その指に力を込めるようにして、武の掌が私の膨らみをわしづかんだ。  
 
「アッ…きゃっ!?」  
「つぐみの胸…柔らかいな」  
「んっ……………ッ!あ、あぁ!んぅ…あん…あ、あぁ…」  
 
 きゅっと、さっきよりも強い力を込めて、武の掌が胸を揉んで来る。  
一定のリズムで優しく…でも、どこか急いた様な、武の愛撫。  
 
 指先に力がこもり乳房がその形を変える度に、  
自分でも信じられないくらいに高い声が唇を割って漏れようとする。  
 
 それが恥かしくて、私は武の頭と掌を押し返しながら、  
強く唇を噛み締めるけれど……私を求めてくる武の動きに、  
結局押し殺せないまま、悦びの声を上げてしまっていた。  
 
「ダ…あぁ…ダメよ、こんな所で…  
 アッ、あ! あぁ…んっ、ダメ…たけ…し…」  
「つぐみ…」  
 
 自分の膨らみの先の部分が、  
武に答えようとして形を変え始めるのが分かる。  
 
 それが武にも伝わってしまったのだろう。  
武は私の名前を耳元へと囁きながら…きゅうっと乳房の先端を摘んだ。  
 
「ひゃうぅッ!?」  
「ん?…感じちまったか?」  
「やっ、バカ!あん、あ…  
 や、やだ、止めて…其処は…あ、あぁ…ん、んくぅっ」  
 
 そのままグリグリと親指と人差し指で玩んでくる。  
耳元に吹きかけられる武の息遣い。  
感じやすくなっている部分を責められてしまうと…  
身体の奥で、炎が燃えているかのような熱が全身を包みこんでしまった。  
 
 体が熱くて溜まらない。  
武の温もりが…武から与えられる感覚の全てが。  
私の中の冷たくなって存た部分を溶かして、  
理性まで全て奪い去って行ってしまう……  
 
「あっためてくれよ、つぐみ」  
「はぁ…はぁ……た、武…」  
「温めてくれよ…つぐみの身体でさ」  
 
 顔を上げると、笑みを浮かべた武が私を真っ直ぐに見つめていた。  
まるで子供みたな、屈託の無い笑顔。その言葉に、私はふっと、  
『倉成さんの笑顔は反則です』なんて空の言葉を思い出していた。  
 
(武は…ずるい…)  
 
 武の笑顔は、確かに反則だと思う。  
恥かしいのに、皆がすぐ其処にいるのに。  
そんな笑顔をされてしまったら、拒め無くなってしまう。  
武から…逃れられなくなってしまう……  
 
「イヤだって…」  
「へ?」  
「そんな顔されたら…イヤだって言えなくなっちゃうじゃない…」  
「ははは、そっか。そいつはスマンかった。けどさ…ほら」  
「きゃうっ!?…あ、や…あぁぁん」  
「つぐみも、本心ではイヤがって無いみたいみたいだしさ」  
「ん、もうっ!武のバカっ!!」  
 
 きゅっ、と指先で乳首を摘まれて、  
私は想わず小さな悲鳴を上げてしまっていた。  
 
 ジンジンとした感覚が一瞬で脳まで駆ける。  
可笑しそうに笑う武の顔が少しだけ憎らしい。  
憎らしいけれど、でも…でも…  
 
「………大バカ」  
 
 せめてもの悔し紛れに、  
私は顔を伏せて武の笑顔から瞳を反らすと、小さく呟いた。  
 
 そのまま、抗おうと武の体を押し返していた手を彼の首筋に回す。  
ぎゅっと武の体を抱きしめると、  
温もりが全身に染み渡る様にして伝わってきた。  
 
 武の体が温かい………熱い…。  
 
「食べちまっても良いよな」  
「武になら、ね……んっ」  
 
 甘く耳元へと尋ねてくる声に返事を返すと、  
すぐにまた唇を塞がれてしまった。  
 
 強く抱き締め返してくる腕の力。どくどくと確かに脈を打つ鼓動。  
寝台に組み伏せられ、押しつけられてくる身体が熱い。  
 
(あ……ッ)  
 
 下腹部に、固くなった部分がぐいぐいと強く押しつけられてくると、  
其処から感じる武の欲望に、私の体も  
火をつけられたみたいにきゅうっと熱くなった。  
 
―――くちゅっ…ぬりゅ、ぬちゅっ…くちゅくちゅ…  
 
「んっ…はぁ、あ…ん、んむ…ぅ…ふぁ…」  
 
 口内をぬめぬめと這いまわる武の舌先が、  
奥の方で萎縮してしまっていた私の舌を見つけ出しては、  
嬉しそうに自身を絡め合わせてくる。  
 
 ねっとりと濡れた水音が淫猥に室内を満たし、  
くぐもった声が気付かない内に漏れてしまう。  
 
 恥かしさと武に触れられていると言う悦びが  
ない交ぜになって、私の全身を痺れさせた。  
 
―――ぬちゅっ…ぴちゃ、ぬちゅっ…  
―――くちゅっくちゅっ…こく、こくん…  
 
「ん―――ん、んむ…ふ、んふ…ぁ…ん、んぅ」  
「ふはっ……つぐみ…」  
「んっ、ダメよ…離してやらない…んんっ」  
 
 全身が熱くて溜まらない…。  
注ぎ込まれた唾液を諦めた様にして嚥下すると、  
お腹の内側まで武の熱で溶けてしまいそうになった。  
 
 身体の外にも内にも武を…武の体の熱さを感じる。  
一度離れてしまった唇が切なくて…今度は私から、  
ぎゅっと武の首筋を引き寄せて、私の唾液に濡れてしまった唇を塞いだ。  
一瞬だけ驚いた様だった武は、すぐに私に応じてくれる。  
 
(武…武、あぁ…たけし…)  
 
 先ほどまでとは逆に、そっと舌先で武の唇の両端をなぞると、  
私を迎え入れる為に其処が僅かな隙間を作った。  
 
 どくん、と跳ねあがる心臓の音を感じながら、ぬるりと舌を侵入させる。  
…武の口の中は、温かい。  
 
 唇を押しつけ合う様にして激しく重ねながら、  
私の舌を優しく受け入れて包みこんでくれる。  
 
 身体だけじゃなく心だけじゃなく舌先まで…  
武に包みこまれ絡め取られてしまう。  
 
 もう、逃れられない…身動きが出来ない。  
 
「んっ…うむぅ…ん、ふぁっ、ん、ん、んちゅ…」  
「ん――――ん、んむ…」  
   
 ぐいぐいと押しつけられてくる、武の熱を帯びた身体。  
触れ合う事で敏感に変化した部分が私の腹部を圧迫し、  
その硬さにきゅっと肉体の中央が絞めつけられる。  
 
 切なさと焦燥感が混じった様な不思議な感覚が下腹部から全身を駆けて、  
私の意識を何処か遠い部分へと持ち去って行ってしまう。  
 
 ぴちゃぴちゃと音を立てて舌を絡めながら、  
唾液を啜ると…さっきの衝撃で切ったのだろうか?  
武の唾液は、甘さの中に…ほんの微かに血の味がした。  
 
「ふはっ!ん、はぁ………あぁ…たけしぃ…」  
「つぐみ………」  
 
 さんざん睦み合わせた後に唇を離すと、  
肺が新鮮な空気を求めて呼吸を繰り返した。  
 
 その間でも…解け合った透明な唾液が糸を引いている。  
そんな恥かしい光景に少しだけ顔を反らすと、  
武はそのまま舌でペロリと私の首筋を舐めた。  
 
「ひうッ……ン!」  
 
 うなじの辺りを舐められると、想わず唇から高い声が漏れてしまう。  
自分でも分かる…武に責められてしまうと、弱い部分。  
 
 じんじんと痺れる様な甘美な感覚に、  
なりふり構わず全てを委ねたくなってしまう部分…。  
 
(あぁ…武、武…)  
 
 武に、して欲しい。武に抱いて欲しい。  
離れていた17年間の分も全て…  
私を抱き締めて、かき乱して…全部を一つに解け合わせて欲しい。  
 
 そんな想いに突き動かされる様にして、  
私はますます強く武の背中に回した腕に力を込めた。けれど……  
 
「――――?」  
 
 急に、武は唇と掌の動きを止めてその身体を離してしまった。  
与えられていた温もりが奪われ、僅かな不安と微かな不満が沸きあがって来る。  
 
 そんな感情に背中を押される様にして武の顔を覗き込むと、  
彼の方もなんだか複雑な表情を浮かべていた。  
 
 もっとも、武がこんな顔をしている時は、  
十中八九バカな事を考えているのだけれど。  
 
「なぁ、つぐみ。俺の体…冷たくないよな?」  
「はぁ?」  
 
 ぽつり。不意に呟かれた言葉に、何だかその気を削がれた私は、  
自分でも分かるくらいに間の抜けた声を上げてしまっていた。  
けれど、当の武は私よりももっと間の抜けた言葉を口にする。  
 
「俺の体、本当に冷たくなっちまってるか?  
 その…冷たくてイヤだなんて事ないよな?」  
「………バカ」  
 
 ふふふ、と自然に漏れる笑みを堪えながら、  
不安げに瞳を覗き込んでくる武の体を、  
私はぎゅっと引き寄せ、そして抱き締めた。  
 
ふわり、と再び武の体臭と温もりが私を包みこんでくれる。  
 
「そんな事…あるわけないじゃない」  
「……そうか?」  
「そうよ」  
 
 全身に絡みつき染みこんでくる、武の熱。  
今だけじゃない。その身体だけじゃない。17年前のあの時からずっと。  
私を絡め取って、溶かし尽くしてしまった武の温かさを感じる…。  
 
「武はあったかい…17年前も、今も…何時だって」  
「つぐみ…」  
「何時だって、私をこうして…心も身体も、温めてくれるもの…」  
「つぐみ…ん…」  
「んッ…ん、あ!あ、あぁ…んふ…ん、んむ…」  
 
 くちゅくちゅと淫らにぬめついた水音を響かせながら、  
私の唇は武の唇に解けていく。  
 
 今はもう…そんな自分を止める事が出来ない。  
止めてしまう意思も、もう存在しない。  
 
「はぁっ…あ、はぁ…抱いて…!  
 もっと強く…もっと激しく…武を感じさせて…!」  
「途中で、後悔も前言撤回も受けつけないぞ?  
 何せ俺は、17年ぶりに目が覚めた訳で。非常に…その空腹状態である訳で」  
「……食べたいの?」  
「うむ」  
 
 目の前の武が笑みを浮かべたまま、大仰にうんうんと頷いて見せる。  
 
「つぐみを、腹一杯、食べちまいたい」  
「うん…私も…武を食べたい。武に…食べられたい…」  
「17年分、たっぷりな」  
「ふふっ。良いわよ…食べて。一杯…一杯、食べさせてあげる」  
「…つぐみッ…つぐみ、つぐみ!!」  
「――――――っ」  
 
 武の唇が、私の唇を塞ぐ。鼻腔一杯に満ちてくる武の匂い。  
掌が全身を這いまわり、指先が私の体中を味わおうとまさぐってくる。  
 
 熱を帯びた私の体の上で…  
明確な意思を持った武の肉体が性急に蠢き始める。  
 
 それが分かったから、私は全てを…  
心も体も私の全てを、愛する男に委ねたのだった。  
 
 

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