「おーいつぐみ、風呂空いたぞー」
「……え?」
ある高層ホテルの一角、最上階。
救出されたばかりで周りの環境に戸惑っている倉成武や、
決まった住処が無い小町つぐみを気遣って、田中優美清春香菜が手配したものだ。
ほどよく蒸気した顔で、武が繰り返す。
「風呂空いたって。……しっかしスゴイ部屋だな、ここ」
「そう?」
「だってこの内装にこの高さだぞ。100階だっけ?今はこれ位普通になっちゃったりしてるのか?」
何気無しに武が質問する。
「わからないわ。あまりこういう場所は来た事が無いから……」
「そっか。じゃ俺と同じだな。しかし優の奴も太っ腹だよなぁ。四人一部屋でも構わなかったのに」
隣は沙羅とホクトの部屋だ。
部屋を分けたのは優春なりの配慮だった。沙羅の猛反対は予想外だったが。
「どうせ分けるなら俺とホクトを同じ部屋にすれば良かったのにな。つぐみも女同士色々話したい事もあるだろうし」
「……そうね。私、お風呂行ってくるわ」
そっけない反応のつぐみに、少し戸惑いを感じる武。
「なぁつぐみ」
つぐみの足は、シャワールームへ向かっている。
「俺、何か怒らせる事言ったか?」
「……別に。何も怒ってなんかいないわ」
パタンと、シャワールームの扉を閉める。
「やっぱ怒ってるよなぁ……」
誰に向かうでもなく、空に問い掛ける。
その時、シャワールームの隙間から見覚えのある小動物が駆け出してきた。
「お、元気だったか、チャミ。こっちゃ来ーい」
タタタタタッ……猛スピードで武の足元まで走り、そこでちょこんと立ち止まった。
武が手で掬い上げると、そこが自分の巣であるように毛づくろいを始めた。
「足速いなぁお前」
毛づくろいを続けるチャミ。
「確かつぐみも速かったよな。これもキュレイの力ってやつなのか?」
言いながら、自分もキュレイ保持者の一人である事を思い出す。
「いつか俺もそうなるのかなぁ。それとも17年寝てたって事は、もうなってたりすんのか?」
まぁ今深く考えても仕方ないか……。そう武は思い、目先の問題を解決しようとする。
「なぁチャミ……ご主人様は何に怒ってるのか分かるか?」
問い掛けられた相手は、掌の上で首を傾げるだけだった。
ザァァァァァ……シャワーの音はまだ止みそうにない。
「ふぁ……いくら長く眠っていても、やっぱり夜は眠くなるもんなんだな」
「わりぃつぐみ……一足先に寝るぞ……」
激しい眠気に襲われ、武は眠りに落ちた。
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ザァァァァァ……狭い部屋の中に、シャワーの音が響く。
全く鈍感なんだから。
そう思わずにはいられなかった。
折角優が二人きりにしてくれたっていうのに。
あの時だって、私が強引に攻めなきゃどうなっていたか分からない。
私だって、再会したその日になんて……どうかしてると思う。
けど武の顔を見た途端、疼いて疼いて仕方がない。
さっきだって、体が火照りっぱなしで、言葉を喋るだけでも辛かった。
この17年間、全くそんな気は起きなかったのに。
くちゅ、くちゅ。
「うっ……あっ」
勝手に指が動いてしまう。
いけない事だと解っているのに。
すぐ近くに武が居るのに。息子や娘が傍に居るのに。
もう、ダメだ。
はしたない女だと思われてもいい。
今すぐ武に抱いて欲しい。
素直にそう伝えよう。
武が、欲しい。