ぶれる視界──入り組んだ路地。
少女は追われていた。
適当に揃えられた短い黒髪を振り乱し走る/走る/走る──振り上げられる両腕両脚を包む黒い光沢/毛先から跳ね散る汗。
ビル群の合間を縫って奇跡的に差し込む陽光──恐怖に彩られた優しげな黒瞳を射竦める/白い肌を灼く。
やがて訪れる終焉──袋小路。
絶望に表情を歪める少女──続々とやってくるカービンを携えた男たち。
先頭の男がトリガーを引いた。
タタタ/腰溜めに構えたカービンから放たれる軽い三点掃射音──頭を庇うように上げられかけた右上腕へ着弾。
炸裂──くぐもった小爆発/散り咲く紅/くるくると宙を舞う少女の右腕/人体に小口径の徹甲炸裂弾が叩き込まれた成果。
少女の瞳が焦点を失う/足をもつれさせ倒れる/その背後でようやく右腕が落下。
男たちが倒れた少女に近づいていく。
暗転──光が点る。光源──天井から下げられた裸電球。
ジジジ──不安定な電圧/瞬く朧げな光/コンクリート打ちっ放しの殺風景なステージを照らし出す。
主演女優の登場。
接続部を破壊され、義肢全てをもがれた少女──薄汚れたマットの上に転がされ身動きも出来ず。
不意に横合いの闇から伸びる腕。
少女の顎を掴み顔を正面に振り向ける──怖れ引き攣れた頬に伝う涙/舐め上げる長い舌/てらてらと光る唾液の跡。
「無様だねェ、ス・ズ・ツ・キ・ちゃァん──」粘りつくような、陶酔に塗れた不愉快な声。
新たに闇から突き出された幾本かの腕により少女の着衣が荒々しく引き裂かれていく。
あらわにされた雪のような肌──その感触を確かめるように。
顎を掴んでいた男の指がゆっくりと身体の線をなぞっていく──極度の緊張にうっすらと浮いた少女の汗をその肌に馴染ませるようにして。
おとがいから喉へ/浮いた鎖骨を撫で上げる/柔らかく膨らんだ乳房に軽く指を沈ませる/形よい臍を掠めるようにおなかを伝い下りていく。
半ばから断ち切られた腿が左右から掴まれ割り開かれた──灼かれ焦げ色の肉芽のようになったその断面が/そして局部が晒される。
パン・イン──血管を浮かせた赤黒くいきり立ったモノが近づいていく。恐怖を煽るように、殊更にゆっくりと。
そして貫徹/絶叫──あまりの痛みに少女が背筋を捩る。どっと毛穴から汗が吹き出す。
乱暴に引き抜かれていく槍に纏いつく赤/酸素を求めるように喘ぎ、ぱくぱくと意味無く開閉される少女の口に違う男のモノが捩じ込まれた。
パン・アウト──どれだけの人数がいたのだろうか。
四肢の断面に押し付ける男/乳房に擦りつける男/首筋に玉となって伝う汗を吸い舐め上げ唾液を塗す男──
とめどなく溢れ出す涙──少女の意志は男たちの欲望の前に儚く塗り潰される/力を失う瞳/心が消えていく/何も感じないように──
フェティッシュに、あくまでフェティッシュに──ご丁寧にも各アングルを順番にねちっこく映し続けるモニタ。
"堕とされた偶像"──その体現=男の歪んだ性欲の発露。
それを前にして……掌底で両目をほぐしながら陽炎はひとつ溜め息をついた。
──広報部はちゃんと給料分の働きをしているのか?
いつもの情報収集中、たまたま引っかかった映像アーカイヴ──ミリオポリスの誰もが知っている
<清楚で可憐なMPBのアイドル・涼月さん>、彼女が題材のスナッフめいたポルノビデオ。
なんともチープな特甲のCG処理。お金掛けてないのがバレバレの作り。
もっと突っ込むならば、あの小隊長の辞書に逃げるなどという言葉が存在するかどうかも怪しいし、
あの突進バカが諦めの境地に達して抵抗を止めるなんてことはそれこそ天地がひっくり返ってもありえないだろうし、
そもそも涼月はあんなに胸ないし──誰かさんをよく知る小隊員としていろいろと言いたいことはあるがそれはさておいて。
自分たちはキャンペーン任務と称しMPBのクリーンなイメージ戦略のため矢面に立たされている存在だ。
だからこそ、そのイメージに泥をなすりつけるようなものが看過されることは決してない。
例えば小隊長の隠れ喫煙シーンのすっぱ抜き写真であるとか、
例えばネットの吹き溜まりでの根も葉もない中傷誹謗の書き込みであるとか、
……例えばこのようなキャンペーン隊員をネタにしたポルノであるとか。
──私に見つけられるものが、プロの情報官の目に止まらぬ筈がないのに。
なんという怠慢──不意にリフレインするフレーズ/誰の言葉だっただろうか。
なんとなくの苛立ち──それでも顔には出ない。んぐ、んぐ、んぐ、んぐ。規則正しい八拍子。ガムを噛み締める歯が僅かに加圧する。
<陽炎さま>の作品があるかどうか……探す気にはとてもなれなかった。いわんや<夕霧ちゃん>のにおいてをや。
あーやめやめ──アドレナリン不足の頭で考えたってロクなことはない。楽しいことを考えよう。
楽しいこと=愉快な結果になりそうなこと。
……吹雪にこれを教えてあげるというのは?
真っ赤になって目を逸らすだろうか、そしてちらちらと目の端で柔肌を追っちゃったりするのだろうか。
まっさらなカンバスを原色で塗り潰すような──"無垢なものを汚す"、悦び。少し興奮しそう。
それとも純情少年らしく、涼月のイメージを汚された/涼月が侮辱されたと感じて憤るだろうか。
ならば。もしかすると、ネットに流出したデータが一切の痕跡を残さず完全消去されるという人類史上初の快挙が為されるかもしれない。
情報マニアとしてはそれはそれで興奮する事態だ。
あるいは冷淡な反応──「何これ」"僕の涼月ちゃんはこんなんじゃないよ"……眉ひとつ動かさず、道端のゴミでも見るかのような。
どの目が出てもいろいろと楽しめそうな三択ではある。悪くないかも。
若しくはあのお堅い──大の下ネタ嫌いな──副長に直接ご注進差し上げるのも悪くないだろう。
噂では未だ操を守って童貞だという。
普段どんなネタで性欲処理してんだろ──性質の悪い好奇心が鎌首をもたげてくるのを感じたり。
一通り空想を弄んだ後──ふぅ、と息を吐き出し天井を見上げた。
それにしても、と思う。
それなりに涼月に似ていて四肢に障害がありイメージポルノに出演してくれるような人材、そうそう見つかるものだろうか。
最初のシーンを思い出す。
女の子が意識して行ったとはとても思えない、適当にばっさりと落とされたような短髪。銃撃され倒れこむ、その真に迫った様子。恐怖の匂い。
……考えすぎだろうか。
心の奥、六百万光年の彼方から飛来する声──"主演女優は探すより作るほうが簡単でしょう?"
ミリオポリスは決して無法の街ではない。しかし一切の闇が無い社会もまたかつて実現されたことはないから。
長い黒髪を奪われ四肢を奪われ純潔を奪われた、ちょっと見で涼月に見える、しかし涼月より胸のある健常者だった少女が、
河に、あるいは海に、そこらの路地に、打ち捨てられたりしていませんように。
<子供工場>へ運び込まれたりしていませんように。
陽炎にできるのは、そう祈ることだけ。
やめやめ──ほんとに気分が沈んでいきそう。こんなときは年上の男をからかうに限る。
半ば無理矢理に自分を鼓舞。
机を立ち、混沌となっている部屋を危なげなく突っ切りドア口へ──ルームフォンを取る。副長へ繋ぐ。
「どうした、紅犬。今は待機中のはずだが──」
きっかり3コールで出る几帳面さ──数瞬後の絶叫を予想しながら、あくまで生真面目に返事。
「はっ、至急副長に報告すべきことがありまして──」
それはまだ、記憶になんて煩わされることの無かった──悪ふざけに満ちて、ただ真っ直ぐだった時間のお話。