これは罰なんだ。  
 
 ――ひとりで遊びに行っちゃいけません。  
 ――必ず、お兄様と一緒に行くのよ。  
 
 何度も何度も、お母様に言われていたのに。  
 だから私は、罰を受けてるの。  
 いけない子なの。  
 
「……可哀想に。髪を切られたのか」  
 
 犬のおじさんはそう言って、私の髪を悲しそうに撫でた。  
 泣いてる私は、罰だから、しょうがないのとは言えない。しゃくりあげる喉が、言っちゃいけま  
せんって、言ってるみたい。  
 あのね、怖いおじさんがたくさん来て、私の身体を皆で触ったの。  
 大きな冷たい箱に入れられて、たくさん針を刺されたの。  
 怖かったけど、痛かったけど、泣くしかできなかったの。  
 いけない子。  
 お母様の言いつけを破った。  
 だから私は、言う通りにしなくちゃいけないの。  
 
 
「大丈夫。私はいつも、傍にいるよ」  
 
 犬のおじさんは、泣いてる私を抱きしめる。あったかい。ふわふわしてる。大好きなおじさん。  
 だけど私は悪い子だから、おじさんに優しくされちゃ、いけないの。  
 大好きだって、思っちゃいけない。  
 もっと抱っこしてって、言っちゃいけない。  
 だって私は、いけない子なの。  
 
 
 ――おまえはウソツキだ。  
 
 
 誰かが囁く。どうして?  
 
 
 ――おまえは卑怯者だ。  
 
 
 誰かがつぶやく。どうして?  
 
 
 ――本当は、全然いけないだなんて思ってないからさ。  
 
 
 誰かが言った。何故?  
 
 
 ――だって見てご覧。自分の姿をさ。  
 
 
 誰かがあざ笑う。何を?  
 
 
 ――おまえは大好きな犬のおじさんに……ククッ  
 
 
 誰かが笑う。……誰を?  
 
 
 ――おまえがいるから、みんながおかしくなるんだ。  
 
 
 誰かが……  
 
 
「ジャジュカ。もっとよ……」  
 
 気づくと、私は全身を柔らかい何かに包まれたまま、息を乱れさせ、懇願していた。  
 荒い息遣いと共に、ぬるりとした感触が、太ももを這う。甘い痺れが広がって、私はうめき声を出す。  
「あぁ……やっぱりおまえが一番よ」  
 恍惚としながら誉めてやれば、忠実な番犬は、嬉しそうにその舌をぴちゃぴちゃと濡らす。  
「ご主人様……」  
 滴る涎がぬるりと私の腿を伝って行く。  
 膝を立て、騎士が忠誠を誓う者の衣にするように口付けをする私の犬は、  
こらえきれないといった顔で私を眺め、その先をとねだるかのように、だらだらと涎を垂らす。  
「ん……」  
 川の行き着く先がどこに到達するかわかりきった上で、犬はとろとろと小川を私の泉へと注ぎ込む。  
 つっと流れるその生ぬるい粘液は、こんこんと沸き出でる私の中へと侵入を始める。  
「いけない子…………っ、あっ」  
 躾のなってない犬は、猛獣のような唸り声を上げたかと思えば、  
びちゃりと私の茂みに顔を突っ込んだ。  
 細面の鼻先がぐずるように私の中に入ろうとする。  
鼻腔から漏れる息ですら刺激となって、私は身をくねらせて嬌声を上げる。  
「ジャジュカ……まだだめっ! 『待て』と言ったでしょ。あんっ!」  
 鋭い牙が、やんわりと私の肉弁を甘噛みしてきた。  
 飼い犬が手を噛むとはこういうことを言うのかしら。後でたっぷり、お仕置きをしてやらなくちゃ。  
 一瞬よぎった黒い考えを見透かすように、犬は私の両の足を持ち上げ、  
秘部がよく見えるようにすると、容赦なく舌と牙で私を責める。それはがっつく犬そのもので、  
餌になった私は、今だけそれを許してやることにした。  
「あぁっ! す、すご……っ、ん、んうぅっ、もっ、もっとよ……っ、あっ、あ……っ」  
「ご主人様、ご主人様……っ、もう、もう耐え切れない……っ」  
 弓なりにしなる私の身体を抱きしめて、濡れた顔を私の頬に摺り寄せながら、犬は切羽詰った声を出した。  
 柔らかな毛並み。その全てが私の五感を刺激する。とろとろ溢れる泉に染まっていく淫らな私の忠犬。  
 ぞくん、ぞくんと泉が脈打ち、私を官能の渦へと呼び寄せる。  
犬の中心から猛ったモノが、私の中へ入りたいと、その存在を私の腹にこすりつける。  
「ああ、困った子。私の可愛い犬……」  
 ぺろぺろと私の顔をなめながら、柔らかな手足で私の身体中を撫で回す犬。  
 ああ、どうしてこんなに心地いいのだろう。  
 私は罰を受けなくてはならないのに。  
「入りたい……っ、あなたの中に、ご主人様……っ」  
 ぐっと肩を押し付けられ、犬は狂ったように唸ると、自身を熱く握り締め、私の中へと――  
 
「何をしている! このケダモノが!!」  
 
 ぐちゃぐちゃになろうとしている私たちへ、水を浴びせるような第一声が響いた。  
 まどろみの中にいる私とは違い、犬はぱっと我に返り、声の主を睨みつける。  
 その姿は主人から身を守る忠犬そのものだったが、次第に力を失って行くのが、手に取るようにわかった。  
 
「ミゲル殿か……」  
 その声には落胆と失望と、かすかな妬みが混じっていた。  
 犬――ジャジュカは、裸のままで、私の上からすっとどき、ベッドから降りるとすくっと立った。  
 獣人であるジャジュカは、服など着なくとも何らおかしいところはない。  
 彼の事をよく知っている私は、鎧姿の彼を見て、笑ってしまうことさえあったのだ。  
 ぐっしょりと濡れる犬の姿。情事の余韻を残した香りをまとった獣は、ぞっとするほど美しかった。  
「貴様ごときが、ディランドゥ様の肌に触れることが許されると思っているのか! この獣が!」  
 ミゲルは青ざめ、ぶるぶると震えている。  
 ……ディランドゥ?  
 訝しがる私をよそに、ジャジュカは少々嘲りを含ませた声で言った。  
「誰の事です。ここはセレナ様の寝室ですが。……貴殿は場所を間違えたのではあるまいか」  
「黙れっ!!」  
 雷のような怒号に、私は恐ろしくて身をすくませた。  
 そんな私をわざとらしく見下ろしたジャジュカは、  
「セレナ様。ご安心下さい。私が守って差し上げます」  
「その方に触れるなっ!!」  
 労わるように私のむきだしの肩に触れようとするジャジュカに向かって、  
ミゲルはつかつかと歩み寄ると、乱暴にその手を振り払った。  
 薄明かりの灯る寝室の中で、ジャジュカの体毛がひらひらと舞うのが見える。  
「獣の臭いが――!」  
 ミゲルはそう言うと、私の髪に顔を寄せて吐き捨てる。  
「ミゲル……なんなの? どうしたの……」  
「あなたもあなただ!」  
 何もわからない私を苛々と見下ろし、ミゲルは泣きそうな顔になる。  
 どうして、そんな顔をするの?  
 私は、何かいけないことをしたの?  
 私まで泣きそうになった。  
「お寂しいならいつでも呼んで下さいと、私は日頃から言っていたはずです!  
 何もこんなケダモノに、相手をさせることはなかったんだ!」  
「ジャジュカは私の大切な人よ。どうしてそんなことを言うの?」  
 こわごわとそう言うと、ミゲルの顔の後ろで、ジャジュカが鼻を鳴らして笑うのが見えた。  
「人なんかじゃありません!」  
 ミゲルはそう叫ぶと、にやにやしているジャジュカにすらりと剣を向けた。  
「いやっ!」  
 私が悲鳴をあげても、ふたりは動じない。  
「ここから出て行け!」  
「……いつも思っていたのだが」  
 ジャジュカは涼しい顔でミゲルに言った。  
「何故、貴殿はここぞという時に現れる」  
「……なんだと」  
「獣に抱かれるセレナ様のお姿に、欲情しているからではないのか」  
「貴様……!」  
 ぐいと鼻先に剣を突きつけられても、ジャジュカは余裕の笑みを崩さなかった。  
 
「だから貴殿は、この後すんなりその方を抱けるのだ。……ケダモノはどちらだ。この人でなし」  
「出て行けっ!!!!」  
 光の残像が横凪に走るのがかろうじて見えた。空気が流れ、濡れた私の髪が泳ぐ。  
「慰み者にされるその方を哀れと思うなら、抑えるのも時に必要ではないのか。  
 私はセレナ様に必要とされている。この差は埋まらないよ」  
 体毛がハラハラと舞い落ちる中、ジャジュカはどこか哀れむような声で言った。  
「出て行けというのが……!!」  
 ミゲルの背中が怒りで震える。私は咄嗟にそれにしがみついた。  
「やめてっ! 私がいけない子だから悪いの! ジャジュカ! 逃げて!」  
「仰せのままに、ご主人様」  
「消えうせろっ!!」  
 ジャジュカが一礼した気配があった。けれどミゲルにしがみつく私にはそれが見えない。  
 ミゲルの身体は火の様に熱い。服越しからでもわかってしまう。素肌は鉄板のようなのだろうか。  
……想像するだけで、濡れてくる。  
 犬が去るまでミゲルは出入り口を睨みつけていた。  
 ぱたんとドアが閉まると、私を物のように振り払い、どさりとベッドに押し倒す。  
 息がかかる距離で、彼は叫んだ。  
「約束してください。二度とあのような者に肌を許しはしないと……!」  
 
 
 
 私はずるい女だ。  
 
 
 
「……ええ」  
 
 
 
 そしてそれを、この男は知っている。  
 
 
 
「もう二度と、彼を頼ったりしないわ」  
 
 
 
 ふたりとも、知っている。  
 
 
 獣の臭いが染み付いたベッドにはいたくないと、ミゲルは私を床の上で四つんばいにさせた。  
「犬に抱かれるのはどういうご気分でしたか、ディランドゥ様」  
「違う。私はセレナよ。誰なの、知らない名前で私を抱かないで!」  
「こうやって抱かれたかったのでしょう」  
 ミゲルは私の言葉を聞かずに、突然押し入ってきた。  
 ずぶんと音がしそうな太さ。私は彼に何も刺激を与えていないのに……  
「あう……っ! ふ、あ、大き……っ」  
 拳を握り締めて耐えると、彼は私の腰を両手でつかんだ。  
「犬なんかに、あなたの中を許しはしない……っ!」  
 ずぶりと引き抜かれ、肉ごともって行かれそうになる。私は吐き気をこらえながら息を殺す。  
「あ……っ!」  
「んあっ!」  
 先端があてがわれたと思った瞬間、息が止まる。思考が止まる。  
 突き上げるものが大きすぎて、喉が詰まりそうに苦しい。  
 私は今、死んだのだ。  
 根元まで一気に入ってきたミゲルは息を荒げた。  
「この感触まで、犬に渡してたまるものか……っ、あぁっ、どうして……っ」  
「は、あ……っ、苦しい……っ、苦しいわ、ミゲル……!」  
 私は肩越しに振り返り、早く抜いてくれと懇願した。  
 
「苦しい……?」  
 ミゲルは私をゴミでも見るような目で見下ろした。  
「本当の苦しみもわからないあなたが、何故その言葉を口にする……」  
 ずるりっと、また彼は私の中から出て行った。ほっと安堵の息を漏らす暇もなかった。  
 ズンッと突き上げる衝撃が、脳天を揺らす。  
 あまりのことに快感すら抱ける余裕がない。  
 ただ、苦しいだけだ。  
「あ………っ、いやっ、やめて……っ」  
 肩から力が抜け、両手で支えることもできない。  
 がくんと落ちた私の上半身。  
 頬に当たる床の温度が心地いい。  
 でもミゲルは許してくれない。  
「犬の愛撫には気持ちよく目を閉じていたくせに……っ!」  
 ミゲルの声が降ってきた。でも何も感じない。  
 頬が上下に揺れて、唇から涎が出る。  
 肉棒が私の中をかき回す。私はまるで料理鍋。シチューをかき混ぜるように。お好きなように――  
 涎でぬるぬると頬が滑る。  
「どうして俺じゃ駄目なんだっ! くそっ!」  
 人形のようにされるがままの私を見て、ミゲルは悪態をつきながらも、腰の動きは緩まない。  
 喉が枯れた私には、声にならない悲鳴すら出ない。  
「運命め……!」  
 お仕置きの終わり。  
 知らずに彼を締め付けていた。  
「何故、俺にこの方を下さらないのか……!」  
 ぐっと突き出した腰が、私の中でようやく止まる。  
 どくんと発せられる生暖かいものの感じ。  
 私はこれだけは好きだった。  
 もう罰が終わる。  
 いけない子だから、お仕置きを受ける。  
 その終わりの合図だから。  
「あなたに罰を与えるのは、この俺だ」  
 折り重なるように倒れたミゲルの重みと言葉。  
 でも、もう遅い。  
 
 
 彼女はもう、僕が殺した。  
 
 
 
 
 ――殺しちゃったよ。  
 
 
「――傷がねえ、疼くんだよ」  
「はっ!」  
 冷たい青年の言葉に、朦朧としていた男の脳裏がはっきりしてきた。  
 咄嗟に見れば、ベッドを背に、裸の青年が身体を投げ出している。  
虚ろな目で、頬にできた刀傷を指でなぞっていた。  
 男は見事なまでに女のかけらもないその引き締まった身体を見て、咄嗟に手で口を押さえ、嘔吐をこらえた。  
 
 ――戻った……! 戻ってしまった! なんてことだ……! いつもなら、もっと――  
 
 男の狼狽ぶりを見ても、青年は何も感じていないようだった。  
 くっきりと残った屈辱の印を何度も指でなぞりながら、誰かに向かって呪いの言葉を吐いている。  
「ディランドゥ、様……」  
 慌てて服を整えながら、ミゲルは出かかった胃液を何とか飲み込み、蒼白になりながら男を見た。  
「じくじく、じくじくね……一緒にこれも、持って行けばよかったんだよ、あの売女……」  
 赤銅色の瞳が、ようやくミゲルを捉える。  
「――あの女を殺した気分はどうだい、ミゲル」  
「あ……っ」  
 裸のままで、四肢を投げ出したままのディランドゥは、乾いた笑い声をあげた。  
「あの女は、戻ってこない。君が首を絞め、僕が止めを刺した。お仕置きの時間は終わったんだよ」  
 愕然となり、ミゲルは震えだした。ディランドゥは死神をその身にまとったような陰湿さで言った。  
「よくも今まで、僕の安定しない体を弄んでくれたね……」  
「あ、あぁ、私は……!」  
 ディランドゥはぴくりとも動いていないというのに、ミゲルはがんじがらめになったような息苦しさを感じた。  
 動けない――…逃げられない!  
「でもまあ、礼を言わなくちゃ……  
 おまえが乱暴に壊してくれたお陰で、あの女は二度と戻れなくなった。ようやくこれで、この身体は僕だけのもの……」  
「せ、レナ、さまは」  
「セレナぁ?」  
「ひっ!」  
 搾り出した言葉に、ディランドゥが眉を上げる。ミゲルは後ずさった。  
 思えば初めてだった。  
 『彼女』の名を口にしたのは。  
 それは、咄嗟の時に、間違えないためだ。  
 こうやって口に出せば目の前の鬼がどうなるか、言わずともわかっていたはずなのに。  
 
「そうそう――」  
 ディランドゥは、面白い遊びを覚えた子供のような顔になった。  
「近いうちに、軍師殿がまやかし人を連れてくるかもしれない話を耳にしていてね……」  
 ミゲルは蒼白なままで、生唾を飲み込む。  
「僕の部下も同伴させようかと思案していたんだが、決めたよ」  
 傷口をなぞる手を外し、すうっと、ミゲルに指を向けた。  
 
 
「おまえが行け」  
 
 
 死ねと、言われた気がした。  
 ミゲルは頭を垂れながら、馬鹿なことをと思い込もうとした。  
「仲良くやるがいい。まやかし人は、軍師殿に絶対の忠誠を誓っているからね……、  
 機嫌を損ねないようにすることだ……」  
「ありがたく――」  
「言っておくが」  
 顔を上げたミゲルの前で、死神は嗤った。  
 
 
 
「僕はまやかし人が、大嫌いなんだ」  
 
 
 
 自分はもう帰れないと悟ったのは、今思えばあの時だったのだろう。  
 まやかし人――ゾンギに首を絞められながら、薄れ行く意識の中、最期にミゲルは、そんなことを思った。  
 

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