遅れて到着した彼らは、傷ついたエスカフローネの周りの人だかりを見た。  
 金属音がそこかしこで響き渡り、バァンの悲鳴も混じって聞こえてくる。  
 近づくにつれ、エスカフローネに何人かがとりついて修理しているのがわかった。  
 その中に、懐かしい顔ぶれが目に飛び込んでくる。  
「ひとみ!」  
 ミラーナは駈け出していた。  
「ミラーナさん!?」  
 左右に割れる人の群れの中心に、血だらけになって狂ったように叫んでいるバァンと、それを取り押さえるガデス達、  
床に座り込んで泣きじゃくるメルル。そのそばに、ドライデンと涙で頬を濡らしたひとみが立っていた。  
「ひとみ……」  
 歩みだし、ミラーナは口を開きかけるが、次の言葉が出てこない。  
 それはひとみも同じことで、ふたりとも、しばらく互いの顔を見つめていた。  
 話すべきことは山ほどあった。  
 互いの近況、今までのこと。  
 ――そして。  
 今がその時ではないことはふたりともわかりきっているのに、胸中をかけめぐる激情は治まってくれそうもなかった。  
「王様は今、エスカフローネの痛みを感じてやがるのさ。エスカフローネの修理が終われば助かる」  
 ふたりの様子を知ってか知らずか、ドライデンはわめくバァンを見下ろした。  
「痛みを感じる?」  
「あたしのせいなんです」  
 ひとみがうつむき、肩を震わせる。  
「あたし、バァンがつらい時、突き放す言い方をしました。頼りにされたのに、怖いビジョンをもう見たくなくて、  
もう頼らないでって言っちゃったんです。だからバァンは」  
「あんたのせいだけじゃないさ」  
 ドライデンはあっさり言った。  
「古代書にもある。エスカフローネは乗り手をとり殺し、やがては自分が主人となって、契約者を殺すまで動き続けると」  
「とり殺す……!?」  
「そういうこと。あんたがどうこう言っても言わなくても、王様はこうなる運命だったのさ」  
 
 イスパーノ人の修理が終わる頃、バァンの傷はすっかりなくなっていた。  
 本人も拍子抜けしたように、腕や足を見つめている。  
 一同がほっと胸をなでおろしていると、イスパーノ人のひとりがバァンに歩み寄ってきた。  
「血ノ契約」  
「!?」  
「えすかふろーねハ、竜神人ノ血ノ契約デ動ク。次ハ命ノ保証デキナイ」  
「……っ!」  
 バァンが息を飲む。  
 イスパーノ族が去っていくと、フォルケンとディランドゥがその前に歩いてきた。  
 バァンは驚愕に目を見開き、ディランドゥを見るや立ち上がる。  
「何故、このふたりがここにっ!」  
「バァン。私と共に来るのだ。これ以上戦をすれば、次は死ぬ」  
「なんだと!? ……フレイドは一体何を考えているんだ! ザイバッハは敵だぞ!? 俺の国を滅ぼし……!  
 アレンまで殺した!」  
 吐き捨てた言葉に、ミラーナの胸が痛む。  
 済んだことはどうにもならない。  
 たとえアレン自身が納得していようが、残されたものの苦しみは続くのだ。こうやって。  
「あの時、ザイバッハのガイメレフは俺を狙っていたんだ……剣で弾いたりしなければ……!」  
「戦場における死は、軍人にとって名誉なことじゃないか」  
 ディランドゥはにやにやしながら言った。バァンはかっと目を血走らせ、ディランドゥにつかみかかる。  
「よくもそんなことが言えるな! アレンを殺しておきながら!」  
「正確には僕じゃない。どれほど優れた剣術の使い手だろうが、死ぬ時は死ぬのさ。おまえは小さい男だね。  
そこの王子の方が、よっぽど考えてるよ」  
「なに……っ」  
 バァンが目を向けると、そこにはシドが立っていた。  
「お初にお目にかかります、バァン殿」  
「シド王子ですわ、バァン」  
 ミラーナが口添えする。  
 バァンはディランドゥに向き直り、しばらく睨みつけていたが、やがて突き放すようにディランドゥの胸倉から手を放し、  
シドの前にひざまずいた。  
「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません。幾日かのご迷惑も、重ねてお詫び申し上げます。  
 シド王子。どうかザイバッハの者の言葉に惑わされないようお願いします。やつらはこのフレイドを攻め落とすつもりです!」  
「そうだそうだ!」  
 アレンの部下たちが騒ぎだした。  
「お頭の仇め! よくもおめおめと!」  
「よさねぇか、おめえら!」  
 ガデスが慌てて止めに入っている。しかし振り返り、ミラーナをまっすぐに見た。  
「説明してもらえませんかねえ、ミラーナ様。隊長を殺った連中と、何故あんたが一緒にいるんです?」  
「何か、訳があるんですよね、ミラーナさん」  
 ひとみが両手を握り合わせながら言う。  
 ミラーナは一度目を伏せると、顔をあげた。  
「アレンを追ってきたのです。そのためには、……彼らの協力が必要でした」  
「馬鹿な!」  
 バァンが吠えた。  
「ザイバッハに協力などしてまで、何故!? あんたはアレンが好きなんじゃなかったのか!」  
「好きですわ!……だからこそ、わたくしは」  
「見損ないましたぜ、お姫様」  
 ガデスが醜悪な顔つきになった。  
「隊長が何故あんたを残して旅立ったか考えもしなかったんですか。隊長は隊長なりにあんたを心配し、残すことで守ろうとしてた。  
 
その気持ちもわからずに、なんでザイバッハなんかと!!!」  
「随分な言われようだね。嫌われるのには慣れてるけどさ」  
 ディランドゥがくつくつと笑った。  
 
「フレイドを攻め落とすだとか、言いがかりも甚だしいね。それがもし本当なら、僕らがここにのこのこ出向くわけがないだろう?   
 
嫌疑をかけられてるのは、むしろおまえたちじゃないのかい」  
「……確かに、アストリア王からは、アレンが謀反を起こしたとの報告も入っております」  
 ガデスが重々しく言う。  
「なんだと!? そんなのウソに決まってるじゃねえか!」  
 たちまち部下たちが憤りの声をあげた。  
「どちらにせよ、我々に戦う意思などありません」  
 フォルケンが静かに言った。  
「信用できるか!!」  
「フレイド公王にお会いするまでは、なんと言われようがここに居させてもらうつもりです」  
「フォルケン……!」  
 バァンが奥歯をかみしめる。  
「仲良くやろうじゃないか。同じ客人同士さ。最もおまえたちは、牢屋でもてなしを受けるだろうけどね」  
 ディランドゥがひらひらと手を振る。  
「刑の執行人には喜んでなるよ。おまえを見てると、傷口がうずくものだからね……」  
「く……っ! このふたりは危険だシド王子! 何故わからない!?」  
 バァンはシドを射殺す勢いで睨みつけた。  
「バァン殿」  
 ボリスが進み出る。  
「例えザイバッハがどのような思惑でいようとも、フレイドは決して屈することはありませぬ」  
「何故っ!」  
「我らは死すら厭わぬ覚悟の元、この地で生きているからです。いざとなれば、我々はこの城と敵とともに滅ぶでしょう。  
それがフレイドに生まれた者の定め」  
「そのとおりだ」  
 凛とした声が響き渡った。  
「!?」  
「父上!」  
 皆が振り返ると、そこには兵を複数連れたフレイド公王が立っていた。  
「おお、ご帰還なされた!」  
 ガデスが感極まっている。  
「他国の船が何隻が止まっているのが見えたのでな。急ぎ戻ってきた。……シド!」  
 公王はシドを厳しい目で見た。  
「これは何事だ。私の留守に、これほど異国の者を招き入れるとは!  
 場合によってはフレイドの危機になっていたかもしれぬのだぞ!!」  
「彼らには、身の証を立ててもらうつもりでおりました。それから、私の判断で」  
「おまえごときが人を推し量れると思うな!」  
 公王は一喝し、ずんずん歩いてきた。  
「証を立てることがどれほどのことかわかるか」  
「それは……」  
「命を懸け、時に落としてまで立てる覚悟のいる行為ぞ! それをおまえが判断できると思うか! 恥を知れ!」  
 シドは肩を落とした。  
「お待ちください、お義兄さま! ……いいえ、姉上亡き今となっては、もうそうお呼びすることも叶わないかもしれません」  
 ミラーナが公王の前に立った。  
「! ……そなたは」  
「ミラーナですわ。お久しゅうございます。どうかシドを責めないでください。ザイバッハを通したのは、わたくしがいたからです。  
シドには何の否もないことです」  
「叔母様……」  
「ザイバッハはフレイドを落とすつもりです。アレンはそれを知り、ここへ来る途中で命を落としました」  
 バァンが憎しみ治まらぬ顔で苦々しく口を開いた。  
 それを聞き、公王の目が見開かれる。  
「……アレンが……」  
「どうかアレンの遺志をわかってやってください。このふたりを捕虜にすれば」  
「この国に踏み入った以上、私の判断に任せてもらおう」  
 バァンの進言を、公王は退けた。  
「ミラーナ姫。あなたの話を伺いたい。ほかの者は、拘束させてもらおう」  
 
 不平不満を漏らしながら退出していく一同を見送ると、公王はミラーナを離宮に案内した。  
「ここは……?」  
「マレーネが使っていた部屋だ。アストリアで使っていたものを、ここまで移動させた」  
「まあ……」  
 ミラーナはきょろきょろと周囲を見回した。小さい頃に見た姉の部屋。おぼろげな記憶の中と、確かにここは同じだった。  
「ここに滞在する間は、好きに使っていただきたい。そのほうが、マレーネも喜ぶだろう」  
 公王は、壁にかけられたマレーネの肖像画を見上げている。  
「――ところで姫。ザイバッハの者とここへ来られたのは真か」  
 肖像画から目を外した公王は、ミラーナを見つめた。ミラーナは両手を前で握り締めると、こくんとうなずく。  
「……それはなにゆえか」  
「愚かでした。……ええ、思えばわたくしは、本当に愚かでした」  
 ミラーナは、全てを話し出した。  
 話し終えると、公王は渋い顔になり、首を振った。  
「無謀なことを。……とてもマレーネの妹君の行動とは思えませぬな」  
「わたくしは、姉妹の中で一番異質なんです」  
 ミラーナは苦笑する。  
「そのようだ。だがそれほどの強い思いこそが、アトランティスの力の源。姫の思いは無駄にはならないでしょう」  
「……そうだとよいのですが」  
「現に、そなたはフレイドを戦火の海に飲まれることから救われた」  
「えっ?」  
 公王は微笑みすらしなかったが、少々穏やかな口調になった。  
「ザイバッハが表面的にも友好的な態度でこの地へ足を踏み入れたのは、姫がいたからこそ。  
 だがここからはわかりませぬ。プラクトゥの死の解明がされないことには……」  
「恐らくは、ザイバッハがらみのことかと」  
 ミラーナは思い切って言った。  
「でしょうな。だが確固たる証拠がない」  
 公王は息をつくと、もう一度マレーネの肖像画を見上げた。  
 
「やつらの目的はわかっている。我らフレイドが長きに渡って守っている秘宝のことだろう」  
「秘宝?」  
「そうだ。アトランティスの歴史が記された剣、パワースポットと呼ばれる地下の岩場……寺院にて固く守られている場所。  
 あれを狙っているのだろう。恐らくザイバッハは、失われたアトランティスの力を再びガイア界にもたらそうとしているのだ」  
 ミラーナは口元を手で押さえた。  
「……なんの、ために?」  
「ガイア界を乗っ取る気なのだろう。……先ほども言ったが、アトランティスは、思いの力で発動するもの。  
やつらがどんな思いを抱いているかはわからぬが、フレイドの王として、私はそれを阻止せねばならない」  
「思いの力……」  
 公王はミラーナを見つめた。  
「そなたは思いの力で叶うものがあるとしたら、何を望む」  
「……わたくしは」  
 ミラーナは眉を寄せる。公王は遠くを見る顔つきになった。  
「私は、妻を生き返らせたいと願うだろう」  
「……お義兄さま……!」  
 ミラーナは、遠まわしに言い当てられた気になってぎくりとした。  
 同じだと、思う。  
 愛する人が死んだとき、真っ先に願うこと。  
 それは、誰もが願うこと――…  
「だがそれだけは、アトランティスの力を用いても無理だろう」  
「……はい……」  
「ミラーナ姫」  
「は、はいっ?」  
「そなたは姫であるがゆえに、政略結婚を強いられている。  
 それもザイバッハの軍人に破棄させられて、無理やりその軍人と契りを交わされた」  
 公王は、沈んだ顔になった。  
「……辛くはないのか。愛する男がいるのに」  
「……」  
 ミラーナはうつむいた。  
「もしそなたが願うなら、何か力になれると思うのだが」  
「……お義兄さま?」  
 顔をあげると、公王は目を細めてミラーナの肖像画を見上げている。  
 その横顔は悲しげだった。  
「マレーネは、私を愛して死んだ」  
「……」  
「私はその愛を勝ち取るために、あらゆることをしてきたつもりだ」  
「お義兄さま……」  
「その軍人は、そなたの愛を得るためのものを、与えられそうか」  
 公王はミラーナの方を見た。  
「そなたはその軍人を、死ぬまで愛せるか」  
「!」  
「返答次第で、私はそなたに尽力する」  
 ミラーナは息を呑んだ。  
 

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