「ディランドゥ……!」  
 ヴィワンに戻った一行は、眉をひそめるフォルケンに出迎えられた。  
 得意げな顔で笑うディランドゥと、青ざめ、唇を引き締めているダレット。  
 ――鬼の手につながれている哀れな姫君。  
 フォルケンは瞬間目を閉じ心を落ち着かせると、ゆっくりとまぶたを持ち上げ、ミラーナに目を向けた。  
 気品ある顔立ちがいささか青白くなっているのは、ヴィワンの照明のせいだけではあるまい。  
 まるで狩りに出かけて獲物を捕ってきたような顔のディランドゥは、やや乱暴に後ろに立っていたミラーナを前に立たせた。  
「挨拶してごらん、ミラーナ。ここで一番偉いお方だから」  
「え? あ……」  
「全く……」  
 戸惑うミラーナの視線を受け、フォルケンは義手の腕を前に出し、それを曲げながら深々と一礼する。  
「ご無礼をお許しください姫君。これは私の本意ではありませんでした」  
「はっ」  
 ディランドゥが馬鹿にしたような声を出す。ミラーナは慌てて言った。  
「どうかお顔をお上げになって……ここへ来たのはわたくしの意思です。許婚の話は承諾していませんが、  
わたくしはどうしても、アレンの所へ行きたくて……」  
「なんと……」  
 意外な言葉に、フォルケンは顔をあげる。  
「しかしその言葉を、アストン王が信じて下さるかどうか」  
「父は、関係ありません!」  
 ミラーナはきっぱり言った。  
「父は、わたくしを政治の道具としてしか見ていないんですもの! わたくしは、自分で自分の幸せを手にするために、  
無理を行ってここへ来たのです!」  
「愛情が伝わらない寂しさは、私にも覚えがあります」  
「……え?」  
 興奮していたミラーナは、静かな水面のような穏やかな声に我に返る。  
 背筋を伸ばしたフォルケンは、どこか遠くを見るような顔つきになった。  
「こちらの愛情を、相手がそのまま受け取ってくれるとは限らない……  
 人と人の心が通い合うということは、親子であっても、身内であっても難しいものなのです。  
 あなたのお父上は、あなたのことを愛している。  
 ……しかしそれを伝えるには不器用すぎた。――私のように」  
 苦笑するフォルケンに、ミラーナが口を開きかけると、  
「下らない話はやめにして、竜のいる正確な位置でも見つけたらどうだい」  
 ディランドゥが水を差した。  
 
「まあ……!」  
 ミラーナがむっとしてディランドゥを睨みつけた。  
「竜の居場所はわかっている。このまま行けば、いずれ追い付く」  
 フォルケンは冷静に告げた。  
「相変わらずのんびり屋だね、軍師殿。僕は待たされるのが嫌いなんだ」  
「勝手な行動はするな、ディランドゥ。私の指示なしで動かぬようにと言ってあるはずだが」  
「ああ、……そうだったね」  
 ディランドゥは、ちらりと傍らのミラーナを見た。  
 ミラーナはわずかにたじろぐが、まっすぐにディランドゥを見返す。  
 ディランドゥの笑みが深くなった。  
「ならばそれまでに、僕は我が姫君と過ごすとするかな」  
「!?」  
 フォルケンがわずかに目を見開いた。ダレットなどは顔面蒼白である。  
「……この中を案内して下さるの? わたくし、医術を学びたいと思っていて……」  
「ああ。それならここは、おまえにとっていい遊び場になるだろうさ」  
「遊びだなんて!」  
「まあまあ」  
 ディランドゥは笑いながらミラーナの手を引く。  
「失礼するよ、軍師殿。文句はないだろう? 何しろこの姫君は、自分からここへ来たいと言ったんだ。  
僕が無理やり攫ってきたわけじゃない……」  
「……」  
「ディランドゥ様……!」  
 じっと何かをこらえるように眼をつぶるフォルケンと、焦って一歩を踏み出すダレット。  
「ついてくるんじゃない」  
 ディランドゥは、ぴしりとダレットに命令した。  
「それは野暮ってもんだろう?」  
「は……」  
 かしこまるダレットを一瞥し、ディランドゥはふんと笑った。  
「じゃあね、時間が来たら知らせてよ」  
 そうして、ふたりは去って行った。  
「フォルケン様……」  
 ダレットはおずおずとフォルケンを見上げた。  
 フォルケンは息をつくと、操縦室へと歩き出した。  
 
 
「姫君には気の毒だが、あれを野放しにするよりはましだろう。彼女はいい足かせになる……」  
 
 
 廊下をふたりで歩きながら、ミラーナは言い知れぬ不安にさいなまれていた。  
 この中を案内してくれるなんて、この男がするだろうか?  
 出会ってまだ数時間――そうだ、まだ出会ってから一日も経っていない!  
 そんなことに今更気づいて、ミラーナはぞくりと震える。  
 いくらなんでも、軽率だった。  
 こんな短い間でも、この男が危険だということは十分にわかっていたではないか……!  
 味方であるはずの部下やあの義手の男性ですら、この男をもてあましているように見えた。  
 そんな男が、どうして自分にだけ親切にしてくれるだなんて思えるだろうか?  
 それにさっきから歩いているここは……  
 
「あの、ディランドゥ?」  
 
 ミラーナは恐る恐る、前を行く青年に声をかけた。  
「どこへ向かっているの? 案内して……くださるのよね」  
「そうだよ」  
「でも、あの、……どこへ?」  
 人気のない廊下だ。エンジン音がわずかに聞こえるだけで、ほかはふたりの足音しかしない。  
「決まってるじゃないか」  
 ちょうど、ふたりはある部屋の前で立ち止まった。  
 ディランドゥがその扉を開ける。  
「? ここは……」  
 暗闇が中に詰まっている。  
 扉が開けられても、中には一切光がなかった。  
 その闇に飲まれるようにディランドゥが消えていき、手をつながれているミラーナはそれに嫌でも続く。  
 闇に足を踏み入れた途端、嫌な熱が体中にまとわりついて、思わず息を止めた。  
「あの……」  
「僕の部屋だよ」  
 ばたん。  
 ディランドゥが言い終えたと同時に扉が閉まった。  
 咄嗟に振り返るが、ディランドゥはそんなミラーナごと強く腕を振り回し、悲鳴をあげるミラーナを奥のベッドへと放り投げた。  
「きゃあっ!?」  
 ようやく手が解放されたと思う間もなかった。  
 起き上がろうとしたミラーナの目に、周囲の闇よりも密度の濃いものが覆いかぶさってくる。  
「なに……をっ」  
 肩を強く押さえつけられ、ミラーナはわけがわからずもがいた。  
「暴れるんじゃないよ」  
 耳元でディランドゥの声がささやく。ミラーナは身の危険を感じて体をこわばらせた。  
「おまえは僕の妻になったんだよ。だから僕の好きにしていいんだ……」  
「勝手なことを言わないで! わたくしがいつ……!」  
「おまえが決めたことだ。おまえがここへ来たんだよ、ミラーナ……」  
「それは……それは、でも……っ」  
 叫ぶミラーナの唇の横に、何か熱くてぬめったものがぴちゃりと張り付いた。  
 
「え……っ、あっ」  
「おとなしくしておいで。でないと壊しちゃうよ、おまえもね……」  
「い……やっ、いやっ、やめ……っ」  
 それが彼の舌であることに気付いたのはすぐだった。  
 唇の横から顎へ、首筋へと移動するディランドゥの舌が、ざらざらとミラーナの肌の味を覚えていく。  
 ぞわぞわと這い上がる嫌悪感がミラーナに抵抗する勇気を与えた。  
「おやめなさい! こ……んなっ、ことっ」  
「――うるさいメスだね!」  
 金属音がしたかと思うと、ミラーナの全身に風が走った。  
「きゃ……っ!?」  
 なぶる空気の後に、衣服がはだけていくのがわかる。  
 胸元が裂け、下着とともに切り取られた布が左右に割れた。豊満な胸が揺れながら顔を出すのがわかっても、  
ミラーナは恐怖のあまりそれを隠す力さえ残っていない。  
「妻の仕事はなんだ? 夫である僕を慰めることだろう? 戦の前で気が昂ぶってる僕を、おまえがこうして……」  
「い……っ!」  
 やわらかな感触が胸元に当たったと思ったら、鋭い牙で切り裂かれた――ような痛みが走り、ミラーナは声を殺し、  
はっとする。――ディランドゥがミラーナの胸に歯を立てていた。  
「痛い! やめて! いやあああああっ!」  
「僕に逆らうからお仕置きしてるんだ……おまえの血の味は悪くないね……くくっ」  
 じわっと広がるものがある。ディランドゥに容赦なくかみつかれて皮膚が裂けたのがわかる。視界が闇で覆われている分、  
四肢の感覚が冴えわたっていた。  
 ディランドゥの舌が伸びて、それを丹念になめとる。ぴちゃぴちゃという水音と、ふたりの荒い息遣いが闇の中ではっきりと聞こえた。  
「お願い……」  
 ミラーナは知らずにすすり泣いていた。  
「お願いです、ディランドゥ……」  
「なんだい、おとなしく服従する覚悟ができたのかい?」  
 ディランドゥはミラーナの肉を乱暴につかみ、傷口から血が出るようにしてそこをひたすら吸っていた。  
乳飲み子か、吸血鬼か。そんなことはどちらでもよかった。  
「わたくし、男の方の肌を知らないの……」  
「あぁ?」  
 ミラーナはみじめな気持で続けた。  
「そんなことしないで……わたくしを、娼婦のように扱わないで……!」  
「ふん」  
 ディランドゥは顔をあげた。  
 両手をミラーナの顔の横につき、ただ涙を流しているミラーナの顔を見下ろす。  
「優しいのがお望みかい?」  
「ちが……う。わたくしは、愛する方としか、こういうことはしたくないの……!」  
「……ふ」  
 ディランドゥはそれを聞くと、肩を震わせた。  
 泣き続けるミラーナに顔を寄せる。  
「ふ、ふふ、ふはは、あはははははははははっ!」  
「!」  
 大声で笑われて、ミラーナはぎょっとしてディランドゥを見上げた。  
 ディランドゥはひとしきり笑うと、ぴたりと真顔になった。  
 不思議なことに、暗闇の中でも彼が今笑っていないのが、はっきりとわかった。  
「娼婦のような扱いをするなって?」  
「……!」  
「娼婦がどんな扱われ方をしているかも知らないで、口だけは一人前のつもりかい?」  
 鼻と鼻がくっつくほどの距離で、ディランドゥがすごむ。  
 ミラーナは痛みもわすれてごくりと息をのんだ。  
「僕がいつも女をひどく扱ってると思っているのかい?」  
「だ……って」  
 そうなんでしょう?  
 言いたい言葉が、なぜか出ない。  
 ミラーナは心臓が飛び出しそうなほどの動悸を抑えて次の言葉を待った。  
 
「僕は女が嫌いだ。だから触れることもしなかった」  
「え……」  
「でも僕は」  
 ディランドゥはミラーナの耳に唇をつける。ミラーナが身をすくませると同時に囁いた。  
 
「男が女に何をするかは、知ってる。この身体が覚えてるんだよ。恋人のように優しく」  
 
 ディランドゥの手がドレスのすそを手繰り寄せ、ミラーナの足の間に滑り込む。  
 
「あっ!」  
 ミラーナが慌てて足に力を入れる前に、ディランドゥの指が秘所へと侵入した。  
 
「そう……ここだ。ここを弄られると体が暴れるんだよ。網にかかった魚のように」  
 わずかに濡れていたそこに指を差し入れ、眠っていたつぼみを呼び覚ます。  
 電流が全身に走り、ミラーナが弓なりに跳ねた。  
「あ……! あぁっ!」  
「そう、優しくしてやるんだ。愛しい人に触れるように」  
「んあ……っ! あっ、あ……」  
 つぼみをいじられ、ミラーナはわけもわからずじたばたと暴れた。  
 ディランドゥは熱に浮かされたようにつぶやきながら行為をしているのに、ミラーナをがっちり拘束して離さない。  
 やがてとろとろと泉があふれ出すと、ミラーナは羞恥のあまり身をくねらせた。  
「これは……っ、あっ、ちが……!」  
「別に悦んでるわけじゃないんだ。だろう?」  
 ディランドゥは冷静だった。  
「体が勝手にそうなるんだ。自分を護るためだからね。仕方ないんだ。でも言われるんだよ。  
『感じてるからこうなってるんだろ』って……はは、何もわかっちゃいないんだ、やつら」  
 虚ろに笑うと、濡れた指先をぐっと奥へと突っ込んだ。  
 ぎちぎちに狭い入口に、指がずっぽりとおさまりぎゅうっと締め付ける。  
 ミラーナは激痛に大声をあげた。  
「痛い! やめて! 抜いて……!」  
「だろう? でも止めてくれないんだよ……」  
 ディランドゥはそう言うと、またミラーナにつけた傷口に舌を伸ばした。  
「止めるどころか、笑うんだ……もっと泣けって……そう、僕は娼婦だったんだ……それもとびきり酷い……」  
 ずっと、指が乱暴に引き抜かれた。内部の肉が指にまとわりついて、音を立てて離れた。痛くてたまらない。  
胸の傷にはディランドゥが吸いついている。じわじわとした痛みと、傷口からどくどくと脈が走っているのを感じる。  
 だめだ。これ以上されたら、死んでしまう……!  
「痛い……! ディランドゥ!」  
「!」  
 ミラーナの悲痛な叫びが、ディランドゥを我に返らせた。  
 ミラーナのすすり泣きが聞こえる。  
 ディランドゥは濡れた指先をわなわなと眼前に寄せ、がちがちと震えだした。  
「あ、ああ、あぁ……」  
「っく……、うぅ……」  
「あぁ、何を……僕は何を……」  
「……?」  
 泣いていたミラーナは、震えるディランドゥに気付き、重い体をのろのろと動かした。  
「違う……あれは僕じゃない……あれは……!」  
「ディ……」  
 おかしい。  
 この男が元からおかしいのはわかってる。  
 でもこれは、別の何かだ。  
 ミラーナはくじけそうになる自分を必死で奮い立たせた。  
 
 
 ――しっかりするのよ、ミラーナ。わたくしはこんなところで小さくなってる女じゃない。そうなるのが嫌だから、  
城を出たんじゃないの!  
 
「ディランドゥ。あなた、どこか――」  
 
 自分を襲った相手に声をかけるのは吐き気がするほど嫌だったが、今はこの状況をなんとかするしかない。  
 この男を落ち着かせなければ、この空中に浮かぶ要塞から叩き出されるかもしれないのだ。  
 破れた衣服を掻き合わせる。胸はディランドゥの唾液でまみれ、傷口からの出血と混ざってぬるぬるしているのが気持ち悪い。  
 それでも、不満を漏らしている余裕はなかった。  
 ガタガタ震えるディランドゥにそっと触れると、ばっと顔をあげたディランドゥがミラーナにのしかかってきた。  
「きゃあっ!」  
 ミラーナは咄嗟にディランドゥの腰元に手を伸ばし、剣をつないでいるベルトに触れた。  
 先ほどの剣があれば、どうにか最悪の事態は免れる!  
「いい加減に――!」  
「僕はいけない子なんかじゃない……」  
「え……?」  
「僕は言いつけを守ってるんだ……!」  
 ディランドゥは、ミラーナを抱きしめているというよりは、しがみついているように腕をからませていた。  
 ミラーナは困惑して、ベルトに手を伸ばすのをやめる。  
「ディランドゥ……?」  
 落ち着かせるように背中に手を当てると、ディランドゥはびくりとして、今初めて気付いたかのように体を離してミラーナを見つめた。  
「おまえ……」  
「……?」  
 しばらく、無言で見つめあった。  
「……あの」  
 やがて気まずさに耐え切れなくなり、ミラーナが口を開けると、唇に熱い息が吹きかけられるのを感じる。  
反射的に顔をそらそうとした瞬間だった。  
「ん……っ、ん……、んっ」  
 ベッドに押し付けるような形で、ディランドゥはミラーナの唇を奪った。  
 息を止めていたミラーナだったが、やがて苦しくなって強引に顔を横へ向ける。だがディランドゥは回り込んで、  
更に熱く唇を重ねてきた。強引に舌をねじこみ、歯の裏側まで丹念になめまわす。ミラーナの舌をなぞり、ぴちゃぴちゃと絡ませた。  
「あ……っ、はぁっ、ん……」  
 時折顔を放し、銀色の糸がぴんと張り詰める。ディランドゥはそれごと再度唇を寄せてくる。ミラーナの舌を音を立てて吸い上げ、  
唇の肉を甘く噛み、ミラーナの吐息も含めた全てを吸いつくした。  
 両手はディランドゥに強く掴まれたままだ。最初は抵抗していたミラーナも、先ほどとは違う、いじめるための行為ではない、  
すがるような、何かに急ぐようなディランドゥの行為に、次第に力が抜けて行った。  
 無理やり指を入れられた箇所がじんわりと熱い。何も入っていないのに、花弁が震えてきゅうきゅうと締まる。  
 胸が痛くて苦しい。噛まれた箇所が、どくどくと脈打つ。  
 ミラーナは知らずに舌を伸ばし、顔を近づけていた。  
「ん…………う、ふ、あ……っ」  
 涎でまみれた顔中がぬるぬると滑る。舌が相手の口から抜けて、ずるりと頬を這う。その熱すら刺激となって、  
ミラーナは自然と両足をディランドゥに絡ませた。腰がうねり、更に体を寄せていく。  
 ディランドゥの猛りが布越しから伝わると、ミラーナはぞくんと震え、更にディランドゥに足を絡ませた。  
「は……っ、いいのかい、お姫様」  
 息を荒げながら、ディランドゥは笑った。  
「好きな男を追いかけてここまで来たんじゃなかったのかい?」  
「!」  
 ミラーナはざっと血の気が引いた。  
 
 
 何をしてるの!?  
 
 
 こんな莫迦な女はいない!  
 ミラーナはショックのあまり呆然となった。  
「いいよ。おまえが欲しがってるものをあげよう」  
「ま……待って!」  
「今更待てると思うかい?」  
 ディランドゥは上体を起こし、逃げようとするミラーナを膝で押さえつけながら、布越しからでも十分にわかるそれを、  
取りだそうとした。  
「待――」  
 
 
 その時、扉を叩く音がした。  
 
「ディランドゥ様。竜が!」  
「ふん」  
 部下の声に、ディランドゥは興醒めしたような声を出した。  
 ゆっくりとミラーナの上からどき、ベッドから降りる。  
「続きは帰ってからだ」  
「あぁ……っ」  
 ミラーナはがくがくと震え、己を抱きしめていた。  
「この分だと、僕らはいい夫婦になりそうじゃないか。おまえもまんざらでもないようだしね」  
「違う……!」  
「僕はどっちでもいいけど。おまえの心など、もとから興味はないからね」  
「!」  
 きっと顔をあげるミラーナは、ようやく目が闇に慣れてきたことに気付いた。  
 闇の中で浮かぶシルエットが、じっとこちらを見つめている。  
「……」  
 息をひそめていると、影がぐっと近づいた。  
 
 
「でも心も手に入れられたら、面白くなりそうだよ」  
 
 
 
 肩を抱き寄せられ、身構える。  
 
 
「捨てる時のおまえの顔が、今から楽しみだ」  
 
 
 そう言い残して、ディランドゥは去って行った。  
 扉が開けられた瞬間差し込む光にミラーナは目を背ける。  
 残された言葉は残酷であったのに、何故額に触れたのだろう。優しい唇で。  
 
「どうして……」  
 
 ミラーナは問わずに居られない。  
 
 何故、アレンのことが頭から離れたのだろう。嫌いな、恐ろしい男に触れられている間に。  
 
 
「……どうして……」  
 
 何故、光の中で振り返った彼が、  
 
 ――優しく微笑んだように見えたのだろう。  
 

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