今思えば、あれは恋と呼べるような、綺麗なものだっただろうか。  
 ひとみはアレンの腕の中で、ぼんやりと考えていた。  
 
 ガイアに来てから随分経つ。  
 天空の騎士アレンと出会ってから感じる胸の高鳴りは、天野先輩へ抱いていたものとは違うような気がしていた。  
 
「ひとみ?」  
 黙りこくるひとみを心配して、アレンが優しく声をかけてくれる。ひとみはすぐに顔をあげ、なんでもないと首を振った。  
「私の腕の中で、誰のことを考えていたのかな」  
「そんな……」  
 目を泳がせると、アレンはふっと笑った。  
「何も考えられなくしてあげようか」  
「えっ? あ、アレンさ……」  
 視界がぐるりと反転した。月明かり差し込む窓。書物の詰まった本棚。背中に感じるベッドのシーツ。  
 ぱらぱらと降ってくる、金色の――…  
 
 
『神崎……』  
 
 
 近づいてくるアレンの顔に、重なるものがあった。  
 夢中で手を伸ばして首に抱きつこうとすると、決まってあの人はやんわりとそれを制し、ひとみの太ももをさらりと撫でるのだ。  
 身をすくませた隙に、端正な顔は撫でた部分に顔を寄せ、熱い唇をそっと落とした。  
 
『どうして、キスしてくれないんですか』  
 ぞくぞくと震えながら、ひとみは訴えた。  
 彼はひとみの胸に顔を埋め、泉の中を指でかきまわしながら、意地悪く、官能的な声で囁いた。  
 
『俺はね、神埼を焦らすのが楽しくて仕方ないんだ。だって知ってるか? 今の神埼、すごく……』  
『ひぁっ!?』  
 
 膨らみ始めた花の芯をぎゅっとつままれて、ひとみは悲鳴をあげた。慌ててその口を手で覆いながら、彼はくつくつと笑う。  
 
『すごく、いやらしい顔してる……』  
 
 答えになってないよ、先輩。  
 どうして?  
 ねえ、どうしてなの……?  
 
「また、誰かのこと考えてる?」  
「あ……」  
 
 いつの間にか、囁いても充分に聞こえる距離まで、アレンの顔が迫っていた。  
 そうだ。ここは地球じゃない。先輩に何度も弄ばれた、放課後の保健室じゃない。  
 アレンさんの、部屋だ――  
 
「そうやって目の前にいるのにどこかへ行ってしまわれると、私はとても不安になるよ。  
 昔からそうなんだ。私が愛する女性は、いつも遠くへ行ってしまう……」  
 アレンはそうつぶやくと、そっと唇を重ねてきた。  
 雨の中、橋の上で見つめあい、抱き合い、初めてキスをしたことを思い出す。  
 先輩はくれなかったキスを、彼はくれた。愛情と共に。  
 そうして雨に打たれた体を寄せ合いながら、ふたりは当たり前のようにアレンの部屋まで来たのだ。  
「君まで消えないでくれ。ひとみ」  
「アレンさん……」  
「君を愛している」  
 吐息と共に吐き出された甘美な言葉に、ひとみは酔いしれた。  
「あたしも、好きです。アレンさんのこと……」  
「では、その誓いを」  
 アレンはひとみの手を取り、指の先に口付ける。  
 ひとみがぽっと頬を染めるのを横目で見ると、含み笑いをしてから、その指に舌を伸ばしてきた。  
「え!?」  
 ひとみが驚いて手を引っ込めようとしたが、  
 アレンは固くひとみの手を握り締め、指を舐めるのをやめなかった。  
 先端から根元まで、ねっとりと舌を這わせ、わざと見せ付けるようにくちゅりと音をさせる。  
 ひとみが起き上がろうとすると、素早く唇を重ねた。  
「ん……っ」  
 潤った舌がぬるりと侵入してきた。息が荒くなり、呼吸をするため自然と舌を受け入れる形で唇を開くと、  
そこへどっと唾液が流れ込んできた。  
「んく、んぅっ、ん……」  
 驚いてそれを飲み下すと、アレンは起き上がり、糸を引いてひとみから顔を離した。  
「は、はぁっ、はぁ……」  
「ひとみ……」  
 アレンはひとみを抱き寄せ、服の下から手を入れる。雨で塗れた半乾きの制服は重かった。ひとみは慌てて言った。  
「あたし、脱ぎますっ。だ、だから向こう向いてて下さいっ」  
 アレンはきょとんとした後、にこりと笑った。  
「君のきれいな体をいつまでも見ていたいね」  
「え!? あぁああの、でもその」  
「それに、待てそうにない」  
 アレンは制服の上を強引にたくしあげると、下着に覆われた双丘に目を注いだ。  
 ひとみがますます恥ずかしくなって身をよじろうとしても、力には敵わない。  
「綺麗な形だ。……初めてかい?」  
「!」  
 恐らく、アレンはひとみが経験がないものと分かっていてそんなことを訊ねたに違いなかった。  
 ひとみはそんなアレンの意思とは反対に息を呑み、わずかにうつむく。  
 アレンは知らず、頭の芯が焼け付くような、ジリリとした痛みを感じ、  
 制服をそのまま上へ引っ張り上げ、再度ひとみを押し倒した。  
 
「きゃあっ!?」  
 どさりと倒れ、丸まった制服は両腕に縫いとめられた。雨に塗れたそれは、簡易な拘束具に近かった。  
 アレンは下着をずりおろし、その弾みで揺れる柔らかなふくらみに手を当て、硬くなった先端へ唇を寄せ、含む。  
「あっ、アレンさんっ」  
 ひとみが喘ぐ。舌で先端を転がすようにしてやると、ひとみの腰がじれったそうに左右に揺れた。  
 スカートの中に手を入れると、すでに雨ではない粘着質な液が指先に流れた。  
「君が考えていた男は……」  
 嫉妬のあまり、声が低くなっていることにアレンは気づいていなかった。  
 あまりにも濡れているため肌の色が透けるほどになっている下着の上から、アレンはやや強引に指を差しいれる。  
 つぷんと簡単に入った更に先を行こうとすれば、案外抵抗なく、指は第二関節までずっぽりと収まった。  
「あぁぁああっ、あぁんっ」  
「君の体を、こんなにしたのか」  
 悶えるひとみを仇の様に見下ろすと、アレンは素早く服を脱いだ。飛び出てくる怒張に手を添え何度かしごくと、  
 ふと思いついたように、先ほど自分が唾液で汚したひとみの手をつかみ、それに触れさせる。  
 片方の手はすでに使い物にならない下着を足首にまでおろしていた。茂みをかきわけ、泉を探り当てると、  
 膨れ上がる蕾をこねくりまわす。  
 背筋に電流が一気に流れ、ひとみは嬌声をあげた。  
「は、あぁあっ、ん、あ!」  
「面白くないものだね。君の体を知っている男がいるというのは」  
 淡々と言いながらも、ひとみに自身を握らせる。  
 引っ張り上げられ、片手を背中の後ろに置いたまま、  
 ひとみは促されるまま濡れた手を上下に動かした。  
 ぬるぬるとした手の動きは少々ぎこちなく、時折小指の爪が引っかかった。  
 そのわずかな刺激がアレンの息を荒げさせる。  
 ひとみの体を抱き寄せ、更に密着させる。ぐちゅんと水音をさせ、茂みの奥を更に指が進むたび、  
 ひとみはぎゅうっと怒張を握り締めた。  
「ん……っ」  
 思わず達してしまいそうになり、アレンは咄嗟にひとみの頭をつかむとぐいぐいと肉棒に押し付けた。  
 ひとみは背中の後ろに置いていた手を放し、両手でアレンのモノを包むと、大した抵抗も見せずにそれを口に含んだ。  
 その手馴れた所作が憎らしかった。幻の月で、何度ひとみは知らない男のものをくわえたのだろう?  
 そんなことがよぎり、アレンはぐっとひとみの頭を押さえ、一気に放出した。  
「んぶっ、う、うううっ、う……っ」  
 思っていたより量があったようだ。そういえば、自身で慰めることをやめてから、どれ程経っていただろうか。  
 ひとみは口の端から零れ出る液を、必死で手で拭おうとしていた。全て飲めとでも言われていた名残だろうか?  
 そんな些細なことにすら、我を失いそうだった。  
 アレンはひとみの頭から手をどけ、朦朧とするひとみの腰を抱いた。  
 口の中のものを必死で飲む下そうとするひとみの顔は、妙に官能をそそられる。この顔も見たのだろうか。  
 男なら誰でも欲情しそうになる、このいやらしい顔を。  
 つかんだ腰を持ち上げて、未だそそりたつ怒張の上にあてがった。  
 ごくりと喉が鳴り、嚥下したひとみは口を押さえていたが、アレンがしようとしていることを知り、  
 ややためらいがちに、両手をアレンの肩に乗せる。  
「……幻の月に、男がいる?」  
 入れる前に、アレンは聞いた。  
 ひとみはわずかに目を見開いたが、ふるふると首を振った。  
「もう、忘れました」  
 君は悪魔のようだ。  
 アレンは自嘲気味に微笑んだ。  
「私の中に、閉じ込めてあげるよ」  
 天使のように柔らかく微笑んで。  
 
「ああああああああああああっ!!」  
 一気に根元まで押し込んだ。  
 
 肩に置いた手が強く握られて、爪が皮膚に食い込んでくる。  
 いっそ押し倒して欲望のままに腰を動かし続けたほうがどんなに楽か分からなかった。  
 だがアレンは、ひとみの腰と尻をモノのように掴んで、前後左右に揺さぶった。  
 めちゃくちゃに揺れる肉の塊に歯を立て、その度に降ってくる悲鳴を聞くと更に煽られ、  
 やめるどころかますます強く噛み付いてしまう。  
「やあああっ! 痛いっ! 痛い……っ!」  
 のけぞって叫ぶひとみの声が、言葉が、アレンには何より嬉しかった。  
 
 痛がればいい。処女のように。  
 初めて君を抱いたのは、私なのだから。  
 
 自分でもおかしいと思うのに、止めることができないでいた。  
 ろくでなしの父親は、幻の月の女に囚われ、あげく妻を愛しているとのたまった。  
 最後の最後で救われた母親は死んだ。  
 妹は神隠しに会い、想い人はフレイドの王のものになり、愛を与えて死んだ。  
 ……どうして正気を保てて居られるか?  
 ようやく手に入れた、愛する女。  
 とっくに他の男のものになっていようが、もう関係ない。  
「逃がさない……っ」  
 じわりとにじんでくるものに吸い付くと、血の味がした。  
 アレンは乳飲み子のようにそれにむしゃぶりつく。音を立て、更にひとみの腰を強く揺さぶる。  
「アレンさんっ、アレン……っ」  
 ぎゅうっと、ひとみの中が締まる。ひとみのほうが、アレンを逃がさないとでも言うように。  
 アレンは笑って顔を離すと、半分意識のないひとみの顔をうっとりと眺めた。  
 
「私の鳥かごに閉じ込めてあげよう。……永遠に」  
 
 ひとみの両膝の裏に手を差し入れ、どさりと倒れこむ。  
 汗にまみれたひとみの体が、夜空の月の光を浴びて、てらてらとしていた。  
 アレンは一度だけ顔に張り付いた髪をどけると、ひゅっと息を吸い込み、力の限りの律動を繰り返した。  
 
「あっ、あ、ああ、あ、あ」  
 揺れるたびに声が漏れ、ギシギシとベッドが揺れる。息ができない。目の前で火花が散る。  
 あの人はこんな風にしてくれなかった。  
 後ろからするのが好きだと言って、顔をあんまり見てくれなかった。歯止めが利かなくなるからと。  
 それでよかったのに。我を忘れるほど、求めて欲しかったのに。  
 これは正統なお付き合いじゃない。  
 放課後の保健室の、エッチなお遊び。  
 そんな関係から脱したかった。  
 だから、なんでもした。  
 口でするのも、あんまり好きじゃないけど我慢した。全部飲み干せといわれたら、言われたようにした。  
 卑猥な言葉も、命令されるまま口にした。恥ずかしくてうつむくと、それがヤバイと言って、無理やり入ってきたこともあった。  
 それでも、キスだけはしてくれなかった。  
 だから、あの時。  
 
 ――あたしのファーストキス、お願いします!  
 
 ひとみは頭の中が真っ白になる寸前、両腕を伸ばした。  
 金の髪がそよいで、パラパラと降ってくる。  
「ひとみ……っ」  
 どくん、と中のものが波打った後、目の前の人は名を呼び、唇を求めた。  
 まだ口の中に残るものがあるのにも構わずに、夢中で舌を入れてくる。  
 ああ……  
 それを必死で受け入れながら、ひとみは安堵の息を洩らした。  
 それすらも飲み込む勢いで求めてくるこの人を。  
 
 もう一生、放してはいけないと思った。  
 
「平気か……?」  
 互いに汗の臭いがする身体を寄せ合っていると、アレンが心配そうに囁いてきた。  
 ひとみはこくんとうなずいて、アレンの胸に頬を寄せる。  
「すごく、嬉しかった……」  
 涙がにじむ。  
 スンと鼻をすすると、アレンは少々気まずそうに更に言った。  
「ひとみ」  
「? はい」  
「私のこの質問には、いくつか意味がある」  
「……はい」  
 目じりを拭いながら顔を上げると、アレンは見たこともないような、少年のような顔で笑っていた。  
「ひとつめは、君にかなり無茶をさせてしまったことは平気か? という意味」  
「あ、はい。あの、あたし、平気です」  
 真っ赤になって挙動不審になるひとみを見下ろし、アレンは目を細める。  
「ふたつめは」  
 涙を拭ったひとみの手を取り、頬に当てた。  
「君に結婚の約束をしても平気か? という意味」  
「え!?」  
 手の平にそっと口付けると、アレンは起き上がった。  
 くしゃくしゃになった金の髪。汗に光る身体が月光に浮かび上がる。  
 ひとみも自然に上体を起こしながら、なんて美しいひとだろうと呆然と思った。  
 何故このひとを、あのひとと似ているなどと思ったのだろうか。  
「天空の騎士、アレン・シェザールは」  
 ひとみの手を取ったまま、アレンはまっすぐにひとみを見つめた。  
「神崎ひとみを、生涯この命に代えても守り抜くと誓う」  
「アレンさん……!」  
「だから君には、帰って欲しくないんだ」  
 アレンはそう言って、手の甲に口付ける。  
 そこから伝わるアレンの心が、ひとみの全身に甘く浸透していく。  
「みっつめは、故郷を捨てることになるが、平気か? という意味」  
「あ、の」  
 戸惑いが手から伝わってくる。  
 それでも、逃がさない。  
「最後は」  
 ひとみを抱きしめ、耳元で囁いた。  
「君の返事は聞かないが、平気か? という意味」  
 
 
 
 
 
終わり  
 
 

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