ひとみが幻の月に帰ってから、3年の月日が流れようとしていた。  
商業国家アストリア王国の第3王女にして第1王位継承者・ミラーナ・アストン。  
彼女はドライデン・ファッサとの婚約を解消した後も、独り身でいる。  
時に怪我人のために自ら足を運んだり、下町へ出て人々と触れ合ったりと、国民からも絶大な支持を受ける彼女だったが、  
それでも、誰とも結婚しようとしない。  
「待ってるの?」  
ミラーナの姉、エリーズが、そんな妹に声をかけたとき、窓を大きく開け放した部屋で、紅茶を飲んでいたミラーナはふふっと笑うのだ。  
「いいえ、お姉様。わたくしは、待ってなどいないのよ」  
「では、何故? 先日も、あなたにお話を持ってきた方を、笑顔で追い返したと聞いているけれど」  
「だって、心に決めた方がいるのに、他の殿方と会うなんて、できやしないわ」  
「やっぱり、待ってるんじゃないの」  
「いいえ」  
ミラーナは立ち上がり、金の髪を日に輝かせながら、歌うように、寂しそうに言う。  
「あの人は言ったわ。わたくしにふさわしい男になるって。  
 わたくし、待ってるとは限らないと言い返したの。だから、待ってなどいないのよ」  
「でも…」  
「わたくしもね、あの人にふさわしい女性になりたいと思っているのよ」  
「ミラーナ…」  
振り返った妹の、なんと美しくも儚げな笑顔であったことだろう。  
実の妹のまぶしい笑顔に、エリーズは目を細める。  
「誰かがわたくしを幸せにしてくれる…ふふ、いつもそうだった。だから皆、わたくしから去ってしまうのよ。  
 だからね、もうそんなことは思わないようにしたの。  
 あの人にふさわしい自分になれるように。  
 わたくしには、もう身を飾る宝石など必要ないのよ。わたくし自身が、あの人を輝かす宝石になればいいのだと、  
 …ようやく気づいたの」  
身につける装飾品は、胸元に光る大粒のロケット。それだけでいい。  
人の心は変わる物だ。  
保身しか考えなかった、彼の心を考えなかった自分に、彼はまた「愛してる」と言ってくれるだろうか。  
いいや、もうそんなことを思うのはやめにする。  
ひたむきに自分を思ってくれた彼への思いに気づくには、あまりにも遅すぎた。  
彼は今も、商人としてガイアを駆け回り、一段と素敵な人になっているに違いない。  
その彼にふさわしい自分になるために、もう過去を振り返ることはしない。  
 
そんなある日、ドライデンの乗る飛空挺が近々王宮に立ち寄るという情報が舞い込んできた。  
彼は戦争で家や家族を失った民たちを率いて街の再建に努めており、滅亡したザイバッハの知識を吸収し、  
商人としての力をますます広めているのだということは、ガイア中に広まっていた。  
「ドライデンが…!」  
ミラーナの脳裏にありありと蘇る彼の姿。  
長髪に、わずかに残ったあごひげに、丸めがね。  
口調も相変わらずだろうか。自分以外の美しい女性に、またあの気障な台詞で囁いているのだろうか。  
ミラーナはそれを思うと小さく吐息をついた。  
ガイアは広い。きっと色んな見目麗しい女性が、彼の前で魅惑的に微笑んでいたに違いない。  
そんな彼女らに、今の自分は対抗できるだろうか?  
王女としてではなく、ひとりの女として、彼女らに劣らぬ自分でいられるだろうか…?  
ドライデンが到着する当日。  
ミラーナは念入りに化粧をし、服選びに没頭し、久しく使っていなかった宝石箱に手をかけた。  
「……」  
しばらく黙り、わずかに首を振る。  
ありのままの自分を見てもらおう。  
あなたの隣で充分に輝ける女であるには、もう宝石なんか、いらないのだ。  
 
 
「ミラーナ!」  
応接間に着くと、待ちかねたといわんばかりの勢いで、男が飛び出してきた。  
あまりにも唐突過ぎて、彼の腕の中にいるのだということを理解するのに少し時間がかかる。  
日のにおいと、わずかに鼻につく酒のにおい。力強い腕の太さ。頬から感じる胸の鼓動。  
「なあ、ドキドキしてるだろ…?」  
最初に会ったとき、手をつかまれて、胸に押し付けながら、言われた言葉を思い出す。  
ミラーナは目頭が熱くなるのを何とか抑えながら、彼が変わらないでいてくれてよかったと、どこかで安堵していた。  
「ああ、感極まって抱きしめちまった」  
男はそう言って、笑いながらミラーナから身体を離す。両肩に手を乗せぐっとつかみ、まじまじとミラーナの顔を眺めた。  
ドライデン・ファッサ。  
ミラーナも彼の顔をじっと見つめる。  
少し頬がこけた気がする。浅黒い肌はそのままだ。伸びた髪も、あごのひげも…丸めがねから覗く少し垂れ目の瞳。  
3年前と変わらない。だけどどこかが確実に変わっている。  
そうだ、彼には溢れんばかりの自信が、身体から漲っている。  
王ではなく、商人として生きることを選んだ彼の選択が正しかったことを、彼はその身ひとつで、ミラーナに証明しているのだ。  
 
「どうだ? ますます、いい男になっただろ?」  
低く囁くように、ドライデンはウインクしながら言う。  
この声とマスクで、今までたくさんの女たちを虜にしてきたのだろうことは容易に想像がつくが、悔しいから、自分だけははまってやらない。  
ミラーナは首を傾げた。  
「どうかしら? あなた、ちっとも変わっていないのですもの。わたくし、ちょっぴり安心しましたわ」  
「お姫様も相変わらず、きっついねえ」  
ドライデンは笑って、ミラーナの肩から手を放した。  
「ドライデン…あなたの活躍は、王宮にも届いていますわ。わたくしも、自分のことのように、嬉しく感じています」  
「そうか? あんたがそう思ってくれているなら、俺も嬉しいよ」  
「街は今、どんな感じになっていますか?」  
「着々と、復興に向けて進んでるよ。いいねえ、民たちが自分たちで街を生き返らせていく姿を見るのってのはさ!  
 俺の売り出す品々や、俺の持つ知識が彼らの動きを高めていく。これだから商人ってのはやめられねえ。  
 金を稼ぐことなんかより、俺にはよっぽど貴重なもんよ」  
「…そうですか」  
ミラーナはまつげを伏せた。  
エリーズが、かつてもらした言葉を思い出す。  
「夢を追う男を愛するということは、女にとって惨めなもの。  
 男は前ばかりを見て、隣の女を見ようともしない。  
 女の悲しい所は、それでも男を愛さずにはいられないということよ。  
 わたくしはね、ミラーナ。政略結婚が、女にとって必ずしも悪いことだとは思わないの。  
 王族という鎖で縛り付けておけば、少なくとも愛する人は高く飛ぶことはできない。  
 たとえ愛してくれなくても、ただそばにいてくれるだけでいいと思えるなら、それが一番いいことなのよ。  
 だってそうでしょう? 泣くのはいつも、女なのだから」  
アレン・シェザール。  
天空の騎士と誉れ高い美貌の青年。  
彼に恋をした女は数知れず、その中にミラーナ三姉妹も含まれていた。  
アレンの心を射止めたのは今は亡き長女マレーネ。  
アレンの心が未だマレーネの元にあることを知っていて、それでも妹たちは彼を愛した。  
その心を手放した今のミラーナには、エリーズの心が痛いほど見えてしまう。  
エリーズは今も、アレンを愛しているのだ。  
だが天空の騎士は今やセレナという失くした家族を得てしまい、恐らく他の女性を愛するということは、当分出来ないだろう。  
彼を天空の騎士という地位で縛り付けておくことは、最早叶わないのだ。  
それと同じように、ドライデンを、自分につなぎとめておくことは、不可能なことなのだと、ミラーナは悟った。  
彼もまた、自由人だった。  
ひとつの所に留まれず、生涯かけて、自分のために生きていく。  
そんな彼から、かつて惜しみない愛を一身に受けていたなんて、今では信じられないことだ。  
彼はミラーナを愛する心を手放して、本当に自由となった。  
彼を愛しているのなら、彼のしたいようにさせるべきだ。自分のわがままで、今の彼を束縛することはできない。  
誰かが幸せにしてくれる。  
そんな幻想にしがみついていた報いだ。  
「そなたにいつも、海龍神ジェチアのご加護があらんことを」  
 
ミラーナは微笑んだ。心からの言葉を贈る。  
「…ミラーナ?」  
「会えて嬉しかったわ、ドライデン」  
自分の感情を表に出さない訓練は、幼少時からしてきた。  
けれど、今の自分には、これが精一杯だった。  
彼の中に、もう自分がいないことを知った。  
醜い感情を知られるわけにはいかなかった。  
彼のためにと施した化粧も、ドレスも、何も意味をなさなかった。  
彼は簡単な事務処理などをして、すぐにまたどこかへ行くのだろう。  
せめて見送れるまでには立ち直らなければ。  
自分を磨いてきたつもりだった。  
彼にふさわしい女になりたかった。  
…どうしてそんな、滑稽じみたことを思っていたのだろう。  
ようやく会えたというのに、立派になってしまったドライデンに比べて見劣りしてしまう自分が恥ずかしくて、  
ミラーナは自室に逃げ込んだ。  
どうしてこんなに惨めな思いになっているのか、自分自身がわからなかった。  
こんなとき、ひとみがいれば、占ってもらえただろうか。  
…いや、あの時もそうだった。  
ひとみの気持ちも考えないで、無理を言って占ってもらって、結果、ひとみは自分を酷く責めることになった。  
もう誰をも頼ってはならない。  
ドアにカギをかけ、ベッドに身を投げ出して、ミラーナは泣いた。  
…悔しかった。  
本当は、本当は抱きしめてもらってから、言ってほしかった。  
あのときよりずっと綺麗になったって。  
変わらず愛していると、言ってほしかった。  
おこがましいにも程がある。  
わかっているのに、止められない。  
彼の愛は自分だけのものだと、ずっとうぬぼれていた。  
彼の愛は、仕事へ向いている。  
それに自分の入る余地はないのだと気づいて、ミラーナは声をあげて泣いた。  
 
しばらく泣いて、そのまま眠ってしまったらしい。  
まぶたに感じる闇が濃くなったことに気づいて、泣きはらしたまぶたを持ち上げる。  
窓からは星明りが見えて、ミラーナはいけないと声に出しながら起き上がった。  
「ようやく起きたか、お姫さん」  
「きゃあっ!?」  
暗がりの中、突然声がして、ミラーナは飛び上がって驚いた。  
明かりもつけない部屋の中、見覚えのあるシルエットが、じっと自分を見ていることに気づく。  
「…誰?」  
「やれやれ。あんたの心に残るには、もっといい男にならないといけないようだな?」  
「ドライデン!? …どうして」  
まさかと思って聞いたのだが、やはりドライデンだったことに気づいて、ミラーナはかあっと真っ赤になった。  
「あんたがいきなり出て行っちまうから…心配したんだよ」  
「それは…ごめんなさい。わたくし、混乱してしまって…」  
ベッドの上で、縮こまる。考えてみれば、非礼にも程がある態度を取ってしまったのだ。何を言われても弁解できない。  
「混乱? どうして」  
「いえ…つまらないことです。わたくしは、もう大丈夫」  
「…大丈夫なもんかよ…」  
影が伸び上がり、覆いかぶさってきた。身構えることなく、抱きしめられる。  
ぎしっとベッドが軋み、視界が反転した。  
 
「この3年…俺がどんな思いで、毎晩あんたを思い出していたか、わかるか…?」  
「ドライデン!?」  
「あんたが他の男を見つめていたときも、俺は何もしなかった。  
 国のために結婚を承諾してくれたことも知ってたさ。それでも、あんたが俺のものになるなら、俺は全然かまわなかった」  
押し倒され、顔の両脇に大きな手がベッドの中に沈んでいる。  
丸めがねが星の明かりをうけて、ちらちらと輝いている。…いや、この輝きは、彼の瞳のものだ。  
「だけど、あんたにふさわしい男になるには、今のままじゃダメだって気づいた。  
 こんなに綺麗なあんたを…俺がどんな気持ちで手放したか…」  
すっと、頬に手が添えられる。決して綺麗な手ではなかった。商人として生きてきた男の手。様々なものをその手につかんできた彼の手が、  
壊れ物に触るように、ミラーナの頬を撫ぜている。  
「ようやく手に入れにきたのに、まさか逃げられるなんてな…」  
「ち、違うのっ! わたくしは」  
「言ったろ、俺は、ほしいもんは、絶対…」  
言いながら、瞳が近づいてくる。  
ミラーナは慌てて口を開く。違う。逃げたのは、あなたの前にいる自分が。  
言葉を発する前に、ふさがれる。  
「ん…っ!」  
婚約の儀で交わした軽い口付けとは違っていた。  
食べつくされる――そう思わせるほど、激しく奪われる。  
息苦しくて、ドライデンの肩に手を置き、押しのけようとする。そのわずかな抵抗が、彼の行動に拍車をかけた。  
挿れていた舌を深くする。柔らかなミラーナの舌に絡ませて、唾液をすする。淫らな水音が、室内に響く。  
「んは…っ、は、はあっ」  
存分に味わいつくしてから、ようやくドライデンは顔を離す。ミラーナは慌てて酸素を求めた。  
「俺はまだ、あんたにふさわしい男じゃないのか?」  
「ドライ…デ」  
大きく上下する胸の膨らみが、ドライデンを誘っている。そこに手を這わせると、びくんとミラーナが反応した。  
「まだ…あの男が気にかかるのか」  
「ち…っ、違うわ、ドライデン、聞いて…!」  
か細い声で叫ぶミラーナの背に手を回し、ホックに手をかける。髪が引っかからないよう注意して、一気に下に下げた。  
「俺にしては、待った方だ。だけどもう、あんたをものにするのに躊躇はしねえよ」  
抵抗する四肢をやんわりと押さえ、ドレスをするりと脱がす。途端に目に飛び込んでくる、真っ白なミラーナの身体が、  
明かりもないのに白く発光しているように思えた。  
「全く…俺が美しいものに目がないってことを、神様はよくご存知だ」  
「ドライデン…!」  
「どうしてこんなに綺麗なんだ? あんたがこんなに綺麗じゃなきゃ…俺は…」  
舌を出し、頬をなめる。女神でも天使でもなんでもいい。目の前の綺麗なひと。  
耳たぶを甘噛みし、首筋にキスを。  
「あ…っ」  
甲高い声をあげるのは、そう、ミラーナだ。この世でこんなに美しいのは、この女しかいない。  
 
ちゃらりと音がして、舌に何かが触れた。  
「…?」  
手に取ると、それはペンダントの鎖だった。ロケットが鎖の上をわずかに移動する。  
「…大切な人の写真でも入れてるのか?」  
自嘲気味に言い、ミラーナの制止の声も聞かずに開く。  
途端にそこから転がり落ちたのは、何であろう、ふたつのリングだった。  
ミラーナの腹の上に音もなく落ち、鈍い光を放つそれには、見覚えがあった。  
「…こいつは…」  
つまみあげる。  
ふさわしい男になると言い残し、彼女に預けたもの。…もう二度と、見ることはないかもしれないと思っていたものだった。  
豊かな胸を揺らして、ミラーナが起き上がった。  
「ずっと、持ってたのか…?」  
「ええ、そうよ」  
ミラーナは、大きな瞳を涙でいっぱいにした。  
「待つなんて、言わなかった。ええ、待つものですか。今度はわたくしが、あなたを追うのだと、ずっと思ってきたんだもの。  
 でもあなたに会って思ったわ。あなたは商人として生きていく人だから、もうわたくしは必要ないんだって。  
 あなたの中に、わたくしはもういないんだって…!」  
そう言って肩を震わせるミラーナを、ドライデンはじっと見ていた。  
「忘れたか…?」  
そう言って、ミラーナの左手を取る。薬指を持ち上げて、そこに熱く唇を乗せた。  
「俺はあんたを愛してるって」  
「ドライデン…だけど…」  
「待った」  
ドライデンは、リングをベッドの端にことりと置き、手早く自分の衣服を脱ぎ捨てた。  
「あんたにゃわからんかもしれんけど、俺ぁ今、あんたがほしくて仕方ない。色々なことを話すのは、もう少し後にしようぜ」  
 
わずかに震える肩を抱き寄せた。  
暗くてよかったとつぶやく唇が愛しくて、ついばむようにキスをする。  
肩から背へと手を這わすと、ミラーナは身体をくねらせて、その手から逃れようとする。  
背に回した手に力を入れ、またゆっくりと押し倒す。カチリとめがねを外して、そのまま放り捨てた。  
金の髪を散らせて、目の前に息づく女神の顔が、緊張のあまりどこか引きつって見える。  
「本当に、綺麗だ」  
「…それは、あなたの本心?」  
ミラーナがわずかに眉をひそめた。  
「当たり前だろ?」  
「でも、真っ先に言っては下さらなかったわ」  
唇をとがらせて、横を向く。  
何のことだろうと思い、ようやく気づいた。  
仕事の話ばかりして、より美しくなったミラーナのことには一言も触れずに居たことを、彼女は気にしているのだ。  
ドライデンは盛大に笑い出し、目を丸くしているミラーナに顔を近づけた。  
「女ってのは、どうして言葉がないと、不安がるのかねえ」  
「わ、笑うことないでしょう!?」  
むっとして向き直るミラーナに口付ける。手におさめても入りきらない豊満な胸を、片手でつかんだ。  
「んっ」  
くぐもった声をあげるミラーナの悲鳴ごと封じ込め、手の中の肉を弄ぶ。  
手のひらに吸い付いて、その中心である頂を親指で弾くようにしてやると、ほどなくして固くしこりだした。  
「しつこいくらいに言ってやるぜ。あんたは綺麗だって…」  
「やっ、何も、こんな時…に、ぁあっ」  
わざと音を立てて、頂を口に含む。そのまま引っ張るようにして、むしゃぶりついた。  
濃厚な土のような、男のかおりに、甘い蜜のような女のかおり。  
ふたりは互いのにおいに酔いしれ、溶け合うように互いの身体をまさぐった。  
浅黒い肌に、真白な身体が絡みつく。  
執拗に胸に吸い付きながら、ドライデンの手が湿り気を帯び始めたミラーナの秘所へと伸びた。  
「やぁっ……あ、あ、ん…っ」  
否定とも肯定とも取れる嬌声が耳を打つ。  
「あんたは声も綺麗だ…」  
「ふ……っ」  
耳元で囁けば、羞恥に身をそめるミラーナは声を殺そうと、ドライデンの肩に唇を寄せる。  
そのわずかな刺激も、ドライデンの雄には充分すぎるものだった。  
花弁を広げ、指でこすりあげる。  
「ふあ…っ、あっ」  
それに反応して、ミラーナが声をあげ、腰を摺り寄せる。  
 
ドライデンはミラーナの太ももを手で押さえ、膝をつかんだ。  
そのまま押すようにして、ミラーナの誰にも見られたことのない場所を外気にさらけ出す。  
「ああっ、だめ、見ないで、見ないで、ドライデン!」  
黙ってそこを眺めるドライデンを見るなり、ミラーナは取り乱して両手で顔を覆った。  
「なんでだ? …こんなに綺麗なのに…」  
そうつぶやいて、ドライデンはそこに顔を寄せた。  
「んああああっ! あっ、だめぇ…!」  
熱い舌が、花弁の中に入ろうとしているのを感じ、ミラーナは混乱する。  
やがてじゅるじゅると信じられないくらいに卑猥な音が聞こえてくる。頭がどうにかなりそうなくらいの快感がミラーナに襲い掛かった。  
「ドライデン…! だ、だめ…!」  
舌がうまく回らない。今何がどうなっているかもわからない。  
与えられる刺激が強すぎて、ミラーナの意識が拡散しようとしていた。  
「っと…まだだ、まだだめだ…」  
口元をぬぐいながら、ドライデンが身を起こす。  
充分に濡れそぼる花弁の奥を確認し、己の雄を手に持った。早く彼女に入りたいと、とっくに準備はできている。  
「自分を手放したあんたがどれくらい綺麗なのか、よく俺に見せてくれよ…」  
そう囁き、ゆっくりとミラーナの中に押し入った。  
「あんっ…あ、あああっ!」  
朦朧としていたミラーナが、中に入ってきたドライデンに反応し、我に返る。  
「くっ…」  
中の熱さと狭さに、ドライデンが息を吐く。  
ミラーナを見ると、目じりにたまった涙が、ぽろんと水晶のように落ちていくところだった。  
「綺麗だ……ほんとに」  
思わず前のめりになると、ミラーナがその目を見開いた。  
「あ…っ」  
「俺しか見られないようにして…そうだな、俺の宝箱に、閉じ込めちまいたいな…」  
夢うつつでつぶやくと、ミラーナは息を切らせながら、手を伸ばした。  
「そうなさりたいなら…あなたの望むままに…」  
「馬鹿言うなよ…」  
ドライデンは笑って、ミラーナの額に唇を寄せる。  
「あんたの美しさは、皆に見られてこそ輝くんだぜ。そして…」  
腰を動かす。肉の壁がつられて、愛液を蓄えだした。  
「俺が閉じ込めちまいたいのは、今のあんただ。誰にも見せたりしない…」  
「んぅっ…ん、あ、あ…っ」  
その言葉は、ミラーナに届いていたのだろうか。  
ドライデンはそろそろ限界を感じて、腰の動きを速めていく。  
その動きに戸惑いながら、自分の中から生み出される初めての波を受け入れようと、ミラーナも必死でドライデンにすがりついた。  
「ミラーナ…!」  
歯を食いしばるように搾り出された声に、ミラーナもうなずき、その時を待つ。  
「あ、あ、あ…!」  
「……あぁっ!」  
ドライデンが低く呻き、腰を大きく突き出した。  
外に出す気はさらさらなかった。  
 
息を整えながら、ふたりでベッドに寝転んで、ぼんやりと天井を見上げる。  
「…すごく綺麗だったぜ」  
「ドライデン…」  
ミラーナは赤面しながら首を振る。  
「いくらなんでも、言い過ぎですわ」  
「だって、言って欲しかったんだろう?」  
「……わざと、言ってらしたのね」  
「ははっ」  
ドライデンは笑いながら髪をかきあげて、端に置いたふたつの指輪を手に取った。  
「あんたを手に入れるのに、3年もかかっちまったよ」  
「…あなたに指輪を渡すのに、3年かかりました」  
「――もう絶対、返したりしない」  
ミラーナの手を取り、左手の薬指に、すっとはめてやる。  
「本当に?」  
ミラーナもドライデンの左手を取り、ぎゅっと握ってから、指輪をはめる。  
「俺たちの間で、約束に意味があると思うか?」  
ふたりで左手をかざして、指に収まるリングを見た。  
「…そうですわね」  
ミラーナは微笑んだ。  
「わたくしたちに、約束はいらない」  
ドライデンは商人だ。  
その彼が自分の生き方を曲げずにミラーナを手に入れるというのなら。  
恐らくミラーナは国を捨てることになるのだろう。  
王位継承権を、姉のエリーズに譲り、ドライデンの元に行く。  
周囲の反応を考えると、ミラーナは心が痛む思いがした。  
だがもう、片時も彼のそばを離れるつもりはない。  
誰かに幸せにしてもらうのではなく、自分の幸せは、自分でつかむ。  
そう決めた。己の誓いを、覆すことはできない。  
ドライデンが、ミラーナの肩を抱き寄せる。  
「俺は、多くの民から恨まれるだろうな。国の宝を奪いに来たんだから」  
わずかに眉をひそめ、だが意思のある瞳がまっすぐにミラーナを見つめている。  
ミラーナはこくんと息を呑んだ。  
「わたくしを宝とおっしゃるなら、どうか、あなたの隣で、輝かせてください、ドライデン」  
「…本当に、どこまで綺麗になるつもりだ、俺の姫さんは」  
 
 
その夜、商人は、国の宝を手に入れた。  
宝は喜んで商人のものになり、生涯その商人は、宝を手放すことはなかったという。  
 
 
 
 
 
終わり  
 

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