「オレは…っ、おまえが欲しいっ!」  
馬小屋の中バァンとぽつぽつ会話をしていたときだった。  
突然のバァンの言葉に、ひとみは真っ赤になった。  
ざんばらとした前髪の間から、鋭く射抜く眼光が、はっきりとひとみを見据えていた。  
心臓がどきどきして、息が詰まった。  
「…そんな、あ、あたし…」  
頬を染め、おろおろしていると、バァンがまっすぐにこちらへ向かってくる。  
干草を踏み潰し、しっかりとした足取りで、ひとみの前に立った。  
「あたし、アレンさんのことが…」  
「アレンなんかどうでもいい! おまえは…オレが護る」  
揺れる瞳は逡巡を現していた。バァンはそれでも、そんなひとみの揺るぎを抑えつけてしまうように、はっきりと言う。  
赤くなりすぎて、きっと変に思われてる。  
ひとみはそうどこかで思いながら、目を伏せた。  
「ひとみ…オレを、オレを見てくれ…」  
かすれた声で、やりきれないといった声が、そんなひとみの耳をついた。  
おずおずと見上げれば、バァンの泣きそうな瞳とぶつかる。  
細く長い指が伸びて、ひとみの縮こまる両肩をつかむ。  
「オレじゃ、ダメか…?」  
「…バァン…」  
吐息なのか声なのか判断のつかない音が、ひとみの心を震わせる。  
――アレンさんは素敵な人だけど、先輩にも似ているし、好きだと思うけど。  
近づいてくるバァンの瞳に合わせて、まぶたを閉じる。  
――あたしがこいつに対して思うこの心は、違う気がする。この好きは、切なくて苦しいこの気持ちは…  
柔らかな唇が、どこか遠慮がちに重なった。  
――もしかしたら、恋なのかもしれない。  
 
「ひとみ、すまない、オレは…剣術しか…知らなくて」  
「…大丈夫だよ、あたしも、だもん」  
顔を離したバァンは、真っ赤になって、顔を背けた。  
ひとみはそんなバァンを見て、愛しさで胸がいっぱいになる。  
肩に乗るバァンの手に、そっと自分の手を重ねると、バァンが目に見えてびくりとした。  
「バァン…あたしのこと、欲しいって思ってくれたの、本当…?」  
「ああ…本当だ。オレは」  
「じゃあ、どういう風に欲しいのか、教えて」  
あれだけ大声で欲しいと言ったくせに、いざとなるとキス以上のことができないバァンが可愛くて、  
ひとみは少しだけ、大人ぶって言ってみた。  
しばらく唇を噛み締めていたバァンは、ひとみの顔が見ていられないのか、がばりとひとみを抱きしめる。  
両腕に力をこめ、ひとみの耳元に唇を寄せた。  
「オレは…ずっと、おまえを抱きしめたかった」  
「うん…」  
「おまえがさらわれると心穏やかではなかったし…アレンと、おまえが…一緒にいるだけで…」  
ぎゅうと、さらに力をこめる。ひとみが小さく呻いた。  
「バァン…! い…た!」  
「! …すまない」  
慌てて力を緩める。力をこめ続ければ、きっと腕の中の彼女はぽきりと折れてしまうのだ。  
不思議な力で敵の居場所を見抜き、幾度も窮地を救ってくれたひとみ。  
だけど、今こうして抱きしめているのは、ただの女の子に過ぎないのだ。  
「お日様の…においがするね」  
「お日様?」  
ひとみはバァンの背中に腕を回し、うんとうなずく。  
「バァンのにおいは、お日様のにおい。こうしてると、すごく、懐かしい」  
きゅっと抱きつくひとみの身体。  
どくんと心臓が鳴り、唇が乾いた。  
服の下からでもはっきりとわかるひとみの身体。  
陸上をやっていただけあって、他の女性より引き締まった四肢。それでも…ああ。  
「ひとみ…」  
唇を首筋に滑らせ、ぺろりとなめる。  
「あ…っ」  
ぞくりとひとみの肌が泡立った。  
「おまえは、甘いんだな」  
少年の殻がひび割れて、青年へとなろうとしているバァンの心。  
欲に忠実で、どこまでも溺れていたいと暴れるケモノが、青年の心へと忍び寄っていた。  
 
草のにおいが充満する小屋の中、さすがに裸にはなれなくて、ふたりは干草の上で向かいあって座っていた。  
「おまえの部屋に行くか? それともオレの…」  
「ううん…今のこの気持ちのまま、あたし、バァンのものになりたい」  
ひとみはそう言って、制服の上を脱ぎ捨てた。  
瑞々しく息づく少女の裸身。小屋から漏れる日の光が、ひとみを優しく包んでいる。  
バァンはそれを、目を細めて見つめた。  
「…どうしたの?」  
「おまえは、美しいな」  
正直に言うと、ひとみは真っ赤になって、両腕で自分を抱きしめた。  
「ちょっと、やめてよ! き、緊張するでしょ?」  
「大丈夫。…オレもだ」  
バァンはふっと微笑んだ。  
――もう、ずるいんだから。  
ひとみはぷっと膨れてみせる。  
やっぱりバァンには、かなわない。  
 
ちゅく…  
小屋の中で、ひそやかに交わす愛の儀式。  
ふたりはねっとりと唇を重ねながら、互いの身体をまさぐっていた。  
バァンがひとみの胸をつかんで動かせば、ひとみもバァンのズボンの上から、彼自身を刺激する。  
「ふ…っ」  
時折顔を離し、互いに訪れる快感に酔いしれながら、愛撫の手は緩めずに、唇を求めた。  
「ひと…み…っ」  
だんだん形がはっきりとわかるようになるほど膨れ上がった彼自身をつかんでいると、バァンが耐え切れないと声を出した。  
ひとみも胸の突起が固くしこり出し、下半身に熱を感じている。  
「ん……」  
バァンがもどかしいとズボンの中から己を引きずり出し、ひとみの肩を押し、干草の上に押し倒す。  
草の匂いがさっと立ち上り、ひとみは息をつきながらバァンを見た。  
スカートの中に手を差し入れ、濡れたショーツを引き摺り下ろしたバァンは、  
「ひとみ…」  
囁いて、茂みの中に指を入れ、塗れそぼる秘所を探し始めた。  
「んあっ…やっ、バァン…!」  
違和感と恥ずかしさで身体をくねらせるが、バァンは強引にその身体を押さえつけ、指を這わせている。  
茂みの中に眠る、ひとみ以外の誰も触れたことのない柔らかな肉。  
花弁を指でこじ開けて、ぬるぬるとしたものが溢れるその場所へと到達すると、バァンは歓喜の吐息をついた。  
くちゅっと中へ指を入れる。恐ろしいくらいに狭くて、ここに入るのだろうかと一瞬不安になった。  
「は…あっ!」  
ひとみが眉根を寄せて、歯をくいしばる。  
「大丈夫か? …無理そうか…?」  
「う、ううん、い…いの……」  
ひとみは目に涙をためて、健気に首を振った。  
「あたし、バァンのこと、好きだから…」  
目の前がかすむ。  
バァンはそっと、ひとみに口付けた。  
 
「ぐ…あっ」  
「あ……っ!」  
入り口に己をあてがい、ゆっくりと挿入を開始する。  
ひとみは苦しげに息を吐き、両手で顔を覆った。  
めりめりと音がしそうなほど狭いひとみの中。  
最後までは無理だろう。バァンはそう判断するも、吸い付くように己を拘束するひとみ自身が、バァンを解放しそうもない。  
怖いくらいに熱くて、挿れた先から溶けてなくなってしまうような錯覚まで覚える。  
「ひとみ…っ」  
汗と涙で濡れたひとみの顔が見たくて、顔を覆う両腕をつかむと、うるんだ瞳が目に飛び込んできた。  
「バァン…!」  
「おまえは…オレが…」  
「…うん…」  
ひとみがうっすらと笑う。  
バァンも微笑んだ。  
――お日様は、オレじゃない。いつだって、おまえだった。  
腰を動かし、更に奥へと侵入する。  
ひとみが両手を伸ばし、バァンもそれに応えた。  
ふたりの手が絡まって、もっと深くつながっていく。  
「あ……あっ、あっ、んぅ……っ!」  
ひとみの熱に溶かされて。  
バァンはいつの間にか、一心不乱に腰を振っていた。  
痛みと快感とが織り交ぜになって、ふたりの思考が飛んでいく。  
「く……っ!」  
「あ――っ…!」  
頭の中で、意識がはじけた。  
ぐったりと意識を手放すひとみを見ながら、  
「…ひとみ…」  
望みが叶ったことを知り、安堵の笑みを浮かべたバァンも、その隣に倒れこんだ。  
 
 
一方ザイバッハでは、フォルケンがドルンカークに「運命改変装置」の提案をしていた。  
「いかがでございましょう、ドルンカーク様」  
「…フォルケンよ」  
「はっ」  
仰々しい機械に囲まれた半裸の老人は、いつものように幻の月の娘の様子をのぞき見ながら、ため息をついた。  
「あと少し早ければのう」  
「…!? まさか?」  
「その通り。あのふたり、ヤりおったわい」  
「なんと…!」  
がくりと膝を折り、フォルケンは落胆した後、心中で弟へ賞賛の言葉を贈った。  
 
 
――バァンよ、おまえもやっと、男になったか…!  
 
 
 
終わり  
 

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