天空のエスカフローネ
Misty35
アミリエに想いを綴った文を託させて、アレンを誘った。女から男を誘うことに
躊躇いがないわけではなかった。娼婦とまではいかなくとも、慎みのない女と
アレンから見下されはしないだろうかと思いもした。
「で、どうだったの?ねえ、どうして笑っているのよ」
慎み。いったい、何に対するものなのだろうか。女の秘事に対するあけすけな
欲求は禁忌だろうか。
私は国の道具などではない。お人形でもなければ、生きている人間だ。アレンへの
愛と恋、セックスとがマレーネの中で、一緒くたになって蕩け合ってしまっていた。
「申し訳ございません。マレーネ様」
アミリエは深々とお辞儀をした。
「もう、わたしをからかっているのね。ひとり、馬鹿みたいだわ」
マレーネはそう言ってはいても、瞳は煌めいていた。フレイド公国との繋がりを前にして、
熱情に身を置いた女の一個人の感情は不要だった。アストン王とヌエバは、マレーネの
恋をそう見なしていた。
その熱は時とともに一気に高まって、鎮まることを知っている。永続的な関係とは<全くの
別物であることを知っていたからこそ、婚儀までのマレーネの気持ちを推し進めることに
したのだった。
それが、ヌエバとの橋渡しとして送り込まれた侍女のアミリエだったが、彼女自身が
マレーネの人柄に惹かれていて、事はうまく運んでいた。
「アレン様は最初は、訝られていましたけれども、口元は笑っておられましたよ」
「アレンは笑っていたの……」
マレーネの貌が曇ってしまう。
「いいえ、喜んでおいでになりました」
「ほんとなのね!」
「ええ、もちろんですとも」
Misty36
心地よい気だるさがマレーネの躰を支配していた。アレンをついに、自分の寝室に
引き込んだことに後悔はなかった。薄暗がりの中、アレンが疲れて眠っている傍で、
マレーネがパレスの離宮の窓より、幻の月を眺めながら唄を口ずさんでいる。
アレンはマレーネに気づかれぬようにそっと起きて、その歌声に聞き入っている。
唄がちょうど終わって、愛しい恋人の寝顔に願いを掛けようと目をやると、
マレーネはアレンを起こしていたことに気が付いた。
「ごめんなさい、アレン。あなたを起してしまっていたのですね」
気まずそうに、そして、少しだけ嬉しそうに微笑んでアレンを見た。
「いえ、心に染み入る響きでしたから、このまま眠りについていてもよかったのです」
「アレンもお上手を言うのね」
シーツに両手を付いて、アレンの瞳をマレーネが覗き込んだ。薄暗がりでも、
やわらかな光を放つ、マレーネの髪がアレンをやさしく撫でる。
「歌には疎いですが、世辞ではありませんよ」
「ただの、流行歌なのに?」
「マレーネさまの御声が美しいからでしょうね」
すぐに、アレンの答えが返ってきた。嬉しくもあり、不安が無いわけでもない。
青年といえども、これほどまでに凛としているのだから、女の影があっても
おかしくはない。
「ありがとう、アレン。でも、ほんとうにご存知ないのかしら?」
「いまのわたくしには、マレーネ様しか見えませんから」
アレンは苦笑しながらマレーネに答えていた。事実ではあったが、アレンの
真実ではなかった。母、エンシアの面影をマレーネに重ねていたことは、
否定できない。
「それに、マレーネでしょ」
少しだけ拗ねるように、悪戯っぽくアレンに笑った。
Misty37
「このアレン、マレーネさまに偽りなどは、申してはおりませぬ」
許されるだろう、ささやかな嘘。でも、ほんとうに嘘なのだろうかとアレンは思った。
「何が、でしょうか?」
「わたくしは……姫様もお人が悪い」
アレンに寄り添って、瞳から下腹を横目でチラッと見やって、ふたたび見つめていた。幻の
蒼月の夜にマレーネの朱に染まる、羞恥の貌をベールで包み、幾ばくかの勇気を与える。
「あら、そうかしら?ふふっ」
白く長い、二の腕までを隠す手袋を取って愛されたマレーネが、アレンの胸を愛撫していた。
その小さな乳首を弄んでは、また撫で回す。恋人が「あっ」という小さな喘ぎを洩らして、
マレーネは気持ちを昂ぶらせる。
「このアレン、剣に誓って、嘘、偽りは申してはおりません」
「天空の騎士が剣に誓うなら」
腰に掛かる白い布へマレーネの手は伸びて、指頭がアレンの下腹を弄った。愛と恋と
秘事の違いをわからなくさせてしまう躰の近くに、綺麗な指がそっと伸びてゆく。
「誓うなら?」
「私も誓いましょう」
微笑むと、肉茎に絡んだマレーネに反応してアレンが顫えた。アレンの手がマレーネの
火照る頬に触れ、かたちの良い頤を撫でる。肌のふれあいに、マレーネの胸が少しずつ
揺れ始める。先ほどまで、躰を熱くさせていたものが、今は手にあった。マレーネはアレンの
膨らみ始めたものを、剣の柄を握るようにして下腹から天上に向け、上下に扱いた。
しかし、アレンの腰には白い布が掛けられてあり、その所作をマレーネは実際に目にしている
わけではなかった。だから、思った以上に積極的にもなれた。
「ううっ」
アレンの腰が跳ね、頤を愛撫していた手が、マレーネの熱い吐息を洩らす唇にそっと触れて
シーツに堕ちる。そしてアレンは悶えながらも立て肘をついて、躰を起して腰に掛けられていた
白い布を一気に取り去る。
Misty38
「あっ……!」
アレンの逸物に今更ながら驚き、それに絡めた自分の手に向けた視線を逸らそうとする。
それにともなって、アレンに込められていた、マレーネの力が緩んでしまう。
「マレーネ……わたくしは、剣に……いや、もっと強く握ってください。逸らさないで」
滑稽過ぎるほどの―――
「わたしは、剣にではなく……唄に。人魚のささやきに誓います」
(変らぬ想いをあなたに捧げます。口ずさんだ唄に、ささやかな女の願いを込めて)
―――言葉が行き交っているはずなのに、躰中が火照っているのがわかる。
アレンのペニスも灼つくようだ。マレーネはアレンが望んだとおりに、剣の柄を握るようにして
力を込め上下に扱いていると、アレンの呻きを耳にした。
「う、ううっ」
「こんなにも、つよく握ってしまわれて……だいじょうぶなのですか?」
マレーネのはにかんだ顔がアレンへと降りていった。
「ええ、このまま続けて……いただいてかまいません」
「わかったわ」
マレーネはアレンに軽くキッスをしてから、やわらかい髪でアレンの躰を掃き、性器を愛撫する
右手へと赴く。そして左手で陰嚢をそっと包み込んだ。マレーネは羞恥に染まった貌をアレンの
下腹に埋めた。まだ、先ほどの名残りがある場所だった。むっとする、性臭が漂うが苦には
ならないというより、これが男と女の姿なのだと怜悧なマレーネは頭で解していたからに他ならない。
「おかしいでしょ、アレン?たかが、流行の歌に誓うだなんて」
女は愛する男の言葉で変る。気持ちを男に躰を開くようにして、身をゆだねたことから舞台そのものを
変えてしまうこともある。良くも悪くも。マレーネは笑顔のまま、アレンの性器に頬摺りしながら語りかけた。
「いいえ、わたくしにはわかります、マレーネ」
「うそ」
マレーネが珍しく唇を尖らせていた。
Misty39
「また、そのような」
肘を付いて上体を起こして、困った貌でマレーネを見ると、アレンのものを握っていた手を上に
引っ張るようにしてから下腹部に密着させた。そしてマレーネは手の平で押し付けるように
転がしながら、アレンの勃起を高める動作を繰り返す。マレーネは性戯などというよりは、アレンの
性器で遊んでいるようにさえ見える。
「悪い子かしら?ねえ、ミラーナみたい……でしょ?」
アレンの手がペニスを弄んでいるマレーネに絡んで、細い手首を掴む。囚われた感じがして、
鼓動が速まってゆく。
「あっ……」
「それは、少しミラーナさまに悪いでしょう」
「ふふっ、そうね。でも、少しだけなのかしら?言い付けるかも」
「よしてください、マレーネ」
「なんだかそんな気分」
目元に朱を刷いて、口元をほころばせる。
「えっ……」 「ちがうわよ。こうしてアレンを可愛い、可愛いって、しているような……ことです」
アレンのペニスは下腹部に押さえつけられ、マレーネの手を跳ね除けそうなくらいビクンと
痙攣していた。
「はやりには疎いですが……その唄に込められた、祈りは聞き分けることが出来ます。
マレーネさまの祈りは、わたしにちゃんと届きました」
出奔した父には憎悪すら抱いていたが、その父に対してエンシアが変らぬ愛を貫いていたことは
良く知っていた。アレンはずっと見続けていた。だから、そのおんなの想いには、アレンは
近づくことが出来る。マレーネにすれば想いが叶って、ひとり恋人の寝顔の傍で愛の祈りを
捧げるのは、悦に入っているふしが少なからずあった。そんなマレーネだったから、
彼女は驚いて小さな声を上げた。ありがとう、とてもしあわせよと、それだけ言えたらどんなに
よかったろうと思うことがある。
「わかるのですか、アレン!」
Misty40
マレーネの躰が躍り出るようにして、アレンの胸に綺麗な乳房を押し付ける。アレンの滾りはマレーネの
やさしい手から波打つ柔らかな恥丘に押し付けられる。アレンはマレーネの想いそのもののように自分に
向ってくるマレーネの金髪を撫でて手櫛で梳いてやっていた。薄明かりの窓から射す、幻の月に照らされて、
アレンはマレーネの美しい瞳に魅入られていた。
「わたしを見くびらないでいただきたいものです、マレーネ」
マレーネもまた、若き天空の騎士の冗談のようでもあり、真摯さを併せ持つ青年の瞳に吸い込まれそうだった。
「では、多くのおんなをアレンは知っているのかしら?」
マレーネは悪戯っぽく、笑みを浮べながらアレンに踏み込んでゆく。青年でありながら、アレンは自分の乙女心を
見透かしている、そんな気がしないでもない。剣を構えたアレンを見れば、女ならだれもがそう思うだろう。だとすれば、
アレンに女の影があってもおかしくは無い。ましてや、それ専門の知識や会話にも秀でて、美貌を兼ね備えた
高級娼婦もいるのだから、マレーネは内心穏やかではなかった。だがアレンはあっさりとそれを認め、そして否定をもした。
「わたくしは、女性に母上の面影を追っているのやも知れません」
「母上の面影を、ですか……?」
アレンはマレーネの肩を抱くと、その躰をそっとベッドへと横たえる。
「お気を悪くなされたでしょうな、マレーネ様」
「わたしはマレーネですよ、アレン」
シェザール一族の噂の概要は、マレーネも聞き及んでいた。当主が出奔し、アレンの妹のセレナは失踪し、終には
母のエンシアが天に召されたこと。アレンにマレーネは慰めるかのように額を擦り付ける。
「変らぬ想い。つよき想いをわたしは母上から教わりました」
アレンの語りにマレーネは耳をすました。そして、その蒼い瞳は恋人の騎士から青年へ、そして子供の瞳へと
変っていった。アレンの強さの裏に何がしかの翳りをマレーネは感じとる。
「正確には、母上の祈りだったのでしょう」
その言葉とともに、アレンの瞳は天空の騎士のものへと戻ってしまう。アレンはそれに続く言葉を呑んで
しまっていた。