………天羽の機嫌が悪い。極めて悪い。  
「天羽さん、この写真のレイアウト――」  
「そこ置いといて」  
記事の作成にはまったく支障をきたしていない辺りが余計怖い。  
部長である川鍋はというと、  
『困るよ、上岡君。お嬢の手綱を握っているのは君なんだから』  
などと耳打ちをし、自分の原稿データを手に、さっさと帰宅してしまった。  
最近、部員となった星原も同様。『力』を封じたにしろ、丸分かりなのであろう。  
彼女が淹れてくれた紅茶から立つ湯気を見ながら考える。  
いつからだろう………先週末、家まで送り届けた辺りから、どうも様子がおかしかった。  
まるで上岡が居ないかのように淡々とキーボードを叩き続ける天羽。  
その背中から与えられるプレッシャーに、息が詰まりそうになる。  
「失礼します」  
ノックの後に、聞き覚えのある元気な声。  
「…あ、さやかちゃん。なにか用?」  
中等部の白い制服に身を包んだ弓倉(妹)が新聞部を訪れる。  
こういった所に物怖じしない辺りは、姉とは対照的だ。  
 
「はい、ちょっと上岡さんにお願いがありまして」  
「うん」  
「あのですね。今度、吹奏楽部の演奏会があるんですよ。それで」  
「……学内新聞に載せて、って?」  
「そうです!でもそれだけじゃなくて。はい、どうぞ」  
芝居がかった動作で手渡される赤いチケット。手作り感に溢れている。  
「まあ、紙面に余裕が無い訳じゃないからね……」  
受け取りつつ承諾。買収と取れなくも無いが、元々無料のチケットだ。  
「さっすが上岡さんっ、優しい!じゃ、絶対聴きに来て下さいね?約束ですよ?」  
目の前に立てられるさやかの小指。視線を感じる、どころか変な汗が背中を伝う。  
たん!とキータッチの音が大きくなり、そのテンポが遅くなった………気がする。  
取り敢えず怖過ぎるので、天羽の方は見ない事にする。  
困惑する、いや、躊躇する上岡を見て、『うん?』と小首をかしげて催促するさやか。  
………上岡は、『指きりげんまん』の口上をこれほど長く感じたことはなかった。  
さやかは去り際に、  
「お姉ちゃんが、この前はありがとう、って言ってましたよ?  
 部活の見学にも一人で行けないだなんて、困っちゃいますよね?」  
無邪気に油を注いでいった。  
 
重い、余りに重い空気の中、新聞部の活動が続く。  
不幸中の幸いと言うべきか、この空気から意識を逸らすために集中して行った作業によって、  
遅筆の上岡としては驚異的なペースで原稿を完成させていった。  
時計が午後六時を回る。  
いつも大体この時間に帰る天羽はパソコンをシャットダウンする。  
「じゃ、上岡君戸締りお願い――」  
「ちょ、ちょっと天羽さん!」  
このタイミングを逃すとこのままずるずると引き摺ってしまいそうで、天羽に声を掛ける。  
「………何よ」  
天羽の視線を前に萎えかけた意志力をどうにか奮い立たせ、  
「あ、あの僕なにか気に障る事、した?」  
「………っ」  
肯定も否定もせず、黙る天羽にさらに語りかける。  
「天羽さん、なんだか最近凄くピリピリしているし………  
 それに、理由をはっきりさせないなんて天羽さんらしくないよ」  
 
「はっきりしないのはどっちなのよ………」  
肩を震わせ、天羽。その声は聞き取るのが困難なほど低い。  
上岡の変な汗は、今やその掌にも滲み始めている。  
「上岡君は色んな娘にちょっかい出されてるしっ………弓倉さん…さやかちゃんもっ………  
 私は、私だってっ!」  
すぅ、と天羽と上岡が同時に息をためる。  
「天羽さ」  
「ええ、わかったわよ。そんなに知りたかったら教えてあげるわ!  
 ……っ、こっちが覚悟決めているのに上岡君が全然求めてこないから悩んでるの!  
 だから毎晩毎晩上岡君のこと想像して一人でしてるし昨日だって……っ!満足!?」  
あらゆる感情を怒りによって塗りつぶされている天羽は一息にとんでもない事を口走る。  
胸に詰まった感情に涙を押し出され、その歪んだ視界の中で、  
呆然としている上岡を精一杯睨みつける。  
「天羽さんっ」  
居たたまれなくなった上岡はその腕を天羽の肩に伸ばし―――  
「〜〜〜ッ!」  
ごすっ。  
その手を振り払おうと天羽が右掌を思い切り突き出すと、そこから肉を打つ鈍い衝撃が伝わり、  
上岡の姿が天羽の視界から消える。  
ノックダウン、という現象を上岡は生まれて初めて経験していた。  
 
「あっ…あれ!?かっ、上岡くんっ!」  
膝をついてうずくまる上岡に身を寄せ、顔を覗き込もうとする。  
上岡は顔を上げず、大丈夫、という意思表示のために軽く手を振る。  
「ちょっ、ちょっと、待ってて!」  
上岡の無理を察したのかしないのか、部室の外へと走り去る天羽。  
あんなに慌てる天羽を上岡が見るのは久しぶりだった。―――爆発させるのも。  
知らぬ間に天羽を傷つけていた自分への苛立ちに、痛みはどこかに行ってしまう。  
頬に、それに覆い被さっている指が食い込む。  
「か…上岡…君?」  
救急箱を片手に、息を切らせた天羽が新聞部室へと帰って来ると、  
そこには脚を床に投げ出している上岡の姿があった。  
 
ドアが開かれる音に顔を起こす上岡。  
気持ちばかりが空回り、その口がうやむやに動いている。  
「……じっとしてて」  
天羽も膝をつき、脇に置いた白い箱を開く。  
上岡の頬にぽんぽん、と薬を染み込ませた綿があてられる。  
「血は、出てないみたいね…」  
息がかかりそうなほど接近した二人の顔。痛みからか、時折歪む上岡の眉に躊躇させられる。  
………不謹慎だとは思いつつも、天羽の胸はそんな上岡の表情を見る事によって高鳴っている。  
互いに相容れないそれらを持て余し、上岡の瞳を直視できなくなる天羽。  
上岡も同様なのか、視線を天井のシミに向かって泳がせている―――?  
「どうしたの…?」  
モゴモゴと閉じたままの口を動かし始める上岡に問う。  
「いや、口の中をね」  
今更隠しても仕様が無い、そう判断した上岡は、ほら、と口を開ける。  
「どこ…?」  
見て裂傷の処置が出来る部位でもないのだろうが、天井の蛍光灯の明かりを口内に取り入れるため  
少し上体を反らす上岡を、中腰になって覗き込む。  
「見えないわ……」  
呟く天羽。さらにある事に気付いて言葉を重ねる。  
「ごめんね……ごめんなさい、私まだ謝っていなかった……」  
そう言う天羽の表情は、逆光で上岡にはよく分からない。  
無言で彼女の頬を両掌で包み込み、重力を味方につけて引き寄せる。  
抵抗は、無かった。  
 
上岡の中に、天羽が自分の一部を進入させ、彼の口内を探り始める。  
そんな天羽の意図を理解した上岡によって案内されると、  
唾液に薄められた中でもなお濃い鉄の味が感じられる。  
裂けた粘膜の感触。そして唾液と入り混じった血液の、咽るようなその味を共有する。  
背徳感と快感の境界が歪み、天羽の中で同質のものとして処理されるようになるまで  
さほど時間を要する事は無かった。その部分をゆっくりと、労わるようになぞり始める天羽。  
時折遠慮がちに舌先でくすぐってくる上岡と共に、互いの気持ちが溶け込んだ血液を溜下した。  
ゆっくりと天羽の中を滑り落ちてゆくそれの位置がはっきりと分かる。  
いっそ自分の血液も、という欲求を天羽はそっと押さえ込む。  
 
体を支えている上岡の腕が痺れ始めた頃、それを察した天羽は身を離し、  
ぺたん、と床に腰を下す。自分と同じ高さになった瞳を上岡は見返して、  
「ごめんね、天羽さん」  
唐突に詫びる。  
「え?」  
「僕も謝っていなかったし、それに」  
言いよどむ上岡。天羽からその目が逸らされる。  
「それに…何?」  
「したくなった、って言うか……もう我慢しないから」  
すっくと立ち上がり、ドアへ向かう上岡。天羽の視線を思いっきり背中に感じつつ、施錠を確認。  
 
「…何を?」  
天羽の無意味な問いは、部室を物色している上岡に流される。  
ばさり、と引っ張り出してきた毛布を床に広げ、  
「天羽さんが、一人でしていた事」  
ネクタイを緩めつつ、きっぱりと言う上岡。  
自分で言い放った台詞が思い出され、天羽の頬が紅潮し、引き攣る。  
クールで性格のきつい『お嬢』、そういったバリアを破った先にある姿がちらつく。  
それを知っているのは自分を含めたごく限られた人間だけなのだ。  
しかし、それでも、自分だけが、というものが欲しかった。それを自覚していた上で、  
何もしてこなかった。理性ではない。未だ克服できていない上岡の弱さだった。  
「あれはっ…いっ、今なの?」  
「今、ここで」  
そう言う上岡の頬にうっすらと浮いた痣が、床に座ったまま彼を見上げている天羽を黙らせる。  
「床の上じゃ冷たいでしょ?」  
天羽の先刻の言葉、現在の沈黙を免罪符に、毛布の上に天羽を招く上岡。  
腿の間に天羽を座らせ、その肩を背後から抱き寄せる。  
目の前にある耳に向かって、囁く。  
「……僕の事を想像って、どんな?」  
「そ、そんな事!…言わせないでよ……っ!」  
耳朶を甘く噛まれ、息をのむ天羽をよそに、上岡は天羽のブレザーを剥ぎ、乱雑に放る。  
呼吸に合わせて動くシャツ越しのふくらみ。その大きさが分かりやすくなる。  
「教えて……?」  
それに触れたいのをこらえる上岡に、再び問われる。  
時折見せる頑固さ――尤も、彼に言わせると天羽も相当なものなのだが――に天羽の心が折れる。  
 
「………最初に、キスをして…」  
言って、肩越しに上岡と唇を―――片眉を動かし、先を促す上岡。  
「〜〜〜っ……そっ、その後、胸を触って」  
不満げに続きを言うと、上岡の両手によってその部分が覆われ、  
シャツに新しい皺を作りつつ動き始める。  
「ぅ……そ、そうじゃなくって、直に」  
「裸なんだ?」  
茶化すような一言に天羽は上岡を睨むが、こんな状況では凄みと言うものが全く感じられない。  
慣れた手つきで天羽のネクタイを外す上岡。いつもは自分の胸元で行っている作業なのだが、  
背後からするそれに若干の違和感を覚える。  
「……そう言えばいつもネクタイだね」  
男子生徒――自分とお揃いのそれを手の中に収め、上岡。  
「ええ………苦手なのよああいうの。  
 上岡君は、リボンの方が女の娘らしくて好きなの……?」  
天羽曰く、『アナクロな』母親へのささやかな反抗なのだろうか。  
不安が滲む天羽の言葉に、髪が長かった頃の彼女の姿を思う。  
初対面の時に向けられた鋭い瞳は、今やこの通り無防備そのものとなっている。  
征服感……自分と天羽との間には余りに似つかわしくないその単語に苦笑する上岡。  
 
「上岡…君?」  
天羽の不安を煽ってしまった事に気付く。  
「天羽さんは、女の娘らしいと思うよ……」  
言いながら、天羽のシャツのボタンを外す。  
「えっ………あっ」  
下着が上にずらされ、天羽の胸が外気に触れる。上岡はその中間部分に左手を添え、鼓動を確認する。  
「ほら、こんなにドキドキしているし」  
空いた右手で天羽の右腕を捕らえて軽く口をつけ、、  
「…っ」  
「腕だってこんなに細いし、柔らかいよ?」  
………僕を昏倒させたのと同じものとはとても思えないよ、という言葉を胸の内にしまう。  
「………上岡君て結構、キザよね」  
憎まれ口を叩くも、天羽は自分の頬が緩むのを抑える事が出来ないでいる。  
「そうかな」  
呟いて、上岡は掌で手近にある天羽の曲線を歪ませ始める。  
「自覚っ……ふっ……ない、の?…ぅ…」  
「ん……」  
息を荒げながらも、楽しげに問う天羽、そして曖昧に頷く上岡。  
その意識の大半が左手にひたりと吸い付くような天羽の肌に持っていかれ、生返事になってしまう。  
 
「ぅあっ……ぁ……っ!」  
敏感な部分を摘まれ、天羽の声が1オクターブ高くなる。  
触れるか触れないかの強さで、指の腹を用いて軽く刺激する。  
むず痒さにも似た感覚をスカートの中に感じ、天羽は腿を強く擦り合わせる。  
「ん……んっ」  
慣れてきたのか、天羽の反応が薄くなり、時折ぴくん、と震えるだけになる。  
「天羽さん………次は?」  
余裕の無さを気取られないように細心の注意を払う上岡。  
………天羽の答えを待つことは出来なかったが。  
天羽のスカートがたくし上げられ、上岡の左手がその中に潜り込む。  
しっかりと閉じた筈の腿を容易く割り広げられ、下着越しの最もヤワな部分に触れられる。  
反射的に利き腕をそれに添えようとするが、当然、上岡の縛めを解く事は叶わなかった。  
「男の人っ…上岡君って……っふぁ……や、やっぱりズルいわ……」  
他の部分とはまた異なった柔らかさを堪能する上岡の指。  
「ぁ……っく………っ」  
不本意ながらという訳ではないが、つい洩れてしまう甘い声を必死に噛み殺す。  
そんな意固地な姿も、上岡を満足させるに過ぎないと言う事実に天羽は気付かないでいる。  
天羽が声を殺せば、相対的にスカート内から響く粘性のある音が大きくなる。  
どこか理不尽な物理法則めいたものに聴覚を犯され、声を抑えようとする意志は決壊寸前となり、  
天羽は軽くかぶりを振る。  
想像とは異なり、今、ここに存在する上岡はそれでも手を休める事は無かった。  
 
「……っ!自分で触ったときと、ぜんぜん…ぜんぜん違う…」  
「……同じだったら怖いけどね」  
ぼそりと突っ込みを入れる上岡は、薄い布越しに探り当てていた入り口付近を撫で始める。  
同時に、天羽のうなじに唇をつけ、浮いた汗を何度も舐め上げる。周期的に上岡の鼻先が襟足を掠める。  
「そ、そういう事じゃ、ぅ……あは…っ…やぁ…  
 かっ、上岡君っ!変な事、しないでよぉ……っ!」  
まるでその部分を嗅がれているようで、天羽の羞恥心が煽られる。  
しかもその度に体液が溢れるのを上岡に悟られるのだから尚更だった。  
天羽のそんな訴えを上岡は流し、  
「天羽さん、下着…取っちゃおうか?」  
と言ってそれの端に指を掛ける。  
「じっ、自分でっ……なんで私ばっかり………」  
持ちかけられる割の良い取引。当然乗る上岡はその手をブレザーに掛ける。  
 
「あ……それ脱いじゃうの………?」  
名残惜しげにその袖口を掴む天羽。  
「え?ま、まあ。それに、昨日また薬品をこぼしちゃって……におわない?」  
あまりに予想外な天羽の反応に、上岡が的外れな理由を並べる。  
そんな上岡を責めるでも、笑うでもなく天羽は、  
「うん…私、この薬品のにおい……上岡君のにおいって好きよ……安心する……」  
赤いブレザーに頬を摺り寄せ、そう言って目を細める。  
上岡は幼子からお気に入りの玩具を取り上げるような、そんな行為に及べる筈も無かった。  
「じゃ、じゃあ、着たままで、するよ?」  
野暮な、と上岡自身が思った言葉に天羽は答えず、  
「上岡君の見せて………」  
そう言ってファスナーを後ろ手に探り始めた。  
ズボン越しにまさぐられる形になり、上岡の情けない声が洩れる。  
充分過ぎる硬度を持った上岡のそれを、不自然な体勢ながら、器用に取り出す天羽。  
そのまま、指を絡めて手首を上下させ始める。  
上岡にただ身体を任せるというのも、癪で―――とりあえずそう自分に言い聞かせる天羽の  
脳裏には、手当てをしていた時の上岡が見せたあの表情が浮かんでいる。  
どこかギクシャクとしたその動きだったが、その部分に集中しているとあっという間に  
こみ上げてしまいそうな予感。上岡はそれから逃れるように再び天羽のスカート内に指を這わせ、  
太腿をゆっくりと撫で上げる。  
 
「ぁ…んっ………」  
その感触に、掌への信号の伝達を阻害されてしまいそうになる天羽。  
下着の中に入り込んでくる上岡の指から懸命に意識を逸らし、想像とは全く異なる上岡の  
ものへの愛撫を文字通り手探りで再開する。ただ握って上下させるだけでなく先端部分を―――  
「っあっ!………ぁ」  
核を探り当てられ、軽く撫でられる。下腹部より継続して伝わってくるその刺激に耐えかねて  
腰を引こうとするも、密着した上岡の身体にそれを阻まれ、毛布に皺を作るに止まる。  
胸に預けられている天羽の頭部から、その髪を一房つまむ上岡。それに鼻先を寄せる。  
上岡に添えてはいるが、今やロクに動かしていない掌の中で、それの硬さが増すのが分かる。  
「な、何よ、ぉ…っ…それぇ……」  
…………その原因は明確。  
「男の人も…ぅ……ぬれ、濡れるの?」  
それに意識を向けたときに気付いた事をそのまま口にする。  
「うん……天羽さん……入れていい?」  
上岡はそう言って、天羽を刺激していた手を離す。  
体液の絡んだ上岡の、そして自分の指を視界の端に捉え、頷く天羽。  
仰向けに倒れた彼女と対面するように回り込み、体勢を入れ替える上岡。  
上岡のものを凝視している天羽から、下着を剥ぎ取る。  
「………女の娘っぽいの、苦手なんじゃないの?」  
手の中にあるそれを評する。体液で透けてしまっているそれのデザインは、  
上岡にしてみると十分そのテの作りと言えた。  
「……嫌いなんじゃなくって、苦手なのよ……解るでしょう?」  
「うん…」  
天羽らしからぬ非論理的な物言いに、とりあえず頷く上岡。ニュアンス的には大体理解できる。  
自分のものに手を添え、しどしどと粘液に溢れる天羽の入り口にその先端を添える。  
 
「んっ……」  
ごくり、と唾を飲み込む天羽。どうしてもそこを硬直させてしまい、上岡の侵入が阻まれる。  
「天羽さん力抜いて……ゆっくりいくと、余計辛いらしいから」  
言って、天羽の首筋を撫で、腰を前に進める上岡。  
捲る、切る、蕩ける。飲まれる。雑多な感覚が連続してなだれ込む。  
ぎり、と軋らせる歯の音が一体どちらのものか分からない。  
上岡が自分と他者との境を完全に見失った頃には、天羽と腰を密着させていた。  
それとは対照的に、打ち込まれた楔の異物感、苦痛に、眉間に深く皺を寄せる天羽。  
「あ…天羽さん……なんか、すご、い……」  
上岡はばくばくと激しい動悸に苛まれ、上手く言葉を発する事が出来ない。  
同時に、鼻の奥がツン、とする。  
 
「上岡君………っ」  
眼下の天羽の表情が緩み、というよりは明らかな笑顔になる。  
「マンガ…みたい………」  
そんな上岡をよそに、天羽は彼の鼻に触れ、指に絡んだ赤い液体を見せる。  
真顔でそれを見る上岡の様子がツボに入り、くすりと笑う。  
上気する頬、潤んだ瞳との危ういバランス上で成立しているその表情に、上岡の胸は高鳴るばかりだった。  
「ふ、ぁ……あは……っ、ご、ごめんね…私がぶった、から」  
何の躊躇も無くそれを舐めとる天羽。受け入た事による苦痛が優しく癒される、気がした。  
女性――天羽特有のものか――の強さの片鱗を見ている上岡に続けて声が掛けられる。  
「はぁ……っ、ちょっと、ラクになってきたかも……」  
それが届いている位置を確かめるかのように、臍の下に手をやる天羽。  
もう片方の手の指を咥えたまま言うその姿が、意図的ではないにしろ、そうでないからこそ、上岡を煽る。  
その指が間に入るのにも構わず天羽の唇を奪い、ゆっくりと抜けてゆくそれに軽く舌を絡める。  
異物の除かれたお互いの口内を貪りつつ、動きを再開する上岡。  
やはり痛みはあるのだろう、上岡の肩に回された天羽の腕に力がこもる。  
突き上げる度に二人の身体に押し潰された天羽の胸が形を変える……上着を脱いでいないのが悔やまれた。  
天羽が感じているであろう苦痛を省みることを無理矢理意識の外へ弾き飛ばし、上岡はその動きを速め、  
「………ッ!」  
それを咎めるように口内の傷口が舌先で抉られる。  
今や全く抑えられていない生温かい呼気と共に、天羽を苛む苦痛が上岡に還元される。  
 
その部分を抉ろうとした訳では無い天羽だったが、眉を寄せる上岡の様子を察した上で、  
傷口をなぞり続けている。  
上岡が自分に突き立ているのと同じように、その確かな証を得たかった。  
………単純に、快楽だけ味わっている彼への腹いせでもあるのだが。  
下腹部からじんじんと伝わる痺れ、苦痛と半々なそれを感じる度に、傷口を抉り、血液を飲み下す。  
 
上岡の動きが一度、二度大きく深くなる。  
それを最後に、天羽の体内から引き抜き、彼女を苦痛と痺れから解放する。  
「っく……は…ぁっ」  
天羽の腿に擦り付け、放つ。上体を脱力させ、その胸に顔を埋める上岡。  
その動きをトレースするかのように、生暖かいそれが、曲線を伝って毛布を汚す。  
彼の荒い息が徐々に整ってゆくのを、胸元で実感する天羽。  
「ふ…ぅ…?」  
ぼやけた視界に、ご丁寧にもティッシュを用意している上岡の姿が見える。  
「天羽さん……ちょっとごめんね」  
ぐったりとした天羽の身体にまとわりついた、唾液その他諸々の体液を緩慢に拭い始める上岡。  
当然、破瓜の血液も。  
「い、痛っ……」  
熱に浮かされていた先程までとは余りに違った感覚に、思わず声を上げてしまう。  
「あ…ごめん」  
「次からは腫れ物扱いしてよね……か、上岡君は私の事、女の娘らしいって思うんでしょう?」  
上岡の台詞を蒸し返すたびに、目元、口元の動きをどうしても制御できなくなってしまう。  
その奇妙な物言いには突っ込まず、天羽とそっと触れ合うだけの口づけをする上岡。  
 
 
 
 
………いつ何時でも、天羽を欲しくなったのなら求めようというどこか間違った決意と共に。  
 

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