Lの季節  

「うわぁ………」  
雨音、というよりはもはや単なる轟音として上岡の脳内で処理される。  
既に日も沈んでいることと相まって、  
窓越しに見える向かいの校舎の形もおぼろげになっている。  
傘というささやかな抵抗手段も今回は持ち得ず、ただ嘆息するばかりであった。  
ず、と淹れてもらったコーヒーを飲む上岡。  
ビーカーで飲むのにももう慣れている。  
「………止まないねえ」  
そう言って煙草を燻らせているのはここ理科準備室の主、草壁湊である。  
本日は日曜日。  
新聞部に所属している上岡は、運動部員に対する取材と原稿を仕上げるために  
休日出勤を余儀なくされていた。  
今日はこの辺にして………と思っていた所にこの雨である。  
呆然としていた所に草壁が声をかけて来てくれたのが  
唯一の救い、というか僥倖だった。  

ある事件をきっかけに、草壁とは学園内でも特に親しくなった。  
と上岡は思っている。その後、特に何があった、という訳でもないのだが………  
「まあ、もうしばらく待ってみようか、上岡君」  
どこか楽しげに見えるのは上岡の希望から来る思い込みだろうか?  
「退屈かい?」  
「いやあ」  
「『いやあ、本当に』なのか『いやあ、そんなことないですよ』  
 なのか曖昧な言い回しだね」  
「後者ですよ」  
等と軽口を叩き合っていたが、次第に話題も尽き、  
両者ともに黙って雨の日特有の気だるい空気に身を任せていた。  

残りわずかとなったコーヒーを飲み干し、  
この沈黙を上岡が破る。  
「この間は、本当に有り難うございました、先生」  
「なんだい突然」  
「東由利さんの一件の事ですよ」  
お互いにどうにも扱いかねて、触れないようにしていた話題だった。  
気まずい、と言うよりは気恥ずかしいのだ。  
「いやあれは、自分自身の為でもあった訳だしね………」  
珍しく歯切れの悪さを見せる。  
「曖昧ですね」  
その少し照れた様子が新鮮で、ついからかってしまう。  
バツが悪そうに後頭部に手をやる草壁。  

「君、なんだか最近性格が悪くなったんじゃないか?」  
「そんな事無いですよ」  
「弓倉君も大変だろうなあ」  
「んな、なんで亜希子さんが出てくるんですか」  
反射的に友人の顔を思い浮かべる。  
「ほう、『亜希子さん』ね」  
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる草壁。  
己の不用意な一言に逃げ道を奪われる上岡の目の前には、  
自ら掘った墓穴が口を開けている。  
まるで講義中に指名され、答えに詰まった時の様な居心地の悪さを感じ、  
こちらを見つめる教師の瞳から逃れるように身を引いてしまう。  

してやったり、と丸椅子のキャスターを軋ませて間合いを詰め、  
草壁の顔が上岡の眼前に突きつけられる。  
「い、いや、その、下の名前で呼んでいる事には深い意味は無い訳でして  
 そんな別に、あの、確かに結果的には着替えを覗く形にはなってしまいましたが」  
動揺の余り、どんどんドツボにはまってゆく。  
あー、だのえー、だのとうなるばかりで、弁解すらままならなくなる上岡。  
助けを求めるように目の前の教師の様子を覗き見る。  
と、目の前が白一色に包まれた。  
「!?」  
草壁の胸に抱かれたと気付くのに若干の時間を要する。  
「ごめん、ごめん」  
「え?あ、あのっ、あ、なんで」  
鼻先と頬に豊かな膨らみを感じる。  
「可愛くてね。つい」  
そればかりか、グリグリと頭まで撫でられてしまっている。  
まるで犬でもあやすかのようだった。  

実際、頬に直に伝わる体温と鼓動、服に薄く染み付いた煙草の匂いによって、  
パニック状態にあった精神が凪いでゆくのを感じる。  
ぶつくさ言いながらもされるがままになる上岡。  
「君の良い所だと思うよ?」  
照れもあるのか、上岡は無言。  
そのまましばらく、草壁に抱かれるままに時を過ごす。  
草壁は、幼子にするように、上岡の後頭部を撫で続ける。  
相変わらず激しく屋根を叩き続ける雨の音と、時計の秒針の音のみが、  
上岡の聴覚を刺激する。  
鍵は、やら閉門時間は、等といった雑多な思考が溶かされてゆき、  
それに伴う欠伸をかみ殺す。  
「ぷっ」  
頭上からクスクスという笑い声が聞こえる。  
「な、なんですか」  
「つくづく、可愛いなと思ってね」  
このやり取りでタガが外れたのか、破顔する草壁。  
上岡の背中に回された彼女の腕に力が込められる。  

「言ってなかったかい?さっきみたいな場合は色っぽいきり返し方をするものだ、って」  
軽く責めるような口調とは逆に、優しげな視線が向けられる。  
どこか懐かしげなものも含まれるそれに、上岡の胸がチクリとする。  
己に誰を重ねているのかはすぐに思い当たるものの、  
今は、誰かの代わりでも構わない。  
ひとときの無聊を慰めるための人間でもいい。そう思わせる程この場所は心地よかった。  
我ながら卑怯だな、と思う。  
「では、この可愛い上岡君にご褒美をあげようか」  
沈黙、という精一杯の心配りをよそに、話を先に進める草壁。  
気取られまいとしているのか、純粋に楽しんでいるのかは微妙だった。  
「もう、もらってますよ、って先生!?」  
ベルトの金具が草壁の手によって外された。  
咄嗟に草壁の手に自分の手を添える。  
添えたはいいものの、ロクに力も込められていない上岡の腕を易々と払う草壁。  

「最後に言った可愛い、っていうのはね」  
ジッパーが下ろされる。  
「君のその小生意気な気づかいがという事だよ」  
だよ、の所に妙なアクセントを置くと同時に、パンツ越しに強めに握られる。  
「っく………」  
ただそれだけの刺激で、既に硬度を増しつつあった。  
パンツから引きずり出され、掌全体で撫でまわされる。  
「君は誰の代わりでもないし」  
図星をつかれた上岡は言葉を失う。  
冷や汗が浮いている額とは裏腹に、刺激されている部分の熱さは増す一方だった。  
「ましてや私は君をペット扱いしようなんて思わない」  
まるで一人でする時のように激しく上下にしごかれる。  
「あっ、せ、先生っ、ちょ、激しすぎ、ぅあ」  
草壁の白衣を握り締める上岡。その肩口の辺りに深い皺が生じる。  
彼の懇願は当然のように無視される。  
「あれ以来、久しぶりに本気で欲しくなったんだ………だから」  
鈴口に親指が添えられ、円を描くように刺激される。  
「え、うっ………うっ」  
皺がより深くなる。  
『だから』なんなのか気になるが、上岡は強すぎる刺激とそれに伴う快感、  
苦痛に翻弄されて言葉らしい言葉を発する事が出来ないでいる。  
「だから、君がそんなに卑屈になる事はないんだよ」  
言うや否や、上岡の唇に軽く草壁の唇が重ねられる。  
「な?」  

女性経験はおろか、キスすらした事が無い上岡である。  
ロクに唇も離れていない状態で念を押されては、ただ頷くしかなかった。  
そんな初な反応に満足したのか、草壁の指が動きを止める。  
その指は、滲み出た先走りによってぬめっていた。  
「少し乱暴にされた方が感じるのかい?」  
言って、指に絡んだそれを舐め取る。  
「か………勘弁してくださいよ、先生」  
目を背ける上岡。  
はは、と軽い笑い声が視界の外から聞こえる。  

上岡が非難を込めた視線を向けたその瞬間、根元までが生暖かい感触に包まれた。  
「せんせ、いぃ………っ、ちょっ………」  
上岡の訴えをよそに、草壁の唇は幾度も上岡のモノを上下する。  
先端を包み込んだ状態で首の動きを止め、  
再び溢れ出した先走りと唾液をまとめてジュルジュルと吸い上げる。  
今や非難の声を上げる事も出来ず、上岡は息を荒げるばかりだった。  
そのまま、先端の割れ目が舌で割り広げられる。  
「っ………か、はぁ………っ」  
上岡の腰がピクピクと痙攣する。  
情けないほど大きな声を上げていることに今更気付く。  
草壁は一旦上岡を解放し、彼の唇に自分の人差し指を押し当て、しぃ、とたしなめる。  
「そんなこと言われても………」  
一応小声になる。  
再び先程の位置に顔を移動させる草壁。  
頬を上気させ、口の周りをベトつかせたままの笑顔。  
眼に焼き付いたそれは、上岡の鼓動を更に早くさせた。  
最早雨音も上岡の耳には届かず、股間から聞こえる草壁の熱のこもった吐息と、  
淫らな水音のみが彼の聴覚を支配している。  

「ぅ………ぅう………っ」  
雁首を舌先で丁寧になぞられ、堪えきれず声を洩らしてしまう。  
口をつむぐと同時に、限界に達しつつあることを自覚する。  
「せ、先生っ」  
上岡のうわずった声から察したのか、強く吸い上げる草壁。  
間髪置かずにその口内に上岡の精液が放たれる。  
「っく………っ………」  
上岡自身経験に無いほどの量を放ち、それが草壁の口内を犯してゆく。  
「ん………んぅ………」  
やや苦しげに眉を寄せ、喉を上下させるているその様子を見ていると、  
ぞくぞくとした感覚が背筋を駆け上がっていった。  

粘液の糸を引いて、草壁の唇が離れる。  
口内に若干残っていたそれを飲み下し、ティッシュで口を拭った後、  
「続きは、また今度にしようか」  
一滴残らずという程吐き出した余韻に浸り、呆けている上岡に声がかけられる。  
「はい………」  
素直に従う上岡の様子に苦笑し、顎で窓の方を指す。  
雨はいつの間にか上がっていた。  
のろのろと着衣を正す上岡をよそに、口を濯ぎ終えた草壁は  
早くも煙草を咥えている。  
「もっとガツガツしている物じゃないのかい?高校生は」  
煙を吐き出す。  
正直、いっぱいいっぱいだった上岡は、この場でこれ以上の事をしようとは  
あまり思えなかった。返答代わりの苦笑を浮かべる。  
「雨が降ったら、またおいで」  

 
 
 
 

月曜日も雨だった。  

おわり。  

 
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