痛む頭を押さえてふらふらと歩く。  
「……ちくしょ……思いっきり殴りやがって……」  
 殴られた箇所は赤く痣が残り鋭く痛む。それもこれも今まさに俺の前を歩くおとこおんなのせいだ。  
「何か言いましたか? 覗き現行犯のクーさん」  
「べつにッ」  
 何事か物騒な言葉をシスカはブツブツと呟いている。それを全て聞き取れないまでも、何故だか背筋が空寒くなった。あれは何ていうかもうすでに呪いの領域にまで昇華されてないか?   
「……ま、まぁ先輩。クーも、いや僕もですが……悪気があったわけではなくてですね……なんというか魔が差したと言いますか……」  
「ほぉ興味深いですね、悪気はなかったというのですか?」  
「……す、すいません」  
「いえ、謝る必要なんてありませんよ、悪気はなかったんですからね。  
 …………男湯と女湯を隔てられた敷居に空いていた穴から詰め寄って覗き、あろう事か敷居を倒して女湯に侵入したとしても悪気がないのならあなたはまったく悪くないですよ。ええ、謝る必要なんてありません。  
 法によって許されざるとしてもその気がないのならば天の神さまだろうと未来のカミさんだろうとお許しになるでしょうとも! 例え犯罪者な後輩だとしても……いえそのような後輩だからこそ、今よりもっと誠意を以て接しようと心に誓いましたよホホホ……!」  
「ひいッ!  
 ……ですが……断じて僕は枯れてなんていないことを証明するためにですね……」  
「ローウェンッ!」  
「ハ、ハイッ!」  
 
 ローウェンが先程から間に入ってシスカをぬるくなだめている、……が今回ばかりはなんだか逆効果の模様、怒りのボルテージは留まるところを知らず上がっていく。その横では先程から二人のやりとりを見てキーアがにやにやと笑っている。  
「……ま、まぁ先輩、さっきそこで買ってきたコーヒー牛乳でもどうぞ  
 お、おいしいですよ〜! 温泉上がりにはヤッパリコーヒー牛乳です!」  
 ローウェンから手に持っている二本のビンをシスカは即座に奪い取り、1秒もかからぬうちに――――ってうわ……こいつすげぇ……。  
「ローウェン! もう一本!」  
「はいッ」  
「次はフルーツ牛乳ッ!!」  
「はッ、はい〜! すみませェん!」  
 ぐいっ、と口元を拭うシスカ。その鋭く光る鬼先輩の眼光に怯み何故か謝るローウェン。それを尻目にキーアが、私にもフルーツ牛乳三本ね〜、などどあろうことか同じくパシリに使っていた……。  
「大体ですねッ、私だけならいざしらずあそこにはレンさんとキーアもいたんですよ! それに関してはなんら反省する点でもないというのですかね、どっかの空賊さんは!」  
「ぐ……」  
 レンの事を出されると痛い。オレの隣を眠そうに歩いているレンをちらりと盗み見る。  
 ……何というか後ろめたすぎる。やっぱり怒ってるよな……。  
「こんな大変な変態をこのまま放置していくわけにはいきませんね! この際本部に戻るまで徹底的に監視してからしかるべき場所に突き出してやらないと……!」  
 くそ、あれで愛想つかされたらやだなぁ……。違うんだ、ローウェンの言うとおりほんの魔が差しただけなんだ……。船暮らしが長くて女の子なんて初めて見たようなもんだから覗きも初犯だし……。だめだ、言い訳なんてしたら余計だめだ。ここは男らしく……。  
 
「そんな人間、いかに私のいかな寛大な心を以てしても――――」  
「いいよ」  
「――――へ?」  
「私は覗かれても別に構わないわ」  
 呆気にとられた声は誰のものだったか、意外なことをレンは寝ぼけまなこで口にした。それはその、何ていうかさすがにまずいんじゃないかっていうか、もう覗き放題でイヤッハーってことか、ってマズイ鼻血が…………。  
「そだねー、私も別にいいかな」  
「レンさん! ああ、キーアまで……!  
 ああ、近年の乙女の貞操感覚は花と散りらむそうろう……!」  
 ショックを受けてその場にうなだれるチビ女一名。  
「フルーツ牛乳買ってきたよ〜、…………ってどうしたんですか、先輩?」  
 ローウェンが手に四本ビンを抱えて戻ってきた。  
 それをキーアは四つとも受け(奪い)取ってシスカもかくやというスピードで飲み干すと「さーて、食うぞー」意気揚々と部屋に入っていった。  
 

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