その爆弾発言は、城壁を壊した大砲よりも強烈だった。
「オーソン。おまえにこれから一週間、夜伽を申しつける」
ちゅどーん。
オーソンの頭は、漂白剤に漬け置かれた衣類のように真っ白になった。
「わかりました。……むか〜し昔あるところに、おじいさんとおばあ…」
「そっちの伽じゃない。男女間のプロレス、はっけよいよい48手、夜のお菓子うなぎパイを
必要とするスポーツ、の方の夜伽だ」
嘘だ。誰か嘘だと言ってくれ。
オーソンは心の中で呻いた。
確かに時々エヴァンジェリンは、変な小娘の世界チャンピオンに君臨するほど突拍子もな
い事をしでかす。
だが少なくとも、性的な面では慎み深いはずだ。
「姫……。一体どこから、そんな突拍子もない考えが出て来たんですか」
「うむ。先日、大学時代の友人の結婚式に出たであろう?その友人が旦那様を捕まえる
のに、ベッドで誘惑したと申しておってな。これだ!と思ったのだ。顔の良い王子を誘惑
するために、処女である必要もあるまい。既成事実を作ってしまえばこっちのものだ!」
エヴァンジェリンはこぶしを握りしめ、仁王立ちで高らかに笑っている。
オーソンの頭はズキズキと痛みを訴え始めた。
このあっけらかんとした姫に、どうしてSEXを教えられよう。
どんな事をするか、知っているかどうかも怪しいと言うのに。
「他の者に教わったらいかがでしょう?」
コホン、とせきばらいして、オーソンは逃げを打ってみた。
この場合、忘れてくれるか諦めてくれるのが、一番理想的なのだが。
「執務室の中で未婚なのが、おまえとクラウゼとイエーガーだけなんだ。で、年功序列で
先に二人に持ちかけてみたのだが、イエーガーは翌日いきなり入籍し、クラウゼは胃炎
で入院。……結局お前しか残らなかった、という」
「あれは、姫のせいだったんですかっっ!!」
執務室は色々な職務を兼任している。一人欠けただけでも仕事量がふえるのだ。
クラウゼの胃炎とイエーガーのハネムーンで、執務室はてんやわんやだった。
眩暈を覚え、がっくり崩れたオーソンが、かろうじて机に寄りかかった。
「ワルツのステップすら覚えられない姫が、性技のノウハウを覚えられるとは思えません。
まだ、アルプスアイベックスにフォックストロットを教えた方が楽そうじゃないですか……」
「失礼な!努力と根性すらあれば、なんとかなるであろう?」
「姫……あなたは、SEXのどんな事をご存じなんですか?……多少なりともご経験は?」
「うむ。まったくない!」
はっきりきっぱり答えるエヴァンジェリンを横目に、オーソンは神を呪いたくなってきた。
オートリバースの不幸は、伝染するものなのだろうか。
だいたい、初めての経験を愛情なしで済まそうなんて、血迷ったとしか思えない。
いっそのこと、いきなり押さえ付けて、この場で暴力的に奪ってしまおうか。
そうすれば、自分がいかに考えなしな事をしでかしたのか思い至るかも。
オーソンの脳裏に一瞬、目の前の机上に押し倒され、あられもない恰好で泣き叫んでいる
エヴァンジェリンの姿が浮かんだ。
そんな妄想をしてしまった自分に、吐き気を覚える。
姫が泣く姿など見たくない。
能天気ににこにこと笑っているエヴァンジェリンを見て、自分の胃にも穴が空きそうだと
思い、オーソンからため息がもれた。