「なんでこんなに多いんだよ!」  
「今年は少ないくらいよ。不景気なのね」  
 
今夜はクリスマス・イブ。  
例によってへっぽこ探偵をひきつれて退屈なパーティに出席した後、  
ついでにもう一仕事と、会社に届いたプレゼントの山を、  
フォレスト君の車に積んで自宅まで運ばせたのだった。  
「それはそこに置いといていいわ。こっちの山は私の部屋へ運んで」  
「…おい。俺一人でやれってのか。いつもたくさんいるメイドさんたちはどうした」  
「イブの夜よ。みんな出かけてるわ。いるのは警備員くらいよ」  
「俺だってイブの夜に…」  
「なんか予定でもあった?」  
「…ねえよ。」  
「じゃあお願い。依頼料はずむから」  
「本当だろうな」  
「クリスマスだもの。それぐらいはね.。まあ、働き方次第だけど」  
軽口をたたきあいながら、たくさんの荷物のせいで危なっかしい足取りのフォレスト君を  
自室へ案内する。  
ブツクサいいながらも、フォレスト君はテキパキと仕事を片付けてくれた。  
「どうもありがとう。お茶いれるわね。あと、もうひとつ頼みたいことがあるの。いいわよね、どうせ予定ないんでしょう?」  
フォレスト君の返事を聞く前に、私は部屋を出た。  
 
上着を脱ぎ、ネクタイも外してしまったフォレスト君は、私が特別にいれてあげたお茶を仏頂面で飲んでいた。  
私が次から次へ仕事を言いつけるのが面白くないんだろう。  
(変わらないなあ)  
フォレスト君に久々に会った人は皆驚く。出会ってから8年、フォレスト君の外見は  
ほとんど変わっていなかった。  
お前のせいで寿命が縮みっぱなしだとか、やつれてボロボロだとか文句を言う割に、  
もともと童顔なのも手伝って、まだ20代と言っても通用するほど若々しい。  
それが、私には嬉しかった。  
永遠に埋まらない、私とフォレスト君の年の差。  
だけど、なんだかフォレスト君が、待っていてくれてるんじゃないかという気がして。  
私が、大人になるのを。  
 
お茶を飲み干しても、アレクは次の用事を言いつけてこなかった。  
手の中で空のカップを弄びながら、視線は棚の上に注がれている。  
振り返らなくても、何を見ているかわかる。―親父さんと二人で写っている、幼いころの写真。  
今年こそは、クリスマスをパパと過ごせる。毎年アレクはそう願ってるはずだ。  
しかし今年もその願いは叶わなかった。  
それで、ひとりでいたくなくて俺を引き留めているのかもしれない。  
(それなら、ヘザーさんの招待を受ければいいのに… ったく)  
口に出したら依頼料を減らされるのがわかっているので、俺は懸命にもそれは言わなかった。  
「アレク」  
「なあに?フォレスト君」  
「…外に何か食べに出るか?」  
貧弱な財布の中身を少なからず気にしながら、俺は一応誘いかける。  
仕事がないなら帰るぞ、という立ち上がるには、あまりにもアレクの姿は寂しそうで。  
「今からじゃ、有名店は満杯よ」  
「俺が有名店に連れてけるわけないだろ」  
「ま、フォレスト君が良く行くマクドナルドだって有名店よね」  
返ってきたいつもの生意気な物言いにホッとしつつ、俺は立ち上がりながらアレクをどこに連れていくべきか考えていた。  
暖かくて、旨いものが食えて、あまり下品ではないところ…  
「フォレスト君」  
「ん?」  
続いて立ち上がったアレクが、まっすぐにこちらを見ている。  
「あなたは知らないだろうけど、いいニュースがあるのよ。教えて欲しい?」  
「いいニュース? どうせ俺にとってはいいニュースじゃないんだろ」  
「さあ、どうかしらね」  
「いったいなんだよ」  
「フォレスト君」  
「ああ。」  
「私、18歳になったのよ」  
「知ってるよ。今年贈った満月もきれいだったろ?」  
「ええ。―だから、私に手を出しても、もう犯罪じゃないのよ」  
 
…ここで言い返せなかったのが、俺の敗因だと思う。  
思わず絶句してしまった俺の目に映っていたのは、あの小生意気な少女ではなかった。  
 
出会って8年。  
アレクはあっという間に成長した。  
髪は腰まで伸び、背だってもう俺より少し低いくらいだ。  
あの嫌味で大人びた物言いも、もう違和感がない。  
目の前に立つのは、パーティ用にドレスアップした、すらりとした姿の美しい女性。  
意志の強そうな瞳が、まっすぐに俺を見ている。  
 
一瞬の戸惑い。  
 
俺が我にかえる前に、アレクが胸に飛び込んできた。  
 
これは俺の依頼主。口うるさいボス。大金持ちの天才少女。  
そして、18になったばかりの…子供。10以上年下の、子供。  
さっきの言葉がどういう意味なのか、この行為がどんな意味を持つのか、  
わからないわけじゃない。  
だが、抱きしめ返すわけにはいかない。  
そう自分に言い聞かせているにもかかわらず、  
俺の腕は意志に反したように自然ともちあがり、彼女をかたく抱きしめていた。  
「…っ フォレスト君…」  
苦しそうに身じろぎし、アレクが俺を見上げた。  
もう、あの小さなアレクサンドラではない。  
彼女の表情も、腕の中の華奢な体も。  
彼女が一人前の女性であることを、声高に主張していて。  
(降参だ…)  
わずかに身をかがめると、アレクの長いまつげがゆっくりと伏せられた。  
唇を重ねながら、俺は細く残った理性の糸が音もなく消えていくのを感じた。  
 
「ひゃ…ん」  
うーっ、声が出ちゃう。  
何度も何度もキスを交わし、舌を絡めるのも、  
フォレスト君が私の服を1枚1枚脱がせるのも、全然恥ずかしくなかったのに。  
「ゃあん」  
フォレスト君の唇を体のあちこちに感じるたび、自分でも聞いたことがないような声が出るのが  
恥ずかしくってしょうがない。  
でも、私の声を聞いたフォレスト君の表情を見たら、そんな思いも消えた。  
「あ…ぁ…」  
だんだん体が熱くなり、頭がぼうっとしてくる。表面ではなく、奥から湧き上がるような熱さ。  
彼の指が私の中心にのび、小さな水音をたてると、甘い痺れが体中に満ちてきた。  
やがフォレスト君の体が私にのしかかってきて、ゆっくりと私の中に入り込んできたとき、  
私を貫いていたのは、足の間の痛みと、胸が痛くなるほどの幸福感だった。  
 
フォレスト君を、私のものにしたかったわけじゃない。  
彼はいつだって私のものだった。少なくとも、私が雇ってる間は。  
常に私の傍で、私のことを考えてくれた、パパ以外の、唯一の人。  
18になるまでの間、素敵な男の人にもいっぱい出会った。言い寄ってきた人もいれば、良い友人になった人もいる。  
だけど、私に明かりを与えてくれたのは、このお人好しの私立探偵だけだった。  
 
フォレスト君を、私のものにしたかったわけじゃない。  
私を、フォレスト君のものにしてほしかったのだ―  
 
「フォレスト君」  
「ん?」  
けだるい休息の中、ぴったりくっついたアレクの体から、直に熱が伝わってくる。  
「なんか、私に言うことあるんじゃないの?」  
腕の中にいても、彼女の口調はいつもと変わらない。  
いや、いつもの調子を取り戻した、と言うべきか。  
「来年のクリスマスに言ってやるよ」  
「じゃあ、依頼料は次のクリスマスまでお預けね」  
「おい」  
本気でやりそうな口調に少々焦りながら、アレクの望む言葉の代わりに  
たくさんのキスを落とした。  
「ん…」  
息苦しいのか、鼻にかかった声をもらすアレクに、さらに深いキスを。  
首に回された細い腕を、体の下の柔らかな体を。  
こんなに愛しいと感じる時がくるなんて、予想もしていなかった。  
 
「フォレスト君」  
「ん…」  
「メリー・クリスマス」  
「…メリー・クリスマス」  
 
やがてすやすやと寝息をたてはじめたアレクの体を、しっかりと抱きしめて、  
いつしか、俺自身も眠りに落ちて行った。  
 
 
…イブの夜は、ゆっくりと更けてゆく。  
 

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