女官達がぞろぞろと退出して行く。
最後の一人となった女官長が、見たこともないような優雅な最敬礼をした。
ちゃんとした挨拶が出来るなら、何故いつもしないのか。
「エヴァンジェリン姫、アルバート公。この度は本当におめでとうございます」
「うむ、ありがとう。下がってよい」
部屋に残されたのは、私と、私の花婿であるアルバート・オーソン公。
私の臣下であったが、本人の熱意と左右の薦めにより、本日めでたく婚礼の儀と相成った。
居並ぶ百官を前に、私への愛と忠誠を誓った言葉は、我が国の歴史に刻まれるであろう。
「俺は一生を姫とこの国に捧げます!だから、両親にだけは危害を加えないで下さいっ!」
急に二人きりになったので、ちょっと間が持たない。
この日の為に教育は受けているが、実際に直面してみないと対処出来ない問題もあるのだな。
流石は初夜、あなどれんな。取り敢えず、テレビを点けた。
勿論、どの局も私達の結婚についての特番だ。
エッシェンシュタイン城の大広間に流れる祝福の歌を聴きながら、涙ぐむ美しい花嫁。
このオリジナル・ウェディングソングをセリーヌ・ディオンに歌わせるのに
かかった手間と金を思うと、これぐらいの涙では済まないというものだ。
これから稼がせてもらうぞ。
執務室長の話では、婚礼の儀の中継が終わってから、
この曲の販売情報の問い合わせが殺到しているらしい。
これでこそ、結婚した甲斐があったというものだ。
オーソン…いや、アルバートが私の頭を撫でた。見ると、涙を浮かべている。
そうか、お前も今回の経済効果を想像して嬉し涙が止まらないか。
オーソンが異常に明るい声で言う。
「このテレビセットは、日本の皇太子殿下から頂いた物ですね。この装飾は蒔絵というのでしょうか」
「ああ。裕福な上に気配りの行き届いたお方だ。
またしても奥方が体調不良で欠席なのはちょっと許せんがな。
私の一生に一度か二度のめでたい日だというのに。殿下もさっさと側室でも迎え…」
「止めて下さいっ、姫!国際問題を引き起こす気ですか!」
「エヴァンジェリンと呼べ。いや、しかし実際だな…」
「さあっ、他の皆様から頂いたお祝いの品でも拝見しましょう!」
「大体…」
「さあッ!」
まあよかろう。私もさっきからテーブルの上は気になっていた。
銀のボンボニエール、サファイアのネックレスなど、換金性の高そうな物がいっぱいだ。
銀のティーセット、バカラのグラス、“性生活の知恵”…?
「なんだこの本は。どちらからの贈り物だ?」
「ああ、それはマリネラ国王、パタ…」
「あのつぶれ大福か。やりそうなことだ」
あのケチが特産品のダイヤを贈ってくるとは思っていなかったが…覚えていろ。
「さあ、そろそろ床に入ろう」
大丈夫、この日の為に色々教育は受けている。滞りなく初夜を迎えられる筈だ。
オーソンは頷くと、私の肩に手を回した。
「こんな風に二人で夜を過ごすなんて、今でも信じられませんね」
「私のひいじいさんの時代には、初夜には十六人の立会人がいたのだぞ。
お前が望むなら、今から立会人を入れるか?」
ベッドサイドの呼び鈴に伸ばした私の手にオーソンの手が重なり、そのままベッドに押し付けた。
「そんな用で呼ばれた日には、執務室長が本当に倒れてしまいますよ」
オーソンは私にキスをした。
最初は唇が触れるだけだったが、徐々に舌で私の唇を舐め始めた。
その内、息が荒くなるにつれて、私の口の中に舌を捻じ込んできた。
私の舌に自分の舌をなすりつけ、唾液を流し込んでくる。
「姫」
こういう場には相応しくない、ちょっと冷静な声。
片目を開けて、オーソンを見る。
「何か俺、すっごいやりにくいんですけど」
「私達の初めての交歓だからな。無理もない。焦らなくてよいぞ」
「いや、そうじゃなくて…。姫、ちょっと冷めてます?」
何を言うか。こちらの息だって荒くなってきたし、身体も熱い。
まだ何か言おうとするのを唇で塞ぎ、今度はこちらから舌を入れた。
舌を軽く噛んでくるのが不思議な気分にさせる。
オーソンはぎゅうぎゅうと身体を押し付けてくるが、
太ももに嫌に硬いものが触ると思ったら、大きくなった陰茎だった。
夜着の上から触ってみたが、こんなものが本当に膣内に入るのか不安だ。
「俺はちょっと、余裕なくなってきました」
聞いたこともない、かすれた声。
そのまま私の夜着を脱がしにかかる。覚悟はしていたが、なかなか恥ずかしい。
オーソンの手が私の尻を撫でる。
そしてそのまま…あんなことやこんなことがあったが、そのあたりは割愛だ。
さて、いよいよ陰茎が私の膣口に…痛い!
これは痛い。初夜でなければ大暴れしているところだ。
突然、私の視界が広くなった。
私の上に覆い被さっていたオーソンが、ベッドに寝転がったのだ。
腕を私の首に回し、反対の手で私の髪を撫でる。
「今日はここまでにしておこう」
ここまで?初夜は中止ということか?
「そうはいかん。子孫繁栄は王族の義務。経済効果の次は、世継の誕生が期待されているのだぞ」
「どうしても今日でないといけないってことはないでしょう。
姫の気持ちと身体の準備が出来るまで、俺はずっと待ってますから」
そうしてもらえると有り難い限りだが、なにしろ私には子供を産む義務がある。
「姫は、子孫繁栄の道具としてしか俺を見てないんですか?」
「ああ、そうだ。だが、オーソンしか子孫繁栄の道具としては見ていないぞ」
オーソンの視線が私から逸れ、宙を彷徨いだした。虫でも飛んでるのかと思って、つい視線を追ったじゃな
いか。
「あの…。仰る意味が判りかねるんですが」
初夜の床で何を口走るか、痴れ者め。
「愛の言葉を囁いているんじゃないか」
オーソンに覆い被さって続きをしようと思ったが、腕の中に抱きすくめられてしまった。
「それでも急ぐ必要はないでしょう?俺達にはまだまだ時間があるじゃないですか。
死が二人を別つまで一緒にいるって誓ったんですよ」
「中国の諺に“朝に道を尋ねたら、夕方死ぬこともある”という。
明日死ぬかもしれないのに悠長なことを言ってられるか!」
腕の中から脱出すると、この夜の為に練習していたセクシーポーズをとった。
「姫、全裸で大の字ってのは…。嬉しいことは嬉しいんですけど、何かちょっと違うような…」
ああ、男の生理というのは難しいものだと聞いていたが、ここまでとは。
仕方ない。私は膝を曲げ、所謂、M字開脚のポーズをとった。
一国の王女がこのようなあられもない姿を見せているのだぞ。これは飛び掛らずにいられまい。
しかし、オーソンは夜具をそっと掛けてきた。夜具を跳ね除けて、飛び起きる。
「いずれ王配(女王の配偶者)となって私とともに国を治めるお前が、そんな気弱なことでどうする!」
ベッドからずり落ちたオーソンが、蛙のような声を出す。
うむ、M字開脚というのは実際に見てみると、さほど扇情的なものでもないのだな。
次回から開脚はなしにしよう。
ベッドサイドに立って、身体を起こしたオーソンを見下ろす。
後ににじり下がるので一歩近づく。また下がるので、こちらも前に出る。
「全裸の女に追いかけられるのは全男性の夢と言って過言ではないですが、姫、少々お待ちをっ」
「エヴァンジェリンと呼ばんかー!」
夜はまだまだ長いし、私達の幸せな一生もまだまだ続く。
死神だろうがメフィストフェレスだろうがワルキューレだろうが、私が追い返す。
そして、いつか言った通り、長い一生涯、私はお前をずっと困らせてやる。