「ん……はぁ……」
とっくの昔に夜の帳が下りた亥の中刻。滅多に家族の帰ってくることの無い家の中で、結野嵐子は熱の篭った吐息を漏らした。
指通りが良さそうな少し青みがかったショートカットの髪に、長い睫毛に彩られたぱっちりとした大きな瞳。陶磁器のような白い肌に、薄い桜色をした唇。そして、ほっそりとしていながらも出るところはしっかり出ていて、パジャマの一部が大きく盛り上がっている。
街を歩けば誰もが振り向くであろう美少女なのだが、月明かりに照らされた今の顔はとてもじゃないが人に見せることはできない。
さらさらとしていた髪は汗でべとべとしており、印象的な大きな瞳はトロンとしていた。透き通るような白い肌は赤く上気していて、薄く開いた唇からは熱い吐息と共に少量の涎が垂れていて、枕元に小さな染みを作っている。
毎日自分に触れた男性を殴っている手はパジャマの上から胸を這っており、その手が敏感な部分を通過するたびに小さな体はビクッと反応し、ベッドのスプリングがミシミシと悲鳴を上げる。
手を、這うような動きから軽く揉むような動きに変更する。やわやわと胸を揉んでいると体が羽のように軽くなったような錯覚を覚えた。与えられる快楽に、次第に頭がぼぉっとしてくる。
親友である間宮由美のマッサージでも快楽を受けるのだが、それよりも今の快楽の方が圧倒的に強かった。
何故なら。
「あっ、やぁっ……タロー、そんなとこ……だめぇ……」
何故なら――由美のマッサージ術では肉体的快楽しか与えられないが、今現在嵐子がやっているものでは精神的快楽も受け取ることができるからだ。
自分の手を想い人のものだと強く思うことによって、その人間と性行為をしているような錯覚を覚えることができるのだ。現在、嵐子の脳内では自分と砂戸太郎が愛し合っているような場面が再生されているはずだ。
『結野……脱がせるぞ』
『あっ、タロー』
脳内とリンクさせるように嵐子の手がパジャマを脱がせる。ボタンを上から一つ、二つ、三つと外し――そこでストップ。
『……あれ。全部脱がせないの……?』
『あぁ、お楽しみは最後まで取っておくべきだからな』
『そっか。タローらしいね』
完全に露出した胸を直接揉み始める。パジャマの生地が邪魔をしない分快感が直接脳内に響き、嵐子は一際大きな喘ぎ声を上げてしまう。
普通なら家族のことを気にして声を抑えるのだが、彼女は一人暮らしをしているような状態なので心配する必要は無かった。どれだけ快楽に溺れても、咎められることは無い。滅多に家に帰ってこない父親に感謝する。
自己主張をし始めた乳首を強く摘まんでみる。
「ひんっ」
途端、まるで電気が流れたように体中が快感に痺れ、嵐子は頭を仰け反らせて跳ね上がる体を必死に抑え付ける。軽い絶頂に、下腹部から何かが湧き上がってくるような感覚を覚えた。
『結野……。そろそろ下も、良いか?』
『うん。タローになら何をされても良いよ……』
妄想の中で太郎がパンツの上から刺激を与えてくるのに合わせて、現実でも嵐子がパジャマの上から足の付け根に指を這わせる。
『じゅん』
「ああっ……」
そこは、服の上からでも解るぐらい濡れていた。溢れ出た体液はパンツを素通りし、パジャマの生地に染みを作り、その上でなお指を濡れさせる。
ねばねばと糸を引く愛液。嵐子はしばらく己の指を眺めていたが、数秒も経たない内にズボンをずり下げ、パンツも膝の辺りまで下ろし、直接秘所に指をあてがった。
「や、あぁんっ!」
今までの比じゃないほどの快感。股間は洪水を起こしており、嵐子が指を動かすたびにシーツの上に染みを作っていく。
「タロー……、タロー……」
結野嵐子は男性恐怖症である。
妄想の中でならば太郎と性的な行為もできるが、現実的には不可能。彼女は男性が近くに居るだけで気分が悪くなり、何かの間違いで手でも触れようものなら途端に手が出てしまう。
好きな人と触れ合いたいと思うのは年頃の女の子としては常識的な考えで、なのに嵐子はそれができない。無理をすれば手を繋ぐ程度ならできるだろうが、その後に待ち受ける惨状を考えるとどうにも動けないのだ。
悶々とした気持ちは日が経つごとに増えていき、それは欲求不満という形で顕在するようになった。嵐子はそれを解消するために、定期的に太郎をオカズに使って自慰行為に耽っているのだった。
『くっ、もう……もう、出そうだ結野!』
『あっ、やんっ、……良いよ、太郎、中に……はぁんっ……出して!』
妄想の中では既にラストスパートをかけていた。嵐子は右手で胸を荒く揉みしだきながら、左手はぷっくりと膨れ上がったクリトリスを摘み、
「あっ、やっ、あ、あ、あ、やぁああああああああああああぁぁあああああああああああっ!!」
絶頂。
嵐子は体を弓なりに反らせて絶叫し、下腹部から勢いよく湧いてきた体液がベッドの上に飛び散らかる。
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
しばらくすると嵐子はくてんと体をベッドに預け、絶頂の余韻に浸り始めた。その体は未だにピクピクと動いていて、微弱な電気が流れているように感じる。
嵐子は、深呼吸をして荒い呼吸を整えると顔にベタベタくっついている髪の毛をかきあげ、額の汗を拭うと、心の中で思うのだった。
(はぁ……またしちゃったな……。タローにはいつも迷惑かけてばかりだ……)
妄想の中でとは言え好きな人を汚してしまった罪悪感と、その妄想が現実になることは不可能だと言う絶望感。
そのどちらも払拭するためにも、できるだけ早く男性恐怖症を治そうと決意を固める嵐子なのだった。
終われ