−Prologue−  
 
私は、最近、嫌な夢を見る。同じような夢を何度も見ている。  
夢が夢で終わればいいのだけど、どうやらアレは違うのかもしれない。不安が頭の片隅にまとわりついて消えない。  
今まで悪夢を見ることは何度かあった。  
強風に煽られた植木鉢が自分の頭めがけて落ちてきたり、グレンに「他に好きな子ができた」と別れを告げられたり、  
ディナーの最中にママが突然暴れだして、ファナティックのような毛むくじゃらのモンスターに変わってしまったり……etc。  
そんな悪夢は、いったんベッドから跳ね起きてしまえば、呼吸をゆっくり整えたあとで、今ある現実に感謝することもできる類のものだ。  
でも、違う。アレは違うのだ。  
夢から覚めるとき、必ず自分のショーツは汗と……もう一つの分泌液でべとべとになっている。あの女のせいで。  
私の身体の一部が、現実と夢を往復している。夢の世界から証拠を持ち帰った気分だ。  
エレメンタリー・スクールに通ってた頃、男の子は夢精するのだと保健の時間で習った。  
夢の中で気持ちよくなって、射精してしまうらしい。同じことが自分の身体にも起こっているのかもしれない。初めはそう考えた。  
夢が何か私のコンプレックスから来る、或いは現実の抑圧を転化させたものであるならば。  
しかし、考えてみれば、確かにグレンとはまだしてない――正直に告白すれば、お互いの性器を触りあっただけで、  
そのことについて特に不満はない――少なくとも私は、だし、ぎくしゃくしたこともない。  
グレンは少し真面目過ぎる(ロッドは以前『ハイスクールにジョークの評定がないのが残念だ』と言っていた)ところはあるけれど、  
物事を単純に捉えていつも明るく前向きなところが大好きだし、あれこれ考える癖がある私は憧れてしまう。  
私には世間一般でアブノーマルと呼ばれる特殊な性癖もない、はずだ。  
私は淫乱。  
私はビッチ。  
私は一匹の牝犬。  
あの夢を見たあと、厭らしい言葉が浮かんで、卑屈になる。  
なかよしグループのブレーキ役、読書が趣味の地味な女の子で通っているナンシーは、  
本当はとてもエッチな女の子だったのだ、アーメン。まるで安っぽいポルノじゃない。  
 
でも、その日見た夢を思い出して、身体の熱が収まらないことはたびたびあった。  
そんな時は決まって、気を静めるため、日記をつけながら、街灯の明かりと月の光が入り混じる夜に、お隣のグレンの家を眺める。  
二階の私の部屋の窓から、ちょうど正面にグレンの部屋が見える。  
グレンはフットボール・クラブのヒーローで、学校の成績も悪くはない。  
悪くないどころか、見せてもらった成績表は、ほとんどがAで、場違いでごめんなさいと言わんばかりにぽつんとB+があるくらい。  
それでも、なんでもっとできなかったのかな、次はがんばるよ、  
なんてさらりと言ってしまうくらい、グレンは物事を斜に構えて見ることがない真っ直ぐな性格だ。両親が真面目なのだ。  
グレンも時々窓から乗り出して私の部屋を眺めている。  
なんだかおかしくて、気づかないフリをしてあげるのだけど、稀に目があってどきっとする。  
届かない距離、小さなグレンがいとおしく見える。初めて好きになった男の子。初めての……ボーイフレンド。  
グレンはにっこり笑って『ナンシー!気づいてるのに、無視するなんてひどいじゃないか!』 と口をぱくぱくさせて答えてくれる。  
日記を書くのは、一日の流れを追っていくと、自分が何処にでもいる女子高生なのだと気づかされて、少しは気が紛れるからだ。  
私の傍にはグレンがいるのだ、と安心することもできる。でも、それでも、自分の感情をコントロールできない時はあった。  
今日は、ティナと国語の授業で一緒だった。シェイクスピアの『ハムレット』について、アービン先生が語っていた。  
『ハムレット』はどうやらエディプス・コンプレックスと関係があるらしい。  
男の子が、自分の父親に対して、母を奪われたといらざる感情を持つことだ。  
そんな面白くも何ともない事柄をわざと選んで書いていても、自分の……が、むずがゆくなって、自然と手が伸びてしまう。  
私は、こんなに、dam……発情……してるのに、グレンは何をしているのかしら?と考える。  
 
ちなみに、そう、ちなみに……今もそうだ。  
だから、私は、この日記を、書きながら、自分のpuss……女……女の子のいちばん大事な部分に、左手を伸ばしている。  
慰めている。グレンが屋根をつたって現れて、今すぐ私を後ろから抱きかかえて、fuc……抱いてくれればいいのに、と思ってる。  
ああ、ついに書いてしまった。グレン、早く来て。私のアソコに、あなたのdic……モノをthr……入れて欲しい。  
指を入れるだけじゃ、もの足りない。独りでイクのは嫌。でも動かせば、蜜があふれてくる。  
もうショーツの下まで流れてる。私の乳首は石みたいに硬くなってる。  
私のアソコはびしょびしょ。ぐちゅぐちゅ叫び声を挙げてる。指が自分のものじゃないみたい。  
動いてる。私のアソコが震えてる。ひくひくしてる。クリトリスが大きくなってる。私のクリが悦んでる。  
グレンきつくつまんで  
きゅっとして  
そう  
いい  
すごいいい  
入ってきて そう 大きい めちゃくちゃにして グレン もっとついて   
わた私のしょ女まくをやぶって おくのおくまで あなたのでっかいのをうごかして  
わたしのプッ シー  プッシーを あな あなたの チ ンポ で こわし て ぶ っ こわし て え    
も っ と  もっと そ  う もっと い   い  そ う   よ   はや   く もっとはや    
くく  だ  め  も う   だ め い い く  いっち や   う  いくいくいくいくいくいくいくい  
 
「ナンシー、ナンシー?起きてるの?ナンシー!」  
扉をノックする音はさっきから響いていた。今はそれにノブを回す音まで混じっている。  
ナンシーは我に返り、すばやく日記帳を閉じて、ショーツを上にひっぱりあげた。立ち上がって辺りをぐるぐる見回す。  
「ママどうしたの!?今開けるわ!」  
引き出しを音を立てないようにそっと開いて、日記帳をしまい、  
長椅子にこぼれている恥ずかしい染みをティッシュでふきとって、ゴミ箱へ放り込む。  
呼吸を大急ぎで整えて、机の上の鏡を見ておかしなところがないかチェックする。  
軽くパーマをあてた黒髪に、ふっくらしたほっぺた、太めの眉、少し横広きした鼻がつんと上を向いている。  
しとやかな眼は少女の純真さを顕している。まだ女じゃない。心の中で繰り返す。私はまだ女になってない。  
ナンシーは鍵を外して扉を開けた。白のナイトガウンをはおったマージが心配そうな顔で立っている。  
「どうかしたの?私、もう眠りかけてたところだったんだけど」  
マージは怪訝(けげん)な表情で、扉の隙間から顔を突っ込んで部屋を見渡した。特に変わったところはない。いつもの娘の部屋だ。  
「そうなの?部屋の電気がついてるから、まだ起きてると思ったのよ。こんなに遅くまで何してるのかと思って」  
ナンシーは枕の脇に置いてある目覚まし時計に目をやった。  
それは赤と白の水玉が散りばめられて、崩れたトーストのような奇妙な形状をしているけれど、  
何を隠そう十三歳の誕生日に、グレンがプレゼントしてくれたものだ。  
本を読むのに夢中になって、寝坊してしまうとぼやいたのは確かだけど、  
まさか、目覚まし時計なんて――でも、グレンの贈り物ならナンシーは何だって嬉しかった。針は午前二時を回っている。  
 
「ごめんなさい。疲れてて。たまに、つけたまま寝ちゃうことあるわね。気をつけなきゃ」  
「頼むわね。まさか、その歳になってお化けが怖いってこともないでしょう?」  
冗談を言ったつもりだったのだが、ナンシーは笑わなかった。  
娘の顔がひどく紅潮して、熱っぽくなっている。疲れているみたいだし、念のため風邪薬を下から持ってこようかしら。  
マージが口を開きかけて、ナンシーがさえぎった。  
「ママも早く寝た方がいいわ。心配かけてごめんなさい」  
まったく、ママの方がよほど疲れてるわ、とナンシーは思った。ここ数年でママはめっきり老けてしまった。  
こんなに夜遅くまで起きてるのだって、いつものように眠れなくてお酒を飲んでいたのだろう。  
そんなママが少しだけ羨ましく思えるのは、きっと夢のせいだ。  
「起こして悪かったわね。明日も学校あるんだから、もう寝なさい」  
「そうね。寝るわ」  
「おやすみ、ナンシー」  
「おやすみなさい」  
マージが階段を下りていったのを見届けてから、ナンシーは扉を閉めた。  
もたれかかって一息ついて、ふと冷静になると、どうしてあんなバカなことを書いたのかしら、と恥ずかしくなってきた。  
右手の人差し指と中指とぴったり閉じて、鼻へ近づけて、そっと匂いをかいでみる。  
愛液はすっかり乾いているが、独特の臭みは残っている。  
ナンシーはパジャマの裾でもう一度指をこすって、首を傾げて頬を膨らませた。  
あれじゃ、本当に、私はビッチじゃないの。今のグレンとの関係に不満がないなんて嘘。あんな夢を見るのも当然。どうかしてたわ。  
ナンシーは机の引き出しを開いて、日記帳を取り出し、さっき書いたページだけを裂いて、  
力任せに細かく何度も破ったあと、ぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱へ放り込んだ。  
そして部屋の電気を消して、ベッドにもぐりこんで、いびつな目覚まし時計の呼び鈴を八時にセットして、  
仰向けの姿勢で胸の上に手を組み、目をぴったり閉じた。  
 
どうか神様、今夜はゆっくり眠れますように。  
 
 

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