地面がねとついている。どれだけもやを撫で払ったろう、服の上から白い汗をかいたようになっている。
ロッドは注意深く前進し続けた。光がだんだん薄くなってゆく。もう二時間は歩いたろうか、立ち止まって、時計を調べた。
10:20、PM。唾を吐いた。どうやら、夢の中では時間がゆっくり流れているらしかった。時間?
ロッドは、はたと立ち止まった。そもそも、どうして、時計を持ってこれたんだ?
なぜ、自分は寝る前と同じ格好でいる?少なくとも、この時計は現実の世界とリンクしている。そんなことが夢で起こりえるだろうか?
ナンシーは、ただ眼を覚ますための道具として、腕時計を渡したのだ。ロッドはもう一度、時計を眺めた。
心の中で六十を数えるまで見つめていたが、無機質な数字は変わらない。10:20、PM。
もちろん――。ロッドはナンシーの顔を思い出した。
たった一日前に犯された事実を告白した時の彼女の悲痛な表情、
だが、こちらを諭し、計画を語る時には、既に戦う女のそれへと変貌していた。
はっと見とれる気持ちがあったのは否定できない。腹を据えた女はかくも美しく、男よりずっとたくましく見えるのは気のせいだろうか?
だから、もちろん、自分も強くあらねばならない。同時に賢く。
夢に入った時より、足元が深く沈む。もうくるぶしを覆いつくしている。しかしロッドはお構いなしに記憶を辿っていた。
鉤爪の女に遭った時の状況、そして、牢の中で何度も反芻したフレッド・クルーガーという名。
鉤爪の女に殺されかけたのは三度、一度目は着ている服は確か、異なっていた。しかし、ナイフは夢に持っていけたのだ。
あの時はどこかで失くしたものとばかり考えたが、違う。二度目、ティナに会った時は、寝る前と頭のてっぺんからつま先まで同じ格好だった。
一つだけ、まだ薄っすら残っていた彼女の血の臭い……それだけが消えていた。悪魔の周到な罠に違いない。
三度目、つまり今だが、取調べを受けていた時と何ら変わっていない。
鉤爪の女が夢を操作して、時計を持って夢に入ることを許可したのだろうか?
そうは思えない。十字架がなければ、あの悪魔はもっと簡単に自分を殺せていたのだ。
考えても答えが出そうもないのは理解しているが、なぜかロッドはその点に拘った。
なぜだ?なぜ、この安っぽいデジタル時計は、時をもっともらしく刻んでいる?
思考を遮るように、上から透明の液体がつららのように伸びて、肩をかすめた。ロッドは歩きながら、考えることにした。
立ち止まっては危険な気がしたからだ。夢に時計を持ちこめた理由は分からない。
しかし、確かなことは、この夢に鉤爪の女が関わっているということだ。
つまり、悪魔が操る夢においては、通常の夢と差異がある。それが、突破口になりそうな気がした。
牢獄で、汚臭にまみれて考え続けたが、戦う術など何も思いつかなかったのだ。
自分が無残に殺される光景しか頭に浮かばなかった。気がつけば思い出を頼っていた。
出会った時の馬鹿なやりとり、初めてキスしたのはつきあうよりも前だった。別れていたことを彼女は隠していた。
初めてセックスした時の彼女のはにかみ。中に入った時の気が遠くなるような温かみ。やはり自死を選んでおくべきだったと悪魔が囁いた。
湿ったコンクリートの壁に頭をこすりつけ、糞の粕がこびりついた便器に顔を突っ込んで、汚水を飲み込んで溺死したくなった。
つい昨日の夜、決心したのにも関わらず、一日経った夜はめそめそ泣いて明かした。
何を挽回する?彼女を守れなかった、二度目はない。守るべき人は死んでいる。生き延びて何がある?彼女は自分の全てだった。
そして、思い出した。殴られた腹に力を入れて、名前を刻んだ右腕を握り、歯を食いしばって、心の中で繰り返した。
――必ず殺してやる。
そうは言っても夢は悪魔のテリトリーだ。冷静に考えれば勝ち目はない。
だが、本当にそうか?無駄だと分かっていても、寄る辺を見つけるべきではないか?
ロッドは時計をいじくり、ライトのスイッチを押した。心もとないが、画面が薄青い光をぼんやり燈した。気休めだ。
また歩き続けた。横の幅はほとんど変わらない。ただ、光が失われていくのと、地面が柔らかくなってきているのは確かだ。
ライトを上に照らしてみる。のっぺりした桃色の壁が、ドーム状に広がっている。
寄る辺。それを探るには、まずあの女が何者か思い出さなければならない。少なくとも奴らは知っていた。
フレッド・クルーガー。ロッドは心に決めた。ナンシーに会ったら、言いにくいことだが、伝えなければならない。
ナンシー、おめえの親父さんは奴を知っている、そう言おう。
しかし、今は推理しなければならない。なぜ、奴らは知っていた?二つの可能性がある。
一つめは奴らも夢の中で、鉤爪の女に遭って、自己紹介されている。
もう一つ、こちらの方が名前を聞いたあとの反応を鑑みるにしっくりくる、簡単だ。
鉤爪の女が現実に存在している、もしくはしていた人物で、かつ、エルムに深く関わっているのだ。
サツが知っているということは、現実で罪を犯した可能性が高い。ナンシーの父、自分の親父とそう歳は変わらないだろう。
四十台、自分達が知らなくて彼らが知っている、つまり、過去に何かあったのだろう。
自分がフレッド・クルーガーの名前を聞いたのもおそらく随分前のことだ。結局そこがキーポイントだった。
ロッドはおぼつかない足場をしっかり踏みしめ、考えている内に溜まってきたもやを両手で払いのけた。
思い出せ、何処で聞いたんだ。何処で――。
進む先は暗渠に等しくなっていた。ロッドはただ、フレッド・クルーガーの名を繰り返しながら歩いた。見つからなかった。
しかし、カッフェに濃いミルクを一滴垂らしたように、頭にある光景が広がった。クリスティを拾った廃車工場。
その裏手にあったスクラップ車を積み上げておく広場の光景がふっと記憶が甦った。そう、子供の頃から車が好きだったのだ。
エンジンオイルとガソリンの臭いに塗れてかくれんぼをしたり、積まれた車の頂上に登ってくすねた煙草で一服しながらポーカーに興じた。
そこは世間と隔離された自分達だけの砦のように思えた。だが、王国の繁栄はそう長く続かなかった。
排煙にあてられて顔を真っ黒にしたベイカーの親父が、悪ガキ共のささやかな遊び場所を取り上げたのだ。
パーカー、メリル、ベイカー、自分、みんな揃って一発ずつ殴られたのだった。かくれんぼ……。
知らずの内に歩みが止まり、また足が沈みかけている。慌てて前に一歩を踏み出す。
と、足が桃色の地面にめりこんだ瞬間、女の顔が浮かび上がった。
その女はいつも白いワンピースを着ている。髪を腰まで伸ばして、幽霊のように歩く。
きちがいへレン。旦那と娘を亡くして頭がおかしくなってしまった女。噂では、エルムの郊外にまだ一人で住んでいる。
彼女が食い殺さんばかりの顔で、そう言ったのだ。
糞ガキめが。そこに近づくな。そこは、フレッド・クルーガーの特等席だ。
特等席、そう、車でできた迷路を練り歩き、隠れ場所を探していると、彼女がいたのだ。
彼女はエルムにおいて知らぬものがないほどの有名人だった。
あの時、同じ場所に隠れるのが嫌だったから、いつも違うナンバー・プレートの車の後ろや、窓が割れていれば中に潜り込んで隠れたのだ。
フォード製の中古車、モスグリーンだ。
もっとも、埃をかぶっていて、濁ったヘドロのような色になっていたが。
その車の前で、どこに隠れようかと思案していると、彼女がいつのまにか後ろに立っていた。
振り返った瞬間、腰をしこたまバンパーにぶつけた。気配が感じられなかったのだ。何も言えなかった。
彼女はくたばった山羊のような目で、車の方をじっと見つめていた。
怖くなって、前後も分からず、廃車の迷路の中を走り回った。
振り返った時、それでも空間を転移してきたようにヘレンは背後に立っていた。さらに遠くへと駆けた。
もう一度振り返ると、ヘレンの姿は何処にもなかった。角を曲がったから当然なのだが、それでもずっと遠くへ走った。
仲間には言わなかった。あとで確かめようにもショックで場所を忘れていた。
なんと言っても彼女は存在しているが、生きているとは思えなかった。
あの当時、ヘレンはまだ四十代前半だったそうだが、六十を優に越えているかと思われるほど老けて見えた。
絵のお化けが抜け出て来たように思えたのだ。パーカーから年齢を聞いて驚いた。
四十台で唇は紫色、顔中皺塗れで、白髪の方が多いなんてどうかしている。
そこ――おそらく車のことだ。あの車は鉤爪の女が愛用していた車だったのだろうか。
特等席……もう一つすっきりこない解釈だが。
ともかく、これではっきりした。知っているのは警察の人間だけじゃない。
エルムに住んでいたもの、もしくは遠くからやってきて、エルムで派手に何かやらかしたか、どちらかだ。
きちがいヘレン、彼女はまだ生きているはずだ。
ここに来て、ロッドは時期尚早だったか、と思案した。
ナンシーに取り調べで知ったことを話して、ヘレンと接触するように頼み、情報を聞き出してからでも遅くはない。それが理屈だ。
しかし、胸が熱く猛っている。腕が震えている。忘れかけていたジャクリーンの喘ぎ声が聞こえる。
今殺せ、見つけたら叩き潰せと呻いている。
はやる気持ちを抑えようと、ロッドは呼吸を整えた。
殉じる相手はジェリーじゃない。ティナ、そしてナンシーのために俺はここにいる。
機械は動きを止めた。いずれにせよ、ナンシーには会わなければならない。
今夢の世界から逃げ出して、彼女一人を鉤爪の女の餌食にするわけにはいかない。
時計を確認する。10:28、PM。どうやら、逃がすどころかナンシーと会わせるつもりもないようだった。
ロッドは歩き続けた。既に残雪地帯を歩くのと変わらないほど、足が沈む。
泥沼を歩くのと変わらない。徐々に疲労が身体を捕らえていく。
ピンク色の洞窟、これは役立たず極まりない自分の脳味噌が作り出したものなのだろうか、と考えてみたが分からなかった。
できるのは怖れないことだけだった。怖れては何もできない。死を怖れるな。異質な世界を怖れるな。
復讐を果たせずに無為に死ぬかもしれない、自分が取るに足らない人間であることを怖れるな。
断じて、進め。
汗と白いもやがいっしょくたになって、異様な匂いを醸した。
ふくらはぎが突っ張ってきた。踵がもう歩くなと警告している。
足を取られ、前のめりになって倒れた。顔面がピンクの地面に埋もれた。
ばっと息を吐いて顔を上げ、下を見ると顔の形がついている。
もやで何も見えない。霧に囲まれた湖を泳いでいるような錯覚――身体を起こすと、先から灯りが漏れていた。
光は扉の隙間から漏れていた。木造りのボロボロになった扉が、桃色の収縮する壁に張り付くようにすえつけられている。
ロッドはそっと扉の端に手をかけた。間から中をちらと見る。
円形の広くも狭くもない木造の部屋――人がいる気配がしない、油断はできない。
だが、進むしか道はない。もちろん、罠だ。飛び込め!
意を決して、そっと入ってすばやく扉を閉めて、ぎょっとした。
部屋の中心に丸眼鏡をかけた老婆が安楽椅子に腰掛けていた。
白髪が暖炉の火で赤く光っている。黒目がかった眼で、本をじっと見据えている。
風体は痩せこけた猿を思わせた。ぴくりとも動かない。濃紺と白の縦じまの膝掛けを椅子の端から垂らしている。
たまに繰り返される瞬きが老婆の生を伝えていた。みすぼらしかった。老婆は入ってきたロッドを一瞥して、また本へ目を落とした。
円形の小さな部屋の中で存在するのは、壁と椅子と老婆と暖炉だけ。椅子は二つある。一つは空いている。
ロッドは向かいの椅子に座った。そうしなければならないような気がした。椅子が、さあ、座りなさい、と言っているように見えた。
腕の傷に手をやる。血はとっくに止まっているが、傷をさするとやはり痛む。その痛みが心地よい。
自分が今何をするためにここにいるのかを確認させてくれる。老婆がフレディならばそれでいい、とロッドは思った。願ったり叶ったりだ。
椅子がゆれ、しばらく二人は何も語らなかった。ロッドは老婆をじっと見つめた。老婆は誰かを待っているようだった。
いったい誰なのか――ロッドには分からなかったが、ともかく誰かを待っているのだとだけ分かった。
その直感はロッドの中で徐々に大きくなり、確信に変わった。老婆は膨大な時間の集積に溺れている。
広々とした空白を本を読んで紛らわせている。老婆がなぜるようにページをめくった。
しおりの紐がゆらゆら揺れた。紐がまた動きを止めたのを見計らって、ロッドが切り出した。
「会えたのか」
老婆は何も答えなかったが、文字を追うのを一時中断し、親指を間に挟んで、ゆっくり本を閉じた。
そして、空を見つめたまま、しわがれた唇を上下に動かした。
「まだね」
容貌からは想像もつかないほど艶がある声だった。
「会ってどうする?」
「そうねえ。もう一度会えた時に、私はこんなにも辛くて苦しかったって、あの人に言ってあげる。全部ぶちまけてやるの。
結婚して後悔したと思ったのよ、って。いなくなってしまったあなたを憎んだこともあるって。
とっても嫌な気持ちになって眠れなかったのって、喚いてやるわ。でも、あの人は、きっと、赦してくれる。哀れんでくれる。
さぞ辛かったろう、苦しかったろう、それが終われば、いつもみたいに、難しい顔して、今度こそ一緒にいてくれるはずよ」
「……また、会えるかな、何処かで」
「分からないわね。主は何も教えては下さらない」
「神様なんていない」
老婆は片方の眉をゆっくり持ち上げて笑った。「あの子もそう言った」
「……あんた」
「いい子よ。素直になれない子だけど、あの子はあなたのことを心の底から愛していたわ。私が彼を愛していたのと同じくらい。
あなたはあの子に世界で最高のキスをしたんだから。最高のキスで、女は一生だって、死んだって、その人をずっと好きでいられるの」
「ティナを……」
「残念!」
それは刹那の出来事だった。
テーブルの下からガラガラ蛇のように現れたフレディが右手を一直線に伸ばして、人差し指と中指の長爪で老婆の両の眼を刺した。
そのまま抉ると、視神経を引き連れて、串刺しになった眼球が飛びだしてきた。
右手を大きくなぎ払うと、ブチリ、視床下部に張りついていた神経が引き剥がされる音だろう。
老婆は力なく顎を下げただけだった。開いた口に抜かれたばかりの右手が眼球を引き連れたまま突っ込まれた。
口蓋、爪を無茶苦茶にかき回して、フレディは笑いながら最後に上に向かって爪を押し込んだ。
骨や歯などものともせず、さっくり入った爪をそのままひっぱりだすと、老婆の顔は口の上から三つに裂けてしまった。
吹きだした血は赤黒かった。ウスターソースのような色だ、とロッドは思った。
そして、振り返ったフレディの細い鼻っ柱に躊躇なくきついのをおみまいした。
悪魔はよろめき尻餅をついた。しかしすぐに立ち上がると、ロッドに背を向けてかかしのように大きく手を広げた。
笑いながら、腰に右手を、帽子に左手を。
S字にキメて、淫靡な犬舌を出して、振り向いた。
高い鼻から一筋、血がつらつら垂れて、小さく窪んだ鼻筋へ向かっている。舌端ですくい取った。
「ああん、待っててくれたのねえぇ――会いたかった!」
ロッドは既に暖炉へ走っていた。
フレディが言い終わった時には、先が赤く熱せられた火かき棒を手にして、それを大上段に振りかぶっていた。
帽子がぺっこり潰れた。頭蓋骨を割り、中に入った豆腐のごとき柔らかいものにめり込んだ感触を得た。
フレディが崩れ落ち、痙攣し始めた。それでもロッドは手を緩めなかった。同所に焼けた鉄を振り下ろした。何度も、何度も。
砕いた骨をより細かく分解してやる。切れ長の眼、気に入らない、突き刺してやる。この音を聴け――刻め。
赤い。景色が赤い。叩きつける。骨を砕く音が心地よく響いた。腐れビッチの耳の穴を犯しつくしてやるのだ。
鼓膜を破れ。脳に巣食う黄色い機械がけたたましく叫んでいる。
血で足りるのか。お前はそれで満足なのか。そうだよな、これで終わりってわけじゃないだろう、もっと苦しませてやらなきゃなあ。
痛いって言葉、産まれてから死ぬまでの間に世界中の誰だって口にする、
今まで一度も「痛い!」って言ったことのない奴なんか絶対にいない。
お前も言っただろう、らくだシャツ着たよぼくれ親父にケツ蹴っ飛ばされて床に這いつくばった時、
髪の毛ひっぱられて冷蔵庫に貼りつけた磁石にこめかみをしこたま打ちつけられた時、
恋人を殺されて牢獄で独り、殴られた腹を押さえて、ふっと彼女の顔を思い浮かべた時。
痛い、痛い、痛い、ありふれてる。だから、その言葉の本当の意味をとことん解らせてやれ。
ロッドはジストそっくりの顔で嗤(わら)った。その通りだ、糞ビッチ、すましやがった鼻の穴から血の混じった脳味噌を垂れろ。
全てをごちゃ混ぜにして――やがて、死体になったであろうモノを見るのも止めた。
ただ両腕をやたらめったら上下させ骨を砕いた。死んだな、と感づいてはいたが、まだ黄色い機械が唸っている。語りかけている。
おいおい、それがどうして問題なんだ?動かなくなったから、なんだってんだ?
呼吸は一度も乱れなかった。ただ上げて下ろせの命令を腕が遵守した。
何十回叩きつけたか、目を閉じて、腹の底から叫んだ。
やれた。意外にあっけなく、しかし、確実に、動かなくなるまで、ぐちゃぐちゃにしてやった。怖れなかった。殺せた!
「いやあ――」
ロッドは振り返った。火かき棒が手から落ちる。
「すごい!てめえの親父そっくりだ」
両手を頭の後ろに組んで、壁にもたれかかったフレディが、言い終わって欠伸した。
さっきまで殴りつけていたのは――ロッドの顔が歪む。呼吸が乱れる。
床に大股を開いて横たわっているのは、ポンコツ車のようにでこぼこになったティナ・グレイだった。
憎悪の塊を叩きつけられた彼女はしゅうしゅう息を吸いながら、生のみにすがりついている。
右眼――左眼は潰れてへこんでいる――それは彼が子供の頃見た母が父に向けた視線と同じだった。
哀願と軽蔑に満ちた眼だった。
訴えている。
ああどうして殴るの(クズ!)許して痛い許して(クズ!)あちこち痛いの(クズ!)それでもあちこちあなたは(嘘つき!)殴る――。
フレディのハスキーな笑い声とともに、全てが闇に包まれた。
(to be continued→)