麗かな昼下がり。  
 そういえば二、三日前もこんなぽかぽかの“エルハザード晴れ”だったような気がするが、こんな日は誰でもやはり、  
「ハワァ〜〜〜〜〜〜」  
 あくびの一つも出るものだ。マコトは目を落としていた本から顔を上げる。  
「こっちの世界は毎日がお花見日よりやな」  
 この陽気ではなるほど、どこかの大神官も惑わされるというものだ。  
 いつもならば否が上でも知的好奇心を刺激されるストレルバウ博士の書庫も、流石にこの眠気ばかりは吹き飛ばせそうにもない。  
 ただ幸いというべきか、  
「お、おう!! マコトいるかぁ!!」  
 そんなものは遥お空の彼方にぶん投げてくれそうな人物が、江戸っ子の様な威勢のいい訪ないの口上を告げる。  
 誰か? などとは訊くまい。いわずと知れた炎の大神官“シェーラ・シェーラ”その人である。  
「シェーラさん、こっちで〜〜〜〜す」  
 このエルハザード中で間違いなく一番ではないが、ストレルバウ博士の書庫はかなり大きく広い。  
 その気になればかくれんぼが出来なくもないだろう。マコトは随分と奥にいたので、声だけをシェーラに寄越して返した。  
「ん? そっちか?」  
 位置を確認してシェーラは近づいてくる。マコトの方から合流してもいいのだが、なんとなくその場でシェーラを待っていた。  
 程なくして赤い髪、褐色の肌、そして思いの他ナイスなバディをしている大神官が本棚の陰から姿を現す。  
「どないしたんですか? なにかボクに用でも?」  
「いや、その、あ〜〜〜〜、よ、用がなくちゃ来ちゃいけねえのかよっ!!」  
 べつにそんなことはない…………のだが、しかし怒鳴られる理由もない気がする。  
 
「いえ、シェーラさんならいつでも大歓迎ですよ」  
 まぁ、そんなことに逐一ツッコまないのがマコトのキャラクター。  
 本人は無自覚なんだろうがさらりと、無責任な社交辞令とさわやかな笑顔で迎えた。それだけでシェーラのフェイスカラーは、  
「お!?、お、お、おうっ!!」  
 説明の必要はないだろう。  
 しかしまぁ、勢いよく応えたものの本当に用というような用はない。  
「………………………………………………………………………………………………」  
「………………………………………………………………………………………………」  
 ふたりの間を沈黙が支配する。  
 シェーラにはこの気まずい空気を打開する会話が、なにも皆目全然まったく思いつかなかった。  
 ではマコトの方はどうかといえば、こちらもあまりシェーラに、というより女の子にふれるような話題の持ち合わせはない。  
 しかしだからといってこのまま効果音が“シ――――ン”だけなのは、マコトの関西人の血が許さなかった。  
「え、ええっと あ、ああ、そのシェ、シェーラさん あの、ですね…………」  
 ただもちろん日本のあちら側で生まれたからといって、皆が皆口が巧くなるわけでは無論ない。  
 はぁ〜〜〜〜 こんなとき菜々美ちゃんがおったらなぁ…………  
 困ってしまったマコトは、それこそ口から先に生まれたんじゃないかという幼馴染を思い浮かべる。  
 彼女の辞書にはきっと“沈黙”やら“静寂”という言葉は、あるかもしれないがかなり見つけにくいだろうことは請け合いだ。  
「おい」  
 そしてマコトの辞書には“女心”などというものは、載ってはいるが飲み物でも零した様に滲んでいる。  
 当然それが特定の異性限定でメチャメチャ鋭いことも、鈍チンのマコトには理解の外だった。  
「はい?」  
 結構ドスの利いた『おい』だったのだが、マコトはまるで気づかず間の抜けた声で返事を返す。本気で鈍い。鈍すぎる。  
 
「いま…………誰のこと考えた?…………」  
「えっ? 菜々美ちゃん?」  
 思わず“ぽろっ”と出てしまった言葉に、流石にマコトも“しまった”そんな風に顔をしかめた。  
 ふたりは相性も仲もべつに悪くはないのだが、理由はわからずともこの場で口にするのは適当な相手ではないのはマコトにもわかる。  
 あかん、怒らせたかも?   
 マコトが“チラッ”と見ると、シェーラは確かに機嫌を悪くしたようだ。  
 しかし唇を尖らせて“プイッ”とそっぽを向いたその表情は、怒っているというよりも小さな子供が拗ねたような顔で、  
「…………カワええなぁ…………」  
 またまた“ぽろっ”とマコトの口から言葉が零れる。でもそのワードはビンゴだ。  
「えっ!?」  
 首、痛たぁないですか?   
 そう訊きたくなる位豪快にシェーラは振り向く。その瞳はユラユラと潤み、炎のように揺れていた。  
「マ、マコト い、いまなんて…………なんて言った …………アタイに言ったのか?」  
 興奮と歓喜を隠し切れずドモりながらも、シェーラは“ズイ”とマコトへと真っ赤に火照った顔を寄せる。  
 柔らかそうな唇が迫ってきて、情けないがマコトは反射的に身を仰け反らせた。  
 だがそれでもシェーラは止まらない。マコトに身体を預けるようにもたれ掛かる。これも陽気の所為なのか、今日は随分と大胆だ。  
「マコト…………」  
「あ、ああ、あの、シェ、……うわっと!?」  
 あと少しでふたりの唇が触れる、そこまでいっておきながら、マコトはシェーラを支えきれずに体勢を崩す。  
 でもちょっとワザと臭い。  
 まぁマコトの予想ではここで“あははっ転んじゃいましたね”と白け気味に笑っておけば、この妙な空気も掻き消えると思っていた。  
 しかし、そうは問屋が卸さない、とシェーラが思ったかどうかは知らないが、腕はマコトの首筋にしっかりと巻きついている。  
「えっと、シェーラ…………さん?」  
 シェーラの身体がマコトの上からどく気配は微塵もない。  
 マコトがクッションになっているのだし、ましてや炎の大神官、無論怪我とかそういった理由ではないだろう。  
 
「だいじょうぶですか? 怪我とかないですよね?」  
 それでも心配になって肩を揺すると、胸がムニュムニュして、マコトはこんな場合にとても不謹慎なのはわかっているが、  
 そ、それはあかんてっ!! 絶対バレる!! やばいってっ!!  
 なんだか気持ちよくなってきてしまって、男のメカニズムに従い身体は自然と股間に血液を、マコトの意志を無視して集めだしていた。  
「…………マコト……」  
「は、はい!?」  
 一言も発しなかったシェーラが小さく呟く。  
 でもその声は彼女の唇から洩れたとは思えないほど熱っぽく、そしてなにより色っぽかった。  
「アタイだって……なにも知らないわけじゃないんだぜ………… ここ………こんなにしてるってことは…………」  
 やはりというべきか当たり前というべきか、マコトの股間の勃起の硬さはしっかりとシェーラに伝わったようだ。  
「す、すいません…………」  
 こんなときにマコトはどうしたらいいのかわからない。笑えばいいと思うよ、というわけにはいかないのだけはわかるが。  
「あやまるなよ アタイは怒ってない ううん アタイはうれしいよ マコトに女として見られて…………さ………」  
 マコトの胸に伏せていた顔をシェーラが上げる。  
 ふたりの唇の距離は、さっきよりもずっと近かった。シェーラの息が唇にかかる。…………甘い。  
 両脇に所在投げに放ったらかしにされていたマコトの両腕がゆっくりと、  
 なにをしてるんやキミたちっ!?  
 本人のツッコミなどは無視して、強く強く“ギュッ”とシェーラの身体を抱きしめた。  
 一瞬だけびっくりしたように身体を堅くさせたシェーラも抵抗はしない。ジ――――ッとマコトの瞳を見つめていた。  
 そしてしばしの間があってから、目蓋がすっと閉じられる。  
 こ、これは、これはやっぱし…………やっぱし“アレ”かぁ!? えっ!? キ、キキキ、キ………ス………………ええッ!?  
 
 

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