そう・・・あれはもう3年も前のこと・・・。  
ロシュタリア王宮で第2王女ファトラ様の誕生パーティが開かれたのでした。  
歴史学者で、王宮にも出入りしていた私の父も招かれ、  
こんな機会は二度とないかもしれないからと私も同行させてもらったのでした・・・。  
 
毎日遠くから見つめていたロシュタリア王宮。  
中に入ったことなどもちろんあるはずもなく、その様子は想像もつきませんでした。  
門を一歩くぐると私は圧倒されました。  
どこまでもつづく廊下、天まで届くほどの吹き抜け、壁に刻まれたあでやかな装飾、  
きらびやかな照明、楽団の奏でるおごそかな調べ、見たこともないようなごちそうの数々・・・、そして・・・、  
そして・・・、あの方がいらしたのです。  
王侯貴族に囲まれ楽しく談笑されるあの方のお姿はこの世のものとは思えない美しさで、  
キラキラ輝くまぶしい笑顔はまるで天使のようでした。  
私のような一般庶民が話しかけることなど許されるはずもなく・・・  
いいえ、近寄ることさえ許されないのです。  
 
父と一緒に大広間を回り、知り合いにあいさつを交わしたりして時間を過ごしていると・・・  
「そなた」後方から声がして私は肩をたたかれました。  
誰かと思い振り返ってみると・・・・・・、まさか・・・、そんな・・・。  
「見ぬ顔じゃな」私の目の前で微笑んでおられるこの方は・・・こんなことがあるはずない・・・。  
「あっ、あっ・・・」私は言葉が見つかりませんでした。  
「これはこれはファトラ様、本日もお美しくていらっしゃる」  
「当然じゃ」  
「これは娘のアレーレでございます、ほれ、ぼさっとしていないでお前もあいさつせぬか」  
「あっ、あ・・・アレーレです」私は顔を真っ赤にしてうつむいてしまいました。  
ファトラ様のお顔がこんなにも近くにあるというのに、まともに見ることさえできない・・・。  
「あっ」ふいにファトラ様が私の顎にお手を伸ばし、クイっとご自分の方に向けられました。  
ファトラ様にじっと見つめられ、私はますます顔が赤くなっていくのを感じました。  
「わらわの好みの顔じゃ」ファトラ様はふっ、と目を細めて微笑まれました。  
その後のことはもう何が何だか、どう宴を過ごしたのか、どう家へ帰りついたのかさえよく覚えていません。  
ただ、父が「ファトラさま、おたわむれを」などと言って、  
ファトラ様が笑いながら広間の奥へ去って行かれたことだけおぼろげに覚えています。  
 
家に帰ってからは私も少し落ち着きを取り戻し、  
平静を装って、今日の宴のことをあれこれ父と話しました。  
ただ、ひとつだけ、一番知りたいことなのに、どうしても聞けないことがありました。  
「あの、お父様、ファトラ様って・・・」  
「ん? ファトラ様がどうかしたのかい?」  
「・・・あ・・・、いいえ、何でもないんです」  
ダメ・・・・・・。やっぱり聞けない・・・・・・。  
 
何事もなかったようにおやすみを言い、私は自分の部屋に戻りました。  
ふとんに横たわってはみたものの、とても寝付けるような気分じゃない・・・。  
父に聞けなかったこと・・・そればかりが頭の中をかけめぐっていました。  
それは・・・。  
それは・・・・・・。  
・・・・・・以前、一度だけ、友だちが話していた噂話でした。  
ファトラ様は、どうも、女の子が好きなんじゃないかと・・・。  
 
友だちの、又聞きの又聞きのさらに又聞きのような不確かな噂。  
本当かどうかもわからないのに、こんなにも揺れてしまう私の心。  
ファトラ様に触れられた部分が熱い・・・。  
私をまっすぐに見つめたあの瞳・・・心の中まで見透かされるようなまっすぐなまなざし。  
頭から離れない・・・。  
今でも、身動きができないほど胸が高鳴って、せつなさで心が張り裂けそうになる。  
「ファトラ様って、女の子が好きって本当ですか?」  
父がその答えを知っているかどうかなんてわからないのに。  
ただ、たんなる噂話ではなく、何か確証となるものが欲しかった。  
「ファトラ様って、女の子が好きって本当ですか?」  
こんなことを聞いたら、父はどう思うかしら?  
がっかりするかしら?  
私のことをきらいになるかしら?  
いいえ、きっと悲しむでしょうね。  
孫の顔を見せてあげられない私はとんだ親不孝者だわ。  
 
ファトラ様に触れられたい・・・、もしあの方に愛されるのならもう死んでしまってもいい・・・。  
だけど、もう二度と会えないかもしれない。  
会えたとしてもこんな身分違いの恋など・・・そう・・・、私は恋に落ちてしまっていたのです。  
 
そんなことを考えているうちに空は白み始め、小鳥のさえずりが聞こえてきました。  
一睡もできなかった・・・。  
鈍った頭を抱えたまま一日が始まりました。  
いつもと同じ朝、いつもと同じ日常、代わり映えのしない日々。  
昨日のことは夢だと思ってすべて忘れてしまおう・・・。それが一番いい・・・。  
父は研究所に出かけ、私は午前中のうちに家事を済ませました。  
今日はとても天気がいい。  
そうだ、気晴らしに市場へ買い物に行こう。  
 
市場はいつも通りのにぎわいで、行きかう人々と笑顔を交わす。  
そうよね、私の世界はここなんだわ・・・。  
 
真っ赤に熟したりんごをいくつか買い、あてもなく市場をぶらぶらしているとなんだか心も晴れてくるようです。  
「よぉ〜し、あの角まで競争よ!」相手のいない、ひとりきりの競争を私は全力でかけぬけました。  
風とひとつになれるまで、どこまでも、どこまでも・・・、すべての思いを吹っ切るように。  
 
「きゃっ」  
突然曲がり角から現れた人影に衝突して私は跳ね飛ばされました。  
石畳に転がるりんごたちの無残な姿・・・。  
「ああ、りんごが台無しだ。すまんな、弁償する」  
「いいえ、そんな、私の方こそ・・・えっ・・・」  
私がぶつかった相手、それは・・・。  
・・・いいえ、そんなことあるはずない・・・きっとそっくりさんなんだわ。  
「おや? そなたは確か・・・」  
まさか・・・そんな・・・。  
「うん、間違いない。昨日会ったな」  
こんなことって・・・。  
「名前は、確か・・・んん〜っ・・・そう、アレーレ! アレーレだったな!」  
こんな・・・。  
 
「姫様〜」遠くから男たちの声が聞こえてきました。  
「いかん、逃げるぞ」  
ファトラ様はおもむろに私の手を取ると走り出しました。  
「あっ、りんご・・・」  
こんなときにどうして私はりんごを惜しいなどと思ったのでしょうか。  
一体何が起きているのかよくわからないまま、私はただ無心に走りつづけました。  
 
市場を抜け、迷路のような町並みを抜け、気がつくと私たちは小高い丘のてっぺんまで来ていました。  
「はぁはぁ」走り通しで息も絶え絶えです。  
「はぁはぁ」ファトラ様も苦しそうにあえいでいます。  
「りんごのお詫びじゃ。ここはわらわのお気に入りの場所なのじゃ」  
あたりを見渡すとそこは一面に春の花が咲き乱れ、甘い香りが漂っていました。  
「宮殿は狭くて好かん。はぁ〜疲れた。そなたも座ったらどうじゃ?」  
ファトラ様は木陰に腰を下ろし手招きしました。  
私は言われるままファトラ様の隣に座りました。  
 
「ん? どうしたのじゃ? まさかわらわを忘れたのではあるまいな?」  
「えっ、あの・・・」  
「わらわはちゃ〜んと覚えておるぞ。こんな美少女を忘れるはずあるまい」  
「わ、私も覚えています。ファトラ様・・・」  
「そう硬くなるでない、今日は忍びじゃ」  
「は、はい」  
ファトラ様は陽の光の下でも変わらぬ美しさで、その微笑みはやはり天使のようでした。  
大変饒舌で、宮殿のこと、身の回りの人々のことなどたくさん話してくださいました。  
ファトラ様の声は抑揚があって、一定のリズムを刻み、まるで子守歌のようで・・・。  
 
「・・・・・・」目を開けると、私はファトラ様の膝まくらで寝ていました。  
「!! 私、眠っていました!? ご、ごめんなさい・・・!!」慌てて飛び起き必死にあやまりました。  
「よく眠っておったぞ」  
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、なんて失礼なことを」  
後悔の念でいっぱになり、目からは涙があふれてきました。  
 
「気にするでない、かわいらしい寝顔を見せてもらってわらわもしあわせじゃ」  
「ごめんなさい・・・ありがとうございます」  
「・・・また会えるか?」  
「えっ・・・」  
ファトラ様がまた私と会ってくださる・・・?  
そんな・・・  
「わらわはそなたが気に入ったのじゃ」  
私なんかを・・・?  
でも・・・  
「からかわないでください」それしか言えませんでした。  
これ以上私の心を乱さないでください・・・。  
ファトラ様は遊びのつもりでも、私は、私は・・・。  
「ごめんなさい・・・!」  
私は駆け出しました。  
「待て! アレーレ! 明日、明日、またここで待っておる!」  
わたしはただひたすら、振り返らずに走りつづけました。  
「アレーレ! 待っておるぞ!」  
ファトラ様の声がうしろでこだましていました・・・。  
 
                    ☆★☆つづく☆★☆  
 

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