窓際に腰掛けて読むその本の上に、ふわりと花びらが舞い降りる。  
 落としていた目を上げると、三神官が一人 アフラ・マーン は窓の外を見た。  
 ぽかぽかの“エルハザード晴れ”とでもいうのか、思わず口元に手をやって“ハワァ〜〜”とあくびの出てしまうような天気である。  
「こういうの………なんていいましたやろか? 確か春眠……春眠、春眠……………春眠?」  
 出てこない。習ったのだけは覚えているのだが、春眠の後が出てこなかった。陽気の所為か頭の働きが少々鈍くなっている。  
 喉まで出掛かってはいるので、思い出さないと気持ちが悪い。  
「うぅ〜〜〜ん あ〜〜〜、もうちょっとドスのにぃ〜〜 春眠春眠春眠春眠春眠春眠……………」  
 親指と人差し指で顎を支えて思案しながら、完璧主義者である彼女は、そこまでしなくともいいくらいに脳をフル回転させる。  
 それでも出てこない。  
「ハァ〜〜〜〜 こないにウチ記憶力なかったやろかぁ……それともシェーラのアホが移ったんドスかなぁ……春眠……………」  
「暁を覚えず、ですよアフラさん」  
「!?」  
 春、なのかどうかはわからないが、日差しの優しいぽかぽか陽気と思考の迷路に嵌っていたアフラは、人がすぐ近くにまで来ていたのに  
まったく気づかなかった。  
 風の大神官としては不覚である。  
「な、なんやマコトはんかぁ!? びっくりするやないのぅ!!」  
 
 
 はたして振り向くと、そこにいたのはやはり 水原 誠 だった。  
「驚かせてしまいましたか?」  
 いつもどおりの困ったような人懐っこそうな笑顔で、それこそ手をのばせば届きそうな位置に立っていた。  
 こ、こない近くにまで来とったんかいなぁ、ほんまコイツだけは腕が立つのか立たんのかわからんどすなぁ…………  
 単純な戦闘能力でいったら確実にマコトは腕が立たない。例え法具なしであっても、アフラの足元にも及ばないだろう。  
 そのくせに戦いの場では何度も何度も危険に身を置きながら、さしたる傷も負わずにくぐり抜けてしまうのだ。  
 まぁ、運がいいだけ…………これが一番納得できる答えどすけどなぁ  
 などと考えているとはおくびにも出さず、  
「ふんっ べつにかまいまへん で、ウチになんぞ用どすか?」  
 本をパタンと閉じてマコトに訪ねた。  
 殊更“人が嫌い”というわけではないが、自分がひとりでいることを好むのはマコトも知っているはずである。  
「いや、その、え〜〜っと大した用やないんですけど、…………………に、逃げてきたんです」  
「逃げてきたぁ?」  
“ドドドドドドド………………”  
 クエスチョンマークを頭の上に浮かべたアフラに、答えの方から足音もけたたましく向かって来ていた。  
 マコトの顔が強張る。  
「す、すいません!? 居ない言うってもらえますかぁ!!」  
 傍にある鉢植えの陰に“ササッ”とマコトは隠れた。もちろんここまでくれば、なにから隠れたのかはアフラにもわかっている。  
 
“バンッ!!”  
 ドアが乱暴に開かれると、  
「「アフラ(さん)、マコト(ちゃん)どこに行ったか知らない(ねぇか)!!」」  
 入ってくるなりふたり同時に、サラウンドでアフラに質問をぶつけてきた。  
 アフラは顔をしかめる。メチャクチャうるさい。ひとりの静寂を好むアフラには、いまこのふたりは迷惑この上ない存在だ。  
 そしてさり気なく視線を向ける先、  
“チラ……”  
 ふたりの位置からは見えないが、顔の前に両手を合わせて自分を拝んでいるマコトからすれば天敵も同じである。  
「……ふぅ〜〜」  
 アフラは深くため息を吐いた。  
 しゃ〜〜ないなぁほんま、今回は助けたるわ  
「いんや マコトはんは来まへんでしたどすぅ あ? そう言えば城の外に出て行くのが見えましたぇ」  
「「ほんとかぁ(ですか)!!」」  
「北門どす いま行けばまだ間に合うんちゃ……」  
“ドドドドドドド………………”  
 最後までセリフを聞かずにふたりはスタートを切る。来たときと同じようにけたたましい音を立てながら、  
「「ありがと(よ)!!」」  
 礼だけを残して去っていった。  
「……ふぅ〜〜」  
 もう一度ため息を吐くアフラに、  
「えろぅすんません 助けてもろうて」  
 鉢植えの陰から出てきたマコトは、頭を下げながら礼を言う。  
「貸し一つやで マコトはん」  
 アフラは“トンッ”と軽やかに窓際から離れると、マコトに視線を向けながら“チョイチョイ”と、ちょっと芝居掛かった仕草で  
手招きして、籐編みの椅子に腰を降ろした。  
 
「ほな 早速返してもらいまひょうか」  
「……はぁ?」  
 マコトは少し、いや大分戸惑っている。前述している様に風の大神官アフラ・マーンはひとりを好む。  
 だったらここにいる理由のなくなった自分は、さっさと追い出されると思ったのだ。  
「肩ぁ 揉んでくれるとウチは嬉しいんどすけどなぁ」  
「あ、ああ! はいはい」  
 言われて慌てて後ろに廻ると、マコトはアフラの肩に触れようとしたが、ギリギリそこで手が止まってしまう。  
「あ〜〜 え〜〜 その、アフラさん?」  
「なにしとるんどすか? 早よぅ揉んでおくれやすぅ」  
「そ、それでは」  
 身体に触れることに躊躇していたマコトだが、これ以上グズグズしているとアフラの肩ではなく逆鱗に触れるかも、そう考えて肩に  
そっと手を置いた。  
「優しくしておくれやすぅ」  
「は、はい」  
 わざわざ言われずともマコトはそうするつもりである。  
 それはべつに女性の扱いに慣れてるからではなく、逆でまったく加減がわからないからだ。  
“もみもみ……もみもみ………もみもみ……もみもみ………………………”  
 しばらくはただゆっくりと静かに、マコトがおっかなびっくりでアフラの肩を揉むだけの時間が流れる。  
 それを破ったのは、  
「マコトはんは随分と八方美人どすなぁ」  
 意外なことにアフラの方だった。  
「なにが……ですか………」  
 マコトの声がなんだか堅い。それには気づいていたがアフラは続ける。  
 
「わこぅとるくせにぃ……」  
 アフラの声には弱冠意地の悪い響きが含まれていた。からかい、といってもいいかもしれない。  
 風の大神官をびっくりさせたことへの、ほんのお返しである。  
 もっとも普段の彼女であるならば、こんな悪戯めいた可愛い仕返しはしない。確実にマコトが固まる様な一言を落として終わりである。  
 陽気の所為やろか?  
 アフラは首を小さく傾げた。惑わされているのかもしれない。そうは考えても決して悪い気はしなかった。  
“ハァハァ……ハァハァ……ハァハァ………………”  
 そしてここに呼吸も荒く、確実に惑わされている男がひとり。ただそれは陽気にではなく、目の前にいる女体にである。  
 こ、こんなに女の人の身体って柔らかかったっけ!?  
 肩を揉む手にはどんどん熱と力が、必要以上に篭もっていった。  
“グッ……”  
「痛ッ!?」  
「あ!? す、すいません」  
 アフラの小さな悲鳴に、マコトは肩に置いた手を引っ込めようとする。  
“パシッ”  
 だが一瞬早く、アフラの手がそれを止めた。手を重ねて肩の上に静かに戻す。  
「優しくや……女の身体は……デリケートに出来てるんどすぅ」  
 重ねられた手が温かい。覗くうなじ。白い肌が赤く染まっている。なんとも…………色っぽい。  
 マコトは無意識に唇を寄せていた。  
 
“チュッ……”  
「んぅッ!?」  
 またアフラが小さな悲鳴を上げる。しかしその声の質は、あきらかに先程のものとは異なるものだった。  
 手を重ねたままでアフラは振り向く。マコトの顔は“己の取った行動が信じられない”そんな感じで冷や汗をダラダラ流していた。  
 それこそ切り刻まれても文句は言えないだろう。だが案に反して、  
「……………続けておくれやす……」  
 アフラの表情からはなにも読み取れない。マコトの顔を一瞥しただけで、すぐに元通り前を向く。  
 え? え〜〜〜!? って、こ、これは、その、どう取ったらええんや!? つ、続きって…………か、肩揉みのことや……!?  
“キュッ”  
 アフラの重ねられたままの手が、“違う、そっちやなぃ”そう言ってるように軽く握られた。  
 それはもちろん、マコトの都合のいい解釈かもしれないが、  
“ゴックン……”  
 男にしてはあまり目立たない喉仏が大きく上下する。  
 そのまま、今度はちゃんと自分の意志で、白い首筋へと唇を寄せていった。でもこれが人柄なのか、それともただ単に度胸がないのか、  
「い、いきますよ」  
 一言断りを入れたりする。理由はおそらく両方だ。  
 アフラはそれにはなにも答えず、握る手に力を込めただけである。  
 マコトは恐る恐る顔を近づけると、そのまま半開きにした唇をアフラの首筋に押し当てた。  
 
「ぅんッ!?」  
 一瞬だけ“ピクン”とアフラは身をすくませるが、それ以上の反応は示さない。  
 顔は俯きかげんに伏せられているので、その表情まではマコトにはわからなかった。  
 それでもとりあえずは、二択の答えが間違ってなかったことにホッとする。誤答は死を意味するといっても過言ではなかったのだ。  
 一難去ったマコトは調子に乗って、唇を当てたまま舌をのばす。  
“ぺろ……”  
「あんッ!?」  
 ちょっとしょっぱい、でも甘い、とても不思議な味がした。アフラは可愛く首を傾げるだけで抵抗はみせない。  
“ぺろ……ぺろ……ぺろ……ぺろ…………”  
 だんだんとマコトの舌の舐める範囲が広がってくる。それに比例して、  
「うッ…うッ…んあッ……あッ…はぁんッ…………」  
 アフラの唇から漏れ出す声も、序々に艶っぽさを増していった。  
 マコトは左手をアフラの頬に添えると、そっと力を込めて強引に横を向かせる。マコトの大胆さも煽られるように増していた。  
 少し口を開いて、  
「んぅッ!?」  
 普段からは想像もつかないワイルドさで貪るように唇を奪った。アフラの目が驚愕に大きく見開かれる。  
 マコトは舌先を“ニュルリ”とアフラの口内に潜り込ませてきた。例え経験などなくとも、思春期の男はこうなったら止まらない。  
 それでも最初の内はアフラの反応を見るように、マコトは舌先で柔らかな頬の内側をゆっくりとなぞる。  
「んむッ……ふぅ……んンッ……んぅ……」  
 するとすぐに、クールな仮面の下には情熱的な素顔を隠していたのか、アフラもぎこちなくだが舌を絡ませてくる。  
 まぁ、舌の動きがぎこちないのはお互い様なので、それについては何の問題もない。  
 それでもエロに対する欲求は、やはり只今高校生、思春期ど真ん中ストレートのマコトの方が激しいのか、  
 
「ん……んぁッ……んふ………はぁッ………ン……むぅ……」  
 固まりを舐めて溶かすように唾液を乗せて、アフラの舌の味を包むように味わう。そして味わおうというのは舌だけであるはずがない。  
 というより、ここに興味のない男は中々いないだろう。  
“ぐにゅんッ……”  
「んンッ!?」  
 スーツの胸元を待ち上げる目立たないが豊かな双球を、マコトは肩に置いたのとは逆の手で鷲掴みにしていた。  
 反射的にアフラはその手を掴むが、抵抗は形だけのもので振り払おうとはしない。  
 大神官の乳房は異界から来た少年に、それこそ好き放題に弄り回されていた。でも、いまアフラの胸の内は誇らしさでいっぱいである。  
 幼い頃から修行に励み、大神官となってからは辺鄙な山での一人暮らし。  
 それをツライと思ったことはないが、異性との付き合いにおいて彼女、アフラ・マーンには成長する場がなかった。  
 そんなんどうでもええわ、男なんぞ欲しいことあらしません、などと半分世を拗ねたようなことを考えていた自分が、こんなにも激しく  
少年に求められている。  
 それは女性としてアフラが味わう、初めての快感だった。…………無論肉体的にも。  
「ん……んぁッ……んふ………はぁッ………ン……んふぁッ……」  
 マコトの手を“ギュッ”と握りながら、切なげに“モジモジ”と身体を振るアフラの姿はキャラに合わず乙女チックに可愛らしい。  
 腐れ縁のシェーラ・シェーラであっても、おそらく一生、いや絶対に見ることは出来やしないだろう姿だ。  
 マコトしか見たことのない、見せることのない艶姿である。  
 ああ……どっかのどこかの水の大神官みたいになったら終わりや思うてましたけど………男に頼るのも………悪ぅおまへんなぁ………  
“チュルン……”  
 子気味のいい音とともに、マコトの舌が引き抜かれると、二人の間を銀色の糸が繋ぎ“プツッ”と切れる。  
「…………ホゥ……」  
 熱すぎる吐息。マコトを見るアフラの瞳は妖しく濡れて潤んでいた。  
 アフラの瞳が“この後はウチをどうする気なん?”そう語っている様に思えるのは、マコトの自惚れだったろうか?答えは、  
 
“カチャ……”  
 ドアが開く音。  
「!?」  
「ぐぇ!?」  
 アフラから得られることはなかった。  
「うわぁ!? と、マコト様? なにやってんですか?」  
 吹っ飛ばされたマコトは、“キョトン”とした顔をしているアレーレの足元に無様に転がる。  
 それでもこれで意外に丈夫なマコトは身体を起こすと、  
「ど、ゴホッ……どうしたんやアレーレ?」  
 むせてはいるがアレーレに訪ねた。  
 アフラの方はと見ると、背中を向けて、澄ました風に椅子に座って本を読んでいる。逆さまなのはお約束だ。  
「ストレルバウ博士が呼んでましたよ て、あれ? マコト様なんだかズボン膨らんでま…………」  
「それは急いで行かんと、おおきになアレーレっ!!」  
 それこそマコトは脱兎の如く部屋を出ようとする。そのマコトの耳朶には“クス……”と微かに笑い声が聞こえた気がした。  
 マコトの足が“ピタリ”と止まる。  
「アフラさん、また明日もこんな陽気だとええですね」  
「!? は、早よう行きなはれっ!!」  
 見なくともアフラの顔が真っ赤に染まっているのがマコトにはわかった。今度はマコトが“クス……”と笑いを残して去っていく。  
 
「アフラお姉様、一体なんのことですか?」  
「べ、べべ、べつになんでもないんどす!!」  
「え〜〜 教えてくださいよ それってマコト様とお姉様だけの秘密なんですかぁ?」  
 アレーレの追求、いやツッコミはこの後二時間は続いた。終止符を打ったのは、  
「そうどすぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」  
 ロシュタリア王宮中に、風の大神官の魂の叫びが響き渡った。  
 
                                     とりあえず終わり。  
 

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル