「眠れない…」  
 
 
たったの30分が何時間にも感じられる。  
目をつぶっても、枕に顔を強く押し付けても、  
あの光景が頭から離れずに寝付けないでいた。  
 
忘れたくても忘れられない。  
30分前のあの光景がまた咲の脳裏によぎる…  
 
 
それは30分前のこと…  
 
明日は1時限目から重要な講義があるから  
早めに布団に入ろうと支度を始めた。  
明日の準備も一段落してトイレを済ませようと  
トイレに向かったそのときだった。  
 
「……?…泣き声?」  
 
確かにそれはどこからか聞こえてくる。  
咲は耳を澄まして声の発信源を探った。  
 
「ここだ…間違いない」  
 
その声は姉夫婦の寝室からだった。  
 
「喧嘩でもしたのかなー、仲よ………!!」  
 
寝室のドアに近づいたそのとき、  
この声が泣き声ではないことに咲はようやく気づいた。  
 
空間を隔てたドアの向こうから漏れてくるのは  
泣き声などではなく、姉の甘く切ない吐息だったのだ。  
 
「んっ…・・・んんっ…はぁ…」  
 
自分でも気づかぬうちに咲はドアに耳を当てて  
甘美な艶声に聞き入っていた。  
 
「良介、そんなに激しくされたら咲に聞こえちゃうよ」  
「大丈夫だって、明日早いって言ってたからもう寝てるさ」  
 
咲は我に返った。  
 
「私、何してるんだろう」  
 
熱を帯びてうわずっていく声とは対照的に自分の心が  
深く落ち込んでいくのを感じた咲は気配を悟られぬよう慎重に、  
逃げるようにその場を去った。  
 
 
あれからどれくらい時間がたっただろう?  
感覚的には数時間、実際には数十分といったところだろうか…  
 
去り際にドアの隙間から見えてしまった二人の獣のように絡み合う姿、  
理性を忘れて乱れ鳴く姉の声、  
どちらも頭に染み付いて離れようとしない。  
 
二人には子供もいるし、咲ももう子供ではないから  
姉たちがこのような行為を行っているのは頭ではわかっていた。  
しかし実際の現場を目の当たりにして冷静にしてはいられなかった。  
ましてや自分の好きだった男性が他の女性と、しかも実の姉と  
まぐわる姿など繊細な咲の心をズタズタに引き裂くには十分すぎた。  
 
頬を伝う涙を拭ったとき、咲は自らの身体が熱を帯びているのに気がついた。  
 
身体はまるで風邪でもひいたかのように熱く火照っていた。  
咲は原因不明の火照りに戸惑いながらパジャマを脱いだ。  
布団の感触がひんやりと冷たい。  
しかし、身体の火照りは一層高まっていった。  
 
ふと、先ほどの情景がまた脳裏によぎった。  
それと同時に咲は今まで感じた事の無い胸の高鳴りを感じた。  
身体の火照りもますます強くなる。  
この胸の高鳴りと火照りはやがて咲の身体に妙なむず痒さを与えた。  
 
「なに?…この感じ……」  
 
咲の指はむず痒さの先へ伸びていった。  
 
「ああっ!…」  
 
むず痒さの元へ手を伸ばした咲の口から声が漏れた。  
そこは豊かな泉を抱えた谷底のようだった。  
咲は悲しみを忘れ、泉を掻き分けるのに没頭した。  
 
「ん……んふっ……あぁ…」  
 
泉からはとどまることなく湧き上がってくる。  
淫らな水音が部屋の中に響きわったっていた。  
 
もう既に咲から理性は失われていた。  
 
「あぁっ…兄さん……良介兄さんっ!」  
 
無意識のうちに咲は叫んでいた。  
姉たちに聞こえてしまわないだろうか?などと  
考える余裕は既に無く、ただ欲望のままに動いていた。  
 
「…んはっ……はぁ…あんっ………」  
 
だいぶ息があがり、終幕が近づいてきた。  
咲の頭には良介の顔が走馬灯のように過ぎっていった。  
 
「あぁんっ…あああぁっ!!!」  
 
わずかな絶叫と激しい痙攣のあとに咲は気を失った。  
 
 
 
 
 
咲は意識を取り戻し、しばしの空白ののちに現実に引き戻された。  
同時に罪悪感の波が咲を弄ぶ。  
汗と、汗ではないものに濡れたシーツをつかんで  
咲は嗚咽を漏らした。  
 
 
 
 
 完  
 

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