「ふぅ…やっぱり、一人で来てしまったのは間違いだったのでしょうか……」  
 
チェルシーは、坑窟の間で汗を拭いながら独り言を呟いた。  
考えてみれば、今までダンジョンに探索にやってきたことは何度もあるが、単身で乗り込んだのは初めてである。  
ナナカマドの杖に聖なる衣という万全の体制とはいえ、非力なチェルシーにとってはかなり危険な冒険だ。  
ましてや商人でないチェルシーは、モンスターと交渉もできなければ戦闘中のアイテムも使えない。  
次第に激しさを増しつつあるモンスターたちの攻撃に、何度諦めて引き返そうと思ったことか。  
ウィルやサララが側にいればどんなに楽だろうと思ったことか。  
しかし、その思いを振り払うようにチェルシーはぶんぶんと頭を振った。  
 
「ううん…たとえサララさんでも、こんなこと知られるわけにはいきません!」  
凛とした表情でまっすぐ前を向き直るチェルシー。自分を奮い立たせるかのように、胸元から十字架を取り出して両手で強く握り締める。  
「弱気になってはダメ……主よ、お守りください――」  
 
 
……  
事の起こりは3日前。  
ウィルと二人でダンジョンに潜ろうと酒場にやってきた時であった。  
 
「それじゃあ、一緒に潜ってくれそうな人を探してくるからちょっと待ってて」  
 
ウィルはいつも潜る前に酒場で一緒に潜る人(大抵はサララだが)を募集してくる。  
そりゃ、確かにチェルシーとウィルの二人だけではダンジョンの探索は危険だ。  
ただでさえ二人しかいないパーティなのに加えて、チェルシーは事実上回復専門である。  
おまけに二人の冒険者レベルも決して高くない。  
だから、ウィルが同行者を募集するのは当然のことだし、チェルシーの身を案じた上でのことでもある。  
そんな事は分かっている。  
 
しかし、チェルシーは考えてしまうのだった。  
たまには「今日は二人きりで潜ろうか」と言ってくれてもいいのではなかろうか?  
ウィルは、私のことなんてなんとも思っていないんだろうか?  
そんなネガティブな思考に陥るたびに、自己嫌悪の念が沸きあがってしまう。  
 
酒場の常連客、アダーとビジョルドの会話が聞こえてきたのはそのときだった。  
 
「ダンジョンの中では行商人がアイテムを売りつけてくれるらしいな」  
「へえ、やっぱり他では手に入らないような珍しいものも扱ってるのかね」  
「だろうな。なんでも、好きな相手と両想いになれるアイテムなんてのまであるそうだぜ」  
 
ぴくり。チェルシーの耳がわずかに大きくなる。  
好きな相手と、両想いになれる、アイテム……?  
知らず知らずのうちにチェルシーは吸い寄せられるように2人の座っているカウンターに向かう。  
 
「ま、しかしそんなアイテム、俺たち冒険者には関係――って、どうしたんだいお嬢ちゃん?」  
「あ、あのっ……すみません、今のお話、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?」  
「ああ――この前『横丁の間』で探索しているときだったかな、縁結びのアイテムがあるって売りつけられそうになったんだ」  
「『横丁の間』、ですか……」  
 
何度かウィルやサララと一緒に行った事がある場所だ。  
ドラゴン特急を使えば、スムーズにたどり着けるはずである。  
 
「つっても俺はカミさんがいるし、愛人を作る気もないから断ったけどな」  
アダーが大口を開けて笑う。  
「それにしてもお嬢ちゃん、わざわざこんな話を聞きたがるなんて、もしや例の男の子にホの字かな?」  
「い、いえっ……その、お話有難うございました、失礼しますっ!」  
だだだ、と慌てて逃げていくチェルシーを、アダーとビジョルドは微笑ましいものを見るような表情を浮かべて見送った。  
 
……  
そんなわけではるばる坑窟の間までやってきたわけだが。  
正直、甘かった。  
ダンジョンは、頂上を過ぎると急激にモンスターの数が増加する。  
まして狭い通路が多く分岐の少ないフロアである。  
あっという間に所狭しと犇めき合ったモンスターたちに取り囲まれ、多対一という圧倒的に不利な条件で連戦を強いられる羽目になった。  
受けるダメージそのものは少ないものの、必然的に回復呪文を唱えながらの長期戦となる。  
 
ようやく横丁の間への階段を下りたころには、チェルシーのMPはもう尽きかけていた。  
恐らく次にモンスターと遭遇した場合、勝てる見込みは絶望的と言っていい。  
「うぅ……せっかくここまでたどり着いたのに、諦めて帰らなければいけないの……?」  
泣く泣く鞄を漁り、カエルまんじゅうを取り出すチェルシー。  
 
もちろん、また道具と装備を整え直せば再びここに戻ってくることも可能だろう。  
しかし、件の商人が果たしていつまでも横丁の間付近で商売しているだろうか?  
それに、出直している間に目当ての商品が売り切れてしまっていたら?  
様々な不安がチェルシーの脳裏を駆け巡る。  
だが、いくら考えたところでこれ以上の探索は無謀だという事実は変わらない。  
「今度は、もう少しレベルを上げて装備を整えてからにしなきゃ…」  
仕方なく鞄から取り出したカエルまんじゅうを使おうとした、その時だった。  
 
「嬢ちゃん、こんなところで一人で何してはるんや?」  
聞きなれた関西弁で後ろから声をかけられる。  
「え……?」  
 
ゆっくりと振り返ったチェルシーの目の前には、一人の人物が立っていた。  
まん丸いめがねに、やたら胡散臭い笑顔、そして変な関西弁。  
そう、それは他でもないだんじょん行商人の姿だった。  
 
「行商人、さん……?」  
ぎこちない声でチェルシーはようやくその人物の呼びかけに応える。  
「うん? なんや嬢ちゃん、もしかしてサララちゃん達とはぐれてもうたんか? なんなら一緒に探して……」  
心配する行商人をチェルシーは慌てて制止する。  
「ち、違うんです! 実は今日はだんじょん行商人さんに個人的なお願いがあって……!」  
恐る恐る切り出したチェルシーに、意外にも行商人は快く了承した。  
「ほう、商人のサララちゃんはともかく、シスターがワイにお願いとは珍しいな?   
 こんな可愛い子のお願いを断ったらバチが当たるわ。ワイにできることならなんでも力になるで、言うてみい」  
笑顔でどんと自分の胸を叩く。  
「ありがとうございます、実は……」  
 
チェルシーはこれまでの経緯を掻い摘んで行商人に説明した。  
酒場で恋愛成就のアイテムを行商人が扱っていると聞いたこと。  
それを手に入れるために今日は密かに一人でダンジョンの奥までやってきたこと。  
 
「ふむふむ……嬢ちゃんの事情は大体分かったわ。確かにワイの商品の中には意中の相手と両想いになれる『縁結びのドレス』ちゅうアイテムはある」  
一通り話を聞き終えた行商人は腕を組んでうなずく。  
「――にしてもなして嬢ちゃん、そないなアイテムが入用なんや?」  
「ふぇっ!? そ、それはその……!」  
一瞬で顔を赤らめてうろたえるチェルシーの様子だけで説明には充分だった。  
 
「ははぁん、なるほどなー。嬢ちゃんもいっちょまえに恋するお年頃でっか。野暮なこと聞いてスマンかったな」  
一人納得している行商人をよそに、いっちょまえ、と言われてしまったことにチェルシーは軽くへこんでしまった。  
「うぅ……そりゃ私だって女の子ですから……気になる男の子くらいいますよ……」  
「あっ……! スマン、悪気はなかったんや。子ども扱いして悪かったな……  
 よし、気ぃ悪くさせちまったお詫びや、この商品はタダで差し上げますわ!」  
 
思わぬ提案にチェルシーは目を丸くする。  
何せ、この商品のために今までの貯金をかき集めて、それでも足りなかったら分割払いを頼むつもりでここにやってきたのだ。  
「そ、そんなわけにはいかないですよ! だって、貴重なアイテムなんじゃ――」  
「いやいや、お客様の笑顔がワイにとって一番の報酬さかいな。  
 それに、ワイの商品をもとめてはるばる一人でこんな辺鄙な場所まで足を運んでいただいたお嬢ちゃんから、お代なんて受け取れへんて。」  
「――ありがとうございます! このご恩は決して忘れません!」  
深々とお辞儀をするチェルシーの姿に行商人は満足そうに頷いた。  
 
「気にせんでええて。そんで商品の話やけど、よかったらそこの休憩所で着替えてもらってええか?  
 お嬢ちゃんのドレス姿、ワイも是非お目にかかりたいんや」  
そういって行商人が指差した先は、横丁の間の休憩所の扉だった。  
「はい、そんなことでしたら喜んでっ!」  
快く了承するチェルシー。  
それを聞いて行商人は楽しそうに鞄の中をあさると、一着の白いドレスを取り出すとチェルシーに手渡した。  
「よっしゃ、それじゃ宜しく頼むわ。ワイはここで待っとるから、着替え終わったら戻ってきてな」  
「は、はいっ」  
 
チェルシーはドレスを抱えて休憩所に駆け込むと、改めて件の商品を両手で広げてみた。  
「このドレス……すごく軽い。まるで葉っぱみたい……」  
縁結びの効果が本物なら、恐らくなんらかの魔法がかかったアイテムなのだろう。  
そう考えると見た目よりずっと軽くても不思議ではない。  
暫くドレスを眺めていた後、チェルシーが修道服を脱ごうとしたところで扉の外から行商人の声が聞こえてきた。  
「せや嬢ちゃん。さっきは言い忘れとったけど、そのドレス、実は素肌の上に直接身につけな効果がないんやった。  
 面倒かけて悪いんやけど、他に着とるもんがあったら全部脱いでくれるか?」  
「え……ええっ、全部ですか!? うぅ……分かりました」  
 
素肌の上に直接ドレスを着るというのは多少心許ないが、今更断るわけにもいかない。  
チェルシーは修道服をたたむと、下に身に付けていたブラとショーツも外し、鞄の中にしまう。  
ドレスを羽織った後も、まるで素肌に直接空気が当たっているような違和感があった。  
「少し恥ずかしいけど……ウィルに気に入ってもらえるなら……」  
一応ドレスが透けて素肌が見えたりしていないことを確認して、チェルシーは休憩所を後にした。  
 
「あ、あのっ、お待たせしてすみません!」  
「お、嬢ちゃんか。待ってへんて、そんなことより着心地はどないや?」  
「えっと……少しスースーしますけど……とっても軽くて素敵なドレスだと思います!  
 修道服以外の服ってあまり着ないんですけど……着こなしとか、おかしくないですか?」  
そう言いながら行商人の前でくるりと回るチェルシー。  
 
「お……おおっ……!」  
しかし行商人は返事をせず、何故か血走った目で食い入るようにチェルシーの姿を見つめたまま鼻血をたらしていた。  
「――あの、行商人さん……? どこか、おかしかったですか?」  
不思議に思ったチェルシーはおずおずと行商人に質問する。  
「――あ、ああ、スマン! 嬢ちゃんがあんまり可愛いもんで、思わず見とれてもうたんや」  
慌てた様子で行商人は取り繕い、鼻血を拭くと咳払いをする。  
「うん、バッチリや! その姿で男の子に会えば、どんな相手でも間違いなくイチコロやで。ワイが保障したる!」  
行商人は笑顔でVサインをチェルシーに向ける。  
 
「本当ですか、ありがとうございますっ!」  
「いやいや、礼を言いたいのはこっちの方や。ええモンも見せてもろうたしな」  
「? いいもの……? 何がですか?」  
不思議そうにチェルシーは首をかしげて問い返した。  
「あ……いやその、こっちの話や! あ、せやせや……ついでに教えておいたるけど、ダンジョンには『タヌキ』っつー素晴らしい方がおるらしいで。  
 もしも出会うようなことがあったら丁重にもてなしたってや?」  
「はっ、はい! どうもありがとうございました!」  
改めて礼を言ったあと、丁寧なお辞儀をしてチェルシーはその場を後にした。  
 
……  
「ふぅ……行商人さんが、とっても親切な方で助かりました……  
 あとは、カエルまんじゅうを使って地上に戻れば……」  
無事に目的を果たし、今度こそカエルまんじゅうを取り出そうとした、その時だった。  
遠くの通路から聞きなれた声が、自分の名前を呼んでいるのが耳に入った。  
「――ルシー? おーい、チェルシー? いるなら返事をして!」  
それは紛れもない、小さな魔法使いウィルの声だった。  
 
「ウィル!? 一体どうしてここに?」  
慌ててカエルまんじゅうをしまって返事をする。ほどなく、通路の先から返事が帰ってきた。  
「……! やっぱりここに来てたんだ! たまには二人でダンジョンに潜ろうと思って教会に行ったら、チェルシーが一人でダンジョンに向かったってシスターテレサに言われたからまさかと思ったけど……」  
チェルシーは一瞬自分の耳を疑った。  
ウィルが、私と二人きりで冒険の誘いに? しかも、私を探すために一人でこんなダンジョンの奥まで?  
まさか、ドレスの効力が早速現れたのだろうか。それとも、天に私の気持ちが通じたのだろうか。  
いずれにしても、ウィルが私のことを多少なりとも大切に思っているという事実に、チェルシーは心を打たれた。  
その思いに突き動かされるようにチェルシーは、ウィルの声がする方に向かって早足に歩みを進める。  
 
「あのっ……心配かけてごめんなさい、ウィル……! 実は私、どうしても手に入れたかったアイテムがあって……」  
L字型に折れ曲がった通路の先からウィルの足音が聞こえてくる。どうやら曲がり角のすぐ先まで来ているようだ。  
「だからって、一人でこんな場所を探索するのは危険だよ……。ボクでよければ、いつでも誘ってくれればよかったのに。  
 このあたりは凶暴なモンスターも多いし、それにもしもタヌキに化かされたりしたら……」  
珍しく少し怒ったような顔をしたウィルが曲がり角から現れる。  
 
ウィルの姿を確認すると、照れ笑いを浮かべてチェルシーは自分の姿をその少年の前に晒す。  
「うん、ありがとうウィル。……あのね、手に入れたかったアイテムってこれなんだけど――  
 似合う、かな……?」  
上目遣いにそう尋ねたチェルシーが見たものは。  
口をあんぐりと開け、装備していたヒイラギの杖を地面に落としたまま凍りついているウィルの姿だった。  
 
「あ、あれ……? ウィル、どうしたの……?」  
あまりに予想外の反応に、戸惑いがちにたずねるチェルシー。  
声をかけられてようやく正気に戻ったウィルは、しかし真っ赤になって目を閉じて叫ぶ。  
「どうって……チェルシー、いったい何でそんな格好してるのさ!」  
「え……えっと、行商人さんに頂いたんだけど……もしかして、似合ってなかった……?」  
どうみても好評とは思えないそのリアクションに、チェルシーは少ししゅんとなって小声で尋ねる。  
 
「似合うとか似合わないとかの問題じゃなくてっ……  
   
 ――とにかく、今すぐ何か着てよっ!」  
 
目をしっかりと閉ざしたまま全身を真っ赤に染めたウィルはチェルシーの身体を指差す。  
「え? 何か着てって……私、行商人さんに頂いたドレスを――」  
ウィルの指差した先を追うように視線を下にずらしたチェルシーの目に入ったものは――  
 
完全にむき出しになった、自分自身の小さな胸。  
いや、胸だけではない。頭の先からつま先に至るまで、チェルシーの身体の全てが生まれたままの状態で晒されていた。  
 
「ぇ……な、なんで……? 嘘……」  
 
先ほどまで確かに着ていたはずのドレスは、跡形もなく消え失せていた。  
――否。  
たった一枚、秘所をかろうじて隠す程度に、申し訳のように股間にくっついていた葉っぱを除いては。  
 
「あ……ああああ……」  
 
好きな異性に、自分自身の裸を晒してしまった。しかも、こんな場所で。  
その事実に行き当たり、チェルシーは一気に全身の血が沸騰していくのを感じた。  
そして無意識のうちにその手は傍らに落ちていた杖に伸び――  
 
「――お願いウィル、忘れてー!」  
 
目の前にいた哀れな少年の頭を全力で打ち据えた。  
 
――それからしばらくの間、ダンジョンの中ではタヌキを見るたびに血相を変えてナナカマドの杖で殴りかかる小さなシスターの姿が目撃されたそうな。  
 

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