私が初めて口にしたものは、母親の乳房ではなく、男根であった。
母親は下級魔族で性玩具。
父親はその『所有者』。
男の精を啜り、股座に男根を受け入れ、媚態を演じる。
私は生まれついての性玩具。
下級魔族や捕らわれた人間が、上級魔族の奴隷にされる事はよくあり、
私の母親はそんな境遇の女だった。
別に苦痛だったわけではない。
何せ、それ以外の世界を知らなかったのだから。
ある時、私の所有者が殺された。
部下の魔族の叛乱によって。
あっけなく所有者、私の父親は死んだ。
私の境遇は変わらなかった、いや、酷くなったと言ってよい。
私の立場を知る叛乱の首謀者が、私をその部下に下げ渡したからだ。
私は、玩具から便器になった。
そんな境遇の者が大切に扱われるわけもなく、私の身体はズタボロになっていった。
転機が訪れた。
またもや私の『所有者』が襲撃により壊滅したのだ。
騒乱の中、私の許に男が現れた。
雑兵とは異なる威圧感を持った男。
とても冷ややかな眼差しを持った男。
男は何の躊躇もなく、私に近づいてきた。
―この男は知らない…―
私を『使用』したことのない、男。
ヒュンッ
空気を斬る音。
放たれる一閃。
男は枷を剣で斬り、砕いていた。
冷ややかな視線を私から外し、その男は去っていった。
やがて騒乱は治まり、私は自由を手にしていた。
それから私は我武者羅に生きた。
身体を売り、
無い知恵を振り絞り、
他者を操り、
僕を増やし、
仇なす者を殺し、
再び、私の『生』が私から奪われないように、私は我武者羅に生きた。
性玩具としての暮らしが長かった為か、私の肉体は成長を止めていた。
幼い容姿によって、大抵の魔族は私を見くびったが、
名が知られてくるにつけ、その様なこともなくなった。
代わりに、『無垢』などという、皮肉な二つ名で呼ばれたりもした。
私が『無垢』の名で呼ばれ始めた頃、
魔族の勢力図は、小勢力の群雄割拠から、諸手で数えられるだけの大勢力の争覇へ、と移行していた。
その様な中で、私が率いた勢力は比較的小さかった為に、いとも容易く潰された。
部下は四散し、私はこの身一つとなった。
いや、実際にはその身すらも失っていた。
私は囚われていた。
ただし、その時には、私の身に敢えて触れる者はいなかったが。
ある夜、不思議と目が冴え、ぼんやりと昔の事を思い出している私がいた。
奇妙な緊張が私のいる獄舎を包んだ。
その緊張は徐々に、恐怖へと変わり、私は何故か、私を解放した男を思い出していた。
その時 再び あの男が 私の目の前に いた
男は、あの時と変わらぬ冷ややかな眼差しを私に向けていた。
しばしの沈黙が場を支配した。
「あの時の、女か」
呟きとも、問いかけともとれるような、その言葉は不思議と私の心に響いた。
私は、声を出すことも出来なかった。
また、沈黙が訪れた。
その後、男は何も言わず何もせず、少し経つと獄舎から出ていった。
次の朝、私は獄舎から客を泊める間に移された。
私は勧誘されていた。
長い間、獄に繋いでおいた者を勧誘するというのも、奇妙な事だが、
あの男が私を救ってくれたと感じ、不思議と嫌悪は無かった。
勧誘を受けた私は、すぐさま、その勢力の主の元に出向いた。
勢力の主に忠義を誓う事は、必須の行為であった。
そして、そこにいたのは―――
半ば予想していた通りに、私は男に仕える事になった。
私は男の許でも我武者羅に生きた。
いや、働いた。
私の『生』は男のものであった。
くぐもった喘ぎが、床の中にある。
夜、私は男の寝室にいた。
私は、男に抱かれていた。
その時の私は、男にとって性欲を満たす為の道具であったのかもしれない。
だが、男は優しかった。
愛撫も、接吻も、口淫も。
それまで、私を犯してきた者共とは、何か違った。
【幼い私】を弄(まさぐ)る手ではなく、
【幼い私】に這わせる舌でなく、
【幼い私】を抉じ開ける口でなく…。
男の行為は、決して静かなモノではなかったが、
玩具として、
便器として、
娼婦として、
私が経験してきた、処理する為だけの行為ではなかった。
男が達する頃には、私は達するのが止まらなくなり、泣きながら懇願している有様だった。
コトが終わっても、男は私を放さなかった。
いや、私が男と離れたくなかったのだろう。
やがて、男が覇を握ったが、私と男の関係は途絶えることはなかった。
男は後継となる者を望んだ。
だが、男は自らの子に後継を望んではいない様で、
私に『子を成せ』とは、一言も言わなかった。
男は、より優れた者、より強い者を求めていた。
男はあっけなく死んだ。
彼が後継者候補に選んだ者の手によって。
男が望んでいた事と理解しているつもりだった、その筈だった。
気がつくと私は、
男を殺した者に、
アイオンに刃を向けていた。
私は私の全存在を動員した。
過去に身につけた、あらゆる術を用いて、
秘密裏に仲間を集め、神算鬼謀を謀り、敵のあらゆる弱点を突いた。
しかし、強大な反対勢力、綿密な作戦も、水面下の工作も、
全てが徒労となった。
男を殺した者は、ただただ、強かった。
死に向かい、薄れゆく意識の中
あの男の声が フゥルと 私を呼ぶ声が 聞こえた気がした
劇終