覆いかぶさる重たさが意外と冷たいことに驚く。
(私は犯されるのか…。)
何故だか実感がわかない。
下卑た笑いと、暑苦しい吐息。
着ている物が、次々と破り去られていく。
そして…
夜闇が空を覆いつくす頃に私は目を覚ました。
ああ、また…。
私は、そっと、ベッドを抜け出す。
外の風は夏という季節に合わず、寒々としている。
猫たちも既に夢の世界に堕ちている様だ。
ベランダから屋根の上から望む『夜』は、現実味がない。
幻想的とも言える。
「サララ。」
気配もなく、背後から男が現れる。
―少年―
その容姿はそう形容せざるを得ないが、眼差し、口調、雰囲気は明らかに幼さを持たない。
「何をしている。」
男は問う。
「夜風に当たっていたの」
むしろ、夜のベランダでする事など他にないのだが。
「そうか。 あまり長く居るな、風邪を引く。」
明らかに安堵した口調。
少し、寝床から離れただけなのに、こんなにも心配する彼を、可愛いと思ってしまう。
無論、本人に言えば、より無表情になるので口にはしないが。
身体を這う手。
力の抜けた肢体。
いよいよ、犯されるという時、私の視界は赤く染まる。
鈍く輝く刃。
男達の阿鼻叫喚がその部屋を満たす。
一人立ち尽くす、『彼』。
空間を歪めているか、と錯覚させるような怒気。
「大丈夫か」
男は問う。
苛立ち、恐れ、悲嘆。
淡々と赤い肉塊を作り上げた者とは思えぬほどの、動揺した声。
「いや、愚問だ。 ラヴァ、サララを安全な場所へ連れて行け。」
「分かりました。」
彼は、部下である女魔族に私の身を任せた。
いつもは、私を嫌悪を露にする彼女も、今は私を丁重に扱った。
慰めの言葉をかける、といった事はなかったが、彼女はその夜、私と共に居てくれた。
あくる朝、大柄の魔族が傷ついた親友を届けに私の許に来た。
襲われる私の救おうと、飛び掛っていったチョコ。
返り討ちに遭い、私が襲われている時はピクリとも動かなかった。
薄情な話だが、私はチョコをすっかり忘れていた。
なんとも薄情な女だ、と自嘲の思いに駆られていると、大柄の魔族は無言で頭を撫でて去っていった。
「チョコ…、ごめんね…。」
部屋に入り、私は、漸く涙した。
不思議なモノで、約半日、私には涙が流れなかった。
恐怖に呑まれていたからかもしれない。
大切な友を、死に掛けた友を、忘れていた私は、
何の為にか、さめざめと泣いた。
それから数日後、チョコは回復し、私も店を開いた。
そして、また普段の生活が始まった。
「サララ」
久しく顔を見せなかった客が、訪れた。
お礼を言おう、言おうと思いながら、あの時の記憶から、何故か逢いにいけなかったヒト。
「アイオン…」
『いらっしゃいませー!』と大きな声を挙げるのが常なのだが、彼の影を確認した瞬間、思考が止まった。
「サララ、すまなかった。」
彼は謝った。
彼らとパーティを組んでいた訳ではない。
いつかの様に、陥れられた訳でもない。
それどころか、私は犯されてもいない。
彼に非はない。
だのに、『それ』を口にした。
私の思考は何故か滅茶苦茶になった。
そして、私が口にした言葉は罵声だった。
いや、罵る様に、『彼が謝った事』を責めた。
私は泣いていた。
もはや、言葉を成せないほどに程に泣いていた。
私が落ち着いたとき、彼は私をその腕の中に抱いていた。
彼は、たどたどしい口調で、私に語り始めた。
その言葉は彼の、怒りであり、後悔であり、悲しみであった。
だが、何よりもそれは、私への睦言となった。
私は彼を愛している。
青天の霹靂のごとく、私は彼を愛した。
いや、彼を愛する自分に気がついた。
私は、そんな尻軽な女だったか、と自分に冷静さを求めた。
だが、その冷静な思考も、弾ける様な衝動に呑まれていく。
彼の抱擁の中、私は顔を上げ、彼と唇を交わした。
部屋を、蕩ける様な空気が満たす。
口付けは、激しさを増し、淫らな音を立てている。
いつの間にか、私の服が肌蹴ている。
肌に触れる手。
あの男共に触れられたときは、何の現実感もなかった。
今は違う。
彼は違う。
熱い。
優しい。
嬉しい。
愛しい。
『彼』が触っている。
その現実が、私の思考を甘く染める。
乳房への口付け。
私の乳房は小さい。
羞恥心がいきなり湧いて出る。
こんな、小さな乳房で彼を満足させられるのか、と。
彼は優しい。
舌を這わせ、啄ばむ様な口付けを乳房に、その先にする。
ああぁっ、と声を挙げる私。
羞恥なのか、快感なのか、くすぐったさなのか、あるいはその何れもか。
「ごめんなさい」
私の言葉に訝る彼。
「私、おっぱい、小さい…」
「…気にならない」
彼はそう言うと、乳首を強く吸い、啄ばむ。
痛みと、痺れる様な感覚が身体に走る。
乳房、お腹、背、首、脚…。
彼は全身を愛撫する。
手で、舌で。
ふと、彼は女性経験があるのか、と脳裏をよぎる。
快楽の喘ぎに、感情が篭ったのか、彼はまた、まじまじと顔を見つめた。
私は何も言わない。
言えない。
別に、彼に女性経験があっても構わない。
でも、聞けない。
何か怖い。
少しだけ、二人の時間が止まる。
「……ねぇ、ここ…。」
私は意を決し、彼を私の股間へと導いた。
彼は、私のアソコに口付けた。
甘い感覚。
今まで、自分を慰めたことは幾度かあるものの、この時ほどの快感はなかった。
途中で怖くなってしまい、止めてしまうからでもあるのだろうが。
卑猥な水音が部屋に響く。
聞いていると思わず赤面してしまうが、すぐさま、その余裕はなくなる。
あっ、あっ、あっ、と言葉にならない喘ぎ。
彼が陰核を啜った時、私の身体は、少しだけ私ではなくなった。
濡れた床。
彼の身体には、私の恥液のにおいが纏わりついている。
彼は下半身を露にした。
勃起した彼の陰茎は、(ヒドい話だが)なんだか滑稽に見えた。
(アレが私の膣に入る)
そう考えると、少しではなく、大いに怖い。
私は処女だ。
その痛みがどんなものであるのかは、予想出来ないが、
少なくとも、あんな太い異物を身体に入れるのは、恐怖以外の何ものでもない。
それが、彼のモノでなければ、だが。
彼は少し戸惑っているようだった。
私は訝しげな眼差しを彼に向けた。
「…俺の初めての女はお前だ。」
何か安堵した。
私の初めては彼に。
彼の初めては私に。
嬉しい、そう、心から思えた。
「私も」
その返答に彼は私をじっと見つめた。
そして意を決したように
「場所が分からない」
と呟いた。
考えてみれば、私も自分の膣の場所なんてちゃんとは知らない。
アレだけ、舌を這わせておきながら、分からないというのも妙な話だが。
後で聞くと、確認する余裕なんてなかったとか。
「拡げてみるから…」
冷静になって考えると、とても処女とは思えないような事を口走ったように思う。
顔を紅潮させ、まじまじと私の股間を覗き込む彼。
もう一度、アソコに当たる吐息。
蒸れたにおい。
「分かった」
そう言うと、彼は陰茎を私の膣にあてがった。
―私は彼に抱かれる―
その思考が形を成し終える前に、私は股間の鈍痛に苦痛の声を挙げていた。
「…ア…イオン…アイオ‥ン!」
彼は優しい。
決して動きを早めることなく、私の痛みが少しでも和らぐのを待っているかのようだった。
口付け。
もう何度目になるか、彼と唇を重ねる。
舌を絡ませる。
腰を動かさず、身体中を愛撫しあう。
幸福感が痛みを忘れさせてくれる。
漸く痛みが薄れた頃、彼は私の膣内に精を発した。
そして、私は今、彼と寝床を共にしている。
夜風を吸い、気だるさに肌寒さが混じった頃、私は彼のいるベッドへと戻る。
可愛い寝顔。
魔王と呼ばれる彼の寝顔。
私を愛し、私が愛する彼の寝顔。
私は愛を囁き、また夢へと堕ちる。