「お詫びの粗品」
んーっ、とサララは伸びをした。
ほぅっ、と息をつく。
「それにしても、報われたなぁってかんじだね」
チョコがカウンターの上に積まれた、金貨の小山に腰掛けて言った。
ざっと10000Gはある。
今までこつこつ冒険して集めたアイテムやお金を一気に使っての大セール。
最初は一日の予定だったのだが、勇者、盗賊、騎士、吸血鬼、獣人、シスター、
魔法使い…etcetc
たくさんのお客様がやってきて、セールは昼夜を問わない大盛況になった。
サララといえば、たとえモンスターでもお客様の笑顔を見るのが嬉しいという
性格である。
ついつい店を開け続けて、とうとう3日間一睡もしていない。
おふろは欠かさなかったが。
「数えるのはさすがに明日でいいよね。早く寝ようよサララ…って何してるのさ」
サララはエプロンから取り出したチョコの実を5粒ほど口にしていた。
ぽりぽりと噛んでから、照れたように帽子を触る。
「つい癖で、ねぇ。気持ちはわかるけれど、もう半分寝てるんじゃない?」
チョコの実の甘さがサララの口中に広がる。
『にこーっ』どころか『にへーっ』と溶け崩れ気味の笑顔を浮かべるサララ。
「こりゃ完璧にナチュラルハイだね」
とはいえ、これだけの大仕事をやり遂げたのだから、当然かも。
そんなことをつらつらとチョコは考えた。
からんからん。
「おい、まだやっているか」
無愛想な調子で店に入ってきたのはアイオン。
いつもの怒っているような無表情で、店内を見回す。
店は半分かじられた、だんじょんだんごくらいしか残っていないという有様だった。
すっかり荒れ果てた店内の、床に落ちた『セール』の張り紙をアイオンはちらりと見る。
それは楽しいお祭りの残骸。
「邪魔したな」
ぽつり、とアイオンは言って、踵を返そうとした。
その服の裾を、サララは掴む。
「なんだ?」
不機嫌そうな声を出すアイオン。しかしその声も、少し寂しそうだ。
「サララ、もう商品が何もないよ。お詫びの粗品だって…」
チョコの言葉はそこで途切れた。
サララはちょっと背伸びをして、アイオンの唇を奪っていた。
驚いたアイオンが口を開こうとした瞬間、サララの舌がアイオンの口内に侵入する。
「〜〜〜?」
何分も、サララはアイオンを離さなかった。アイオンもはじめこそ驚いていたが、やがて
サララに酔ったかのような調子だった。
「そっかチョコの実って滋養強壮の力があるんだ…」
目のやり場に困った、と言いたげに、チョコは一人ごちた。とはいえ、しっかり目は離さない。
やがて、どちらからともなく、唇は離れていった。
二人の唾液が細い糸になり、ランプの光を反射してきらめく。
ほんの一瞬、アイオンは恍惚とした表情を浮かべていた。
彼が感情を表に出すのを、チョコははじめて見た。
しかしそれも続かず、アイオンは我に返って、何も言わずに素早く店を出て行く。
サララはアイオンの出て行った扉をいつまでも見つめていた。
いつまでもいつまでも…。
チョコがサララの肩に乗る。
「サララ?」
さらに沈黙が流れる。
「立ちながら寝てるよ…」
夜の広場、いつもは物静かな魔王候補の少年が、気ぜわしげに動いたり、なにかを呟いたりしている。
彼の足の付け根は少年らしい膨らみを持っていた。
次の日の朝、チョコの困った声が聞こえる。
「ねぇサララ…昨日の閉店後のこと本当におぼえてないの…?
ボクに戸締りさせてごめんって…そういうことじゃなくて、その…」
それ以来、閉店間際にアイオンは時々、サララの店を訪ねるようになった。
しかしあの時のことは切り出せないようで、いつもの調子で武器ばかりを買っていく。
また、なにか粗品でもあげたら?とチョコが言うと、サララは不思議そうに小首を傾げた。
「粗品」 おしまい