腐った死体はカクリと片膝を落とし、腐乱した頭部をうな垂れた。
割れた頭蓋骨の隙間から、脳味噌だか血液だか判らぬ濃緑の液体が零れだし、蕩けた肉と混ざり、辺りに飛散する。
傾いてゆく身体を支えようと大地に腕を突く。しかし手首から先が無い。二の腕が空を切り、後は重力に従って顔面から崩れ落ちる。
ぶら下がった眼球が千切れ、激しい腐臭を纏った粘液と共に飛び散り、ビアンカの頬に付着した。
喉の奥に不快な酸味を感じ、強烈な吐き気が背筋を走る。ビアンカの意識を、どうしようもない殺意が支配してゆく。全身の毛が逆立つ。
「……おのれ、下衆が」
ビアンカは手の甲で頬を拭いながら、腐った死体に向かい一息で跳び寄り、頭蓋がむき出しになった禿頭を蹴り上げた。
しかし望んでいただけのレスポンスはなく、いともあっけなく千切れた生首が転がっていった。
首から覗く頚椎が蚯蚓のように踊っている。おぞましい。
「おぞましい」
ビアンカは吐き捨てると、足元で潰れた腐乱死体の“骸”を見下した。しかし苛立ちは納まらない。
次の標的を探そうと辺りを見渡す。見渡して、そしてはっとした。
「アベル!」
まるで予想もしていなかった事態がビアンカを取り包んでいた。 いつの間にか現れた数匹の新手がアベルを囲んでいる。まだ新鮮な腐臭が鼻をつく。腐った死体――。
「ビアンカ……すまない、油断、した」
慌てて駆け寄るビアンカの視線の先で、奮戦していたアベルが急に硬直して呟いた。口元に鮮血が滲んでいる。
次の瞬間、上段に構えた鋼の剣が手の平から滑り落ち、キン、と甲高い音を鳴らして地面を跳ねた。
アベルの前方に立ち塞がった一体がすかさず剣を拾おうとしゃがみ込むと、その背中に覆い被さるように崩れ落ちた。アベルの背中には錆び付いたナイフが深々と突き刺さっていた。
「寄ってたかって……卑劣な」
モンスターに対して通用する理屈ではない。だが、そう思わずに居れなかった。ビアンカは歯噛みをしながら、大きく間合いを取り身構える。
腐った死体共は微笑を浮かべ、アベルの背中に刺さったナイフを弄んでいる。柄に手を当てて力を込める。アベルは声にならない叫びを上げ、猫のように丸まった背中を仰け反らせた。腐った死体は笑っている。
その内の一体がナイフを引き抜き、滴る血液を舐め上げた。