「なんか髪伸びてない?」
「へ?」
キリにそう指摘され、エルーは自らの髪をなでる
確かにハネ具合からして、いつもより激しいとわかった
「最終的にはトサカかタテガミかな?」
「コラ、うるさいぞスイ」
からかうスイをキリがたしなめると、エルーははははと力なく笑う
「そういえばスイさんは髪切らないんですか?」
「あたしはいいんだよ。強いから」
よくわからない
しかし、彼女の長くて綺麗な黒髪は同性の目から見ても羨ましいほどだ
――……いや、流石に長すぎかな
彼女のとっぴな行動と相まってかなり目立つしとエルーは考え直しつつ、自分の髪を指で絡めて耽る
「確かにちょっと伸びたみたいです」
「だよな」
キリの言葉に相づち、エルーはポツリと声を漏らした
「このまま伸ばしてみようかなぁ」
「はぁ!? あんたいいのか?」
トロイは肌だけでなく、髪からも伝染る
故にシスターは髪を伸ばすことを許されない
本来なら女の命を剃髪してしまい、女を捨てシスターとして生きることを誓うべきだ
現にカツラを被ったり、剃り上げた頭のまま使命をまっとうするシスターもいる
しかし、エルーをはじめとした若い彼女達は今までずっとそうしなかった
抜け毛では伝染らないし、短く切っておけばフードで隠してしまえるから大丈夫としてきた
そうまでして世に反し、守ってきた女の命は彼女達の希望でもあった
『トロイは完全に治すことが出来るようになる』
『その時はすぐ来るから』
『だから』
そんな希望が、彼女達を使命と共に奮い立たせてきたのだ
髪を剃ってしまうと、それごとすべて諦めてしまったようで……
シスターが髪を残すこと
トロイという不治の病を負い続ける彼女達のささいで、危険な我侭だった
「なぁ」
「……」
「なぁ!」
耳元で大声で怒鳴られ、耳がキーンとなった
エルーは目をぱちくりして、隣にいるキリを見た
つい耽りすぎてしまったようだ
「あっ、すみません、なんですか?」
「あのさ、あんた、いつもどうしてんの?」
「どうって」
「伸びすぎた髪」
「ああ。自分で切ってます」
トロイ感染者であるシスターの髪を切ろうという街の床屋はまずいない
協会まで戻ればそういう人がいたりするのだが、大抵は人気のないところで自分の手で切ってしまうのだ
切りすぎたって、どうせほとんどフードの下だしシスターの髪型を気にする人なんていない
「だから、こんななのか」
くしゃくしゃっとキリがエルーの髪をなでくりまわし、更に思いっきりかいてぐしゃぐしゃにする
「なにするんですか、もー」
髪をぐしゃぐしゃするキリをにらむと、彼女に対しちょっと目をそらして彼が言う
「オレが、切ってやろうか?」
「え?」
「……あんた不器用そうだし、変にハサミ入れるからこんなクセがついたりするんだよ、きっと」
「何言ってるんですか。そーいうキリさんだって髪……」
「と・に・か・く、次の街着いたら切ってやるから」
有無を言わさぬ迫力で押し切られ、キリはぷいと横を向いてしまった
エルーは確かにクセっ毛だけでなく、髪のお手入れも得意な方ではない
それは同意しよう
――でも
「でも、伸ばしたのもかわいくないですか?」
何気なくふっとそう彼女の口から出た言葉に、キリの首が彼女とは反対の方に少しだけ傾いた。
あれ、何かすべったかなと思うくらい3人に沈黙があった
「…………短い方が似合ってる」
小さく、そんなことをぼそっと彼がつぶやいた気がした
空耳か本当に言ってくれたのかわからなかったけれど、エルーも同じくらい小さくつぶやいた
「ありがとうございます」
彼女は微笑んだ
手先の器用な彼のことだ、きっとうまいことしてくれるだろう
なんだか胸のなかから、喜びや期待やら色んなものが溢れてしまってエルーはちょっとうつむきつつ困ってしまった
キリがちらっと彼女の方をまた振り返ったが、その表情を見てまたそっぽを向いてしまった
――……あれ? なんか忘れてるような。
にやけを隠せないまま、エルーは首をかしげる
相変わらずそっぽを向いているキリはスイににやにやと笑われ、つつかれたりと鬱陶しがっていた
「あーっ、キリさん切りすぎじゃ――って」
「大丈夫だって、オレを信じろ」
「そんな、あっ」
エルーは忘れていた
元来の、キリのセンスのなさを……
「何してる」
「別に」
先に街道を行って安全を確認し、再び合流したファランが部屋のなかで髪を切る2人を見ているスイにそう声をかけた
しかし、スイは素っ気なく無視を決め込んでいる
「……」
「……」
視線がゆっくりと動いて、じとーっとにらんでくるスイにファランはふぅっと息をついた
「お前は今のままでいい」
続けざまに一言
「強さ以外は」
「うっせー、バーカバーカ!」
ファランに悪態を散々つき、気が晴れないままのっしのっしとスイがどこかに行ってしまう
憂さを晴らすために誰かに勝負を挑みにいったのかもしれない
残されたファランは何を考えているのか、壁にもたれかかったまま天井をずっと見ていた