「だから不可抗力だってば…」
先刻からずっとエルーは拗ねている。
偶然キリの手が自分の胸に当たったからだ。
彼の弁解に対しても聞く耳を持つ気は無いらしい。
スイは外出中であり、からかう人間も居ない。
それが逆に気まずい空気を作り出しているのだろう。
「…もうお嫁に行けません」
そんな大袈裟な、と言葉を溢してしまいそうになったが無理矢理堪える。
それを言った所でこの雰囲気は消えないと彼は悟っていた。
――そうだ、
とキリは閃いた。
からかう人間が居ないなら、自分でからかえば良い。
我ながら愚かな策だが、他に手が無いのも事実だった。
「じゃあ、オレが責任取るよ。それなら問題無いだろ?」
ぴく、と少し動じるエルー。
みるみる耳が赤くなっていく。
「キリさんのばか…」
どうやら彼女は今の言葉を本気と捉えてしまったらしい。
しかし、ノーとは言わない。
予想とは違う反応が返ってきたが、キリに後悔は無かった。
ぎゅっ、と繋いだ手を強く握るエルー。
それが彼女なりのイエスの意味だと、彼には分かった。