────どうして目が醒めてしまったのだろう。
理由はいくらでもある。
ベッドを伝わる振動、やけに熱いキリさんの手の甲、悩ましげな吐息、楽しげな嬌声、……なによりこの部屋に充満している淫らな空気が決定的だ。
それでも、私は目が醒めたことを後悔した。
「ちょっ……、スイ、起きちまうだろ……」
キリさんの遠慮がちな声。
「じゃあ、声が出ないように塞いどいてやるよ」
スイさんの奔放な声。
「ん──────ッ」
粘着質な水音。
“そういうこと”に疎いシスターであっても、私だって年頃の娘だ。
生涯縁がないものだと知りながら、知識はあった。
だから、この薄いついたての向こうで二人が何をしているのか、すぐにわかった。
わかってしまった。
「……んっ、ははっ、久しぶりで、なかなか気持ちいいぞ、キリ」
「く、……あ」
多分スイさんが上になってるのだろう。
見えないせいで、妄想がたくましく頭の中を回る。
止められるわけもなく、ただ私は早く終わってくれるのを願いながら耐えるしかない。
……耐える?
なにを?
「………………ッ」
目をギュッと閉じて、布団を頭まで被って、嵐が過ぎ去るのを待つ。
「んっ、なんか、……前より、気持ち、いい……」
スイさんの規則的に弾む声に、キリさんに跨がって腰を振るうスイさんの姿を脳裏に生々しく想像してしまう。
「ああ、あれか? ……三人目が、いるからかな?」
心臓が止まるかと思った。
いや違う気付かれてるわけじゃない。
スイさんが言っているのは、きっと、キリさんのあの不思議な力のことだ。
二人なら二倍。
三人なら三倍。
こんなことにも影響するんだ。
……気持ちいいのかな。
なんだか、頭がぼぅっとしてきた。
理性が心許ない。
そっと触れた、まだ誰にも触らせたことのない秘部は、今までにないくらいにグチョグチョだった。
「スイ……、もう……ッ」
「くくッ、いいぞ、……思いっきり、だして」
先に音を上げたのはキリさんだった。
でも、スイさんの声も余裕の振りをしてるだけで切羽詰まってるのがわかる。
二人とも、すごくやらしい声。
「────っく、あああッ!」
「ひぁッ、んんんッ!」
一際大きな喘ぎ声を最後に、私だけが一方的に気まずい嵐は去った。
最後は仲良く二人一緒に達したようだった。
結局、好奇心に負けて、最後まで聞き耳を立ててしまった自分に自己嫌悪。
「………………」
「………………」
事の後はボリュームがぐっと絞られて、二人の睦言は聞こえない。
と言っても、そんなのは聞こえない方が精神衛生上よろしいに違いないが。
「ちょ……、どこ行くんだよ、スイ」
かつん、と軽快な靴音
キリさんが声を上げる。
名残り惜しい、と言った風ではない。
「夜のさ・ん・ぽ?」
なぜか疑問文で、スイさんは部屋を出て行った。
ドアが開く音は聞こえなかったから、多分、窓から。
「………………」
一転、水を打ったような沈黙が訪れる。
途端に、また妄想がたくましくぐるぐるぐるぐる────
「起きてんだろ?」
今度こそ、心臓が止まるかと思った。
いや、実際止まった、10秒くらい、絶対。
「………………ごめんなさい」
「謝んないでくれよ。むしろ、謝るのはこっちのほうだし」
顔は見えないけれど、キリさんもばつが悪そうだ。
「だー、もうっ! だからアイツは連れて来たくなかったのに」
「え……、と。じゃ、じゃあ、いつもあーゆーことを……?」
あーゆーことというか、そーゆーことというか。
「……スイは、いつもオレとってわけじゃないけどな。アイツは取っ替え引っ替えだし」
「……はぁ」
としか言えない。
取っ替え引っ替え……、そういうことなら、他に相手のいない旅先で、こういうことになるのは当然だろう。
「あーもう、やめやめ。起こして悪かったよ。さっさと寝ようぜ」
「は、はいっ」
それを最後にキリさんも黙る。
でもそれでおやすみなさーい、というわけには勿論いかなくて、またまた頭の中でぐるぐるぐる。
体がほてって、キリさんのことが気になってしょうがない。
キリさんは平気なのだろうか。
スイさんとは致しているのに、トイレやお風呂まで一緒の私には、何も感じないのだろうか。
それもなにか悔しい。
……いや、本当は自分でもわかってる。
今の自分は冷静な思考ができていない。
女のプライドが、なんて自分に自分で言い訳しているだけで、実際は体に篭った熱のせいで、熱くてしかたがないだけだ。
「……キリさん」
手と手を結んであった紐を解いて、ついたてを越える。
なんだか、まだ情事の匂いが残っている気がした。
「……て、ちょ、あんた、何を」
私に気がついて、キリさんが目を見張る。
「キリさんがいけないんです。隣であんなことされたら、私……ッ」
「い、いやいやいやいや、待て、落ち着こう」
「……無理です」
────シスター、エルレイン・フィガレット。
ファーストキスは、発情して無理矢理でした。