―――――――――(キリ視点)  
 
 
母ちゃんと父ちゃんの手作りの横断幕をみて、  
恥ずかしさよりも何よりも、まず後ろめたさが胸の内を燻らせた。  
 
よくもまぁ、デリケートな話題を放ってくれんなぁと。  
 
「ミンクさん……」  
 
げんなりと呟く彼女の頬はこころなしか赤く、いかにも“シスター(乙女)”って感じだ。  
会ったときから思ってたけど、冗談でもこういう話題に免疫なさそうだもんな。  
赤くなった頬と連動して、つながれている手もほのかに熱くて、  
思わず握る手に力が入りそうになった。  
「そんなんじゃないっていってるのに」  
ぴょこりと跳ねる頭の寝癖を気にしながら、唇をつきだして拗ねる様子は普通に可愛いと思う。  
昨日の寝相の悪さなんて、まぁいいかという気にさせてしまうくらいには心をくすぐられる。  
頬のあざは未だに痛むけど。  
 
『いってらしゃっい!二股はダメよ!!』  
 
手作りの横断幕を思い出して、小さなため息を一つ。  
二股って。  
旅立つ息子に対して暗に、心配してないよ!こっちは大丈夫っていう  
親心的なおちゃめな配慮だったんだろーけど、もう少し違う話題を持ってきて欲しかった。  
俺を何だと思ってるんだ。  
そういう関係じゃねぇし、これからだってこんな状況で何する気も起きないとは思うけど。  
俺、十六。んで、四六時中、手を繋いでるのは同い年の女の子。  
手ぇ小っちゃくて、指も細くて、白くて。  
「キリさん?」  
いつも適当にくっちゃべってる俺が黙り込んでたから不審に思ったのか、  
その小さくて細くて白い手でクイッとつながれた手をひかれた。  
感じる体温は温かいのに、ぎくり、と冷水でもかけられたような感覚に陥った。  
「ん?何?」  
それを億尾にもださずに、からりと笑って問いかける。  
はぁ、バカか。  
極力そういうことは冗談でも考えないようにしてんのに、旅に出た途端これかよ。  
家にいるときはいいんだ。  
母ちゃんも父ちゃんもいるし、そんな気は起きない。  
なにより、シスターエルレインという彼女が、いかにも清廉潔白って  
感じだから何か欲よりも罪悪感のほうが先に湧き上がってすぐ萎える。  
でも、でもよ。  
「いえ。スイさんが付いてきてくれるのは巻き込んでしまうようで申し訳ないですけど、ちょっと頼もしいなと思いまして」  
にこりと会ったときに比べると親しみと信頼のこもる笑みを向けられて、つられて笑い返した。  
 
確かにスイの強さは頼もしいんだけど……。  
前を歩いていたスイがいきなり振り返ったのでタイミングよく目があった。  
にやり、とこの上なく性質の悪い笑顔を浮かべられて、心の底からげんなりする。  
頼もしいには頼もしいが……俺の悩みごとにはいい影響を与えてくれそうにない点が厄介だ。  
街から出て、無垢なシスターと二人きり。宿だって同室で、風呂もトイレも寝るときも一緒。  
そりゃスイもいるけど、「お前らどこまで進んでんの!?」と、むしろ俺らの関係が進むことを  
面白がっているような奴と一緒で抑止力になるはずもねぇ。  
親っていう、ある意味で強力な自制心を促す存在がなくなるというのは、正直なところ不安だった。  
ていうか疲れそう。  
家にいたときは意識しないでいられた隣の柔らかな存在を、これからは意識して神経削られるだろうと思うと、  
ガゼルの暗殺者とかゼズゥとかのことも相まって少し…いや、かなり鬱に入りそうだ。  
しかも、たぶん絶対に意識してるのは俺だけなんだよな。  
「キリさんってば、どうしたんですか?さっきから本当に変ですよ?」  
心配するように顔をのぞきこまれて、どきりと鳴った心臓をごまかすようにまた笑う。  
「あんたの強力な寝癖が気になってただけだよ。どういう構造してんのかなって」  
「な!ひ、人が気にしていることを!キリさん!!」  
かぁっと頬を朱に染めて、つながれている方の手を腹いせに振り回された。俺も一緒に振り回される。  
こいつはすぐに恥らうし、俺を意識しているように見えるけど、いわゆる男に対する意識の仕方じゃないと思う。  
なんつーの?他人を気遣うのと同じっていうか。  
風呂のときも寝るときも、もし俺が女でも同じ反応しそうっていうか。  
あんまり親しい人間じゃないから緊張しているだけであって、異性としては意識されてなさそう。  
ていうか、俺も人のことはいえないけど、異性に対しての概念が希薄そう。  
 
はぁ、とまたため息が出た。  
 
隣は怒ってそっぽを向いているから気づかない。  
それでもつながれたままの手は存在を主張しているわけで。  
どんなときも何をするにも離れられないなんて事態をいまさらながらに重大問題だと葛藤を抱く俺は、  
きっと普通の感覚より大分ズレてて、鈍くあるんだろうけど。  
「キリさんの髪の構造だってどうなってるか気になるんですからね!?」  
涙目できっと睨まれて、一瞬、慌てて手を振り払いそうになった自分を寸前で押さえつける。  
ひょこひょこと揺れる寝癖にかろうじて目線を逸らして、空いているほうの手を伸ばした。  
「てい」  
跳ねる毛先を押さえて手を離す。ぴょこんと揺れる。  
「な!!何するんですかー!!」  
「や、予想以上だわ。コレ」  
肩を震わせて笑う俺を、「あなたって人は!」と怒る彼女は全くもって怖くない。  
 
頼むから。  
もし俺が変な気起こしたとしても、そんな怒り方はしてくれんなよ。  
もう少し、もう少しだけ自分と俺を意識して境界線を引いてくれと心の奥底でため息をつきつつ思うのだった。  
 
 
 
終わり。  
 

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