ある寒い冬の夜、ルチル家。  
 繋いだ手と手を離すことを禁じられた男女。  
 
 少年キリと少女エルー  
 恋人同士、という訳でもなければ況してや夫婦などという立派な物でもない  
 そんな二人は食事や入浴は勿論、眠る時も手を繋いでいなければならない。  
 
 常に一緒に居て、手を繋いでの生活にも慣れ始め最早「当たり前」になりつつあったそんな夜  
 少年の部屋から始まる小さな物語。  
 
 
 
───「あ、雪が降ってきましたよ、ほら。」  
 家の外にある風景をほんの少しだけ覗く事の出来る窓に自らの顔を映しながら少女は  
 その左手を繋いだ少年に語り掛ける。  
 
「へぇ、今日寒かったもんな。」  
 そう言いつつ同じ窓に顔を映すでもなく、特に興味もないように布団に寝転んだまま相槌を打つ  
 そんな言葉と態度に彼女は、思わず浮かんだ不満顔を窓ガラスから少年の瞳に移そうとしていた  
 
 目を合わさずとも解かる、彼女の表情。  
 見慣れすぎた、様々な表情。  
 
「・・・もうっ、明日はクリスマスですよ。これで雪が積もればホワイトクリスマス、  
 そんなのとっても素敵じゃないですか。」  
 
 そう言えばそんな時期か、と重い体を起こし窓の外に目をやる。  
「こりゃ、朝には積もってるかもな。」  
 朝が冷えて嫌だな、という台詞は胸に仕舞い込みながら少年がそう言うと  
 先程とは打って変わって笑顔の少女。  
「それじゃあ今日は早く寝て、明日に備えませんか?雪だるま作ってみたいんです。」  
 
「雪だるまって・・・子供じゃないんだか・・・げふっ!」  
 そう言い終る前にいつも通り、頬を殴られる。いつも通り。  
 
「ね?」  
 そう言い放つ引き攣った笑顔に従わざるを得ないのは何故だろう。  
 頬の痛みのせいだろうか。  
 
 
 雪は深々と降り積もり夜明けを白銀に染め上げる  
 いつもなら、ただの見慣れた砂利道でさえも染め上げる。  
 
 暗い意識の向こう側から声が聴こえる、誰かが呼んでいる。  
「・・・キリさん!キリさん、朝ですよ!雪、積もってますよ!」  
 
 その声に意識を明るい場所まで引っ張られ、重い瞼を上げるとカーテンの向こう側で  
 手を繋いで寝ていた少女が自分の体を揺すっていた。  
 
「朝から元気だなぁアンタ・・・。」  
 
 サッ、とカーテンを開け少女が顔を覗かせる。  
 
「・・・・・・じゃ、とりあえず朝飯でも食べたら外に出てみるか・・・」  
 
 
 ここからしばらくはいつも通り、顔を洗い、歯を磨き、朝食を済ます  
 
 だけれど一歩外の世界に足を踏み出せば非日常、雪化粧を施された  
 いつもと違う、見慣れない町。  
 
 
 雪だるまを作る過程で彼女は、何度か同じ言葉を漏らしていた  
"誰かと一緒に遊んで過ごすクリスマスなんて、一体何年ぶりかなぁ"  
 
 この何とも言えない心の痛み、とでも言うのだろうか  
 従わざるを得ないだろう。  
 その言葉を漏らす表情は、昨夜の引き攣った笑顔とは多少の違いはあるが  
 満面の笑みではなく、寂しそうな、苦しそうな、そう言った笑顔。  
 
 
 その日の夜  
 夕食の片付けも終わった頃。  
 
「キリさん、今日はありがとうございます、  
 私の我侭に付き合ってもらっちゃって。」  
 
「え?あぁ、礼なんていらねぇよ、俺も楽しかったし。」  
 
「それで、もう一回我侭言っちゃうんですけど・・・  
 これからお散歩がてらちょっと広場の方まで行きませんか?」   
 
 そう持ちかけられ、断る理由も無い少年の答えは一つだった  
 外はもう冷え切っているから、と一双の手袋と二本のマフラーを渡すキリの母。  
 
 家を出て、広場の方向へしばらく行った所  
「なんだか・・・不思議ですね  
 片方しか手袋をしてないのに、その。」  
 
「・・・温かいな。」  
 
 なんだか照れ臭いですね、と少女は笑い、それに釣られて少年も笑う。  
 
 そうこうしているうちに広場に着き、二人は手頃なベンチを見つけ、そこに座り  
 雪の降る空を見上げる。  
 
・・・キリさん  
 
"誰かと一緒に遊んで過ごすクリスマス"は久しぶりでしたけど  
 
"誰かと手を繋いで過ごすクリスマス"は初めてでした  
 
まさか、こんな私が誰かと手を繋いで、クリスマスを過ごせるなんて  
 
考えたことも無かったです  
 
本当にありがとう  
 
 
 ある寒い冬の夜、タームの町。  
 繋いだ手と手を離さないと誓った男女。  
 
 少年キリと少女エルー  
 夫婦などという立派な物ではない  
 そんな二人は食事や入浴は勿論、眠る時も手を繋いでいると誓った。  
 
 常に一緒に居て、手を繋いでの生活にも慣れ始め最早「当たり前」になりつつあったそんな夜  
 ちょっとした非日常から始まる、温かな物語。  
 
 
───「・・・そろそろ帰らないとミンクさんやおじさんが心配しちゃいますね」  
 視線の先に映る少年は、ほんの少しだけいつもと違う笑顔を浮かべる少女を見て  
 
「・・・いつだって傍にいるからな」  
そう言って、どちらからと言う訳でもなく互いの瞳に自らの顔を映し合っていた  
 

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