「どろろ、分かったな? 今日だけは、絶対について来るんじゃないぞ」  
 
 あにきったら、いつもにまして、ずいぶんと念押しして行きやがった。  
 へへーんだ、そんな言い付けをこのどろろさまが聞いてられっかって。  
 何だかやけに嬉しそうな顔して出掛けていくんだものなぁ。  
 いったい何の用事だってんだい? この村に来てから、あにきはどこかおかしいぜ。  
 なんだい、ここぁ…? 人気の無い小屋だな、こんなとこに一人で入って、どうするつもりだよ。  
 おっと、ちょうどいいとこにフシ穴があったもんだ。 しめしめ…  
 ん? あ、誰か来たぞ。 …うあっ、女じゃねえか!  
「みお、来たか」  
 
 うえっ、なんだよそのとろけそうな顔はよぉ、あにき!  
 …みお? 聞き覚えがあるぞ、確かあにきが、昔会ったとかいう娘のことだっけ…  
 でも、死んだって言ってたじゃないか? なぁ、あにきよぉ!  
 いや待て、そんなにくっついて、何話してるんだ…  
「…お前があの時、腕の中で動かないのを見たときぁ、てっきり死んだものと思ったよ」  
「そうね、あたしも覚悟してたわ」  
 おいおい、なに二人で楽しそうに笑ってやがるんだよ? おまけにベッタリくっついてらぁ。  
 
「助けてくれた人がいたのよ… あの場が焼き払われる寸前にね」  
「その人が、腕のいいお医者だったわけだ」  
「ええ、気を失って倒れているだけだって、あたしを見てすぐ分かったそうよ」  
「はは、おれときたら、ずいぶん頭に血が上ってたらしい… ひでえ誤解を」  
「こうして、もう一度会えたんだもの それでいいじゃないの」  
「そうだよな、今だから自分の目で、お前を見る事が出来るようになった」  
 
 …あ、あにき!? 何だ、何でその女の口なんか吸って…ああ、今度は着物の中に手を!  
 
「あの時おれが思ってたより…ずっと美しい姿だった、驚いたぜ」  
「あたしは、いやらしい女の子よ、…もう分かったでしょう?」  
「違う、お前はその身を雑兵に投げ出してまで、たくさんの子供達を助けたんじゃないか」  
「…百鬼丸……」  
「みおは優しくて綺麗だ、お陰でおれは…、女は心も体もあったかいもんだと…」  
 
 …ひえっ、抱きついちまった、あにきったら、…危ねえ、なんか倒れそうだぞ?  
 
「あ、ごめんなさい! …今日は、駄目なのよ」  
「…?…」  
「えっと、…あのね、何日かしたら大丈夫なの、…今日はこれだけで勘弁してね」  
 
 ああっ、バカヤローめ、何であにきの首に腕を巻き付けてんだ! 顔までくっつけて…  
 あにき、逃げないのか!? 危ないぞ、命を狙ってんのかもしんないぞ、その女!  
 …ど、どうしてあにき、そんなとこ触って… やめろってば、わああ、見ちゃいらんねえよ!  
 
 
 …ふふ、どろろのやつめ。  
 あれだけ強く言っておけば、必ずおまえはついて来ると睨んでたが、見事に当たったもんだ。  
 ちょいと荒療治だが、言葉で「女らしくしろ」なんて言っても、聞きゃしないんだから仕方ない。  
しかしまあ、途中で走って帰るなんて、やっぱりまだ可愛いもんだな。  
 
素知らぬ顔で百鬼丸が戻ってくると、どろろはモゴモゴと「お帰り」と言ったきり、目も合わせない。  
そんなどろろの膝に、焦って転んだ時の擦り傷があるのを、百鬼丸が見付けた。  
「おいどろろ? 何だそのキズは…見せてみろよ」  
「やっ、やめてくれよあにき! こんなん、どうってこと…な、ないよっ」  
自分の膝に伸びてきた手を振り払い、大きく身をかわして下を向いている。  
 
 
 …へぇ、妙にしおらしいじゃないか、どろろ? そう、それが女の心ってもんだ。  
 俺と一緒にいても何とも思わないって事は、まだまだ分かっちゃいないんだものな。  
 恥じらいだの何だのってのは、説明するだけ無駄ってことだ。  
 今度も、あの小屋までついてくるがいいさ… そうしたら、最後まできっちり教えてやらあ。  
 男と女が、年頃になったらどんな事するか、ってのをよ。  
 
 
「いいな、どろろ? 今日もちょいと長く留守にするが、心配すんなよ」  
 
 
  …ご苦労さんなこった、あれから何日も経ってやしないのに、お二人さんときたら。  
  おーおー、またあんなにくっついて、はぁ…全くやってらんないよ。  
  何でおいらはここに来ちまうんだろう? しかし中が暗いなぁ、今日は…   
   
「なあ、みお? おれは、そろそろこの村から出ようと思ってるんだ」  
「…やっぱりね」  
「みおは、ここでお医者の手伝いやら、みなし児たちの世話をするつもりなんだろ?」  
「ええ、あたしって、きっとそういう風に生まれついてるんだわ」  
 みおは、寂しそうに微笑みながらも、どこか満足げに答えた。  
 
「お前と、二度も別れることになるとはね」  
「きっと会えるわ、どこかで…。 あなたは簡単に死ぬような人じゃないでしょ」  
「そうだな、いつか…でも、それまでは離ればなれだ」  
 
 その言葉を最後に、もう会話らしいものは聞こえなくなった。  
 お互いの帯を解き合うと、もどかしげに百鬼丸がみおの半襦袢まで開いていく。  
 端が擦り切れた粗末な着物が、するすると緩められ、敷物の上に落ちた。  
 
 腰肌着だけになった姿を恥じらうのか、視線を避けるように身が捩られる。  
 ふっくらと丸く盛り上がる胸の上に、豊かな髪が流れ掛かった。  
 
薄暗い小屋の中、その空間だけが鈍く光を含み、みおの躰が仄白く浮かぶ。  
息を飲んだどろろの視界に、柔らかな肌と、埃っぽい浅黒い肌が絡みつく様子が映る。  
 
百鬼丸がそっと耳打ちをすると、みおが困ったように首を傾げた。  
どうも、相手の頼みを聞きかねているらしい。  
しかし、百鬼丸が肩を優しくさすりながら食い下がると、やがて小さく頷いた。  
 
 (あたしも、いろいろできるわけじゃ…)  
 (分かってる、少しだけでいい)  
 
小声で、ためらいがちに話すみおに、百鬼丸はなだめるように答える。  
話し声は聞こえないが、みおの頬を撫でて目を合わせる「あにき」の姿で、二人の親密さは窺える。  
口をとがらせて覗き込むどろろに、頬から胸元に手がゆっくり滑るのが見えた。  
 
長い髪をかき分けるように指が動き、丸みの尖端をあらわにする。  
もう作り物ではない掌が、乳房をしっかり捉え、顔が押し付けられた。  
あ、と声を上げて白い首筋が仰け反る。  
 
顔が移動して、そこを舌でなぞり上げながら、手を細い腰に強く廻す。  
くねる腰を掴み、腿から膝を丁寧に往復する手が、みおの脚の付け根に潜り込む。  
 
「はぁ、……っ!…ん、あぁっ…」  
華奢な躰を捩ってよがるみおを、百鬼丸は横たわって自分に跨らせた。  
二人の間に隙間ができると、どろろにもその様子がはっきりと分かる。  
 
  …え、どうなってんだ、あれは… ちょっと待てよあにき、どこくっつけてるんだよ!?  
   あの娘、泣きそうな顔してるぞ、…なんだァ?ま、まさか、まさか…!!  
 
 
一緒に水浴びしたり、海に飛び込んだり。 何度もその体躯を見てはいたのに。  
それまでは意識しなかった、百鬼丸の腕や肩の力強さ。  
魔物を相手にしてる時とは違う、剣士ではなくどこか獣を思わせる雰囲気があった。  
 
…なんだか、怖い。 どろろは初めてそう思った。   
その腕や目がはずれたり、怪物を斬り殺したり、とにかく「あにき」は普通の男とは違っていた。  
でも、どんな光景を見たときより、今の「あにき」の方が違和感がある。  
 
どろろの目に、思わず涙が滲んできて、視界がかすむ。   
節穴から離れ、目を強くこすりながら、どろろはその場に膝をついた。  
 
  …あにき。 こんなあにき、おいら知らないよ。 見たことないよ。  
  いつか、その片目ができたとき…初めて女を見た、美しいなあ、って感心してたっけ。  
  あのときも、何だか妙に腹が立って、悔しくって仕方なかった。  
 
  そんなに、おとなしい綺麗な女がいいのかい。  
  おいらに女の子らしくしろ、って言うのは、そういう意味なのかい…?  
 
「違うぜ、どろろ」  
 突然、耳元で百鬼丸の声が聞こえた。   
「……えぇっ!?」  
飛び上がって驚くどろろ。 もちろん、声の主は傍にはいない。  
「聞こえてるか? おい、返事をしろよ」  
「あ、あにき…?」  
 昔よくやったように、百鬼丸は心でどろろに声を伝えていた。  
「わざとここへ呼び寄せるような真似をしたのは、おまえを泣かせる為じゃねえ」  
 
 
「わざと!? …それ、どういうこったい!」  
 頭を抱えて理解に苦しむどろろに、構わず百鬼丸は言葉を続けた。  
『お前ときたら 足は速いし知恵もあるし、くくり付けておいても いつの間にか近くにいやがる。  
 普通のやり方じゃ置いて行くこともかなわん、全く足手まといにも程があらぁ』  
「…へっ、おいらが手助けした事も、たっくさんあるじゃんか」  
『それはそうだが、連れて歩いて 危ない目に遭わせようって了見はねえんだ』  
   
 
落ち着いたその口調に、どろろは(きっと、これは空耳だ)と思い直そうとした。  
と、百鬼丸の焦った声が大きく耳に響く。  
『ああ畜生…、こっちを怒らせちまった、話しは後だ!』  
 
続いて、壁の向こう側から、娘の怒った声が高く聞こえた。  
「いやよ、今日の百鬼丸はおかしいわ、放してったら!」  
みおが、脱いだ着物を掴んで立ち上がり、留める手を振り払って背を向けている。  
 困り切った顔の「あにき」を見て、どろろは(へん、いい気味だい)とせせら嗤った。  
 
 しかし、そのうち様子が変わると、その嗤いもぽっかりと宙に浮いた。  
まだ着物を着けていない白い躰を、百鬼丸は後ろから抱き竦め、自分に向き直させる。  
 みおをぐいっと抱き締めた腕の力が、何故か生々しくどろろに伝わり、心臓がどきんと鳴った。  
 
 背中をさすりながら滑る手が、まだ熟す前の小振りな尻にたどり着く。  
 指先が双丘の合間をくすぐり、ぴりっと躰が跳ねたのが見えると、どろろは自分まで身を硬くした。  
 あまり上手いあしらい方ではないけれど、おやすくない仲なら、充分許されるものだろう。  
 そうこうしてるうちに、百鬼丸は抵抗していた相手を抱きかかえ、また二人は敷物の上に重なった。  
 
 悪かった、とか分かったから、と小声で繰り返して、みおの躰をひょいと開く。  
「もう嫌いっ、……あ!…」  
下から塞いだ方が手っ取り早いというように、相手の濡れた部分に己をあてがい、ぐっとめり込む。  
「ばかっ、…ぁんんっ!、やめ…」  
ご機嫌を窺いながら、少しずつ中に押し入るたび、咎める声が薄桃色の唇からこぼれる。  
 
 形だけの抵抗として、拳をトントンと背中に受けながら、百鬼丸の腰がゆっくり波打つ。  
「…ずるい、…ふっ、くぅっ、…」  
波に合わせて頭が揺れ、長い髪が敷物に柔らかく広がっていく。  
力を抜いた小さな拳が開いていくと、見計らったように白い脚を持ち上げ、揺れる腰の上に絡ませる。  
「は、あぁっ!…、うぅん、……」  
甘い媚を含んだ声が漏れると、百鬼丸の侵入を許した局部からも、ぬるぬると蜜があふれ出した。  
 
 
「俺はみおが好きだ、…忘れられやしなかった」  
 昔と同じ、率直な言葉がさらりと言われると、盗み聞くどろろの幼い心をえぐった。  
 返事を待たずに繰り返し打ち立てる腰が、ゆっくり廻って相手を揺さぶる。  
「あぁっ!…きょ、今日はやっぱり…変よ、んぅっ…!」  
 
最奥まで入り込み、相手を掻き出すように腰を廻しながら、横を向いた首筋に軽く歯をあてた。  
 自由な片手が胸を強くまさぐった後、少し浮いた尻の後ろで動くと、絡まった脚が腰をきつく締める。  
「やっ!…嫌あぁ、…だ、駄目!もう、あたし…」  
 たおやかな面差しは見る影もなく、顔を歪めて、みおが百鬼丸に強くしがみつく。  
 
 圧倒されたまま、その場を動けないどろろに、また「あにき」の声が聞こえてきた。  
『くそっ、…観客がいるってのは、さすがに気分の良いもんじゃねえな…』  
「あ、あにきは誰にでもこういう事して…」  
『そんな訳ねえだろ、お前がこそ泥の真似して余所様のウチに入ってる時しか無理だ』  
 
「……何だってぇ?…おいらには偉そうな事言って、説教したくせに!」  
『志を大きく持てよ、どろろ』  
「ひ、人のこと言えるのかよーーーっ!」  
『別に俺ぁ誰かを手込めにしたこたないぜ、セクハラで訴えられたら妖魔の相手が出来ねえ』  
「そんな言葉、この時代にないって!」  
 
『とにかく分かったろう? 体は半分作り物でも、女を欲しいと思う普通の人間ってことさ』  
はっとしたどろろは、離れかけた壁に、もう一度目を寄せた。  
『それでもついて来るって言うんなら、…そのうち俺は、お前を手に入れるぞ』  
 
 ……お前が、もう少し大人になったらな……  
 
 そんな言葉を聞きながら見る節穴ごしの光景は、どろろに不思議な錯覚をもたらした。  
 もう少ししたら、自分の胸も腫れぼったくふくらみ、手足もすんなり伸びるのかも。  
 あんな風に、髪を長く垂らしたら、あにきの指が優しく梳いてくれるのかも。  
 …いつか自分も、きっと…  
 
 暗がりの中、「あにき」の下で身を捩る女の嬌態が、どろろの気持ちにぴたりと重なった。  
 心に伝わった言葉の全てが固まって、体に入り込み、下腹を熱く貫く。  
百鬼丸の腰に脚を絡みつけ、躰の奥深くを強く突かれているのが、自分自身のように錯覚する。  
 
 ちっぽけな体が、じっとりと汗ばんできたのが分かる。  
 娘に向けられた吐息や掠れた呻き声が、自分の耳元にまで届く。  
 背中に指を立てた感触も、体温さえもはっきり伝わって、頭がくらくらする。  
 
 (あ、あにきっ……、)  
 思わず呼び掛けてしまった声に、もう百鬼丸は答えなかった。  
 腰の動きを速めた「あにき」を受け止めて、娘が背中をじわじわ反らす。  
「あぁぅ、…いやあぁっ、……っ!」  
 声を途切らせて全身を震わせ、余韻を貪るように腰を微かに揺り回し、放たれた精を飲み下す。  
 外にいるどろろの体まで、奥がビリビリと痺れて足が突っ張り、やがて少しずつ力が抜けていった。  
 
 
 どんな道を通って、元いた場所に戻ったのか、さっぱり思い出せない。  
まだ頭がぼんやりして、下腹に痺れを残すどろろは、足を投げ出して川原に座っていた。  
 
「よっ、待たせたな」  
 いけしゃあしゃあと、「あにき」は帰って来た。 まるで何事も無かったといわんばかりに。  
 涼しい顔をした百鬼丸の様子に、どろろは自分だけが夢でも見ていたような気持ちになった。  
「あ、あにき…なんか、やたらと女くさいよ」  
 
「そうか?気のせいだろ」  
 ひと笑いすると、(女くさいと言われちゃ仕方ねえな)、とか言いながら着物を脱ぎ、川に飛び込んだ。  
「ぷっはーーっ!」  
 ザバッと顔を出し、ふざけて口から水を高く吹き上げ、すいすい泳ぐ百鬼丸は全くいつも通り。  
 ついさっき薄闇で垣間見たとは思えない、小生意気な若造だった。  
   
 
(ちえっ…、人の気も知らねえで)  
 どろろは、相手を一発殴りたい気分だったが、黙って火を熾し、栗の実を焼きはじめる。  
「んー? 何か言ったかぁーっ?」  
 胸の中で一瞬呟いただけなのに、百鬼丸には筒抜けだった。  
 
「…う、うるせえうるせえッ、あにきのボケナス、ドテカボチャ!」  
 そんな憎まれ口をたたいても、ほんとの気持ちは勿論伝わっている。  
 川の中から視線を投げる百鬼丸は、安堵した表情で水に潜った。  
 
 
「おい、一人で全部食うなよ」  
 焼き栗をハフハフと頬張るどろろの傍に、百鬼丸がいつの間にか来ている。  
「俺にもよこせって」  
「もう残ってないもんねー、…ほふっ、あっつぅ…」  
「そこにあるじゃねえか」  
 
 突然顎を持ち上げられ、水で冷えた唇が遠慮無く被さった。  
「!……っ!?」  
 驚くどろろの口元を舌でこじ開け、噛み砕かれる寸前の木の実をさっと取りあげる。  
「いただき、…お、なかなか旨く焼けてるな」  
「まっ、まだ火の中にあるって! 自分で取りなよ!」  
「何ぃ? 俺にウソつきやがったのか」  
   
渋皮をペッと吹き飛ばすと、百鬼丸は怒り顔を装って小さな体を引き寄せ、また唇を被せる。  
他の娘を触ったばかりの腕に抱き締められるのは抵抗があったが、向こうはまるでお構いなし。  
ろくに体を拭かずにきたものだから、どろろにまで川の水気が、ポタポタと滴ってくる。  
 恥ずかしいだの照れくさいだのを通り越して、冷たさに全身が硬直した。  
 
「…わあ、ひえぇっ! や、やめっ、…」  
「ちょっと黙ってろ」  
 
唇を顔に余すところ無く押し当て、犬が甘えるように口元を舐め回し、どろろの舌を絡め取る。  
 舌はまがい物ではないらしい、口の中を探るように動くと、少しざらつく感触があとに残る。  
 制止を取り払った「あにき」は、思うままに相手を扱った。  
 
 (…やっぱり、あれは夢なんかじゃない。 じゃあ、あの時の言葉もみんな…?)  
 
「どうだ、まだ女くさいか?」  
「う、あの…いや、なんか川の藻みたいなのと…栗の味が」  
「こいつ、言ってくれやがる!」  
苦笑しながら、じっとどろろの顔を覗き込んで、今更のように百鬼丸が言った。  
「お前って、案外かわいいな」  
 
 
 聞き覚えのある言葉に、どろろの記憶がふいに甦った。  
(…これ、本物の目が初めて開いたとき、一番においらを呼び寄せて、言ってた…)  
「やっと思い出したか、阿呆だなぁ」  
 阿呆とは何じゃい! …そう叫ぼうとしたら、ひょいと抱き上げられ、言葉は塞がれた。  
顔をすくい上げてどろろの口元を当たり前のように吸い立て、その耳を細く尖らせた舌で弄る。  
 
「んっ、よ、よせよぉ…、 それより早く着たらどうだい、風邪ひくぜっ」  
 気弱な抵抗の声に目を見張った百鬼丸は、ぷっと吹き出し、愛しげに頬を擦りつける。  
「今のどろろは、 “やたらと女くさい”顔してるぞ」  
背中をしっかり支えた掌の熱さが、深く繋がった錯覚を呼び覚まし、また体を痺れさせた。  
 
 
 全力で慕う気持ちが やっと報われたのに、素直な言葉は出せずに顎をツンと出して身構える。  
「おいらは…へっ、どうせ女らしくもないし、綺麗でもないし…」  
どろろ得意のニシシ笑いも、中途半端に消えてしまった。  
 
「そりゃ綺麗な娘は嫌いじゃないぜ、でもよ」  
百鬼丸は真顔を見せたあと、おどけたように眉を上げて、話しを続ける。  
「どこに行っても、どんな妖魔を倒しても、俺たちゃ歓迎されなかったろう?  
 俺を人殺しの化け物扱いする他人様に、“良い奴なんだぞ”って、お前は言い張っていたっけなぁ」  
「…あにき…」  
長く放浪し、寄る辺のない者にしか分からない感覚が、そこにあった。    
 
親に捨てられ、実の弟さえもその手で殺め、多くの人間から疎まれて…  
 どろろは、百鬼丸の孤独と辛さを、改めて思い知った。  
 予想以上の寂しさを、常にその胸におさめて、いろんなものと闘ってきている。  
気持ちが揺れて、喉の奥から じわ〜っと泣き声が滲み出した。   
 
「あー、また泣きやがったなァ、やっぱり置いていくか」  
「ふぇあぁ、…、うわあぁぁん、あにきぃ!おいらはずっと、離れやしないよ!…」  
「そんなにしがみつくなって、俺の片腕は、まだ刀のまんまだから危ないぜ」  
 
 
 他人が聞けばおかしなやり取りかもしれないが、百鬼丸の声は子供をあやすように優しく、  
  どろろを見守る目も、どこまでも穏やかに澄んでいた。  
 
 
    (終)  
 
 

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