『恋する天使はせつなくて桜くんを想うとすぐ撲殺しちゃうの』
「桜くぅん、はやくはやくうっ! 遅刻しても知らないよ?」
雲一つない、ある晴れた春の朝の空に、その少女の元気な声が響きました。
その幼い声と容姿には不釣り合いな、ぶかぶかの中学生と思しき制服を身にまとい、少女は玄関口で朝食のシリアルを少年の喉に無理やり流し込みます。
「うごほおっ!? ちょ……ッ! ドクロちゃん、そんなに慌てなくても、まだ時間は大丈〈んぐんぐ〉」
"ドクロちゃん"と呼ばれた少女の頭上に浮かぶ鋭い輪が朝日を照らして〈きらり〉と眩しく光ります。
「桜くーん! 先に行ってるね?」
言うが早いか、彼女は駆け足で通学路を走り去るのです。
「あ、ちょっとまってよドクロちゃ……げほっ」
気管に入った牛乳とシリアルにむせながらも、"僕"は彼女を追いかけます。
そう、思春期真っ盛りな中学生、僕こと草壁桜は毎朝とっても元気がはじけた可愛い女の子といっしょに通学、あまつさえ同居までしているのです。
人づてに聞けば、「それなんてエロゲ?」と思われるような日常を送っている僕なのです。
僕に必要以上に懐きまくるドクロちゃんは、そう、客観的に見れば世のエロゲ脳な男子の妄想を具現化したような女の子なのです。たった一つの致命的欠陥を除きさえすれば……
「あれ? ドクロちゃんどこ……ッ!!」
先に走って行ってしまったドクロちゃんを追いかけるため、通学路に視線を彷徨わせていた僕の声が、"強制的に"途絶えました。恐る恐る視線を自分の胸にやれば、
朝の爽やかな空気を体中に送っていたハズの器官があるべきところに大きな穴がぽっかり。そして一瞬後、前方のブロック塀に〈どごおおおん〉と"エスカリボルグ"がめり込みました。
「桜くんおそいっ!」
あまりにもショッキングな出来事に顔を蒼白にさせている僕の背中に、発育のいい少女の双丘の感触。ドクロちゃんが背後から僕に腕を回し、飛びついてきたです。
一日も始まったばかりなのに、持て余した感情を少年にぶつける少女でしたが、反応のない少年を怪訝に思い、
「ん? どうしたの、桜くん? ……きゃっ! 桜くんの胸が妙に風通しがよくなってる! ……えい!」
「ひっ?!」
ドクロちゃんが手の平に〈ぐっ〉と力を込めると、先ほど塀にめり込んだエスカリボルグが再び僕の胸にぽっかり空いた穴を貫通し、ドクロちゃんの手に収まります。
ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪
ドクロちゃんがエスカリボルグを手に〈くるくる〉と舞えば、聞こえてくるいつもの擬音。ヒトデが細胞を再生する様子を早送りで再生したように、僕の胸に空いていた穴が塞がります。
「もう、桜くんったら慌てん坊さん!」
「……たまには撲殺しない日があってもいいんじゃないかな……特に明確な動機のない殺人は極力止めていただけると毎日がもっと楽しくなると思うよ……?」
僕は込み上げる怒りを抑え、努めて冷静に少女を諭します。
「僕は、桜くんと毎日学校行くの、楽しいよ? ほらぁ、早く学校行こうよ桜くん」
「…………もう」
ドクロちゃんが僕の手を引いて、通学を促すときには、先ほどまでの怒りはどこかに行ってしまっていました。
ドクロちゃんは、ずるいです。その愛くるしい笑顔と言動で、たびたび僕を翻弄してしまうのです。
これは、そんな僕とドクロちゃんの何気ない日常の物語。