〈みゃんみゃんみゃんみゃんみゃんみゃー〉  
 
今日も今日とてセミさんたちは元気です。  
何故なら季節は『夏』!  
悪意を感じるほど熱い日差しの熱射光線が僕を心地よい夢の世界から引きずり出しました。  
「あっつぅ…」  
苦言を漏らしながらもダルイ身体を覚醒させて、上半身を起こし、あくびをします。  
平和な朝です。  
しだいに五感がハッキリしてきます。  
〈くちゃ〉  
唐突に感じる下半身の滑り気。  
この身に起こっている異常事態を認識します。  
「あ、おひゃようひゃくらくん」  
天使の少女が僕の布団の中からひょっこりと顔を出しました。  
「ドクロちゃん?!」  
彼女の名前はドクロちゃん。  
未来からやってきた天使です。  
何故か僕と同棲生活を送っていて、今では仲睦まじい恋人同士だったりするのです。  
そんな彼女が朝も早よから僕の下半身にある突起物をうっすらと額に汗を流しながら口に含んでいるのです。  
信じられますか?  
僕は未だに信じられません。  
「ドクロさん?!コレは一体何のマネ…」  
「ひゃくらくん、きもひいい?」  
そう言いながらもドクロちゃんは目を閉じてお口を〈ちゅぱちゅぱ〉と上下させるのです。  
「うくっ…気持ちいいよドクロちゃん…と言うよりコレはむしろ快楽地獄でッ…!」  
ウワサには聞いていましたがコレこんなに気持ちいいんデスカ?!  
上目づかいで僕を見る幼い容姿のドクロちゃんは可愛くもエロさを秘めています。  
口内の滑り気のあるひだが僕の朝立ちした怒張を擦り上げます。  
病みつきになりそうな心地よさが下半身を包みます。  
哀れなるかな世にはびこる童貞たちよ。  
「んっ…んっ…ちゅぱ…ッ…ちゅ…ひゃくらくん、出すときは言ってね?」  
そう言うとドクロちゃんは自分が着ているTシャツをたくしあげてその豊満な胸を露にします。  
「わっ!ドクロちゃん?!」  
「えへへー。行くよ桜くーん。んっ……んっ……」  
ドクロちゃんは胸の間に僕の怒張を挟み、口にくわえると再び上下運動を開始します。  
「うッ…ちょっ…コレ気持ちよすぎ…もう出ッ?!」  
我ながら早いッ!早すぎるぞ少年ッ!  
違います。断じて違います。ふい討ちにも近いこの攻撃がイケナイのです。  
 
決して僕がハイスピードボーイなワケでは…  
「ドクロちゃんッ!」  
「ちゅっ…んちゅっ…んんーっ」  
怒張が天使の口内に収まった状態のまま僕は子供の素を放出してしまいました。  
それをドクロちゃんが〈んくんく〉と飲んでくれている辺りに彼女の愛を感じます。可愛い。  
「ド、ドクロちゃん?!大丈夫?苦しくない?」  
精液を飲むという行為がいかに苦しいかは男の僕でも想像に難くありません。  
「うんっ!大丈夫。桜くんのならボク、平気だよっ!」  
口端から精液をたらしながら、まさに天使という形容詞がふさわしい笑顔を僕に向けてくれます。  
「もう、ビックリしたよ。朝からどうしたのドクロちゃん」  
朝からニコニコ、元気一杯のドクロちゃんの頭を撫でながら口をティッシュで拭ってあげます。  
「えへへっ。起きたら桜くんが隣で気持ちよさそうに寝てたから、ちょっとイタズラしたくなったのー!」  
「最初のうちはもうちょっとソフトなのがいいなあ…お、お目覚めのキスとか……」  
「じゃー、おめざめのちゅー!んちゅっ」  
ドクロちゃんがふい討ちで僕の唇を奪います。  
「うわっ、苦ッ?!」  
甘いハズのキスはときどき苦かったりしたのでした。  
 
これは、恋人同士な天使と人間が送る夏のワンシーンな物語。  
 
   ★  
 
皆さんは『夏』と聞いて真っ先に何を思い浮かべますか?  
僕は海です!夏と言えば海なのです!  
間違いありません!  
「というワケでやって来ました宮本家」  
「何か文句あんのか」  
「さ、桜くん、ドクロちゃんおはよう…」  
「おはようございまーす!」  
ドクロちゃんが相変わらずのスマイル100%でちえりちゃんにご挨拶します。  
今日はみんなで宮本所有のワゴン車に乗って海に行くのです。  
大学とは言わば最後の学生としての思い出を作れる場所なのです。  
今のうちに沢山思い出を作っておかなければきっと後悔するのです。  
決して作者のことを言っているのではありません。  
「おひゃー!みんな早いねー。待った?」  
〈てけてけ〉と向こう側から歩いてくる6年経っても変わらない、イタズラ好きな子狐の様な雰囲気を持つ少女の名前は田辺さん。  
隣にいる冷静沈着を守る寡黙な黒髪長髪毒舌少女は南さん。  
「……何か今失礼な人物紹介が受けた気がするわね。桜くんは罰としてわたしの靴の裏を舐めなさい」  
 
「重ッ!?僕の罪はそんなに重いの?!そして気持ちのいい朝の僕に対する第一声がソレ?!」  
「じゃあ桜くんはボクにちゅーをする刑に処するー!」  
「関係ない!キミには全くもって関係ない!可愛らしく言ったって人前でちゅーはダメなんだからー!って、ちょ、ドクロちゃんんんーっ?!」  
ドクロちゃんが僕に飛びつき、腕を首に回すとその可愛らしい唇を僕の唇にあてがいます。  
…無理やり奪われた…人前で…もうお婿に行けない…  
「桜くんはボクがお婿にもらうのーっ!」  
「ぎゃあああ!ギブギブ!例によって喉仏押さないでドクロちゃん!今度こそ物理的にお婿に行けなくなっちゃうううう!」  
ドクロちゃんが僕に過激にじゃれついてきます。  
恋人になってからというモノ、ドクロちゃんの僕に対するスキンシップはますます過激なモノになりつつあるのです。  
というか何だか周りの視線が冷たい気がするのは気のせいでしょうか。気のせいではありませんね。  
現に南さんが物凄い形相で僕を睨んでいます。  
どす黒いオーラが見えて来ましたよ?  
「痛ッ!南さんが小石をぶつけてきた?!」  
そうこうしてるうちに  
「すみません、皆さんの分のお弁当を作っていたら遅くなりました…」  
「みんなおはよう」  
凛とした二重音声が奏でられます。  
春の女神が降臨したかのゴトキ優しくも厳しいたたずまいの、頭に輪っかを浮かべた軍服の女性はザクロちゃん。  
そして、どこかのアホ天使とは似ても似つかない、正に日本男子の理想の女性像をこの世に再現したかのような女性は、静希ちゃん。  
 
ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪  
 
「何でみんな僕のモノローグを勝手に読むの?!ヒドイ!プライバシーの侵害だ!セーフガードを発令します!」  
「セーフガードは緊急輸入制限措置のコトでしょう。桜くんは難しいコトバをうろ覚えしないの」  
「もーっ、桜くんにはボクがいるでしょーっ!」  
「言いたいコトも言えないこんな世の中じゃ」  
「ポイズン(南さん)」  
「ぐはぁ!(毒を食らって倒れる僕)」  
「これでみんな揃ったみてぇだな」  
「それじゃあしゅっぱーつ!」  
今回の物語はそんな8人でお送りして行きます。  
 
   ★  
 
〈ごうんごうんごうん〉イン宮本ワゴン。  
ドクロちゃんは僕の膝の上に座ってご機嫌そうです。  
僕は暑い上にそろそろ足が痺れてきたのですが。  
「あーっ!海見えてきたー!」  
興奮したドクロちゃんが僕の膝の上で〈ぎしぎし〉と跳ねます。  
 
傍から見るとヒワイに見えないこともないですね。  
「相変わらず桜さんと仲がよろしいんですね。おねえさま」  
精神年齢がようやく十五歳に達したザクロちゃんが何の疑いもない純真で無垢な笑みをこちらに向けます。  
「えへへへー」  
ドクロちゃんが意味深な笑いをこぼします。  
「ボクはねー桜くんとねー…(もじもじ)…ザクロちゃんにはちょっと刺激が強いかなっ!もーっ桜くんたらッ!」  
「痛い痛い!せまい車内じゃ撲殺できないからって高速でひじ打ちしないでドクロちゃん!脇っ腹がなかんずく痛い!」  
考えてみるとドクロちゃんとデートはまだしたことがありません。  
今度は二人きりで海に来てみるのもいいかもしれません。  
「それにしてもザクロちゃん、会うのは久しぶりだね。お母さんとお父さんは元気?」  
僕とドクロちゃんが家を出たので、今家にいる家族は両親とザクロちゃんだけです。  
お盆くらいは帰省しましょうか。  
「ええ。お二人とも、お元気ですよ。不必要なくらいに」  
「不必要なくらいに?!なに不必要って!僕とドクロちゃんがいないだけでそんなに開放的になってるのあの二人は?!」  
「本当はサバトさんとザンスさんもお呼びしたかったのですが、お二人とも都合が悪いようです」  
ザンスは呼ばなくていいです。  
「そういえばサバトちゃんはいったん未来の世界に帰ったんだっけ。どうしてるのかな?」  
「しばらくは他の任務に勤しんでいたのですが、最近『パンドラの言葉』が不調でして、天使たちの任務はここのところ停滞しています。今回もわたくしは本来なら短期の任務の予定が  
あったのですが、キャンセルされました」  
『パンドラの言葉』という単語に、背筋に嫌な汗が流れます。  
「それは…まさか、またルルティエが動き出してるってこと?」  
窓の外をご機嫌に眺めていたドクロちゃんもザクロちゃんに訝しげな表情を向けます。  
「いえ、どういうわけか、『パンドラの言葉』は『あの騒動』以来桜さんの抹殺について『保留』といった命令を出し続けています。他の任務についても最近は同じような傾向が見ら  
れます。『パンドラの言葉』に何らかの異常が起こったか、未来が著しく平和なものに変化したか……桜さんにしても、わたくしたちにしても、後者のほうが好ましいのですが、未来の世界  
は現状として、とてもピリピリしています」  
ほっと胸をなで下ろします。  
「ふーん…大変なんだね。まあ僕が狙われないなら何よりかな。それよりそんなこと言ってもいいの?なんか機密事項っぽいけど」  
「はい。わたくしはおねえさまと、桜さんの味方ですから。議長もそれを理解しています」  
 
ザクロちゃんが味方というのは頼もしいですね。  
いつ天使が僕の命を狙いにやってくるか分らない身としては、味方は多いに越したことはありません。  
何より天使は力持ちです。  
天使たちの上下関係はよく分りませんが、ドクロちゃんとザクロちゃんの家系である『ジャスティリア家』は相当の名家で、代々優秀な天使をルルティエに配しています。  
それに加えて僕の抹殺任務は当時であれば優先度が相当高い任務です。  
その任務に向かったドクロちゃん・サバトちゃん・ザクロちゃんは天使の中でもかなりのエリートであることがうかがい知れます。  
そんなドクロちゃんと僕が恋人になったのは、奇跡とも言えます。  
そう思うと自然と、膝の上に座るドクロちゃんにまわした腕に力が入ります。  
「桜くん……」  
ドクロちゃんが優しく僕の手を包みます。  
「桜くんは、ボクが守るから」  
「うん。ありがとう、ドクロちゃん、ザクロちゃん」  
なら、僕もドクロちゃんを守れるように頑張らなきゃ。  
ドクロちゃんが泣いてる顔は、見たくない。  
 
   ★  
 
澄み渡る青い、どこまでも青い空から〈にゃあにゃあ〉とカモメだかウミネコだかの鳴き声が聞こえます。  
それに伴い潮の香りがする海風が頬をくすぐります。  
見れば〈ざざんざーん〉と打ち寄せる波。  
季節は夏。夏と言えば  
「海だぁーっ!」  
〈ぴょーん〉とワゴン車から飛び降りたドクロちゃんが言うが早いか、そう叫びます。  
「きれいだねーっ!来て良かったかも(田辺さん)」  
「本当、綺麗だね。日本の海水浴場って汚いイメージがあったけど(静希ちゃん)」  
静希ちゃんが少し驚いた顔をします。  
アメリカの海はどんな感じなんでしょうか。  
「宮本くんが見つけた穴場…(ちえりちゃん)」  
「じゃあ早速更衣室に行くか。考えてみれば今回男は俺と桜だけか。行くぞ桜。なに桜汁出してんだ。」  
 
ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪  
 
「ありがとうドクロちゃん。危うく夏の海の魔力に飲まれるところだったよ」  
「桜くん、ボクの水着楽しみにしててねーっ!」  
そういうとちょっぴり頬の赤いドクロちゃんは女性陣五人の方に〈てててて〉と小走りして行きます。  
正式に恋人になってから何だかドクロちゃんが可愛く見えます。  
いえ、可愛いことは前から可愛いのですが、恋人補正がかかるというか、ひいきしちゃいますね。  
女の子は水着姿を彼氏に見てもらいたいものなのでしょうか。  
紳士の振舞いが大事ですね。  
 
「宮本引きずるな!分かった!お前と二人きりになるのが嫌だと正直に言おう!だから引きずるのを止め…」  
 
   ★  
 
太陽に熱された浜辺にビーチパラソルを立てて、荷物を〈どさっ〉と置きます。  
「ドクロちゃんたちはまだみたいだな。それにしても宮本、よくこんなとこ見つけたな。こんな綺麗なトコなのに割とすいてるし」  
「小野さんと毎年来てるトコなんだよ。世間じゃまだ夏休み入ってないとこ多いからすいてんだろ。平日だしな」  
宮本がバスタオルを砂の上に敷いて、その上に腰を降ろします。  
その隣に僕も座ります。砂の熱さが伝わってきます。  
最近ドクロちゃんが僕にべったりなので、オトコ二人で話すコトはなかなかありません。いい機会です。  
「お前、小野さんと長いけど、そろそろプロポーズとかしないのか?」  
二人は同居こそしていますが、まだ夫婦にはなっていません。  
「まあぼちぼちな…………お前と水上には、感謝してるよ。……お前はドクロちゃんとどうなんだ?見たところ、付き合い始めたみたいだが」  
宮本がクーラーボックスから缶ジュースを取り出して〈ぐいっ〉と煽ります。なんかオヤジ臭いなコイツ。  
「僕も、ドクロちゃんとは長いからな。でも、これからはもっとドクロちゃんを大切にしようと思うよ」  
「ハイハイ。のろけ話を聞きてぇんじゃねえよ。あれ以来『天使』は?」  
「お前、一応僕の心配してくれてんのな」  
「気がきくようになっただろ」  
そう言って缶ジュースを一本僕に投げてよこします。  
「特にねーよ。心配すんな」  
女の子との会話では味わえない頼もしさを感じます。  
たまには野郎とも話すものですね。  
「桜くーんっ!」  
「え?」  
そのときでした。  
音のドップラー効果をともなって聞こえるくりくりボイス。  
振り向けば砂に突き刺さる旗をゲットする要領で、超光速で僕の胸に飛び込んでくるは頭に輪っかをのせた天使の少女。  
光のドップラー効果、青方偏移で青い炎が見えますよ。  
「ぐほぁっ!」  
名投手がアンダースローした球のごとく僕は浜辺を低空飛行。  
本来ではありえない距離を飛行したのち〈ずさささささー〉と頭で浜を削りながらようやく止まります。  
「熱い熱い熱い!頭が熱い!(後頭部をさすりながら)ドクロちゃん?!バカンスだからってはしゃぎすぎだよーっ!」  
 
「だってボク、桜くんに会えなくて寂しくって……」  
「たかだか三十分やそこらで毎回こんな感動の再会をやってたら僕の身が持たないよ!もう、ドクロちゃんはー」  
そう言うと僕の体に乗っかっているドクロちゃんの頭に腕をまわして引きよせて、軽くキスをします。  
「このくらいで勘弁して?」  
「も、もう桜くん…」  
ドクロちゃんがぽーっとした顔をします。  
ドクロちゃんを助け起こしてあげて、砂を払い落としてあげます。  
「あっ!桜くん、ボクの水着見て見てー?可愛い?」  
砂上でドクロちゃんが〈くるり〉と一回転します。  
相変わらずあらゆる意味で危険なカラダですね。  
ドクロちゃんの水着はツーピースの黄色いビキニ。  
黄色は彼女のエネルギッシュさと夏の爽やかさと相まってとっても似合っています。  
何より〈ボン・キュ・ボン〉な彼女のカラダの胸元に視線が行ってしまいます。  
相変わらず、すごい。  
ドクロちゃんの大げさな動きにあわせてその胸も過剰に上下するのです。  
健康そうな白い肌が太陽に反射して眩しいです。  
浜辺の男たちの視線が痛いですよ?  
「うんっ、ドクロちゃんとっても可愛い。流石は僕の彼女なんだからっ!」  
「えへへ、桜くんの水着も可愛いーっ!」  
「僕の水着も可愛いの?!そこはかっこいいと言って欲しかった!」  
「えへへー、桜くん大好きー」  
 
「何か二人結界が一つ増えたわね…(南さん)」  
更衣室から出てきた女性陣がビーチパラソルの下に〈どさどさ〉と荷物を置きます。  
「南さん、わたしたちはわたしたちで楽しもうよー(田辺さん)」  
「私とザクロちゃんも混ぜてよー(静希ちゃん)」  
「混ぜてよー(ザクロちゃん)」  
「ザクロちゃんキャラ違う……(田辺さん)」  
「あれ?小野さんは?(宮本)」  
「み、宮本くん……」  
「お」  
女性陣の背後よりおずおず出てきたのはちえりちゃん。  
緑色のツーピース。  
心なしか気合いの入った水着姿です。  
瞬時に宮本とちえりちゃんの二人結界が発動します。  
同時に女性陣四人からどす黒いオーラが立ち上ります。  
「え?何?何でみんな僕を睨むの?い、いけないよ女の子四人で男の子一人を囲むなんてーっ!何でドクロちゃんまでそっちの包囲網に加わるの?!ちょ、やめ、くすぐっちゃ、やめるんだあーっ!」  
 
   ★  
 
いくら彼氏といえど体力には限界があるのです。  
 
「恋人の定番と言えばコレ!」とドクロちゃんが提案した遊びはいたってシンプル。故に奥深い、『水をかけあう』といったモノでした。  
最初は乗り気だった僕ですが、ドクロちゃんの満面の笑みを見た時点で気付くべきでした。  
ドクロちゃんの手より噴射される水鉄砲は超水圧のハイドロカッター。  
その手が海面をすくい上げればタイダルウェーブが発生します。  
かくして林間学校やプールでの悪夢が再現されたのです。  
そんな夏の陽気にますます元気がリミットブレイクなドクロちゃんの相手をするのに疲れ果てた僕は、静希ちゃんたちにドクロちゃんを任せてパラソル下のクーラーボックスに入った缶ジュースを取りに来ました。  
「桜くん」  
声がした方を向くと、そこにいたのは田辺さんでした。  
「田辺さんもジュース取りに来たの?何がいい?」  
「うーん、そうね。わたしはカルピス」  
「えーと、ハイ、カルピス」  
「ありがとう」  
二人がパラソルの日陰に腰を降ろします。  
隣で〈ぷしっ〉と缶のプルタブを上げる音が聞こえます。  
――田辺さんですか。彼女とは中学以来なので大分久しぶりです。  
昔話にでも花を咲かせましょうか?  
「桜くんさ」  
何を話せばいいものか、と逡巡していると、隣の彼女が先に言葉を発しました。  
「彼女のコト、フったんだ」  
「…………」  
一瞬、何のことかと思いましたが、すぐに思い当たります。  
「ドクロちゃんと、付き合い始めたんだね」  
「うん。ドクロちゃんには、もういなくなって欲しくないから。ドクロちゃんに、そう言った」  
「ふーん」  
遠くに潮騒と、鳥の鳴き声、そして女の子たちが楽しそうに遊んでる声が聞こえます。  
潮風が一陣、頬を撫でました。  
「田辺さん、いつだったか、僕に『本当は誰が好きなの』って聞いたよね」  
「うん、聞いたよ」  
「その時に話していた女の子ってさ……」  
「うん。わたし」  
「……え?」  
海はいつだって静かです。風に任せるまま。  
事務的に繰り返される潮騒が聞こえます。  
「そ、そうなんだ。てっきり、南さんのコトかと思ってたんだけど……その、何かごめんね」  
「ううん。それは桜くんの決断だから。いいの」  
田辺さんも、僕のことが好きだった。  
中学時代、彼女はいつも南さんといっしょにいました。  
僕のことについて、二人の間でどのような会話がなされていたのでしょうか。  
全然そんな実感はないのですが、僕、意外にモテるのでしょうか。  
 
複雑な気持ちです。  
「ねえ、桜くん『三日後』のコト、覚えてる」  
「え?『三日後』?」  
唐突にそう言った田辺さんの方を向いた僕の表情が、凍りつきます。  
海を眺める田辺さんの瞳は、冷たく無感情なものでした。  
「み、『三日後』って、田辺さんが僕にその話をした、三日後ってコト……?」  
「ううん。違う」  
田辺さんの無機的な視線は自分の足元に移ります。  
「上書きがなされるはずだった日の、『三日後』」  
「…………え?」  
硬直。田辺さんの言ってることは分かりませんが、『上書き』という言葉は僕を心の底から震え上がらせるのに、十分な力を持っていました。  
機械的に繰り返される潮騒の音が、鼓膜に響き、不協和音を奏で始めます。  
ざざーざざ、ざ、ざざざざざざざざざざざ  
「た、田辺さん、ソレ、どういうこと……?あの日の三日後に、何かあったっけ……」  
動揺を隠せません。呼吸が、荒い。  
「やっぱ知らないか」  
田辺さんが立ち上がります。  
「ここは『三日後』がない世界だもんね」  
立ち上がった田辺さんが振り向いて僕を見ます。  
照りつける太陽に対して逆光で、影の差す彼女の顔を認識したその瞬間、恐怖という感情が体中を虫のように這って行きます。  
「大丈夫よ」  
その表情には見覚えがありました。  
「まだ『彼女』は来てないから」  
そう言うと田辺さんは海に走って行きました。  
 
まるで、あの時の西田のような眼をしていました。  
 
   ★  
 
「輝け第一回…」  
「はい、ビーチバレーやろうねー」  
浜辺が思っていたより空いていたので、適当な場所を確保して、僕たちはビーチバレーをすることにしました。  
僕の隣にはありあまるエネルギーを持余してうずうずしているドクロちゃん。  
ネットの向こう側から南さんが不満そうな顔を僕に向けます。  
「ねえ桜くん、『びーちばれー』って何?おいしい?」  
「え?ドクロちゃんビーチバレー知らないの?!」  
「うんっ!わかんない!」  
ドクロちゃんは「おしえておしえて」とばかりに僕の腕を引っ張ります。  
「いたたた!わかったわかった!えーと……簡単に説明すると、ビーチバレーは1チーム二人の選手で対戦するんだけど、室内のバレーボールみたいなポジションは定められてない  
んだ。ボールへの接触は3回まで。相手コートにボールを返して、相手がボールを戻せなければ得点になるんだ。1セットごとに2点をリードして二十一点先取する3セットマッチで、2  
セット先取した方のチームがその試合の勝者となるんだ。あ、3セット目は十五点先取だよ?第1・第2セットは、両チームの合計点が7の倍数になるごとに、第3セットは5の倍数ご  
とにコートチェンジを行なうんだ。」  
 
ちなみに組は僕とドクロちゃん、南さんと田辺さん、静希ちゃんとザクロちゃん、宮本と小野さんです。  
まるで元から決まっていたかのような組み分けですが……  
「ドクロちゃん、分かった?」  
「わかんなーい!」  
満面の笑みでお返事してくれます。  
「ですよねー」  
ドクロちゃんといっしょに「ねー!」なんて笑い合っていると  
「今回はドクロちゃんにも分りやすいルールでやるから大丈夫だよ」  
と田辺さん。  
「題して『ゲルニカ☆ビーチバレー』」  
南さんは満足げです。  
「やっぱり名前つけるんだ……でも良よかったねドクロちゃん。ルール簡単だってよ」  
「よかったー!」  
ドクロちゃんがうれしそうに僕を見上げます。  
何か小さい娘を可愛がる父親の気持ちになってきましたよ?  
「それで、どんなルール?」  
「トーナメント形式でコートチェンジはなし。五点先取」  
「以上?」  
「以上」  
「ドクロちゃん分かった?」  
「わかんなーい!」  
「ですよねー」  
このさいドクロちゃんにはこのゲームの趣旨さえ分かってくれればいいです。  
「あのネットの向こう側に手首でボールをはじき返すんだよ。線の外にボールを出しちゃダメ」  
「りょーかーい!」  
とりあえずドクロちゃんは攻撃要員です。  
捕球や指示は僕がやりましょう。  
「じゃあゲームを始めるよー」  
「よし子い!」  
「誰?!」  
田辺さんがゲーム開始を宣言します。  
コートの外では静希ちゃんたちが固唾を飲んで……見守ってはいませんね。  
ビーチパラソルの下でザクロちゃんのお弁当をいただいてます。  
「ってああああ?!何で僕たちがやってるのに食べ始めちゃうの?!待ってよ僕も……」  
「スキあり」  
「え?」  
振り返った瞬間目の前に上がるは砂煙?!  
こ…これは…  
「一点」  
「何で南さんは僕が後ろ向いてる間にサーブしちゃうの?!ていうか今ボールの軌道が見えなかった!ナニコレ!」  
 
「南さんすごーい」  
みんなが南さんに称賛を送ります。  
「この日のために血のにじむような特訓を……」  
「してないでしょ?!いったいどこでバレーボールやったの南さん!白状なさい!」  
「スキあり」  
「あー!またサーブしたよこの人!くそう!早くも二点取られたッ……!」  
南さんのサーブにスキはありません。  
ボールが着地した音はもちろん、南さんの腕がボールに触れた音さえ聞こえません。  
これはいったいどういうコトでしょうか。  
「人間の五感のうちの一つ、『聴覚』はわたしたちの支配下にある。『いつ』サーブしたか分からなければボールの軌道を追うのは難しいわよ」  
何ということでしょうか。  
「これが吹奏楽部の力なのかッ……!」  
「桜くーん!負けちゃうよー」  
ドクロちゃんの『天使眼』でもボールの軌道を見極めるのは難しいのでしょうか。  
こうなったら、奥の手です。  
「桜くーん!死ぬ準備はできたー?」  
田辺さんが勝ち誇った表情でニヤニヤしています。  
「宮本!『アレ』をよこせ!」  
僕はパラソルの下で小野さんと仲良くお弁当を食べている宮本に叫びます。  
「ほらよ」  
宮本がぞんざいに投げた『ソレ』をつかみ、目にあてがいます。  
そう、それは『アイマスク』。  
「あはははははは!桜くん自ら『視覚』までつぶしちゃったよー!もうウケ狙いに走ったの?罰ゲーム何にしようかなー?」  
田辺さんが〈きゃたきゃた〉とお腹をかかえてこっちを指さしていますが  
「『夜』を補足した」  
僕は本気にならせていただきましょう。  
「私は、夜の仮面。自らの視覚を食らい、自らを飼いならす」  
「桜くん……?」  
ドクロちゃんは不思議そうな顔で僕を見ています。  
そう、『見える』。  
五感が一つ、『触覚』をフル稼働。  
否、限界突破。  
『風』が『見える』!  
「あはは!そろそろ死になって!アデュー桜くん」  
田辺さんのサーブ。  
南さんの『ソレ』と同様、サーブ時に音はしません。  
「くたばれー!」  
田辺さんが発する声さえも『空気の振動』として伝わってきます。  
ボールを中心にうずまく風……そこかッ!  
「拘束制御術式・第三号、第二号、第一号、解放」  
僕が向かったのはドクロちゃんがいるコートの右側。  
砂を蹴り、今この一瞬、風と同化します。  
頭から飛び込み、右腕をめいっぱい伸ばすと、その手首にちょうどボールのランディングポイントが重なります。  
「当たれえー!」  
 
〈ばしん〉  
右腕に衝撃。  
ボールが激しく回転しながら宙を舞います。  
「ドクロちゃーん!」  
あとはドクロちゃんが、その人並み外れた怪力でボールを相手コートに叩きこめばフィナーレです。  
「ってアレ?!ドクロちゃんがいない?」  
見れば、ドクロちゃんはみんなと仲良くランチブレイクを楽しんでいるじゃないですか。  
「うおおおおおおい!」  
そうこう言ってるうちにボールは着地してしまいました。  
かつてない脱力感が僕を襲います。  
「あああああ?!ドクロちゃん?!僕のパートナーとしてそのテイタラクはどういうことなの?!……え?“ボクと桜くんは一心同体”?ダメだよ一心同体でも僕一人じゃあっ!くそう!  
こうなったら次のサーブで挽回を……あれ?何で南さんも田辺さんもコートにいないの?ねえ、何で二人ともいっしょにお弁当食べてるの?“もう五回桜君のコートにボール落と  
した”?何てことするのアナタたち!ダメだよこれはフェアじゃあないッ!もう一度だ!もう一度僕と勝負を……」  
 
   ★  
 
遊び疲れた僕がパラソルの下で休んでいると、やがて夕暮れが訪れます。  
「桜くーん!」  
聞こえるのは聞きなれたロリータボイス。  
僕が大好きな、この世界で一番可愛い女の子の声です。  
「桜くん、みんなもう着替えに行っちゃったよ?早く行こう?」  
「え?みんなもう帰り支度始めちゃったの?ひどいよう僕に一言も言わないで……」  
「桜くーん!早く来ないとおいていくよー!」  
見れば天使の少女は笑顔でこっちに「はやくはやくー」と手を振っています。  
「待ってよドクロちゃーん!」  
急いで彼女を追いかけます。  
「あははははは、桜くーん!こっちこっちー!」  
「もー、ドクロちゃん速いよーっ!」  
海の水平線には太陽が沈みかけ、海面を茜色に染め上げています。  
海も、砂浜も、何もかもが輝いていました。  
僕とドクロちゃん。  
笑いあいながら夕闇の中を走って、じゃれあって。  
このまま時が止まればいい。本当にそう思います。  
「ドクロちゃん、つかまえたッ!」  
天使の夕焼けに染まった、白い肩を抱き寄せます。  
『あっ……』  
お互いが言葉を失います。  
愛は沈黙。  
どこかでそんな言葉を聞いた気がします。  
「んっ……」  
ドクロちゃんを抱き寄せて、愛を確かめるように、深い口づけを交わしました。  
「今度は、二人で来ようか。ドクロちゃん」  
「うんっ!ボク、桜くんといっぱいおでかけしたい」  
幸せは、当たり前じゃないから。  
手に入れた幸せを、離さないように。  
僕はドクロちゃんの手を、堅く握りました。  
 

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