見上げれば満点の星空。  
 辺りには虫の音すら皆無で、ときおり木々を揺らす風音が聴こえるだけ。  
「わあー、きれいだねっ! 桜くん」  
「……うん」  
僕は見晴らしのいい夜の草原に仰向けになって。  
暖かいコートに身を包んだ、頭に輪っかを浮かべた少女を抱いて。  
星空を見上げていました。  
 〈ざあーっ〉と木々を揺らす北風が頬を切ります。  
 僕は、僕の上で同じく仰向けで空を見上げるドクロちゃんを強く抱きよせました。  
「あのね、みてみて桜くんっ」  
 そう言って天使の少女は小さくて頼りない指で星空を指差し、  
「あのきらきら光ってるお星さまが桜くんなのっ! それでねー、となりで小っちゃく光ってるのがボクっ! えへへっ!」  
彼女のあまりに無邪気な言葉に思わず笑みがこぼれます。  
後から優しく彼女の暗銀色の髪をなでてあげながら、  
「あ、そういえば今頃はふたご座とかが見えるんじゃないかな。探してみようか」  
「ほんと? 桜くんものしりー!」  
 
ふたご座の話。  
ゼウスの息子であるところのカストルとポルックスは兄弟でした。  
弟のポルックスは神さまの血を受け継ぎ、不死身の身体を持っていましたが、一方、兄のカストルは神さまの血を受け継いでいませんでした。  
二人は大変仲が良くて、互いに協力して数々の手柄を立てたそうです。  
ところがある日、兄のカストルは戦争で矢に刺され、死んでしまいました。  
弟のポルックスはこれを大変嘆き、神さまに慈悲を乞った結果、自らの血を兄に分け、一日の半分を天上ですごし、残りは地上で暮らすことを許されました。  
血を分けたことで不死身でなくなった二人は、死んだあとも夜空の星となり、今も二人で楽しく暮らしているといいます。  
 
 そんなことを考えつつ、  
「人間の僕でも、ドクロちゃんとずっといっしょに暮らすことができるのかな……」  
 そっと呟きます。  
「桜くん、ボク、いやだよ……ボクとずっといっしょって約束して?」  
「うん。ドクロちゃんといっしょにいられるなら、世界中を敵に回したって構わない。だから、ずっといっしょだよ」  
 夜の風に震える少女にまわした腕にさらに力をこめます。  
 
 
西田と田辺さんが僕たち二人を襲ったあの日から、僕とドクロちゃんは七日七晩、学校にも行かず、ひたすら狂ったようにお互いを求め続けました。  
 二人の時間は、もしかしたら近いうちに終わりを告げるものなのかもしれない。その事実が二人の心に焦燥感を生み、たとえ一秒でもお互いを感じられることができなければ、気が狂いそうでした。  
 そして八日目の朝が明けたとき、ドクロちゃんはそっと僕の耳元でこう囁いたのです。  
 
「桜くんと思い出を作りたい」  
 
 その一言で目が覚めました。  
 僕は気付いたのです。  
 
彼女との時間は何ものにも代えがたい大切なものであることに。  
 
その時間を守るためなら、僕はどんな覚悟をもいとわない。その決心が、ついたのです。  
 
だから僕は、彼女にこう言います。  
「ありがとう。ドクロちゃん」  
「……ううん。ボクの方こそ、桜くんからもらってばっかりで、何もできなくて、ごめんね?」  
 そう口にする彼女が、ただひたすらに愛しくて。  
「んっ……」  
 そっと口づけを交わします。  
 まるで宇宙に二人きりになったようでした。  
 ここにあるのは木々を揺らす北風と、この気の遠くなるほど広大な、空を埋め尽くす星々だけで。  
 そんな中で僕は愛する彼女の温もりを感じていました。  
 
 2月9日。人間の少年を愛した天使が生まれた日。  
 
 これは、人間と天使の世界の物語。  
 
   ★  
 
 ある冬の朝。  
久しぶりに早く目が覚めた僕は、寝息を立てる天使の頬にそっとキスをして、朝の市場に出かけました。  
冬の朝の冷たい風が寝起きの身体を引き締めます。  
僕は冬が好きです。痛みを覚えるほどに、身を切る北風は、何より僕が生きているんだってことを感じさせます。  
「はあーっ」  
息を吐けば空気中に広がる白い靄。  
僕は冬の朝の散歩が好きなのですが、ドクロちゃんはあまりこういうコトは好まないでしょう。  
互いに生きる、というコトは、お互いを尊重するコトでもあります。  
一人の時間だって、二人の幸せのための大切なプロセス。  
「はあーっ」  
 
 再び空気中に白い吐息を放ちます。  
 冷たい風が頭を冴えさせ、数ヶ月前の出来事を思い出させます。  
田辺さんが口にしていた『彼女』という単語の意味。  
 西田も田辺さんも僕とは親しい間柄でした。  
 もっと言えば、中学生来の親友。  
「……南さん……もしくは静希ちゃん……」  
 僕と中学時代より親しい女性となれば、自然に浮かび上がるのはその二人。  
 まさか、天使が抹殺対象でもない僕を、ましてやドクロちゃんを襲ってくるとも思えません。  
 ……西田も田辺さんも、僕とドクロちゃんの仲を快く思っていない様子でした。  
 となれば、『田辺さんが』口にしたことからも、僕に好意を持っていた南さんの可能性が濃厚になってきます。  
「なんで……どうして、あんな……」  
 小声で呟きます。  
 仮にも親友であった二人がどうして僕たちにあのような行動をとったのか。そして、『光』と口にした彼らが手にした魔法のアイテム。  
 驚くよりも先に、全く理解が追いつきません。  
「でも、何か対策はできるハズ」  
 田辺さんの言葉は僕たちの心を大いにかき乱しましたが、同時にこれから起こるできごとを僕たちに教えてくれました。  
 僕は市場に向かう足をいったん違う方向に向け、とある友人の家を訪ねました。  
 
   ★  
 
「ただいまー……」  
 ドクロちゃんがまだ寝ているコトも考え、僕は買い物袋片手に、小声で帰宅を告げました。  
後ろ手にそっと玄関のドアを閉め、ダイニングのテーブルに買い物袋を置き、ドクロちゃんの様子を確かめるため、僕たちの部屋に向かえば  
 
「んっ……はっ……」  
 
 静かな廊下を進む僕の耳に届くのは、くぐもった天使の声。  
「ん……?」  
 怪訝に思った僕は部屋のドアを少しだけ開け、中の様子をうかがいます。  
 
「んっ……あっ……んっ……」  
 
見ればドクロちゃんはこちらを背に、ベッドの上で身体を丸め、何やら下腹部をもぞもぞと動かしています。  
……お腹でも痛いのでしょうか。心配になった僕はおもむろにドアを開け、  
「ドクロちゃん? どうしたの? 大丈夫?」  
「ひゃあっ!」  
聞こえたのはドクロちゃんの悲鳴。  
そこで僕の意識は途絶えました。  
 何故なら某ミシシッピー系な殺人事件のゴトク、ドアを開けた僕の額にめり込んだのはナイフではなく乱杭歯がたくさん付いた鋼鉄バット。  
 
 最近風当たりの強い暴力シーンはボート的な映像で隠ぺいされ、バックでは〈ぼぐしゃあああ〉と『骨と肉が砕け散る』効果音。  
「きゃっ!? 桜くん?! ノ、ノックくらいしてくれないと、ボク、ボク……」  
 涙目の少女は慌てて身なりを整え、魔法のバットを構え、  
 
ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪  
 
 エスカリボルグを空に掲げれば、少年の身体の大事な部分を隠しつつ、展開されるはピンク色のリボン。  
 魔法的な効果音とともに〈しゃらあーん〉と僕頭部が再生。死亡推定時刻30秒前から一転、健康な身体になりました。  
 
「ノックしなかったのは僕が悪かったけど、何も撲殺処理しなくてもいいでしょ?!」  
「ごめんなさい桜くん……だって桜くんがボクの綺麗な顔を吹き飛ばそうと……」  
「してないよそんなコトは! それよりドクロちゃん、何だか苦しそうだったけど、何してたの?」  
僕がドクロちゃんに尋ねると  
「ぇ……ぁ……ぅ……」  
何故か真っ赤になってうつむいてしまうのです。  
「ドクロちゃん?」  
 僕はうつむいたままの天使の少女をのぞき込み、ぎょっとしました。  
 ドクロちゃんは何故か下唇を〈ぎゅっ〉と噛んで、〈ぽろぽろ〉と涙をこぼしていてッ!?  
「違うもん……桜くんが、最近あんまりしてくれないから……ボク……体がムズムズして……ボクがイケナイんじゃないもん……桜くんのえっちーッ!」  
「……ッ?!」  
 そこで僕の意識は途絶えました。  
 何故ならお風呂を覗かれた女の子のようなセリフを吐いた少女が少年に投げたのは洗面器ならぬエスカリでボルグな凶器なれば。  
「きゃっ?! 桜くん!? ボク、恥ずかしくて……つい……」  
 
ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪  
 
「ごめんね? ごめんね桜くん……」  
僕は「ふうっ」とため息を吐き、天使の少女に微笑みかけ、頭を撫でてあげます。  
「もう……ドクロちゃんは何かして欲しいことがあったら、僕に何でも言っていいんだよ? ドクロちゃんは、僕の彼女でしょ?」  
「だ、だってぇ……」  
ドクロちゃんは僕に頭を撫でられながらも、再びうつむき、涙目になってしまします。  
「気持ち良くなりたくなるのは、別にイケナイことじゃないんだよ? だから、そういう気分になったら、僕に言ってくれれば、僕がドクロちゃんのこと、気持ち良くしてあげるから」  
「う、うん……」  
 
ドクロちゃんは少しばかり頬を染め、僕の胸の中で嬉しそうな表情をしています。  
「もう、可愛いなあ……ドクロちゃんは。じゃあ、今から僕がドクロちゃんのコト、気持ち良くしてあげる。そこに横になって?」  
「えへへっ……桜くん……ッ! 大好き……ッ!」  
ドクロちゃんは恥ずかしさに頬を染め、照れ隠しなのか、僕の首に腕を回し、唇を重ねて来ます。  
その体制のまま、彼女をベッドに押し倒し、下着ごしに彼女の秘裂をなぞってみます。  
「ひゃあん!」  
 彼女のソコはすでに湿っていました。  
 彼女の身体の下に潜りこみ、顔を近づけ、下着ごしに匂いをかいでみます。  
「あっ……桜くん……恥ずかしいよ……」  
 甘い匂いが鼻腔をくすぐります。  
 ドクロちゃんの、匂い。  
「んっ……ふっ……」  
 下着ごしにドクロちゃんの秘裂に、情熱的に口づけをします。  
「あっ……やっ……桜くん…………切ないよ……」  
 僕に下腹部をいじられながら、ドクロちゃんは身じろぎします。  
「脱がすよ?」  
彼女の下着に手をかけ、僕の下半身のほうにいる彼女に問いかけます。  
「うん……お願い……」  
 パンティの端を持って下ろせば、間にかかる粘り気のある糸。  
 ドクロちゃんの甘い匂いをより強く、感じます。  
 目の前に現れたのはドクロちゃんの小さくて可愛らしい花弁。  
 丘に毛はうっすらとしか生えてなく、ヒダは閉じていますが、〈てらてら〉と愛液で光り、まるで僕を招いているかのようです。  
「やあああん…………桜くんに見られてる……こんなの、初めて……」  
 ドクロちゃんは恥ずかしそうに身じろぎしますが、僕が両腕で腰を固定しているので動くコトもできず、ひたすら下半身をもじもじさせてます。  
「ドクロちゃん……可愛い……んっ……」  
 秘裂に直接キス。ドクロちゃんの愛液の味が口内に広がります。  
「やあっ! ……桜くん?! 何してるの?! き、汚いよう……」  
 ドクロちゃんは自分の下半身に腕を伸ばし、僕の顔をどかしにかかりますが、  
「んっ……んっ……ドクロちゃんのカラダで、汚いトコロなんてないよ……」  
 僕は秘裂に口をつけたまま、彼女の膣内に舌を差し込みます。  
「やあっ! ……あっ……あああっ!」  
 驚いたドクロちゃんの腰が〈びくん〉と持ち上がります。  
「やっ……ああん……桜くんの舌が……入ってる……ボクの、中に……」  
 両手の指で彼女の秘裂を広げ、さらに舌で膣内をかき回すように舐め回すと、中から次々に愛液が溢れ出して、たちまち僕の顔をびしょ濡れにしてしまいました。  
 
「ドクロちゃん……んっ……すごい……いっぱい出てる……んっ、ちゅっ……気持ちいいの?」  
 愛撫を継続させながら、問います。  
「気持ち、いいよ……桜くんが、ボクの舐めてるって……思っただけで……んあっ……ボク、もう、イっちゃいそうだよ……」  
 そして僕の愛撫に身悶えながらも彼女が自分の目の前に発見するのは、  
「あっ……桜くん……」  
 彼女がそっと僕の下半身の突起物を布ごしに撫でました。  
「桜くんだけズルイから、ボクもするっ!」  
「え? ……ドクロちゃん?」  
言うが早いか、ドクロちゃんは〈じー〉と僕のズボンの社会の窓を下し、すでにぱんぱんに張った僕の怒張を外気に晒します。  
「ちょ……ドクロちゃん?! 何を……」  
「桜くんだって苦しそうじゃん! ボクばっかりエッチな娘扱いしてー! はむっ」  
「うおあっ!」  
ここに来て超展開。  
 ドクロちゃんは外気に晒された僕の息子さんを早速口に含みましたよ?!  
「桜くんも……ちゅっ……いっしょに気持ち良くなるのー! んっ……ちゅっ」  
 そうですよ。ぶっちゃけ僕なんかドクロちゃんの肌に触れただけでも発情しちゃいますよ。  
 だってドクロちゃんったらいっつも何故だか僕を誘惑するかのような甘くていい匂いがするんだもの!  
「そっちがそうするなら……こっちだって負けるもんかー!」  
 僕は一時中断していた愛撫を再び開始します。  
「きゃううううん! やっ……はっ……ボ、ボクだって負けないんだからーッ! 先にイったほうが負けだよっ! 桜くん! ……はむっ……んっ……」  
 〈ちゅくちゅく〉とお互いの敏感なトコロを舐め合う水音が室内に響きます。  
「んっ……ちゅむ……」  
 気がつけば僕がベッドの上でドクロちゃんの下で仰向けになり、ドクロちゃんが僕の上に乗っかってお互いの性器を舐め合う格好に。  
 ドクロちゃんは僕の怒張を咥えながら、口内の舌で僕の敏感なトコロを刺激して来ます。  
 いつの間にこんな高等技術を習得したのでしょうか。しかしこうなっては僕も男の意地にかけて負けるワケにはいきません。  
 絶対にドクロちゃんを先にイかせるんだからーっ!  
「んっ……んっ……?!……やああっ! ソコ、だめっ! そこ、そんなにされたら……!」  
 どうやら僕はドクロちゃんのGスポットを発見したようですよ?  
 先手も僕がとっていますし、これは僕に勝機が……  
「んんんっ?!」  
 勝利を確信した僕の身体に電気が走りました。  
 ドクロちゃんは僕の怒張を口にくわえながら、舌で僕の怒張の先端部分に舌を絡め、激しい上下運動を開始しました。  
 
 それに加えて彼女の小っちゃい両手の指が根元部分をしごき、唇+舌+指のトライアタック?!  
 あまりに突然の激しい動きに、これまで耐えていた射精感が、精嚢から一気に尿道口まで駆け上がってくるのを感じます。しかし  
「あっ……ダメっ! ……もうイっちゃう……ッ!」  
こちらも先ほど発見した箇所を舌先で激しくつつきます。さらに指でドクロちゃんの特に敏感な『突起』をイジると  
「あっ……! あああああああああああーっ!」  
 ドクロちゃんの身体が大きく痙攣し、膣内より愛液が勢いよく僕の顔目がけて噴射されました。いわゆる、潮というヤツです。  
「くっ……!」  
 と、ほぼ同時、ドクロちゃんの猛攻に耐えかねた僕は彼女の顔目がけて白濁した液を噴射しました。どう見ても精子です。  
「はあっ、はあっ……」  
 ドクロちゃんが力なく、僕に体重をあずけてきました。  
 僕は下から〈もぞもぞ〉と這い出し、ゆっくりと身を起こし、彼女の顔を見るや否や  
「「……ぷっ」」  
吹き出したのは同時。  
お互いの顔を見合わせれば、二人の顔は互いの愛液でべとべとになっていました。  
「あはははははっ! 桜くんおっかしーっ! 何でそんなにビショビショなの?」  
「これはキミの仕業でしょ?! そういうドクロちゃんだって、べとべとじゃん!」  
 ドクロちゃんは  
「もーっ! 桜くんったら!」  
 そう言って僕に抱きついてきます。  
「うわっ! べとべとなまま抱きついて来ないでー!」  
「ねえ……桜くん?」  
 ドクロちゃんは僕のシャツに顔をこすりつけながら呟きます。  
「なあに? ドクロちゃん」  
 苦笑しながらもドクロちゃんの頭を撫でながら応答すれば、  
「気持ち良かったよっ!」  
〈ちゅっ〉と僕のほっぺにキスをしました。  
 
   ★  
 
 長引いた講義からの帰り道。  
 七時前とはいえ、すでに空にはお月さまが煌々と輝いてます。  
「ふふっ……」  
 今日は一段と冷えます。白い息を大気に放ちながらも、家でドクロちゃんが待っていてくれるという幸福感から、思わず笑いが漏れてしまいます。  
 冷たい風が肌を冷えさせますが、対照的に胸はとても暖かくて。  
 ドクロちゃんとこういう関係になってからもうすぐ一年が経とうとしていて、彼女と運命的な出会いをしてからは、早いもので七年が経過しようとしています。  
 
「あの頃はまさかこんなことになるなんて思わなかったな……」  
 よみがえる中学生のときの甘酸っぱい思い出。そして高校、大学にいたるまで。  
 色々なことが、ありました。  
 たくさんの季節が、彼女とともに過ぎ去り、しだいに彼女の存在は僕の中で大きくなって。  
 
 ドクロちゃんが、季節で。  
 
 ドクロちゃんが、世界で。  
 
 ドクロちゃんが、全てで。  
 
「ただいまー」  
 とても長く感じられた帰路を経て、愛する我が家(借アパートの一室)の玄関扉を開けば、  
「おかえりーっ!」  
 〈がばーっ〉と僕の胸に突進してくる頭に輪っかを浮かべた女の子。  
 嗚呼、なぜ彼女の声を聞くだけでこんなにも胸が満たされるのでしょう。  
 僕は胸に頬ずりする少女を抱きしめ、  
「ただいま、ドクロちゃん」  
 愛する彼女に帰宅をもう一度告げるのです。  
「じゃあ……桜くぅん……」  
「ん? なに? ドクロちゃん……」  
 ドクロちゃんは潤んだ瞳で僕を見つめて言いました。  
「先にします?」  
「……なにを?」  
「それとも後にします? それとも……(頬を染め、視線をそらし)……ボク?」  
「じゃあドクロちゃんをおいしく……ってド、ドクロちゃんその格好はッ……!」  
 僕の胸から〈ぱっ〉と離れて、まるで新妻のように甲斐甲斐しいコトを言うドクロちゃんを見れば  
「どうしたの? さ・く・ら・くんっ!」  
 〈ぴょこん〉とハートマークでも出そうな、可愛らしくもいたすらな表情の少女の、白魚のように透き通った肌を隠すものは頼りない布一枚で……ッ?!  
「ド、ドクロちゃん?! そそそ、それはアアアアア……ッ!!」  
 耳から金色の粘液を流しながら僕が幼げな彼女に問えば、  
「んー? 裸エプロンは桜くんのお気にめさなかったかなー? えへへっ!」  
 「お気にめさなかったかな?」と問いながらも彼女の表情は確信犯であることを物語っています!  
 く……これハ思ってイたよリもはカイりょクが……ッ!  
 見えそうで見えないのがもどかしい……ッ!  
 彼女の自己主張が過ぎる胸元はピンク色でフリルのついた小さいエプロンを重力に逆らい大きく膨らませ、脇からは健康的な白く、瑞々しい膨らみを拝むコトが出来ます。  
 さらに彼女の引き締まったヒップのラインは未だ幼さを残しつつも、グラドルなみのプロポーションを保つという、矛盾が過ぎて最早理解不能な魅力を僕に放っています。  
 
 嗚呼その活きのいいふとももに触りたい!  
 大事な部分がかろうじて隠されていることで、逆に僕の豊富な妄想力は本来そうであるよりも、よりエッチに見えてしまうのです!  
「ドクロちゃん?! いけないよこんなのーッ! だってこんなに寒いのにそんな薄着でえ……ッ! いや、それはともかく、いったい全体どうしてそんな格好を……ッ!!」  
 落ち着け、落ち着くんだクサカベサクラあああ……ッ! 早くッ! 早く素数を数えるんだアッ!  
 2 4 6 8 10 ……  
 ああああこれ素数じゃねええええ……ッ!  
「ねえ……桜くん? 今日って、なんの日か、知ってる?」  
 両手を後ろに回した彼女は、ほっぺをすこしだけ上気させながら、そう尋ねてきます。  
「今日? え……なんだろう? ドクロちゃんの誕生日じゃないし……」  
 意外な方向からの質問に、僕は戸惑ってしまいます。  
「もう、すっごく楽しみだったクセに『そんなの興味ないけどさー』みたいな態度とっちゃって。本当にうまいんだからっ!」  
「いや、なに? なんでドクロちゃんそんなにはしゃいでるの!?」  
 そして、天使の少女が僕の目の前に差し出してきたそれは、かわいく包装された、赤い箱なのです。  
「え!? まさか、ドクロちゃん、これって……」  
玄関にかけてあるカレンダーを見てみれば、今日は2月14日。そう、つまり、  
「チョコレートにきまってるでしょ? ねえ、はやく開けてみて」  
「う、うん」  
 彼女は金色のわっかをキラキラさせて、「えへへっ」と頬を赤らめて僕を見つめています。  
 何だかこんなシチュエーション、ずいぶん前にもあった気がします。  
 愛する彼女からのチョコレート。期待に胸を膨らませつつ、ゆっくり包装を破けば、  
「あ……」  
 中から出てきたのは、ハート型のチョコレート。  
 ホワイトチョコレートで、つたないドクロちゃんの字で  
 
 だいすきな さくら くんへ?  
 
 って書いてありました。  
「あのね、本当は桜くんのカタチにしようと思ったんだけどね、びんかんサラリーマンソーセージがなかったの。桜くんは、それでも大丈夫?」  
 心配そうに僕に問いかける彼女に、僕は密かに胸を撫で下ろしながらも、彼女を再び強く抱きしめ、  
「もう、こんな格好して……僕の大事なドクロちゃんが、風邪ひいたらどうするの?」  
 彼女は僕の胸に顔を埋め、心底安心したような表情で、  
「桜くんが喜んでくれると思って。えへへっ……それでね、もう一つのプレゼントはぁ……えへへ……ボク。ねえ桜くん、ボクを暖めて? やっぱり、冷えちゃったみたい」  
 
「んっ……」  
僕は彼女に熱い口づけをかわし、そのまま両腕でかかえあげて、お姫様だっこで寝室まで運んであげます。  
「あ……桜くん……」  
 そっと彼女をベッドに寝かし、僕もいっしょに彼女の隣に横たわり、掛け布団を二人の肩まで引っ張りあげます。  
「……桜くん……しないの?」  
 布団の中で、僕の腕に抱かれながら、彼女は不思議そうに尋ねてきます。  
「うん……今は……こうしてたい」  
「ん……そっか…………桜くん……大好きだよ」  
「うん……僕も」  
暖かい布団の中で、彼女の体温と、心臓の鼓動を感じながら、  
 
僕はこの世界で最後の幸せを、噛みしめました。  
 
「桜くん……来たみたい」  
 ふいに泣きそうな顔になったドクロちゃんが、より強く僕に回した腕に力をこめました。  
「ボク……怖いよ……桜くん……」  
 彼女の声はすでに涙声で。  
 でも、だから、僕は彼女を安心させてあげなきゃいけない。  
 
 それが、僕にしかできない役目だから。  
 
「大丈夫。僕が絶対に何とかする」  
 
   ★  
 
 動きやすい服に着替え、外に出て辺りを見回します。  
 今のところ、それらしき人影は見当たりません。  
「ドクロちゃん、ザクロちゃんに連絡は?」  
 アパートの階段を降りてきたドクロちゃんに問います。  
「うん……今した。30分くらいで来れるって」  
 ドクロちゃんは僕に駆けより、両腕を僕の右腕にまわしました。  
 今日はいちだんと冷え込みます。  
 空には不気味なくらいに綺麗な月が出ています。  
 冷たい風が頬を切ったそのとき、  
 
〈びゅんびゅんびゅん〉  
 
 不気味な音を立てて、僕らの横あいの、コンクリートの地面に突き刺さったのは『矢』というよりは、菜箸を大きくしたようなモノ。  
「あっ……!」  
 ドクロちゃんが声を発し、僕の腕に抱きつきます。  
 
 それは『嚆矢』。終りの始まりを告げる、『嚆矢』。  
 
「お久しぶりです、先輩」  
 
 声が聞こえたほうを振り向けば、そこにいたのは、アパートの貯水タンクの上に立ち、月の光を背に浴びた、弓道着に身を包んだ少女。  
「キミは……」  
「私のコト、覚えてますか? 先輩」  
 その手には細くしなった弓が握られていました。  
 少女の背後にある大きな翼のようにも見えるソレは、『矢』を納める『矢倉』。  
 彼女は……  
「えっと……ダレ?」  
「ひどいです! D巻登場キャラです! 弓島千佳です!」  
「……弓……島?」  
 僕は懐から『撲殺天使ドクロちゃんD』を取り出し、〈ぱらぱら〉とページをめくってみます。  
「ああ……ッ! 本当だ?! 弓島さん出てるよ! しかも何だかいかにも次巻からヒロインに加わります的なポジションで! 何でこんな忘れてたんだろう……!  
 ていうかこの『僕達の戦いは、まだ始まったばかりだよ! ドクロちゃん!』自体があまり印象に残らないお話で……」  
見れば弓島さんはうつむき、肩を震わせ、  
「ひどいですよ……私だってずっと先輩のこと……なのにそんな女とくっついて……」  
 その言葉の旋律に、しだいに歪みがのって  
「こんな世界、いらないです」  
 弓島さんは背後のファンネルから『矢』を一本引き抜き、おもむろに弓に番えます。  
「桜くんッ!」  
 彼女が声を発したのと、僕の視界が反転したのは同時。  
 弓島さんが矢を番えたと思った瞬間、『矢』は僕らのすぐ後ろのコンクリート塀に刺さってました。  
「その矢、目で追うこと叶わず」  
 見ればコンクリート塀が、まるで砂のようになって、刺さった箇所から少しずつ崩れています。  
「当たれば異なる世へと誘わん」  
 弓島さんの口が、三日月のように妖しく歪み、狂気の言葉を紡いでいきます。  
「これぞ天使様の破魔の武具、『秘剣矢ヴァラズキュルブ』。内蔵された《もう一つの唇裂(アドグランド)》で先輩たちを分子レベルで異空間に葬ります」  
 それは狂気の瞳。あの時の西田や田辺さん、いえ、それ以上に『濃く』歪んだ瞳。  
 普段目にすることの叶わぬ想い人は、彼女の心の中で面積を広げていき、許容を超えた想いは密度を増します。  
 
 甘く、甘く。それはひたすらに甘く。  
 黒く、黒く。それはひたすらに黒く。  
 
 ジャムのように濃く、甘く煮詰められた想いは、膿のように膨れ上がり、やがて想い人を目の前に破裂します。  
 破裂した想いは、すなわち『独善』。  
「私のために死んでくださいね。先輩」  
 弓島さんは指に確認できただけでも十本の矢を持ち、その『一の矢』を番えようとしています。  
 
 ザクロちゃんが来るまでの30分、何としても持ちこたえなくちゃいけない。  
 
 そう思ったとき、遠くトラックの走行音が聞こえました。  
 この日のために準備していたモノが、ようやく来たようです。  
「佐々木いいいいいいッ!」  
 僕の声が夜の街に木霊します。  
「おうよっ! 待たせたな! 桜!」  
 〈ずぎゃぎゃぎゃぎゃあああ〉とドリフトで僕たちのいる路地に突っ込んで来たのは白い軽トラック。  
 即座にトラックの荷台が傾き、積まれていたものが路面にぶちまけられます。  
「何……? あれは……」  
 僕はドクロちゃんの腕を引っ張り、うず高く積まれた『ソレ』の近くに移動します。  
「桜! これで良かったんだな?! 後でちゃんと金払えよ!」  
「ああ! ありがとう佐々木!」  
「佐々木……くん?」  
 ドクロちゃんが彼の姿に驚いた表情を見せます。  
「おうドクロちゃん! 桜とはよろしくヤってるか? 一段落ついたら、たまには顔見せてくれよな!」  
 そう言いつつも佐々木は軽トラを発進させ、そそくさと帰ってしまいました。  
「桜くん……これは……」  
「何ですか? ソレは。先輩ふざけてるんですか? 私のココロをさんざん弄んだアゲク、そんな児戯で私をからかうんですね。……ユルセません……ッ!!」  
 弓島さんが矢を番え、咆哮しました。  
 〈ひゅっ〉と鋭い矢が空を切る音。  
 今まさに、狂気の一閃が、僕を貫こうとしている。  
「桜くんッ!」  
ドクロちゃんが声をあげたそのとき、  
「夜―ブレイン起動! 『布団隠れ零式』!」  
 突如として僕の目の前に現れる数多の布団。  
 『速さ』を極めた武器、弓矢は、速いがユエに破壊力はさしてありません。  
 
 〈とととととととととと〉  
 
 聞こえた音は、十。  
 あの一瞬にして、十本もの矢を放った弓島さん。  
 もはや、人間技ではない。  
しかし、いかに天使のアイテムと言えど、この絶対防御、『布団隠れ零式』の前には効果はありません。  
「なっ……! これは……ッ!」  
「――気温十度」  
 それは陰と陽、  
「――湿度二十三%」  
 過去と未来、  
「――アルファー波、良好。そして――」  
 意識(オド)と無意識(イド)、生と死、ならびにアルファとオメガが反転する限りのない大地。  
 そう、崩壊した夢の向こうに現れた現実とは、  
 
 夜。  
 
「――深夜率、一五〇%観測。快適な、夜」  
 彼の顔に装着されていたのは、『アイマスク』。  
 
「――夜は時に温かく、ヒトビトの夢を包むものなり」  
 
 路面にぶちまけられた『ソレ』は紛うことなき、白い『お布団』。  
 
「布団の上なら常勝無敗――!! ――夜の帝王、“夜仮面”!」  
 
「夜仮面さまー!」  
 ドクロちゃんが叫びます。  
「こんな高貴な夜にまだ寝ていないのは貴様だな! 弓島千佳! さあ来い! 僕が相手だ!」  
 戦闘の構えを取りつつ、アイマスクを少し上にずらし、視界を確保。  
 両手に枕を持ちます。  
 弓島さんは、  
「馬鹿に……」  
 〈ずるり〉と浮き鞘(ファンネル)からヴァラズキュルブを引き抜き、それぞれの指の間に二本ずつ、合計十六本の矢を持ちます。  
 その姿は、まさに修羅。  
 戦場をねぐらとする修羅の姿。  
「するなあああああああッ!!」  
 弓島さんの右腕が勢いよく『離れ』ました。  
「何度やっても同じだッ! 『布団隠れ……」  
 裸足の指先で同時に幾枚の布団をめくり上げたその瞬間、  
「フレイム・オン」  
 〈ぱちぱちっ〉と火打石のような音と同時に、淡い光。  
 〈ごうっ〉と炎の音とともに絶対防御、『布団隠れ零式』が焼け落ちます。  
「なっ……!」  
 思わず僕は一歩引き下がります。  
「その程度ですか?」  
 気づけばすでに第二射。再び炎をまとった十六本の矢が目の前に迫ります。  
「くああああッ!」  
 “夜神経超融合(ブレイク)”で必死の回避運動を取りながら、足の指で一枚の布団をめくり上げ、矢を防ぎます。  
「らあッ!」  
 横あいに倒れながらも、枕を思い切り投げます。  
「ヌルいです」  
 僕が投げた枕は、無残にも弓島さんの火矢に射落とされました。  
「くっ……!」  
 〈つー〉と冷や汗が額を伝います。やはり、僕には荷が重い。  
「桜くん、大丈夫?!」  
 ドクロちゃんが駆け寄って来ます。  
「うん……まだまだ……負けるワケには……」  
 ドクロちゃんの腕を借りて立ち上がります。  
 弓島さんとドクロちゃんを戦わせるワケにはいかない。  
 ドクロちゃんの『エスカリボルグ』は超近距離タイプの武器。攻撃のモーションも大きいです。  
 
 ぶっちゃけ、僕でも避けようと思えば避けられるほどスキのある攻撃、弓島さんの『ヴァラスキュルブ』に射落とされてしまうのが関の山。  
「桜くん、ボクも戦う! 桜くんだけじゃ……」  
「でも……」  
 そこで閃きました。考えようによっては、使えないワケではなさそうです。  
「じゃあドクロちゃん、僕の指示通りに……」  
「何を話し合っているんですか? 遺言を残してもしょうがないですよ?」  
 見れば3×8、二十四本の矢が羽根のように広がり、  
「二人とも死にますから」  
 弓に番えられ、放たれます。  
「ドクロちゃんッ!」  
「うんっ!」  
〈ひゅひゅっ〉と無数の矢が空を切る音。  
その中、僕が枕をドクロちゃんに投げれば、  
「えーいっ!」  
ドクロちゃんがエスカリボルグで枕を引っぱたけば、〈ばらり〉と中身のそば殻が空中にブチまけられ、ニードルガンのように弓島さんを襲います。  
そう、いつぞやの修学旅行の『脱衣まくら投げ』でドクロちゃんが使った技。  
「なっ……!」  
 驚愕した弓島さんが回避を試みますが、  
 
〈びすびすびすびすびすびすびすびすびすびす〉  
 
 避けることの出来なかったいくつかのそば殻が、左脚と左腕に突き刺さります。  
「あぐううっ!」  
 思わず喉から漏れた悲鳴。  
 ドクロちゃんの情け容赦ない攻撃は骨まで砕いたようです。  
 いっぽうこっちはと言えば、  
「三秒間に千本ノックをこなすボクに、こんなの大したコトないよっ♪」  
 大きく振りかぶったエスカリボルグの衝撃波によって二十四本の火矢は、蚊蜻蛉のゴトク墜ちました。  
「…………」  
 思わずコトバを失います。  
 やっぱり、ドクロちゃんは大きな戦力になります。  
 ていうか、僕いらない?  
「桜くん? 何、路の端っこで体育座りしてるの? ここで一気に畳みかけるよっ!」  
「……うん」  
僕が面を上げたそのとき、  
「……え?」  
 弓島さんの腕に絡みつく、黄色いタオル。  
「……エッケルザクス!」  
「桜さんっ! おねえさま!」  
「桜くん、助太刀に来たですよぉ!」  
軍人のように張りがありながら、それでいて優しげな声、それに甘く、眠たげな声が聞こえました。  
「ザクロちゃん……それにサバトちゃん! 来てくれたんだ! 良かった」  
僕らが勝利を確信したそのときでした。  
 
「   」  
 
「え」  
 後から誰かに声をかけられた、と思った瞬間、すでにソレは僕の身に起こってました。  
 僕の腕に絡みつく、ラバライトのように蛍光色で彩られた不定形の流動体。そして僕の左腕を貫通する――――矢。  
 それの意味するところは、つまり。  
「あ……あ……あ……」  
 現実とは砂上の楼閣――必死に築き上げてきた砂のお城は、第三者の悪意に虚しく崩れ――  
「桜さんッ!」  
 砂のように崩れ始めた僕の左腕。  
 すでに肘辺りまでが失われた僕の左腕の傷口をザクロちゃんのエッケルザクスが包みました。  
 そこで分子崩壊は食いとまりました。  
「水上先輩……助かりました」  
 弓島さんの声とともに、  
「え……?」  
 
 空間というキャンバスに色とりどりの絵具をブチまけたかのように、ゆっくりと目の前に現れた『ソレ』を目にした僕は、意識が遠くなる気がしました。だって、だってソレは……その人は……  
 
「し……ず……き……ちゃ……」  
「桜くん、『お久しぶり』」  
 彼女の身体の表面を覆う、迷彩のようでありながら、その役割を全く果たしていない色とりどりの蛍光色は、まるで溶岩のように絶えずカタチを変えていて。  
 それは『笑った』というより、顔に相当する箇所に三日月型に穴が開いた、といった感じで。  
「『彩色ボディアーツ ユミルガルド』……」  
ザクロちゃんが呟きます。  
「はぁう……静希ちゃんなんですかぁ……? そ、それより桜くん、大丈夫ですかぁ?!」  
 不思議と痛みは感じませんでした。  
 神経ごと消し飛ばしたのですから当然と言えば当然です。  
 ドクロちゃんはと言えば、  
「いやああああっ……桜くん……桜くん……」  
 立ち尽くす僕の腕にすがりつき、〈ぽろぽろ〉涙をこぼしていました。  
 僕はすがりつくドクロちゃんを、ゆっくり右腕で抱きしめ、  
 
「もう教えてくれてもいいんじゃないかな」  
 
 僕は彼女、水上静希ちゃんの目をまっすぐに見ながら、僕は問いかけます。  
「何のこと?」  
 静希ちゃんがにっこりと笑った『ような』表情を作ります。  
「どうしてこんなことするの?」  
 僕の胸で今も泣きじゃくるドクロちゃん。  
 もうドクロちゃんを抱くこともできない僕の左腕。  
 
「どうして僕らから、奪おうとするの?」  
 その問いに静希ちゃんは、少し悲しそうな顔を見せ、  
「人間はね」  
 静かに、ゆっくりと語り始めます。  
「いつもどこかで、人の成功を妬んでる」  
 彼女の眼差しは僕の向こうの、遠くを見つめているようで、  
「生きている以上、自分が幸福でありたいわよね」  
 諦観。それが彼女の表情を表現する最もふさわしい単語のような気がしました。  
 人間という生き物の生き様に対する、諦め。  
「私たちは、そんな『願い』」  
 それは自我を持つゆえの宿命。『妬み』という感情。人よりよくありたいと思う、ささやかだけど、傲慢な『願い』。  
「あのとき、ああすればよかったな、こうすればよかったな……みんなそう思うわよね」  
 僕は拳を握りしめ、怒りに肩を震わせます。  
「そんな理由で……僕の、ドクロちゃんの幸せを奪うの……?」  
 
「そもそもここは作られた世界なんですよ」  
 
 僕の問いかけをさえぎったのは弓道着の少女。  
「そこにいる女の勝手なワガママで作られた世界」  
 弓島さんは汚いモノを見るような眼差しでドクロちゃんを睨みます。  
「だから、その迷惑極まりない『箱庭』を強制排除しにきただけですよ」  
 その弓島さんの言葉に少し違和感を覚えました。  
「誰かに命令されてやってることなの……? まさかルルティエに……」  
「そうね。彼らも一枚噛んでる」  
「そんなっ……! わたくしは一言もそんなコト……」  
 ザクロちゃんが食いかかります。  
「もちろん『あっち』の世界の話です」  
 弓島さんが制します。  
「さて、そんなことより、桜くん……」  
 弓島さんから静希ちゃんに目を移せば、その綺麗であるハズのツインテールの先端が、ねっとりと溶けだし、路面にたれて、ヒトの腕を象ります。  
「そろそろお別れの時間」  
 僕はもはや、迷うことはありませんでした。  
「ザクロちゃん、アルターボリアは持って来た?」  
「…―不要,我自ら赴いた」  
「うわっ!」  
 気がつけば、僕の隣にビスクちゃんがいました。  
 僕はこの日をただ待っていたワケではありません。  
 やれるだけのコトはやったのです。  
「じゃ、じゃあビスクちゃん、お願い」  
「…―追補,我は戦えない。悪しからず」  
「うん……気持ちだけでもありがたいよ」  
 そして僕の言葉とともに、僕の身体が淡く光り、頭部に現るは天使の光輪。  
 これが、『天使憑(エンジェル・レムナント)』。  
 これで少しは役に立つようになったハズです。  
「桜くん……それは……?」  
 
 眼を赤く腫らした天使の少女が僕に問いかけます。  
 
「ドクロちゃんを、守るための力」  
 
「さようなら、先輩。また別の世界で逢いましょう」  
別れの言葉を告げるは弓道着の少女。  
 飛来する無数の矢。  
 でも――  
「え……?」  
 驚きの声を発したのは、またしても弓道着の少女。  
 何故なら――  
「『摘出ユビサック スキドブラドニル』」  
 僕が彼女の射った矢を、すべて『摘まんで』いたから。  
「そ、そんな馬鹿な……」  
 弓島さんが戦慄きます。  
「絶対に守るんだ」  
 それは固い意志。  
「わたくしも」  
「サバトも」  
 見ればみんな、それぞれの得物を構え、  
「ボクも」  
「「「「絶対に守るッ!!」」」」  
 
   ★  
 
 それは紫電。  
 
 〈ずばばばばばばばばばばばばっ〉  
 
僕が知る『ドゥリンダルテ』の何倍も強い、電気の迸り。  
「行くですよぅ!」  
 サバトちゃんはこの6年間、さらに自分を磨くために、修行に修行を重ねたそうです。  
「サバトさん! 協力します!」  
 ザクロちゃんが叫び、エッケルザクスで屋上にいる弓島さんまでの階段を作ります。  
「そう簡単にさせるかッ!」  
 弓島さんが吠え、エッケルザクスを駆け上がるサバトちゃん目がけて、矢を放ちます。  
 しかし、  
「その程度で止まるサバトじゃないんですぅ!」  
 エッケルザクスが上手く矢を防いでいき、サバトちゃんを上に導きます。  
「死ぬんですぅ!」  
 〈ばっ〉とエッケルザクスを踏み台に、大きく飛んだサバトちゃんがドゥリンダルテを構えます。  
「馬鹿ですね……」  
 弓島さんは目尻を歪ませ、そう呟きました。  
「これほどいい的はありませんよ」  
 弓島さんは矢を番え、  
「雉も鳴かずば打たれまい……」  
 その矢を大きく引き、離そうとしますが、  
「…………?」  
 腕が、動かない。  
「引っかかったですねぇ!」  
 その腕に絡まるは、鉄線。  
 本来、空気は電気を通しません。  
 
 見える紫電は、あまりの高電圧ゆえに起こる放電現象。  
 鉄線に電気を流すことで、敵の動きを封じつつ、狙いを定めることができます。  
「くっ……!」  
 弓島さんは必死に鉄線をほどこうとしますが、  
「もう遅いんですぅ! 食らいやがれですぅ! エレクトリック・ダンス!」  
 しかしその鉄線に電気が流れることはなく、  
 
 〈ぶちっぶちっぶちっ〉  
 
 眼球が凄い勢いで押し出された、と感じた瞬間、彼女の鼓膜に響いたのは自分の両腕の筋繊維の引きちぎれる音。  
「あっ……がっ……!」  
 言葉にならないサバトちゃんの悲鳴を聞きました。  
 見れば彼女の腕に絡まる静希ちゃんの『腕』、いえ、それはもう『触手』と呼んだほうがいいかもしれません。  
「サバトさ……」  
 ザクロちゃんの呼びかけが途絶えます。  
 僕が振り向いたときには、すでに針鼠。  
 体中から矢が生えてました。  
「え……?」  
 あっけなさすぎる。あまりにも。  
 何をする暇もなく、サバトちゃんにも幾本の矢が刺さり、別れを惜しむ間もなく、二人とも風にかき消えました。  
「…………」  
 僕もドクロちゃんも、言葉を失っていました。  
 
 きっと、だから。  
 
 一瞬だけ、自分が一番守らなくちゃいけないものを忘れた。  
 先ほどの静希ちゃんの言葉が蘇ります。  
 
“あのとき、ああすればよかったな、こうすればよかったな……みんなそう思うわよね”  
 
「あ……あ……」  
 ドクロちゃんの胸が、赤くて。  
「桜、くん……ごめんなさい……」  
 彼女が力なく僕の胸に倒れこみました。  
 いつの間にか、弓島さんと静希ちゃんはいなくなってました。  
 『願い』が叶った、ということなのでしょう。  
 
   ★  
 
「ドクロちゃん! 駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ……こんなの……」  
「……ねえ、桜、くん?」  
 彼女の胸の辺りが、だんだん溶けていく。  
「ボクと……初めて会った日のこと……覚えてる?」  
 口端から血を流しながら、紡ぐ彼女の言葉。  
「……うん」  
 
 いつの間にか、僕は自然とドクロちゃんを膝枕し、涙を頬に伝わせながら、彼女の言葉に聞き入ってました。  
「あれ……ボクの……初めて、の……任務だったの……」  
「うん……」  
 ドクロちゃんの声は喉に引っかかる血でかすれ、  
「たくさん……修行してね……“さあがんばるぞ”って思って……たんだけど……桜くんの……顔見たら……そんな気……なくなっちゃったの」  
「どうして?」  
「だって……桜くん……すごく……優しそうだったから……」  
 ドクロちゃんが、いつもの笑顔を、僕に向けます。  
「それでね……桜くんと……いつも……いっしょに……いるうちにね……いっぱい……いっぱい楽しいこと……おぼえたの」  
 ドクロちゃんの目はどこか遠い昔を懐かしんでいるようで。  
「桜くんが……教えて……くれたんだよ? ……この世界には……たくさん……おもしろいコトが……あるって……」  
「ドクロちゃんだって……」  
「それでね……桜くんの……そばに……いると……安心するんだけど……何だかドキドキするように……なったの。……変だよね。安心……するのに……ドキドキって……」  
 彼女は今でも、僕をうっとりした眼差しで見つめています。  
「ドクロちゃんだって……!」  
 
 僕が優しいなんてのは、嘘だ。  
 僕はただ、見栄を張ってただけだ。  
 まわりに気を使えば、ただそれだけでみんなが僕のことを好きになってくれる。  
 
 でも僕が表面上しか優しくしないように、みんなも表面上しか僕のことを好きになってくれなかった。  
 
 いつからだろう。僕が一人ぼっちなことに気付いたのは。  
  僕は外面だけよくって、実際は心の中に引きこもってたんだ。  
 そんなときだった。  
 
 天使が、僕の心の壁を突き破ってやって来たんだ。  
 
 最初は「何だよコイツ」って迷惑に思った。  
 でも、ふと彼女が寝ているときとか、その寝顔を見るときに気がつくんだ。  
 彼女がいなくちゃ、駄目になってる自分に。  
 
「あ……雪……」  
 ドクロちゃんが〈ぽつり〉と呟きました。  
 僕もつられて夜空を見上げると、白い粒子が、ゆっくりと降って来ました。  
「ねえ……桜くん……寒いよぅ……」  
 僕は彼女を抱き起こし、そっと抱きしめ、口付けをします。  
 
「んっ……」  
 唇を離した彼女は、目を細めて僕に微笑みかけ、  
 
「桜……く……ん……大……好き…………だい……き……」  
 
 それが、僕がこの世界で最後に聞いた、天使の少女の言葉でした。  
 
 ―to be continue―  
 

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