桜くんはどうしてオレの気持ちに応えてくれないんだろう…。
桜くんと出会った時、彼に別にこれといって特別な感情を抱いたわけではなかった。容姿も友人関係も運動神経も人並みで成績はよい方、対人態度授業態度もよい至って平凡。
草壁桜はそんなどこにでもいるようなクラスメートの男の子だった。
それがある日、オレ達のクラスに転校生がやってきたその日から少しずつ、少しずつオレの中で彼に対する意識が変わり始めた。
突然明かされた彼の性癖、嗜好。それらに対し必至に弁解する彼の姿。
学校という社会組織の中で自身が今まで築き上げてきたイメージなど顧みないほどに飾り気のない感情をむき出しにする彼。その怒り、悲しみ、恐怖、歓喜、安堵、それら様々な感情を映す顔。その表情。
…そしてオレは、オレ達はそれを見た。
彼の、草壁桜の“中”を。
それを見た瞬間オレの中で凄まじい衝撃が流動しはじけた。「ああっ」オレは声を漏らす。それは『ときめき』だった。苦悶の表情を浮かべる猶予も与えられずに自らの全てを曝し絶命した彼にオレは確かなときめきを感じたのだ。
オレは、草壁桜が…彼が…桜くんが好きなんだ。
自分の想いに気付いたオレは戸惑った。けれど、それ以上の『ときめき』がオレの心の中を支配していた。オレは桜くんが好きなんだ。好きなんだ。好きなんだ。想いはどんどん、どんどん募っていった。そしてそれに伴いオレの心の中に新たな感情が芽生えてきた。
それは『嫉妬』だった。彼が想いを寄せる女の子にオレは嫉妬した。彼に好かれていながらその想いに応えない(もしかしたら気付いていないのかもしれないが)彼女に激しく嫉妬した。しかしその彼女以上にオレが嫉妬する人物がもう一人いる。
彼の性癖や嗜好、怒り、悲しみ、恐怖、歓喜、安堵、飾り気のないそれらむき出しの表情を彼から引き出し、彼の“中”までもを強引に引きずり出した張本人。オレ達のクラスにやってきた転校生。その女の子。
三塚井ドクロ。彼女は桜くんの家に居候し、多くの時間を彼と共有している。学校でも事ある毎に彼に接し共に行動し、あっという間に彼女は桜くんの隣りを定位置とした。
…オレが欲してやまない、その地位を彼女はいとも簡単に手にしたのだ。オレはドクロちゃんに激しい嫉妬の感情を抱いた。桜くんの全てを見れる彼女が羨ましく、そして恨めしかった。
彼女がいなければ、オレは草壁桜を好きなんだと気付かなかっただろう。けれど、彼女が恨めしい。彼の隣りに常にちょこんと納まっている、彼女が。
オレの中に凄まじい嫉妬が渦巻く。それは序々に激しい憎悪に変わっていった。ドクロちゃんからその地位を奪いたい。桜くんの隣りにいたい。
桜くんの隣りにオレがいる事ができるなら…その地位を奪うためならば……オレは、
「ドクロちゃん。…ちょっといいかな」
オレは
「なぁに?―――西田くん」
天使すら壊せるだろう。