修学旅行も終え、いよいよゲルニカ学園も赤トンボの季節を迎えたのです。
紅くなってゆく木々は美しく、僕の気分はパリの画伯さながらです。
遠くを見れば紅い紅葉の乱れる校庭にカメラを向けている人もいます。
これだけ美しい光景を見れば、撮りたくなる気持ちも不肖・草壁桜にだってわかります。
ちなみに、今日の僕の気分がこんなにもさっぱりなのは、あの暴力天使が『びんかんサラリーマン ミラクルてX おぺ2〜家政婦は寝取られていた〜』の劇場公開に走っていったおかげもあるのです。
晴れやかなココロを躍らせつつ、校庭にファインダーを向けるピンクのモヒカンの横を通り過ぎ……れるわけがありません!
「ザンスさん!? なにやってるんですかこんなところで!?」
僕の叫びに、ピンクモヒカンの変質者はようやくこちらに気付きます。
「さ、桜くんこそこんなところで何をやっているザンスか!?」
「ここは僕の通う、麗しくも健やかな【聖ゲルニカ学園】なんだから、僕がいるのは当然だよ!」
見ればザンスさんのギラギラ光る胸元にはゴツい一眼レフ。校庭を見れば、運動部の生徒たちが体育着姿で汗を流しています。
その中にはもちろん、女子生徒も含まれているのです!
「この変態天使! 人の学校で何堂々と盗撮してるんですか!」
「離すザンス桜くん! ミィは秋の紅葉を楽しんでいただけザンス!」
「嘘をつけぇぇぇぇぇ、そのカメラをこっちによこしなさい!」
「そんなこと言って、桜くんはこっそり現像するつもりザンスね!? 少女たちの写真はミィが撮ったものザンス!」
「ほらやっぱり撮ってたんじゃないか!」
カメラをめぐる僕とザンスの激戦は、気付けば草むらの中へともつれ込んでいました。
と、そこへ、
「桜、何やってんだ……?」
僕が上へと顔を向けると、薄い赤の空をバックに宮本が僕とザンスを見ていたのです。
一瞬できた隙を逃さず、僕はザンスさんの手からカメラをふんぬと奪います。
「ああ、この変態天使から学園を守り抜いていたところさ」
「……それならいいんだが」
「ところで宮本、何か用?」
僕がそうたずねると、宮本は一度空を見てから答えます。
「んー……特にない」
この微妙な間をきっかけに、僕の中の名探偵おうムルは『何かあるぞ!』と叫びましたが、友達思いの僕は気付かなかったフリをします。
その後軽い挨拶をして、宮本は去っていきました。
さてさて、僕には変態ピンクの処罰という仕事が待って……いない!
僕と宮本が話している隙に、いつの間にかザンスさんはコツゼンと姿を消していました。
くそう、と僕がぼやいていると、玄関の方から長い黒髪の女の子が駆け足で来ます。南さんです。
「あ、桜くん。宮本君見なかった?」
南さんはあたりをきょろきょろと見回しながら僕に訊ねます。
「宮本ならたった今帰りましたよ」
「そう……。ところで、桜くんはここで何してたの?」
「僕はザンスという名のロリコン天使からこの学園の女の子たちを守っていたところさ」
そう言って、僕は得意げにカメラをかざして見せました。
「……桜くんは違うの?」
「え? 何が?」
「ロリコン」
「ち、違うよ! 僕は至って清純で通常な中学生、草壁桜だよ!!」
「それにしても桜くんて、人に責任押し付けるのが得意なのね。ザンスさんがかわいそう」
「なにそれ!? まるで僕が楽しみで写真を撮っていたところを南さんに見つかったからごまかした見たいじゃないか! なら南さん被写体になってよ、ぜひ!」
「それより桜くん、相談に乗ってほしいんだけど……」
「相談に乗ってほしいならこういうこと言わないでよ!」
「小野ちえりちゃんと宮本くんのことなんだけど」
「勝手に話を進めないで――って、ちえりちゃんと宮本がどうかしたの?」
「とりあえず、中で」
そういうと南さんは、校舎に向かって来た道を戻って行きました。僕は後をついていきます。
さっきの宮本のためらいと、何か関係がありそうです。僕はおうムルの『何かあるぞ警報』にドキドキしながらも、校舎に向かって歩きました。
南さんの先導で僕がたどり着いたのは、僕らの教室、2年3組。
そこにはちえりちゃんと静希ちゃんがいました。
相変わらず、静希ちゃんはかわいいです。
「あ、桜くん……」
静希ちゃんは僕に気付くと、なんともいえない眼差しを送ってくれます。くぅ!
「なるべく多いほうがいいと思って……。桜くんだけど、連れてきた」
「なにそれ南さん!? 僕が無能みたいじゃないか!」
僕の言い分は空気に飲まれどこか知らない場所に排出されて行きました。
静希ちゃんが、事を説明し始めます。
「あのね、今日の放課後すぐのことなんだけど――」
【今日の放課後の話・始】
「ねえ宮本君、今日は一緒に帰れる?」
「わりい、今日も忙しいんだ、またな!」
【今日の放課後の話・終】
「みじかッ!」
「そう、本当に短いの」
南さんはぼそっとそういいます。続けて、ようやくちえりちゃんが話を始めます。
「宮本くん、最近なんだかあまり一緒にいてくれなくて、放課後も部活出ないで早く帰っちゃってる。誘っても全部断られるの。もしかしたら私のこと嫌いになってたりしてるんじゃ――」
「そんなことないよ!」
僕は学園ドラマよろしく、いすをガタッとして立ち上がります。
「そんなことない!」南さんが僕を見る視線が、妙に白いです。「――と思います」
なんだか僕は南さんの視線に負けてしまいました。南さんのTKO勝ちです。
じゃなくって。
僕はさっき会った宮本のことを思い出します。そういえばどこか妙に急いでるように見えました。
おうムルの力も借り(ていることにし)つつ考えていると、静希ちゃんが僕に話しかけてきます。
「ねえ桜くん、宮本くんにそれとなく聞いてみてくれないかな」
静希ちゃんの頼みを断れるはずもありません。
「うんいいよ!」
僕は思い切り力強く受け入れました。静希ちゃんが僕を見る眼が何かいつもと違います。なんだかさっきの南さんと似ているような気がしなくもありません。
「よろしくお願いします……」
ちえりちゃんが消えるような細い声を出しました。
任せてください、僕は草壁桜ですから!
翌日のお昼休みになりました。
機は熟したり、と昔の人の言葉を借りてみます。合ってるでしょうか。
僕はちえりちゃんの思いを背負い、宮本に『ソレとなくきく』という重要任務を仰せつかっているのです!
となると、まず初めに思いつく問題が、
「はい、桜くんの番だよ!」
今現在僕とごせろをしている天使です。
ですが、そのあたりも抜かりなく作戦を立てていたのです。
「桜くんよわーい」
「ごせろで白をやって勝てるほうが不思議だよ」
「じゃあ今度は桜くんが白ねっ……あ!」
ドクロちゃんはぴこんと立ち上がり、廊下の方を見ました。
「マヨネーズの匂いがするー!」
果たして僕はマヨネーズの匂いはかいだことありませんが、この天使にはわかるらしいのです。
おそらく、廊下の先では南さんがドクロちゃんを誘うためにマヨネーズを抱えているはずです。
これこそが対ドクロちゃん用・囮作戦『アロマ・オブ・マヨネイ』です!
一直線に教室を駆け抜けてゆくドクロちゃん。
僕はそれを確認して、宮本の席を見――いない!
なんとこれは一大事です。宮本が教室にいません。僕はあわてて教室を出、廊下中を駆けずり回ります。
おおーい、宮本、どこだぁぁぁ!
放課後、僕は教室でまず土下座をしました。そして、ごめんなさいと繰り返します。
「昼休み中探したけど、結局宮本が見つかりませんでした。本当にごめんなさい」
今の心境はさながら、餌を見つけられなかった蟻のようです。
「桜くんの無能さはこの際仕方がないものとして」
南さんは何気にひどいことを言います。
「それで、ちえりちゃんが宮本くんから手紙を貰ったらしいの(静希ちゃん)」
「え!? いつ!?(僕)」
「お昼休みに図書委員の仕事をしてたら、宮本くんが図書室に来たの(ちえりちゃん)」
「図書館にいたんだ! 通りで探してもいないはずだ(僕)」
「……無能ね(南さん)」
「さっきからひどすぎるよ南さん! それで、その手紙にはなんて書いてあったの?」
僕がそうたずねると、ちえりちゃんはかばんから一枚の紙切れを出して、僕に手渡しました。
そこに目を通すと、確かに宮本の字が書いてあったのです。
〈放課後、家庭科室で待ってる 宮本〉
家庭科室という、一見して意味不明な場所を選んでしまう心境は僕にもよくわかります。だって人通りがすくないもの。
いや、それよりもこの手紙には放課後待ってると書いてあります!
「ちえりちゃん、行かないと!」
僕がそう大声で言うと、ちえりちゃんは少しうつむいてしまいます。
「……怖いの」
そして、小鹿のように震えた声を出します。
【そのころのドクロちゃん】
「ねーねー田辺さん、ボク、あのマヨネーズも食べてみたい!」
「いいけど、あんまりドクロちゃんはお金持ってないでしょ? 私もあまり持ってないから、少し遠慮してね」
「はぁーい!」
【そのころのドクロちゃん・終】
「怖いって、どういう事?」
一瞬何か別のものが見えたような気がしますが、なかったことにします。
ちえりちゃんは少し大きめに呼吸をして、震えたままの声で言葉を紡ぎます。
「前は気軽に何でも誘ってくれたのに、今日は手紙なの……。もしかしたら、家庭科室に行ったら宮本くん、私のこと嫌いって言うんじゃ――」
「そんなことないよ!」僕は昨日に引き続き、学園ドラマよろしく以下省略!「宮本はそんなやつじゃない!」
「私もそう思うな」
静希ちゃんは微笑みながらちえりちゃんにそういいました。かわいいです。
「きっと、宮本くんにも何か理由があったんだと思うよ。ほら、ちえりちゃんが宮本くんを信じてあげなきゃ!」
静希ちゃんがそう言って、少しの間教室の空気はとまりました。やがて、静寂を破るのはちえりちゃんです。
「私、宮本くんに会ってくる!」
【そのころのドクロちゃん2】
「臓物丸〜♪ 臓物丸〜♪」
「ドクロちゃん、その犬と知り合い?」
「前にボクが拾って、桜くんを食べようとした犬なんだ!」
「……へぇ〜?」
【そのころのドクロちゃん2・終】
ちえりちゃんが家庭科室に到着すると、やはりそこには宮本がいました。
ちなみに僕はことの成り行きを見守るため、静希ちゃんと一緒に窓のそとからこっそりと覗き見守っています!
「小野さん……」
宮本は入ってきたちえりちゃんに気づき、顔を上げました。
「昨日まで、本当にごめん」
宮本がそれだけ言うと、家庭科室には静寂が訪れます。しばらくそれが続いて、ちえりちゃんが口を開いたのです。
「ずっと、不安だった」
それは昨日とさっきと変わらず、やはり小さくて消え入りそうです。
「もしかしたら嫌われたんじゃないかとか、もしかしたら沼田先輩に心変わりしちゃったんじゃないかとか」
ちえりちゃんは言いながらも、少しずつ宮本に近づいています。
「ずっとずっと、不安だった……」
夕日に照らされたちえりちゃんの目元に、きらりと光るしずくが見えました。
「ごめん……」
宮本とちえりちゃんの距離は、もう歩幅ひとつといったところです……!
「あのね、宮本くん、ひとつお願いがあるの」
そう言ってちえりちゃんは、最後の一歩を踏み出しました。涙を隠すかのように、ちえりちゃんの頭が宮本の胸にトンとぶつかります。
「私が宮本くんのものだってこと、教えてほしいの……」
それを聴いた瞬間、僕の中の僕たちは特別緊急会議を開始!
「ちえりちゃんが宮本くんのものだと証明する方法を挙げよ!」
「それはやはり大人のセ、セ、セ……グハ!(口や鼻から出血)」
「おかしくないか!? ちえりちゃんにしては積極的になりすぎてる!」
「そうとも言えないぞ、以前ちえりちゃんが宮本と知り合った日の図書館を思い出せ!」
「〈撲殺天使ドクロちゃんA〉(定価510円)の44ページあたりだな!?」
「おおー」「おおー」「おおー」「おおー」
この状況、あの言動、これはもしや……!!!!!
【そのころのサバトちゃん】
「………………スピー」
【そのころのサバトちゃん・終】
つづく。たぶん。