あれから僕と静希ちゃんの関係はエスカレートしていました。  
 僕も静希ちゃんも、すっかりHな事に興味を持ってしまい、今では色々な場所でしています。  
 人目を盗んでは学園の至る所で戯れ、はたまた学園の帰りに静希ちゃんの家に寄ってはそこでもしています。  
 日曜日などと言った休みの日には、ドクロちゃんから逃れ、静希ちゃんと二人で遊びに出かける事も多くなりました。  
 しかし、そんな事をしていると言ってもいまだに、キスも本番もしていません。  
 まるで、子供のじゃれ合いが延長したかのような事を繰り返していました。  
 それでも、すっかり恋人同然のような雰囲気にクラスメイトの何人かにも気付かれています。  
 そのお陰で、僕はクラスの男子から、ひどい仕打ちを受けることも多々あります。  
 ですが、肝心の僕はまだ、静希ちゃんに「好き」という告白もしていません。  
 まだ、心のどこかで後ろめたいものを感じてしまうのです。  
 僕のクラスにいる長髪の、いつもポーカーフェイスをしている南さん。  
 南さんに襲われてから一ヶ月以上経ちますが、やはり、彼女は僕に何もしてきません。  
 もはや、そんな襲われたことも忘れてしまいそうな感覚がします。  
 しかし、彼女の存在自体が、僕の悪びれた尾を引いていたのです。  
 そして、もうそれがいつの日か忘れてしまった頃、朝、登校してきた時でした。  
 いつものようにドクロちゃんと登校していた僕は何気もなく、静希ちゃんに出会い、挨拶を交わします。  
 下駄箱で上履きに変えようとした時、その僕の下駄箱の中に一通の茶封筒が入っていました。  
 一瞬、考えます。  
 ラブレターにしては素っ気無いし、とは言え、そんな事をする人も皆目見当がつきません。  
 何も書かれていない茶封筒をよく見てみると、中に何か入っていました。  
 これは……。  
 僕は周りの視線に注意しつつ、封筒の封を切り、中身を確認します。  
 そこには……。  
   
 
 午前の授業も終わり、昼休みになりました。  
 僕はドクロちゃんと静希ちゃんとのお誘いを断ってまで、廊下を歩いていました。  
 嫌な予感がします。  
 例の茶封筒の中には、一枚の写真と伝言を伝えるためのメモ用紙が一枚、入っていました。  
 その写真は、僕が女子制服を着て、拘束されている痴態の姿。  
 つまり、南さんの家で襲われた時に、強引に撮られてしまったもの。  
 そして、メモ用紙には「昼休みに視聴覚準備室で待っています」と丁寧に一言だけ書かれていました。  
 こんなことをするのは、いや、こんなことできるのは、もしかしなくても南さんくらいです。  
 僕は普段来ることのない部屋の前まで来て、顔をしかめます。  
 もしかしたら、無理して来なくても良かったんじゃないのか。  
 ここに来たら、南さんが僕を何かの目的で、また脅すんじゃないのか。  
 でも、無視したらその報復はきっと、とんでもないものになるかもしれません。  
 相手は何と言っても南さん。  
 僕は覚悟を決めて、視聴覚準備室のドアの入り口に手をかけます。  
 案の定、鍵は開いていました。  
 そして、中に入ると椅子に座った南さんが僕が来るのを待っていたように立ち上がりました。  
 彼女はいつも通りの長髪にポーカーフェイスを浮かべているだけでした。  
 得体の知れない雰囲気は、常にまとっています。  
「桜くん、来てくれたのね」  
「…………」  
 僕は無言のまま、上着の内ポケットから例の茶封筒を手に取ると、つかつかと南さんに近寄ります。  
 彼女の前まで来て、その茶封筒を南さんに突きつけました。  
 
「今更、こんな写真を僕に送りつけて……どういうことなの……?」  
「そうね……私一人だけ桜くんの写真を楽しんでも仕方ないから、お裾分けしたの」  
「ぼ、僕は楽しくないよ……。もう、終わりにするはずだったんでしょ?」  
「分かってるわ。私と桜くんの関係は終わり……よね?」  
 かなり混乱しているのか、僕は南さんの言っていることがよく分かりません。  
 でも、この釈然としない感じは全然消えません。  
 写真を僕に送りつけたのには絶対に何かの目的があるはずです。  
「ねえ、南さん……どうして、こんな写真を僕に……? 何が目的なの……?」  
 僕は冷や汗を垂らしながら、先ほどよりも直接的に尋ねます。  
 僕がどれだけ焦りを見せても、南さんはポーカーフェイスのままです。  
 顔にかかった髪を撫でながら、南さんは僕に背を向けました。  
「桜くん?」  
「な、なに?」  
 僕は反射的に受け答えしていました。  
「その写真に写っているのって桜くん自身よね?」  
「な、何を言っているの……?」  
 またしても、南さんの質問の意味が分かりません。  
 僕は平静を取り戻そうと必死ですが、虚しく無駄に終わっています。  
 もはや、ここに入った時から僕は南さんのペースに乗せられてしまっていました。  
「そのままの意味よ。この写真に写っているのは桜くん自身よね?」  
 本気でそんなことを言っているのか、と僕は内心やり場のない怒りを覚えます。  
 そんな分かりきったことを答えるまでもないと思いつつ、僕は投げやりで答えます。  
「当たり前じゃないか……! 南さんが……したんだろ!」  
 いつの間にか、手を握り拳にしたまま震えていました。  
 沸々と初めて南さんに怒りを覚えてしまいます。  
 でも、南さんは背を向けたまま、窓の方を見ていました。  
「そう……」  
 そう呟いて、動き出しました。  
 そして、隣の視聴覚室に通じる扉に近寄って。  
 その時、気のせいか防音壁だらけの中で、その扉だけが少し開いていたような気がしました。  
 南さんは、その視聴覚室への扉を開けると一緒に言いました。  
「私が言ったこと本当だったでしょう?」  
「信じられないなー」  
 南さんとは違うもう一つの声が聞こえて、僕はドクンと心臓が大きく脈打ちました。  
 南さんが扉を開け、その扉の向こうから姿を現したのは。  
「た、田辺さん……?」  
 そう、扉の向こうからこの準備室に入ってきたのは、僕と同じクラスで南さんと仲良しの田辺さんでした。  
 田辺さんは南さんと違って、何か好奇心旺盛のように不敵な笑みようなものを浮かべていました。  
 僕は二人の少女を前にして、また状況が飲めこめなくなってしまいます。  
「何……南さん……どういうこと……なの?」  
 どうして、田辺さんがここに?  
「別に。桜くんの面白い写真を見て、興味が出てきたの」  
 南さんの代わりに田辺さんが、軽くニヤニヤしながら僕に言います。  
 僕は田辺さんの言葉に耳を貸さず、南さんに問い詰めます。  
「南さん……あの写真を見せたの……!? 何もしないはずじゃ……!」  
「そんな事言った覚えはないわ」  
 震えた声の僕に対して、南さんはキッパリと言い返してきました。  
 僕は激しい焦燥感に襲われ、その場を動くことすら叶いませんでした。  
 目の前の南さんと田辺さんはまるで面白がるように僕を見据えているようでした。  
「桜くん、もしかして固まってるの?」  
「…………」  
 田辺さんはケラケラした口調で僕を茶化します。  
 
 南さんはそこで僕をじっと見ているだけ。  
「また……また、僕を脅すつもり……?」  
「んー私って蚊帳の外?」  
 田辺さんは不満そうですが、今、僕はそれ所ではありません。  
 ふと、南さんが一瞬、僕を強く睨んだ気がしました。  
「桜くん、田辺さんのこと無視するの?」  
「そんな事どうでもいいよ! 南さん、もう止めてよ!」  
「そう……いいわ。田辺さん、悪いけど外してくれる? また後で」  
「ちぇー」  
 田辺さんは南さんの言う通りに、何でもなかったのように、この準備室から出ていきます。  
 僕は、そんな事よりも南さんには神経を集中させていませんでした。  
「私の言うことが聞けないのね」  
「な……」  
 さも、当たり前かのように南さんは言い放ち、僕をじっと見据えます。  
 そのポーカーフェイスの奥には何か大きく恐ろしいものが渦巻いてるようでした。  
 僕はさきほどの怒りはどこへやらか、再び恐怖に身を支配されました。  
「と、当然だよ……! もう、僕は南さんとは終わったんだ!」  
「そんな事、思っているのは桜くんだけよ。私はそう思っていないもの」  
   
「私の中では古い関係が終わって……これから新しい関係が始まるの」  
「新しい関係って何……? 南さん、分からないよ……」  
「すぐに分かるわ。桜くんは私のものだから……」  
 そう言いつつ、南さんは僕の元に歩み寄ってきます。  
 やはり、彼女のポーカーフェイスは今、見れば見るほど怖いものがあります。  
 僕は一歩後ずさりますが、南さんが寄ってくる方が当然早いのです。  
「私の言うことが聞けないなら……あの写真を学校中にばら撒くわ」  
「……!?」  
 視線を逸らさず、凛とした声と顔で僕に一蹴をかける南さん。  
 もはや、南さんが要求することは見当がつきます。  
 しかし、それを鵜呑みするということは、静希ちゃんを捨てろということとほぼ同意味。  
 僕は告白してくれた幼馴染を裏切らないためにも、覚悟を決めました。  
「い、いいよ……」  
「……なんですって?」  
 南さんの眉が、ピクリと動きました。  
 その反応は意外から来るもの、彼女の違う方面の表情を垣間見ました。  
「ぼ、僕には静希ちゃんがいるんだ。あんな写真、ばら撒かれたって……静希ちゃんは話せば分かってくれるさ!」  
 その時、僕はひょっとして男として一番輝いた瞬間なのでは、と思いました。  
 でも、ここを乗り切れば、僕は静希ちゃんに告白の返事が出来ると思います。  
「じゃあ、水上さん以外に軽蔑の目で見られても構わないってことなの?」  
「そ、そうだよ! 南さんが僕を脅したって……もう通用しないよ……!」  
 僕は震えながらも目の前の南さんを少し強い目つきで睨みます。  
 しかし、彼女は動じる所か、ポーカーフェイスを全く緩めません。  
 そして、彼女は僕に背を向けて、そのまま窓際まで離れていきました。  
「じゃあ、仕方ないわね……」  
 窓際に来た南さんは再び、振り返り、僕の方を向くと顔を俯かせました。  
 ふと、制服の上着のポケットに手を入れると、南さんは何かを取り出しました。  
「桜くんじゃ……もうダメなのね」  
 取り出したものは何かの機械……。  
 僕が不思議そうな顔をしていると、南さんはポーカーフェイスを上げます。  
「これ、テープレコーダーよ」  
「だから、何?」  
 簡潔な説明を前に、僕は素っ気無く答えました。  
 南さんは片手で持てるスティックタイプのレコーダーのスイッチを押しました。  
 
『ううっ……さ、桜くん……上手……どうして……』  
『これじゃ……すぐ……あはぁ……はぁ、はぁ……くぁ』  
『桜……く、ん……激しいよ……気持ちよ……す、ぎる……』  
 
 その時、レコーダーから音声が聞こえました。  
 女性の喘ぎ声のようなものでしたが、声の主が誰なのかは分かりませんでした。  
 いや、分かってしまいましたが、その一瞬は無理矢理に誤魔化していました。  
 
『あはぁぁぁ……だめ……だめ……来る、の……』  
『あああっ! ひいぃぃぁぁぁ……!』  
 
 僕は堪らず叫びました。  
「南さん、止めて!」  
 それと同時にレコーダーのスイッチ音が聞こえ、喘ぎ声も止まりました。  
 僕はほとんど無我夢中で叫び、何がどうなっているのかまるで整理できません。  
 しかし、分かっているのは、テープレコーダーから流れた喘ぎ声は静希ちゃんのものだったということ。  
「やっぱり、分かる? この声は水上さん」  
 レコーダーを懐にしまい、南さんは再び氷のような言葉を走らせます。  
 あの声は……どういうことなの?  
 どうして、南さんがそんな静希ちゃんの声を録音しているテープを持ってるの?  
 色々考えているのが南さんにも伝わったのか、彼女は、まるで答えを与えるかのように。  
「いくら興味を持ったからって、学園でするにも限度はあると思うわ」  
「じゃあ、この静希ちゃんの声は僕との……」  
「勿論よ」  
「待ってよ……どうして、南さんがこんな……」  
「まだ気付かない?」  
 南さんは何が面白いのか、口元にクスクスと微笑を浮かべていました。  
 僕は逃げ腰のように、説明を求め、南さんは元座っていた椅子に再び腰を下ろしました。  
「結論だけ言うと、桜くんの制服に盗聴器を縫いこんだのよ」  
「な、なんだって!?」  
 僕は言われた途端に制服の上着を脱ぎバッサバッサと振ってみては、ズボンも手当たり次第で触って確かめます。  
 ですが、南さんの言う盗聴器のような物体は見つかりませんでした。  
「そんな事しても見つからないわよ。上着の生地と生地の間に縫いこんだから、簡単には取れもしないわ」  
「い、いつの間に……」  
「桜くんって本当に鈍感なのね」  
 南さんは半ば呆れたように息を吐き。  
「初めて、私の家に来た時、制服を洗濯した時に仕込んでおいたの。だから、わざわざ眠ってもらったのよ」  
「そんなことって……」  
「嘘だと思うならもっと、このテープ聞いてみる?」  
「や、やめて!」  
 再びレコーダーを手に取ろうとする南さんを制止させて、僕は叫びました。  
 ただ、僕が目の前の現実を認めたくないだけなのは分かっていました。  
「ちなみに……」  
「……?」  
 何も聞いてないのに南さんが面白そうに口を開きます。  
「初めて、桜くんとエッチした資料室のことを水上さんに教えたのは私よ」  
「!?」  
 教えたって……なんで、どうして、南さんはそんなことを……?  
 僕は圧倒されっぱなしで、ただ、ゴクリと唾を飲み込むことしかできません。  
 
「その後でまさか、水上さんから電話が来るなんて思ってもなかったけどね。だから、家でもしたことも後で電話して教えてあげたわ」  
 南さんの家で襲われていた時に来た静希ちゃんの電話は偶然ではなかったのでした。  
 今なら分かりますが、恐らく、静希ちゃんが電話をかけたのは僕と南さんの関係を問い質すため。  
「初めは、私と桜くんの関係を教えたら、水上さんのことだから素直に手を引くかと思ったけど……」  
 南さんは髪をかき上げ、少し間を置いて。  
「まさか、あんなに積極的な行動に出るなんて予想外だったわ。だから、初めに桜くんの制服に仕込んだ盗聴器を有効利用させてもらったけどね」  
「それじゃ、今まで僕に対して何もしなかったのは……?」  
「そんなの、水上さんと桜くんが脅しの種をたくさん巻いてくれるのを待っていただけよ」  
 考えてみれば、学園で制服のままで静希ちゃんとしてしまったことも少なくありません。  
 南さんの呪縛がなくなったというのは、ただの僕の勘違いだったのです。  
 それ所か、南さんに初めて襲われた時から、僕はずっと彼女の手の平で踊らされていたことを知らされたのです。  
 目の前の女生徒を偽った策士とも思える南さんを見据えつつ、僕は段々と心の防壁が崩されていきます。  
「でも、ここまで思い通りに行くと、返って怖いわね」  
 南さんは椅子から立ち上がり、髪を靡かせ、僕に近寄って来ます。  
 僕はやはり動けません。もはや、何を言えばいいのかすらも分かりません。  
 南さんは僕の目の前で止まると、小さな手で僕の顎をくいっと持ち上げました。  
 僕は抵抗すらできません。南さんの次の言葉に怯えるだけです。  
「ここまで来たらもう分かるわよね」  
 僕の顎を持ち上げ、南さんはポーカーフェイスを維持したままでさらりと言い放ちました。  
「私の言うことを聞かないなら、このテープを学園内にでも流すわ」  
 悪夢が現実になり得る瞬間。最も避けたい事態に直面しています。  
 このテープを流されたら被害は僕だけでなく、何よりも静希ちゃんにも火の粉が降りかかります。  
 即ち、これは静希ちゃんを盾に取られたということを意味します。  
「学園でも人気者よね、水上さん。先生たちからも何かと期待されているものね……」  
「…………」  
「これを流されたら水上さんに対するイメージも大きく変わるんじゃないの? 勿論、悪い方向にね」  
「…………」  
 僕はいまだ顎を掴まれたままで、彼女の顔を見ることすら怖いと感じてしまいます。  
 少なくとも今の僕に、この罠から逃れる手段はありません。  
「桜くんは優しいから、水上さんを傷物にはできないわよね?」  
「…………」  
「黙っているだけじゃ分からないわ。返事しないと流すわよ」  
 流す、という言葉に敏感に反応し、思わず顎を掴んでいる南さんの手を振りほどきます。  
 僕は大して疲れてもいないのに肩で息をしています。  
 精神的な余裕がないというのは、このことを言うのでしょうか。  
 そして、僕は限界でした。  
「分かったよ……」  
 僕は首をうな垂れ、力なく言葉を綴ります。  
 南さんはピクリとも動かずに、僕の言葉が言い終わるのを待っているようです。  
「南さんの言うことは聞くから……静希ちゃんには手を出さないで……」  
「いいわ、それだけは約束してあげる」  
 南さんは更に僕に詰め寄り、体が触れ合うまで密着してきました。  
 すぐさま、僕の上着のボタンを外し、シャツのボタンを外し始めました。  
「み、南さん!」  
「じっとしてて……」  
 
 声での抵抗も虚しく、僕は南さんがボタンを外すのを黙って見ていることしかできません。  
 南さんはシャツのボタンを外し、僕の胸板を露にすると、すーっと手の平で撫でていきます。  
「久しぶり……桜くんの体……」  
「…………」  
 僕は上半身を半裸にされても、何もすることできません。  
 もう、南さんの指示があるまで止まっているだけです。  
「初めて、桜くんの生身の体に触れてからもう二ヶ月近く経つのね」  
「そうだね……」  
 僕は気のない相槌を打ちつつ、こんな時でも南さんの手で撫でられるのが気持ちいいと感じてしまいます。  
 南さんは僕の胸を撫でつつ、そのまま、背中にまで手を回して抱きついてきます。  
「暖かい……ずっと待っていた……」  
 僕の胸板に顔を摺り寄せ、甘えるような南さんは、不思議なものでした。  
 今までにも何度もありましたが、南さんは雰囲気の切り替えが激しいのです。  
 南さんが僕の温もりを感じているように、僕にも南さんの温もりが伝わってきます。  
 そのせいで僕は急にドキドキしてしまいます。  
「南さん……」  
「もっと触れたい……ちゅ……ぺろ」  
「ん……」  
 南さんの小さな口が僕の乳首に吸い付き、その中で彼女の舌が更に刺激をかけます。  
 くすぐったいようなツボを押さえた南さんの愛撫は以前の記憶を鮮明に蘇らせます。  
 胸を舐められるといった小さな愛撫なのに、僕はそれだけでも敏感に反応してしまいます。  
「ぴちゅ……ちゅ……」  
 まだ全然、白昼の学園だというのに僕は南さんに襲われています。  
 けど、南さんはどこか、ほんのわずか恍惚な表情を浮かべ、僕の胸を舐めます。  
 まるで、その様子は仔猫が母猫のミルクを飲むような可愛いもの。  
「あ……んあ……」  
 抵抗できないとは言え、南さんを完全に拒絶する意思もなく、快楽の元に僕は落ちようとしていました。  
 直に背中に回されている南さんの手が暖かい。  
 胸を舐め回されている南さんの舌は柔らかく、湿っている。  
 胸板にかけられている南さんの息がこそばゆく、僕をゾクゾクさせる。  
「ちゅぅぅぅ……ぴちゅちゃ……」  
「ああっ……はあうう……」  
 こんな小さな愛撫でさえ、僕は堪らず声を上げてしまいます。  
 しばらくして、南さんが胸から口を離し、潤んだ瞳で僕を見上げてきました。  
「桜くんの鳴き声……綺麗……」  
 そして、南さんは僕の首に両腕を回し、爪先立ちになって。  
「桜くん……」  
 そして、僕の頬に、チュッと小さな小さな音を立てて、フレンチキス。  
 南さんのすること全てが気持ちよく感じ、僕は抵抗の、ての字も思い浮かばなくなりました。  
 キスをして、南さんは首に回した腕を解いて、すうっと僕から体を離しました。  
「放課後、またここに来て……続きをしてあげるから……」  
「う、うん……」  
 一瞬、この返事は僕自身の意思でしたものではないかと思ってしまいます。  
 ついさっきまで南さんを拒絶した気持ちは全くなく、寧ろ受け入れてしまうのではないか。  
 その反面、素直に頷いてしまう自分が怖くて仕方ありませんでした。  
 ですが、静希ちゃんを傷物にさせないためだと、半ば都合的に片付けてしまいます。  
 時間差で僕は先に視聴覚準備室を後にして、僕は宛てもなく歩き続けました。  
 すぐ帰れば教室に静希ちゃんがいることでしょう。  
 でも、今の僕には彼女に合わす顔がありませんでした。  
 迷って悩んで、僕は南さんの手の平で踊らせられていることを承知で彼女の罠に乗ってしまったのです。  
 もはや後戻りはできない、とそんな絶望的なことを僕に囁く、もう一人の自分がいました。  
 
 
 続きます  

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