「ちょっと遅くなっちゃったけど」  
 手を背中でつないだ赤い人型の後姿がもったいぶるような口調で続ける。  
「ハッピーメリークリスマァァスっっっ!!」  
 にぱぁっと顔を輝かせ、サンタ服――それも何故か下は超がつくほどのミニ――に身を 
包んだ梨紅が元気よく振り向いた。  
「さ! というわけで今日は、深夜におねんねしてる良い子のみんなに、サンタさんに扮した  
あたしがプレゼントを届けに行っちゃおうと思うの」  
 にこにこと説明する梨紅の後ろ、もぞもぞと蠢く怪しげな影が。  
「梨紅さん……」  
「あ、丹羽くんこっちこっち」  
 声に振り返った梨紅が呼んだのは、茶色い着ぐるみをまとった大助であった。着ぐるみの  
首に当たるところがだらりと背の方に垂れている。  
「どうして僕がトナ」  
「何言ってるの! トナカイ役は丹羽君しかいないって!」  
 梨紅が着ぐるみの頭を大助の頭にすぽんと被せると、なるほどそれは大きな二本の角を  
生やしたトナカイさんそのものだった。  
「……喜んでいいのかなぁ」  
「それじゃ早速行ってみよおっ」  
 いざ行かん、とどこか彼方を指差している梨紅は、すでに白い荷物袋とともにリヤカーに  
乗っていた。  
「…………」  
「どうしたの? 早く行ってよトナカイさん」  
「……やっぱり僕が引っ張って行くんだよね」  
 アタリマエデショ?梨紅に言われ、低かったテンションがさらに急降下していった。  
「……じゃあ行くよ」  
 のっそりのっそりした動作の大助がよっこらしょと言ってリヤカーを引き始めた。  
「ほら急げ急げぇぃっ、夜が明けちゃうよ?」  
「まだ夜中の一時だよ……」  
 程よく積もった雪の上には、サンタさんとトナカイさんの軌跡が刻まれていった。  
 
(さ。初めの良い子のお家に到着したよ)  
 とあるマンションの一室の前で、サンタとトナカイはぽそぽそ小声で話していた。  
(ねえ梨紅さ)  
(梨紅じゃなぁい! サンタさんと呼びなさい)  
(…………サンタさん)  
(どうしたのトナカイくん?)  
(ここってもしかして)  
(うん、その通り。日渡くんのところだよ)  
 やっぱり。そう口の中で呟くトナカイさん。  
(それじゃ入るよ)  
 サンタさんが胸の谷間に手を突っ込むと、そこから生暖かくなっている鍵を取り出した。  
(うわぁ……)  
 きっとトナカイさんの「うわぁ……」にはいろいろな意味が込められているに違いない。  
ともあれ、サンタさんは意気揚々と鍵穴にそれを挿入した。  
(神魂合体!)  
(その掛け声全然関係ないよ)  
(そう? じゃあ…………エントリー○ラグ挿入!)  
(それも関係ない……え、何でそっちだけ伏せ字?)  
(――――黙れ)  
(……………………今、何か言った?)  
 言ってないよ。にっこりと告げられ、トナカイさんは背筋を冷たいものが駆け上がっていく  
のを感じた。梨紅さん、こんな人だっけ?また口の中でぼそついた。そのうちこのトナカイ、  
ストレスで死ぬと思う。  
 
「……あ、あれ?」  
 サンタさんが上ずった声をあげ、トナカイさんはどうしたか尋ねた。が、サンタさんは  
引きつった笑いを浮かべ、何でもないを六回繰り返してから鍵穴と……格闘し始めた。  
「っく、こ……こんのぉぉ……素直に回りな、っさいぃ!!」  
 
 ごぎゃぅん  
 
「うわッ!?」  
 頭に刺さるように鋭く、それでいて地面を這うように鈍い音をドアノブが立てた。  
(開いたよ、行こ)  
 肩に袋を担いだサンタさんが開け放たれた扉から日渡怜の家へ侵入を開始した。トナカイ  
さんも後に続くが、その時目の隅にどこをどうやってか無惨に壊されたドアノブの亡骸が映った。  
(…………)  
 
(うわぁぁっと、これは!!)  
 妙なテンションを維持したまま、原田梨紅……もといサンタさんは何かを発見した。  
手に持ってこちらに見せてくるのは、  
(日渡くんの飲みかけの缶コーヒーです!)  
 人が就寝しているところに侵入し、いろいろと物色する。これではまるで、  
(寝起きどっきり……)  
 大助は呟いた。胃の真ん中辺りがきりきり痛み始めていた。  
(おおっと、あちらにはベッドが! あそこに日渡くんがいるのね)  
 どしどしと、それもブーツを履いたまま土足で進むサンタさんの後に、トナカイさんは  
蹄をかぽかぽ鳴らしてついていく。  
 日渡怜は布団から顔を出し、すうすうと上品な寝息を立てていた。ベッドフレームの角、  
そこには青い靴下が吊るされていた。  
(ぶふふぅッ、日渡くんってこの歳でまだサンタさんなんて信じてるんだ)  
 口に手を当てて笑いが漏れるのを堪えようとしたが、空気が漏れた。どうしてだろう、  
今日の梨紅は弾けている。  
(サンタさんの格好でそんなこと言っても説得力ないって)  
(あ。それもそうか)  
 思い直したサンタさんは肩に担いでいた袋の中から一つの包みを取り出し、それを日渡  
の用意していた靴下の中に入れてあげた。  
(よし、これで日渡くんはオッケーね。次行ってみよう)  
(はぁい……。ところでサンタさん、一体何をあげたの?)  
(へっへぇ、それを言っちゃあおしめえよ)  
 得意気な顔をし、サンタさんは来た時と同じく揚々とその場を後にした。  
 
(お次はこの子のお家だよ)  
 サンタさんとトナカイさんがやってきたのは、警察署だった。  
(ぼ、ぼぼぼ、僕はまだ捕まりたくなぁぁぁい!!)  
 怯えて逃げ出そうとするトナカイさんの首根っこをむんずと引っ掴み、サンタさんはどすを  
効かせた声で言い放った。  
(われぇ逃げる気かい?)  
 トナカイ、失神。  
(んもお、しょうがないなあ)  
 やれやれといった調子でトナカイさんを寝かせ、サンタさんは一人で警察署の前に立った。  
(冴原くんの家ってどこか分からないからね。ここにプレゼント置いとけばきっと冴原パパが  
届けてくれるよね)  
 袋から取り出したのは、封筒ほどの大きさのプレゼントだった。それを警察署の前に置き、  
そこを去った。  
 
「――――は!? ぼ、僕は一体……」  
 トナカイ、覚醒。  
「起きた?」  
 目前ではサンタさんが天使の微笑を浮かべている。トナカイさんが後頭部に感じる  
柔らかな、暖かな感触。膝枕をされていると気付くのに時間は要らなかった。  
「わ、わああっっ!! ごめんなさぁぁぁいっっっ!!」  
 トナカイはすぐに跳ね起き、雪の上を転がるように、というか本当に転がってサンタさん  
から距離をとって、がくがくぶるぶると震え始めた。  
 今の妙な梨紅さんに膝枕をさせただなんて、きっとなにかあるはずだ!そう思い、大助  
は小さく丸まって震え続けた。  
 ぽすん、と肩を叩かれ、トナカイさんは喉を引きつらせて縮み上がった。  
「丹羽くん、早く行こ?」  
 その声はいつもの、いちゃいちゃしている時の優しい声だった。  
「え? え? え?」  
 混乱するトナカイさんをよそに、サンタさんはトナカイさんの手を取り歩き出した。  
「次は近いから。ゆっくり行こうね」  
 いきなりの変化についていけず、トナカイさんはずっと戸惑い続けたが、この時がずっと  
続けばいいと願ったことは言うまでもない――。  
 
「次は西村くん家だよぉぉっっ! イエッフゥゥゥッッッ!!」  
 ――続かなかった。サンタさんの側で手足をがくりと雪の上につくトナカイさんがいた。  
「西村くん家も知らないけど、ご都合主義で来ちゃったよ! どうしよう!?」  
 困ったように言ってはいるが、サンタさんはまったくそんな顔をしてはおらず、むしろ  
楽しそうであった。  
「まあいっか! 突撃するよぉぉっっ!」  
 もはや小声のぼそぼそ会話など覚えている様子もなく、サンタさんは西村家の玄関の  
ドアに突っ込んだ。  
「烈風ゥゥッッ、正拳突きぃぃぃぃぃッッッッッ!!!」  
 サンタさんの拳から放たれた一撃は西村家のドアを銀紙のように容易く折り曲げ、玄関  
を粉砕し、壁に無数の亀裂を生み、不整合な音を立て、結果、西村家倒壊。  
「イエッフゥゥゥッッッ! 逃げるよぉぉぉ!」  
「うわああああああああああああっっっ!!!」  
 トナカイさんは顔をくしゃくしゃに歪めて泣き、がむしゃらにサンタさんの後を追った。  
 
「気を取り直していこう。次は沢村さんだよ」  
 ようやく女子の部に入った。心身ともに荒みきったトナカイさんには、せめてそれが  
サンタさんの暴走を止めるのに貢献してくれれば……。と淡い期待を抱いていた。  
(それに女子なら、サンタさんも無茶はしないよ……きっと…………多分)  
 不安だった。サンタさん、ふうっと溜め息。  
「本当はこれを西村君に上げて、こっちを沢村さんに上げる予定だったんだけどね」  
 サンタさんの指には似た形状の輝石が二つ挟まれていた。  
「何それ?」  
「んとね、こっちは持ち主が赤い石の人と仲良くなれるっていう魔法の石で」  
 二つのうち一つ、青い石をトナカイさんに見せる。それを西村に渡す予定だったらしい。  
ちょっといいことしてるんじゃないかな?とトナカイさんは思うと、サンタさんは次に赤い石  
をかざし、  
「こっちは持ち主が青い石の人をとっても嫌いになるっていう魔法の石なの」  
「エ゛ーーーーー!!!」  
 意味ないよ!トナカイさんは激声を張り上げて突っ込んだ。  
「だってぇ、ちょっと面白そうじゃない?」  
「面白くない! 悲惨、悲惨! 西村自殺しちゃうよ!!」  
「なればそれまでの漢だったということよ」  
 サンタさんは口の端を歪めて鼻で哂い、ドブ川が腐った様な色の目をしていた。  
「蝶サイコー!」  
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッッッッ!!」  
 トナカイさんは泣き出した。  
 
「サンタさん、後は福田さんと石井さんが残ってるよ」  
「もういいや帰ろう」  
 うそぉ……。今まで振り回されてきたトナカイさんはその一言でどしゃりと崩れ堕ちた。  
「疲れちゃった……。早く帰ろ」  
 サンタさんはリヤカーから飛び降り、雪に埋もれ微動だにしないトナカイさんを捨て置  
いて一人で原田邸に向かって歩を進めていった。  
 トナカイさんの周りは、周りだけ雪が吹き荒び、茶色い着ぐるみを白く染め上げていった。  
「…………なんなんだ今夜は」  
 
 
 
 
 ――原田邸。  
「まだ終わりじゃないよぉ」  
 サンタさんは誰かに向けて言いながら、妹の部屋にこそこそと侵入していた。  
「梨紗、あんたにもちゃんとプレゼントあるからね」  
 がさごそと未だに大量の何かが入っている袋から細長い包みを手に取った。  
「お姉さんからの心を込めての贈り物だかんね。大切にするんだぞ」  
 ベッドで眠る梨紗の側に小包をそっと置き、唇に軽いキスをしてから梨紗の部屋から  
出て行った。  
「ウーー……ッ、今日は肩凝ったなぁ」  
 何時間ぶりかに自室に戻ると肩から先をぐるんぐるんと振り回し、大きく息を吐いてから  
どさっとベッドに突っ伏した。  
「うぅ……ぅにゅ……」  
 深夜に雪の中を歩き回った疲労からくる極度の睡魔に屈し、ものの数秒で深い眠りへ  
いざなわれた。  
 それからしばらくし、  
 
 
 
 もぞ  
 
 
 
 梨紅の部屋に床を這って入ってくる怪しげな影が。  
 
「――真っ赤な頭のぉ、トナカイさんはぁ……」  
 トナカイさんだった。いや、すでに彼はトナカイさんではなかった。何故なら、全裸だった  
から。  
 着ぐるみは梨紅の部屋前で脱ぎ捨てており、身体は寒さで震えているがしかし長い間  
虐げられてきた元トナカイさんは怒りと欲情と興奮で、とにかくいろんな鬱折した想いから  
あそこは馬並みにびんびんだった。  
「いつぅもサンタのぉ、召使い……」  
 立ち上がり、ベッドで熟睡するサンタさんに忍び寄り、超のつくミニから伸びる二本の白い  
太股の間に顔を割り込ませた。  
「でもっそのっとっしのぉ、クリスマスゥの日ぃ」  
 サンタさんの女性の部分に声を吹きかけるように静かに呟くと、サンタさんは微かに身じろぎ  
した。  
「トナカイさんは復讐を誓ったんだ!!」  
 サンタさんの青と白の縞々パンツに手をかけ、一思いにそれを破り捨てた。  
「っふぁ? な、なにぃ?」  
 脚の間がすっと寒くなり、異変に気付いたサンタさんが目を覚ますがすでに遅かった。  
猛り狂ったトナカイさんの舌がサンタさんの無毛地帯に突貫した。  
「っひゃ!?」  
 外気に冷やされたそこに突然熱くぬめるものが触れ、サンタさんは驚きと刺激に声をあげた。  
トナカイさんの舌は休むことを知らず、間断なくサンタさんの綺麗な一本筋を、水を飲むように  
舌を出し入れして舐め続けた。  
「ぃ、あ、何し、てるのぉッッ」  
 わけも分からぬうちに下半身を麻痺させる快感が責め上がってくる。眠気と快楽で恍惚とする  
中、脚の間に赤いものが蠢いているのを目にした。  
 
「と、トナカイくん!?」  
 ――丹羽じゃないのか。  
「サンタさん……僕、もうダメだよ!」  
 ――梨紅じゃないのか。  
「やんっ、やめてトナカイさん!」  
 サンタさんが抗拒しようと身体を動かそうとするが、思うように動いてはくれなかった。  
その間もトナカイさんの舌はサンタさんの大事なところを一心不乱に責め続け、徐々に  
閉じていた門孔が緩み始めていた。  
「ぁ、ぁぁ……んん」  
 一本線しか刻まれていなかったそこは紅色に染まった二枚の襞が、ひくひくと切なく蠢動  
していた。  
「サンタさん……サンタさん、もう我慢できないよ!」  
 トナカイさんはサンタさんに覆い被さり、馬並みに勃起したその巨躯を、人の身でしかない  
サンタさんの狭口に突き立てた。  
「ッッ――――」  
 
 
 
 
 その日街には、鮮烈なまでに美しい紅い雪が降ったとか、振らなかったとか……。  
 
 
 
 
 
「うぅ……ん」  
 日渡怜は目を覚ました。朝は回転の鈍い頭であったが、その日だけはすぐに働きだす  
ことができた。  
「! そ、そうだプレゼント!」  
 必要以上に慌てた動きで靴下を見ると、歪な形をしているのに気付いた。  
「わぁい」  
 日渡怜。サンタを信じるお茶目で純真なな少年だった。早速靴下から包みを取り出して  
丁寧に施されたラッピングを剥がしていくと、  
「うぐっ! こ、これは…………っっ!!」  
 雷撃を受けたかのように表情は厳しいものとなった。だがそれは嫌だったからではない。  
逆である。真に欲しかったものであり、彼のネットワークを駆使しても手に入らなかった幻の  
一品だったからである。  
 
 
   
 新世紀え○ぁんげりおん 汎用人型性欲処理機人造人形えろんげりおん伍号機 渚カヲル  
 
 
 
「――――ありがとう、サンタさん」  
 清々しいまでの笑顔、涙もだらだらと流していた。  
 
 
 
「冴原警部」  
 署に出勤してきた冴原父に声をかけたのは、事務を担当している若い刑事だった。  
「今朝、署の前にこんなものが落ちていたそうです」  
 彼が差し出してきたのは封筒だった。中に入っているのは手紙より少し厚く、しかも幾つ  
も入っているようだった。  
「んん? ……剛宛てじゃないか。どうしてこんなもんが」  
「さあ……。中身の方はまだ確認しておりません」  
 一つ唸り、中身を取り出した。それは、息子が大好きな写真だった。写っているのはどれ  
も女性器を間近で接写したものばかりであった。  
 
 
 
 
 
 
 その日、冴原父は息子に手錠をかけることとなった。  
 
 
 
 原田梨紗は目を覚ますと、枕元に細長い包みが置かれていることを認めた。寝ぼけた  
ままそれを手にしてラッピングを外していくと、こけしが姿を現した。  
「んん……?」  
 こけしを握る指に何かが触れ、何かを動かしたかと思うと、それに合わせてこけしが  
ヴゥゥゥンと低い振動音を放って振動し始めた。  
「うっきゃぁぁぁぁぁっっっっっ!!!?」  
 バイブだった。それも、でかい。今まで梨紗が見てきた――使ってきたかどうかは想像に  
お任せ――ものより二回り以上でかい。咄嗟にそれを投げ捨て、ベッドの上で後ずさった。  
と、ベッドに触れる手に別の、乾いたものが触れる感触があった。  
「……手紙?」  
 それには何かが書いてあるが、手紙というにはあまりに陳腐で、メモ帳の切れ端という  
程度のものだった。紙を手にとって文面に目を通した。そこには見慣れた筆跡でこう記されて  
あった。  
 
 
 
 
 ちょうど丹羽くんのと同じサイズのを見つけてきました。毎晩使ってね?  
 
 
 
   
「――――梨紅、ありがとう」  
 燦々と輝く笑顔、吐息もはぁはぁと荒かった。  
 

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